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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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フラグは回収されるもの

最近タイトルに悩みます……センスの無さが悲しくなる。


それはともかくとして、誤字脱字、感想ご意見などありましたらお願いします。

 地下迷宮ダンジョンでは上層と下層行き来する方法として通常は階段を使用する必要がある。

 だが何事にも例外はあり、隼翔たちのいる岩窟層スーテランでは下層に行く場合のみ抜け穴的方法で降りることができる。

 その方法とは簡潔に言ってしまえば自由落下。

 岩窟層にはいくつかの天然の縦穴が存在する。それらは大抵は崩落または地下迷宮の胎動・・により形成され、現在も勇猛果敢な冒険者たちの命を喰らおうとあぎとを開いている。

 つまりそれらの縦穴を上手く利用すれば簡単に下層へと降りることができるのだが、大抵は利用されない。なぜなら、その穴が何階層下まで続いているのか分からないし、無事に降りられる保証もないから。だが――――。


 

「ひっ、ひゃぁああああああっ!?」

「お、おちてますぅぅうううっ!?」


 ブワッと空気が勢いよく顔を叩き、金色の髪が踊り狂うように中空を舞う。碧色の瞳からは先ほどとは違った意味で大粒の涙が溢れては飛び去るようにして彼女たちの顔の横を過ぎていく。

 縦穴から可愛らしい姉妹の悲鳴が響き渡り、ドップラー効果のように残響する。いくら叫んでも、いくら泣いても身体を襲う浮遊感からは逃れることができない。

 双子にとっては永遠とも思える浮遊感。だが、実際は数秒から長くても10秒弱。それを示すように耳を傷めるほど聞こえていた空を切る音は止み、身体に急激に重力が戻る。


「どうやら着いたみたいだな……って、大丈夫か?」

「「…………」」


 一切の衝撃を感じさせず降り立ったのは7階層。だが、落ちていた時間から考えても数メートルの高さから降りたというわけではないのは明らかである。それを示すように彼女たちが落ちてきた縦穴は2階層分上、つまり5階層と通じている。

 普通の冒険者がこのような縦穴を利用するなら丈夫な縄などを使って慎重に降りる。

 しかし本人は否定するだろうが、常識外れの隼翔はと言うと何も使わず、身一つで飛び降りたのである。言うなれば紐なしバンジー。もちろん、隼翔のような人外めいた身体能力を有していないフィオナとフィオネはと言えば、反対意見を述べる暇すらも無く、隼翔の小脇に抱え込まれ強制紐なしバンジーを体験させられた。

 いくら信用を寄せているとは言え、説明もなくそのようなことを体験させられればどうなるかと言えば……言わずもかな、今の二人のように手足をブラブラと力なく垂らし、言葉を発することもできなくなってしまう。


「うーん、少し刺激が強かったのか?」

 

 呼びかけに応じず、感情豊かな尻尾はピクリとも動かない。呼吸を荒げ、肩を揺らしてるところを見るに生きているというのは伝わってくるが、その瞳に生気が宿っているかを確かめることはできないし、仮に出来たとしても今は間違いなく昏い瞳なのは間違いない。

 ここで少しばかり休息のために地面に寝かせた方がいいかと考える隼翔だが、少しの間をおいて首を振り、歩き出す。


(わざわざ硬い地面に寝かせても逆に疲れるだろうな。それにこれは自惚れかもしれないが……俺が抱えていた方がいいだろう)


 姉妹は隼翔に触れられるのをとても好んでいるし、触れているときはもの凄く安心しきった表情を浮かべているのを隼翔は何度も見てきた。

 だからこそ、地面に寝かせておくよりも自分が抱えていた方が姉妹の回復が早くなると考えた。確かにそれは正しく、二人の荒れていた呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し、心なしか尻尾が左右にユサユサと動き始めた。その揺れ幅は時間とともに大きくなり、正規ルートである階段を下り始めた頃には隼翔の脚を軽く叩くほどに元気を取り戻す。


「少しは良くなったか?」


 魔物の気配を避けながら進む隼翔。

 しかしその足取りが遅いかと言えば、特段そんなことはない。もちろん二人を抱えていなかった時と比べれば、魔物を避けるために回り道をしたりと遅くはなっているが、先ほどまでが異常な速度であっただけで今は平均的な冒険者集団と同じ程度の速度で地下迷宮を攻略している。

