どんなときにも心に余裕を
なぜだか予定と違って甘々成分が多くなってしまいました……次回からはきっと緊迫した展開になる……予定です(あくまでも予定です)
いつもと変わらない、無機質で冷たい岩肌と行く手を阻む硬く隆起した地面。
バキバキと嫌な音を立てながら割れる岩壁からは醜悪な魔物たちが這いずるように溢れだし、冒険者たちの行く手を阻む。
それはもちろん、いち冒険者である隼翔たちも例外ではない。
「流石に瑞紅牙を使うと呆気ないどころじゃないな……」
ただ唯一違うとすればソレは立ち塞がる障害に対する殲滅スピード。隼翔が相棒に手を添えると同時に目の前の魔物たちは黒煙へと姿を変え、後に残るのは小さな魔石片だけ。
上級冒険者の中でも選りすぐりの者たちにしかできないような速度で魔物を屠っていくので、三人の足取りは非常に順調。
もちろん全てが順調かと言えばそうでもない。順調でない部分というのはフィオナとフィオネの視線。いつもは戦う隼翔の姿を熱っぽい視線で見守るのだが、今は悲し気で別の意味で目元を潤ませる。
「うぅぅ……露出ですか……あの煽情的な格好がいいんですか……」
「所詮私たちは弱者……恋愛でも、戦いでも、持つ者には勝てないんですね……」
姉が呪詛のように呟けば、妹が呪歌のように言葉を奏でる。
隼翔はヴィオラとついでにシエルとの関係については、話せないであろう些細なことを以外は事細かに説明をした。
それにも関わらず、二人はどうしてか今のように落ち込み、事あるごとに悲しそうに声を重ねる。
そんな二人に対して、恋愛ひいては対人経験が極端に少ない隼翔としてはどうしていいか頭を悩ませてしまう。
「なぁ……いい加減機嫌を直してくれないか?」
隼翔は血振りから納刀という一連の動作をこなし、振り返る。相変わらず外套には一切の汚れは無く、乱れた形跡もない。まさにこの空間における絶対強者を体現するその立ち姿なのだが、少しばかり肩を落としているようにも見える。
普段ならここで落ちている魔石片を回収するのだが、隼翔はそんなことをしてる場合ではないと困ったように頭を掻きながら二人に歩み寄る。
相変わらず目元には雫が溢れ、悲しそうに肩を落とすフィオナとフィオネ。
「いいんです、ハヤト様。私たちは元は奴隷……仕方のないことなのですから」
「そうだね、フィオナ。私たちはこうして傍に入れるだけで、十分……だよね……」
曇り空よりもどんよりとした重い空気を纏う二人。その表情は悲壮感に溢れるが、やはり瞳からはゆっくりとだが涙が落ち、地面をしっとりと濡らす。
二人のそんな様子を見て、胸の奥がズキリと痛む隼翔。
(……全く前世までの俺なら考えられない状況、だな。まあここは男としての甲斐性の見せ所か)
胸の前に置いていた手をそっと二人の頭に伸ばし、抱き寄せる。
いつもなら恥かしがりながらも、その胸に抱かれる喜びに興じるのだが、フィオナとフィオネは今回ばかりは少しばかり抵抗を示し、反射的に腕から逃れようとする。
だが、痩躯とは言え恐ろしいまでに鍛え抜かれた肉体を持つ隼翔。姉妹がいくら抵抗しようともその手から逃れるのは不可能。もちろん本気で抵抗を示せば隼翔は流石に二人を離しただろうが、その抵抗が本気でない微弱なモノだからこそ隼翔は余計に力を込め、より一層強く抱きしめる。
「うぅぅ……卑怯です、ハヤト様」
「そんなことされてしまっては……余計にハヤト様を好きになってしまいます」
「どんどん好きになればいいじゃないか……何も問題ないさ」
双子は抵抗することを止め、すがるように隼翔の胸に抱きつく。そんな二人を隼翔は先ほどとは違い、優しい指使いでそっと背中をさする。
何度も、何度も繰り返し背中をさする。すると揺れていた肩は次第に落ち着き、嗚咽はゆっくりと収まる。代わりに姉妹の大きな三角耳がピクピクと動き、ふさふさの尻尾が歓喜に揺れる。
「……少し落ち着いたか?」
「「――――です」」
顔を上げ、隼翔のことを見つめるフィオナとフィオネの目元こそ赤くなっているが、涙は見えない。