 そんな折、ペシペシと叩くほどまでに尻尾が回復を見せたので隼翔は小脇に抱える二人に歩みを止めないまま言葉をかけた。


「だいぶ良くなりました……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 

「ただ、せめて飛び降りる前に心の準備をさせて欲しかったという気持ちもありますが……」


 左側で謝るフィオナと右側で申し訳なさそうにしながらも若干恨み言を述べるフィオネ

 傍から見れば礼節を弁えた姉と本音をさらけ出す妹という構図に見えるが、決してそうではない。つまりそれぞれの言葉が個々の気持ちと言うわけはなく、二人合わせて一つの感想と気持ち。

 それをしっかりと理解している隼翔は、さすがの双子スキルだなと若干ズレた感想を抱きつつ、二人の気持ちをしっかりと汲む。


「それは悪かったな、すまない」

「あ、いえっ!もう過ぎたことですので……」

「そうです……次回から事前に教えてさえ下さればよろしいので」


 もちろん次回(そんな機会)など無い方が良いのですが、と可愛らしく舌を出すフィオネ。彼女としては本当に冗談で、決して某有名芸人の"押すな、押すな=押せ"という意味ではなかった。

 果たして隼翔が空気を読んだのか、あるいは地下迷宮が空気を読んだのか分からないが姉妹のフラグは見事に回収される。


「そうか、じゃあまた飛び降りるから今度は心の準備をしてくれ」

「「……へ?」」

 

 まるで何を言っているんだ、とばかりにすっとんきょんな声を揃える姉妹。先ほどまで楽しそうだった笑みはすっかり凍り付き、フリフリと可愛らしく揺れていた尻尾は不自然に動きを止める。

 だが、隼翔はしっかりと前もって伝えたぞとばかりに二人の不自然さには目を向けず視線を縦穴に落とす。


「今回は随分と深そうだな……これならかなりショートカットを期待できそうだな」


 彼の眼下に広がるのは先ほどよりも遥かに闇が深い穴。まるで底なしなのではと勘ぐってしまいそうなほど光がない。しかし、隼翔は決して物怖じすることはなくぼんやりと縦穴を眺める。


 隼翔が現在いるのは9階層。

 目的としてる地点は岩窟層スーテランの後半部分――15階層以降である。先ほどの縦穴が2階層分のショートカットに相当するなら、今度のは先よりも深いのでより期待できるだろう。

 だが、同時にいくら隼翔と言えども先ほど以上の深さで、かつ底が見えない場所で同じように飛び降りればどうなるか分からない。もちろんフィオナとフィオネという二人を抱えなければ、恐らくは先ほどと同じように地面にすら衝撃を与えず着地できる可能性があるが、今は姉妹を小脇に抱え込んでいる。

 そして当たり前のように姉妹をここに残すという選択肢も隼翔には存在しない。だからこそ、隼翔が取る手段といえば――――。


「さっきとは違ってちょっとばかり衝撃があるかもしれんが……まあ平気だよな」

「「ど、どういうことで……――――ひ、ひゃーっ!?」」


 恐る恐る尋ねる双子の言葉の途中で、隼翔は身体を傾けるように縦穴に身を投じた。

 傍から見ればまるで自殺をするかのように、ふわりと飛び降りる。フィオナとフィオネからすればその刹那の時間はまるで止まっているかのように遅く感じた。

 ゆっくり、ゆっくりと闇が蔓延る穴に近づく自分たちの体。今ならどんな攻撃でも見切れるのでは、と姉妹は思えるほどだが、見切れるだけであり身体は付いて来ないだろう、もちろん物理的にも。

 だからこそどんどんと頬を叩く空気の威力が高まり、金色の髪がブワッと勢いよく舞う。その強さは先ほどよりも強い。なぜなら――――。


「め、目が回りますぅ~!?」

「か、壁をはしってるんですかぁ~っ」


 ただ茫然と闇に呑まれていった先ほどとは違って視点が目まぐるしく変わる。もちろん視界に移るのは同じ岩壁で一見すれば明確な違いは無く、もしかしたら場所をずっと見ているかもしれない。

 だが、身体を襲う重力は常に変わり続ける。無常力になったかと思えば、強力な重力が襲い身体が重くなり、また浮遊感が身体を包む。その連続を視界で負えなくとも、鍛えられた身体と三半規管が正確に感じる。


 なぜ、そのようなことが起きているかと言えば……彼たちの言葉からよく分かる通り、隼翔が岩壁伝いに走る――いや、岩壁から岩壁へと飛び移りながら下層へと移動しているからである。

 姉妹を抱えているのに隼翔はホップ、ステップ、ジャンプ、と聞こえてきそうなほど軽快に移動する。だが、速度は子供の遊びのようなレベルでは収まらないし、そもそも壁伝いで降りる(こんなこと)をしている時点で人間離れしている。


「あまり騒いでいると舌を噛むぞ?」

「「た、楽しくて騒いでるわけではありませんよっーーーーーー!?」」


 女子高生(JK)が絶叫系乗り物を楽しんでいるとでも思ったのか、隼翔は姉妹に向かって軽口を叩くが、フィオナとフィオネには全く余裕がない。だからこそ、姉妹の大絶叫が縦穴からいつまでも響き続けるのだった。





「じ、地面が恋しいですぅ……」

「こんなに懐かしいと思うなんて……」


 岩窟層――15階層。

 地面を力強く、まるで愛おしかったように姿勢を低くしながら疾駆する二つの影。手には小太刀が握られ、碧の瞳は力強く魔物()を睨む。

 しかし瞳の力強さとは裏腹に口から漏れる言葉はどこか弱々しく、どこか嗚咽が混じっているようにすら聞こえてくる。感情の豊かさを象徴する筆の穂先のような尻尾はへたりと項垂れ、とてもではないが魔物と戦う勇猛な姿には見えない。

 それでもフィオナとフィオネは、一方的というほどでもないが順調に姉妹ならではの連携を駆使してオーク5匹を追い込んでいく。

 ダンッと硬い地面を蹴り、オークの粗雑な棍棒を躱すフィオナ。そのまま刻姫キザヒメの白刃でオークの視界を黒く染め上げる。


「ブヒィーーーーッ」


 痛みと突然視界が無くなったことにより、狂乱したように泣き叫ぶオーク。通常ならここで追撃をするのだが、フィオナは着地と同時に反転はせず別のオークに肉薄する。

 なぜフィオナが追撃をしなかったのかと言えば、それは頼りになる半身フィオネがいるから。


「やぁああっ!!」


 むやみやたらに振り回される棍棒を掻い潜り、フィオネは視界を失ったオークの懐に潜り込む。

 腰から抜き放たれるのは、フィオナの刻姫と姉妹刀に当たる母姫ウヌヒメ。地面スレスレから獣人特有の筋肉のバネの利用して母姫ウヌヒメを奔らせる。

 オークを二等分するかのように、赤い線が走る。もちろん彼女の現在いまの腕では真っ二つにすることは叶わず、オークの分厚い脂肪をせいぜい斬り裂く程度にしかならない。

 それでも塵も積もれば山となるように、フィオネは何度もオークに白刃を走らせ、その体躯に無数の傷を刻み込む。


「ぶ、ブモ……ッ」


 暴れ狂っていたオークだが、傷が増えるにつれ動きがどんどんと鈍る。そして、その一瞬を突くかのように母姫の刃が胸に埋め込まれた魔石片()を貫く。


「やるわね……フィオネ!終わったならこちらを手伝ってっ!!」


 妹の戦いに勝算を送りつつ、フィオナはフィオネに助けを求める。

 フィオナはフィオネが一匹のオークと戦っている間に残りのオークの集団に単身で挑んでいた。

 当然敵陣の中心に一人で走りこめば囲まれるのは必至。オークたちにとっては良い獲物がやってきたとばかりに襲い掛かっていたが、フィオナは迫りくる棍棒や体当たりをヒラリヒラリと木の葉のように難なく躱し続け、あろうことか2体ほど先ほどと同じように視界を奪っていた。