すっかり碧色の瞳からは涙とともに悲しみの感情は地面に零れ落ち、いつもの恋慕の感情がより一層強く輝きを増しているようにも思える。
その様子を見て、隼翔は安堵の息を漏らすが、彼の耳元で二人は小さく言葉を漏らす。
「……悪い、なんて言ったんだ?」
「ハヤト様はずるい、と言ったんです……」
「こんなことされて、そのようなことを言われては……どこまでもハヤト様を溺愛し、お慕いしてしまいます」
「言っただろう?好きなだけ、俺のことを想ってくれ……俺は決してお前たちを見捨てはしないし、心から愛する……何よりも命を懸けて守る。だから……な?」
諭すように優しく声をかける隼翔。その声はどこまでも甘く、普段険のあるぶっきらぼうな口調をしている人物とはとてもではないが思えない。
その声もそうだが、それ以上に声に含まれる隼翔の心からの感情に姉妹の凍結していた心はすっかり氷解し、蟠りとなっていた本音を静かに吐露する。
「最初から分かっていました……ハヤト様が私たちを心から愛してくださることも……」
「私たちを見捨てず、護ってくださることも……」
「「――――ただ、やはり私たちも嫉妬してしまうんです。ハヤト様ほどの方をいつまでも独占できるとは決して思いませんが……それでもやはり他の見麗しい女性と仲の良いところ見てしまうと……怖いんです」」
うぅぅ、と泣きはしないまでも可愛らしいうめき声をあげながら顔を隠すように隼翔の胸元に顔をうずめる姉妹。そんな二人の様子を見ながら隼翔はかつての己の姿を二人と重ね合わせる。
(思えばあの頃の俺も、こうやってあの方に溺れていたのかもな……。ただ違うのは俺は二人を心から愛しているということ、か。それをしっかり示してあげないとな)
脳裏に浮かぶのは、赤子の自分を拾い育て上げてくれた人物の姿。
隼翔はその人の顔を今でも鮮明に覚えている。まだ人斬りとなる前優しく微笑みかけてくれた姿も、剣の才能を如実に表し褒めてくれた顔も……そして死に際に見せた化物を見る表情も、すべて覚えている。
人が聴けば、いいように利用されていただけだとも、育てた子を殺すなど人道に反しているなど糾弾するに違いない。事実、隼翔はそのことがきっかけで人に対する猜疑心を抱いたのは確か。
だが、不思議と隼翔の心の中に恨みや復讐心と言った感情だけは芽生えなかった。その理由は隼翔にも分からない……ただ、言えるのは殺される直前まで過ごした彼との日々が隼翔にとってかけがえのない時間であったことは間違いない。
「……今はまだ二人に形として契りを結ぶことはできない。だが俺のすべきことを全て成し遂げた時、それを実現する」
だからこれはその前約束みたいなものだ、と腰の巾着から首飾りを取り出し、姉妹の細い首に優しくつける。
黒革を基調にした首飾り。そのほとんど飾り気のないデザインだが、フィオナのモノは黄色の宝石、フィオネのモノでは青い宝石が煌びやかに輝く。
姉妹は首に巻き付けられたソレを大事そうに両手で包みながら静かに目を閉じる。
「どうだ?俺のお手製で、正直金銭的には安物になってしまうが……気に入ってもらえたか?」
二人の様子を見れば何となく察することができるが、それでも隼翔としてはフィオナとフィオネの言葉をしっかり聞きたいという想いがあり、どこか遠慮がちに二人に問いかける。
「はい……嬉しいです……」
「どんな高価なモノよりも……私たちはコレが嬉しいです……」
「それなら創った甲斐があるよ……」
目を瞑り、ぎゅっと首飾りを握る二人の頭を優しく撫でる隼翔。
そのまま少しの間、撫でた後ゆっくりと立ち上がると座り込む姉妹の手を取り、割れ物を扱うように優しく引き上げる。
「もう大丈夫か?」
「はい、時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
「コレがあるので、もう大丈夫です。それに……」
大事そうに指先で首飾りの宝石部分に触れる姉妹。そのまま二人は視線を合わせると、クスッと笑いを漏らす。
「「英雄色を好む、とも言いますし、ハヤト様にはやはり私たち姉妹だけでは足りませんものね」」
「いや……流石に俺もそこまで好色家じゃない……と思うぞ」