 これは隼翔との特訓の成果はもちろん、彼女のジョブ《妖術師》の力、何よりオークたちに連携が無いことが起因している。


 喰らいたい、殺したい、壊したいと感情の赴くまま、突撃し振り下ろしぶつかるオーク。だが、その動きは単調であり、互いが互いの動きを阻害し引っ張り合っている。

 だからこそ、フィオナは容易に動きを読め、躱すことが出来、剰え視界を奪うことまでできる。

 だが視界を奪ってしまったからこそ、その動きは感情任せの単調なモノではなくなり、テキトーかつ無作為ランダムな読みにくくなる。

 回避にだけ専念すればそのような状況下でも躱すことは可能だが、反撃に転じることができない。だからこそフィオナは、手の空いた半身フィオネへと助けを求める。


「オッケー!!任せてよっ」


 一切の躊躇も見せず、フィオネは姉ももとへと駆け出す。だが、その速度はいつもの速度と比べればかなり遅い。だがそれは意図があってのこと。

 フィオネは敵を見据えながら、小さく口を動かす。紡がれるのは初級魔法の聖句。

 通常ならその詠唱は上手いもので2秒、慣れない者でも10秒も必要としない。フィオナはそこそこ上手な方なので立ち止まった状態で詠唱するなら2秒ほどで済む。

 だが立ち止まって聖句を唱えるのとは違い、今フィオネは走りながら詠唱している。そのせいか、唱える聖句はあまり流暢とは言えない。むしろところどころ詰まりそうになり、苦悶の表情を浮かべ、額にはうっすらと汗を垂らす。


 必死に体の中で荒れ狂いそうになる魔力を抑え込み、魔力に秩序をもたらす聖句を詠唱する。フィオネが行っているのは、現在隼翔に提案され練習している並行詠唱。

 簡潔に説明するなら戦闘行為を行いながら、あるいは今のフィオネのように走りながら魔法を発動させる技術。

 この世界にいる者たちの中で、この並行詠唱を行えるのは恐らく1割もいない。上級冒険者たちですらできる者が少ないというから、どれほど難しいモノかがよく分かると思う。

 なぜ隼翔が並行詠唱を姉妹にできるように練習させているかと言えば、過去に戦った化物と称するにはあまりにも言葉足らずな男がまるで呼吸をするかのように並行詠唱を行っていたからである。

 もちろんあの男――シンのように姉妹ができるとは隼翔も思っていない。それこそ一朝一夕で習得するともとも思っていない。だが、それでも練習さえすれば姉妹のためになると思い、ずっとやらせてきたのだが……。


「へぇ……フィオネの奴もかなり成長したじゃないか」


 ブワッとフィオネの掌から小さな火の玉がいくつも飛び出し、オークを焼いていく。

 走る速度が遅いながらも、ちゃんと初級の火魔法を発動させたフィオネの姿を見て、隼翔は心底嬉しそうに言葉を漏らす。

 だがあくまでも発動できたということを褒めただけで、並行詠唱の習得状況(レベル)を褒めたわけではない。

 本来の速度で走ることが出来ていないし、詠唱は遅く詰まりそうな部分も多々ある。加えるなら姉妹にとって格下のオークだからこそ並行詠唱ができたのであって、格上との戦いを想定するなら稚拙も良いとこ。


(まあ、その辺はおいおいだな……。今は素直に成長を喜ぶべきか)


 姉妹がオークの群れと奮闘する後方で、隼翔は腕をギリギリまで折り畳み、魔物たちを小さい一撃で次々と二つに斬り裂き、黒煙へと変える。

 姉妹と違って隼翔と戦っている……と言うよりは狩られている魔物たちはうめき声はおろか、死に際の悲鳴すら上げることが許されない。

 それほどの一方的な殺戮。隼翔の周囲は静寂に包みこまれ、彼の背後では魔物の阿鼻叫喚が響き渡る。隼翔と姉妹はまるで隔絶された別空間にいるのではと錯覚してしまいそうになる。


「とりあえず俺のほうは終わり、と。フィオナとフィオネの方も……そろそろ終わりか」


 しじまに隼翔の呟きが響く。

 そしてその呟きの通り、フィオナとフィオネの見事な連携によりオークの群れは一掃され、ようやく真に静けさが戻る。


「二人ともお疲れさま……怪我とかはないか?」

「はい、ハヤト様。何も問題ありません」

「ハヤト様もお怪我とかはありませんよね?」


 隼翔が怪我をするとは夢にまで思っていないが、それでも心配してしまうフィオナとフィオネ。

 そんな二人の心情を察してか、隼翔は安心させるために力強く頷いて見せる。


「心配してくれてありがとな。この通り問題ないさ。それより二人も大丈夫なら先を急ごうか」

「「はいっ」」


 内心で少しばかり嫌な予感に駆られながらも、姉妹にはそれを悟らせないようにポンと軽く二人の背中を叩き、先を促すのだった。

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