英雄と言う部分もだが、やはり自分が好色家と思われていることに少しばかり不満を抱きながらも、双子と関係を持っている辺り強く否定はできず、どこか弱弱しく否定する隼翔。
だが、その弱弱しさが逆に姉妹にとっては面白かったのか余計に笑みを漏らす。
本来であれば緊張感漂い、命のやり取りをする場である地下迷宮内なのだが、そのような常識には一切捕らわれず姉妹は控えめながらクスクスと笑い声を漏らし、釣られるように隼翔もまた緊張感無く、小さく笑みを漏らす。
静寂に包まれていた岩窟層に三つの笑い声が確かに響く。その楽し気な声は少しの間響いていたが、徐々に収まりをみせ、いつしかまた静かな岩窟層が顔を見せる。
「まさか地下迷宮内で、しかもこの緊迫した状況で俺が笑うことになるとは、な」
「あ、申し訳ありません。ハヤト様」
「いや、気にしなくていい。どんな時でも心に余裕を持たないと、な」
平常心を取り戻すように、いつもより大きめに呼吸を繰り返す隼翔。彼と同調するようにフィオナとフィオネもまたいつもより意識して呼気を繰り返す。
「さて、と。それじゃあ少しばかり急ごうか」
「そうですね……。ハヤト様がお聞きになった情報ですと少しばかり危険な状況なのは間違いないでしょうし……」
「……しかし、本当にそのようなことが起こっているのでしょうか?」
隼翔に貴重な時間を取らせてしまったせいか、姉妹は先ほどの満面の笑みに影を落とし俯き気味に言葉を口にする。
そんな二人に、俺も甘くなったものだと感想を抱きながら隼翔はそっと二人の頭に手を乗せる。
「どうだろうな……ただ少なくともギルド側が確度の低い情報を、ましてや上級冒険者に伝えるとは考えにくい」
サラサラの金色の髪と大きな三角耳の付け根を両手で優しく撫でながら隼翔はヴィオラに教わった情報を脳内で反芻する。
隼翔が聴けた情報を二つ。一つは噂通り岩窟層の下層付近で崩落が起こったということ。
そしてもう一つは賞金首を討伐に向かった冒険者の一団が確かに帰還していないということ。だが、これは初心者であるハクも同様の証言をしていたからさしあたり目新しさはない。
ならなぜ隼翔たちが少しばかり危機感を覚えているのかと言えば、それはその情報には補足があるからである。
(鍛冶師風の男を連れた冒険者が帰還していない、か。しかもそれがマレウスと所縁のある職人冒険者だというから、余計に気になるな)
隼翔と言う男からすれば、正直上級冒険者が帰還していないということは正直どうでもいい。むしろ上級冒険者をどうにかできるほどの実力を持つ魔物、もしくは相手ならいい訓練相手になるのでは、と興味を抱いてしまう。
だが今はそうも言っていられない。何しろマレウスと協力関係にある職人兼冒険者と鍛冶師風の男が帰還していないという情報を聞いてしまったから。
(もちろんあの男の可能性のが低いんだが……どうにも色々と引っ掛かりを覚えるんだよな)
マレウスは大陸全土に名を轟かせるほどの鍛冶一門。それを普通の規模で考えるなら、協力関係にある職人たちの数も多岐にわたるはず。
そのように考えるのは当然であり、隼翔もまた知識がないばかりにそう考えていた。
だが、今はマレウスと言う職人気質を者たちの思考まで考慮しないといけなかった。
マレウスはどこまでも気高く職人気質の集団。故に気に入った者にしか武具は売らず、また気に入った腕を持つ者たちとしか手を組まない。
そういう理由からマレウスと協力関係のある職人はごく少数。
そこまで導かれると隼翔の考えが間違っていることもおのずと分かってくる。そして、隼翔が心配している可能性が高いということも。
もちろんそのことにまだ気が付いていない隼翔は、ふと思考の海から戻り視線を姉妹へと戻す。
「えへへへぇ……」
「ハヤト様ぁ~」
そこには蕩けるようにまで表情を緩めた姉妹がいて、思わず考えていたことがすべて吹き飛ぶ。
「……これから戦いがあるっていうのに、ぼんやりとしてやりすぎたみたいだな」
とりあえず今後は頭と耳を撫でるのはほどほどにしようと、心に誓いながら隼翔は小さく呟くのだった。




