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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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地下迷宮の異変

 明くる日、まだ空が白みエスターテにしては気温が低い時刻。

 マルドゥクへ続く通りは冒険者たちの姿で溢れ、喧騒はないモノの活気に満ちている。そんな中、隼翔たち三人の姿は高級ホテル並みの綺麗さを誇る冒険者ギルドにあった。


「……なんだか随分と混み合っているというか、騒がしいというか……淀んでいる(・・・・・)な」


 いつもの外套を羽織り、佩刀の柄を肘置きにしながら隼翔は少しばかり意外そうにつぶやく。

 冒険者の朝はかなり早い。いくら隼翔がこの地下迷宮都市に来てから日が浅いと言っても、それくらいのことは常識として知っている。それなのに思わずといった感じで呟いてしまったのは、それほど異様な雰囲気がギルド内に漂っているからだろう。 

 漂っているソレは冒険者たちの活気などではなく、どちらかと言えば重苦しさや緊張感。その空気は心なしか冒険者だけでなく、泰然自若としたギルド職員たちの間にも蔓延り、異様さに拍車をかけている。


「何かあったのでしょうか?」

「うーん、どこか受付が空いていれば聞くこともできるのでしょうが……」


 変な雰囲気ということを除いても朝だけあり受付はどこも混み合い、すぐに質問をすることはできない。もちろん並び待てば済むことなのだが、昨日の気配のことが気になる隼翔はどうしようかと頭を悩ませる。


「あ!ハヤトさん、フィオナさんフィオネさん、おはようございます」

「おはよございます、これから依頼を受けるんですか?」


 並ばずにギルドの隅で考え込む隼翔たちだが、そんな彼らのもとに聴き慣れた男女の声が聞こえてきた。

 白髪の少年・ハクと赤髪の少女・レベッカである。


「ん?……ああ、お前たちか。これから地下迷宮ダンジョンに行くのか?」

「はい、その予定です。……ただ岩窟層スーテランの後半あたりで何やら異変があったみたいなので近づくなとは言われましたが」


 まあ僕たちの実力ではそんな深くはいけないんですが、と恥ずかしそうに頭を掻くハク。そんな彼の後ろでは長杖を携えたレベッカと姉妹が仲良さそうに会話を弾ませている。


「……なあその話、詳しく教えてくれないか?」

「異変のことでしょうか?」


 鴨が葱を背負って来た、とばかりに隼翔は心の中で笑みを浮かべつつ、首肯する。

 ハクとしても尊敬する隼翔に頼られて嬉しいのか、ぼくの知っていることはあまりありませんが、と前置きしつつ年相応の無垢な笑みを浮かべ語り始める。


「なんでも昨日、賞金首デスポートを討伐に向かった冒険者の一団が戻ってないらしいです」

「……それだけでこの騒ぎなのか?」


 冒険者の、しかも低ランクが何人帰還しなくてもそこまで大騒ぎする必要ないだろうと思う隼翔。そんな隼翔の思考を読み取ったのか、ハクは苦笑いを浮かべる。


「もちろんそれだけではないみたいですが……詳しい情報は上級冒険者にしか出回ってないらしくて。それが原因で色々とあること無いことが噂されてしまって」

「それでこの騒ぎか、穏やかじゃないな……。だが、その噂少し気になるな。教えてくれ」

「噂を、ですか……。なんでも岩窟層の下層で崩落があったとか、邪教徒が現れたとか本当に根も葉もないモノばかりですよ?」

「ふーん……まあ参考にはなったかな」


 なんで一部の冒険者にだけ情報が融通されているのとか、邪教徒などと言う厄介そうな名前に疑問やため息を吐きそうになったが、とりあえずはハクに軽く礼を述べる。

 そして壁にゆっくりと背をもたせ掛け、自重を落とす。耳を澄ませばギルド内であらぬ噂を言い合う冒険者たちの声が聞こえてくる。

 聞こえてくる内容はハクから聞いたものとさして変わらない。つまりはここにいるのはほとんどが(・・・・・)下級冒険者。


「……どうかしましたか、ハヤトさん?」

「……ん?ああ、なんでもない。それよりもお前たちは地下迷宮ダンジョンに潜るんだろ?行かなくていいのか?」

「あっ!?そうでした!!レベッカ、行かなくちゃっ」

「もう、ハク。そんなに急がなくても地下迷宮は逃げないわよ……それでは皆様、お先に失礼しますね」


 時間なくなるぞ?と問いかける隼翔に、ハクは慌てたように相棒パートナーの少女に声をかける。レベッカはため息を付きながらも、姉のように世話を焼く。

 そしてレベッカは礼節を弁えた貴族のような挨拶を、ハクは年相応の快活な挨拶をして地下迷宮ダンジョンの入口へと向かっていく。


「ハヤト様、我々も地下迷宮ダンジョンに向かいますか?」

「そうだな、賞金首デスポート討伐依頼があるから向かおうとは思うが……その前にもう少し情報を持ってるであろう人物に話を聞こうか」

「情報を持っている人物、ですか?」


 二人組の後姿を見送りながら問いかけるフィオナ。

 問われた隼翔はとんっと壁から背を離すと、薄らと不敵な笑みを浮かべる。隼翔が足を向けたのは地下迷宮の入口……ではなく、ギルドの出入口。

 双子としては地下迷宮に向かわないのは言葉から分かっていたが、それでもギルドの出入り口に向かうとは予想外だったらしく首を傾げる。


「ああ、恐らくだが情報を持っている。何せ腕だけ言えば間違いなく上級冒険者(・・・・・)だった、からな……そうだろ?」

「ほんと、貴方って不思議な人よね。まさか私がここにいるって気が付くなんて」

「「え……?……えぇぇっ!?」」

 

 出入り口に向かって問いかける隼翔。だが、そこには誰もいない(・・・・・)。フィオナとフィオネはその扉が開かれ誰かが入って来るのかと思ったが、そんな気配もない。だからこそ双子は不思議そうに声を出したのだが、次の瞬間その声は驚愕に塗り替えられた。

 突如として誰もいないはずの場所から響く凛とした女性の声。キョロキョロと声の主を探すが、やはり見当たらない。だが、驚く双子をしり目に隼翔は気にした様子もなく話を続ける。


「俺みたいな弱くて臆病な奴が生き残るには、回避と気配を探る技術が必須だからな。死に物狂いで鍛えたんだよ」

「本当に食わせ者ね、貴方は……それで私が上級冒険者かどうか、だったかしら?」


 一見すれば独り言を呟き肩を竦めているようにしか見えない隼翔。

 しかし、そんなことがあるはずないとフィオナとフィオネはジーッと隼翔の視線の先に集中するが、そこに人の影は見えない。

 だが何がきっかけだったか、突如としてギルド内に華が生まれる。それは今まで女性がいなかったという比喩ではない。現に見麗しいギルドの受付嬢たちやフィオナやフィオネと言った一般からすればかなり整った容姿を持つ者たちが数多く存在する。だが突如として空間を支配したソレは彼女たちとはまさに隔絶するモノ。


 仲間うちで話し合っていた冒険者も、一人で静かに並んでいた者も、今まさにギルド嬢に色目を使っていた冒険者も、男女問わず隼翔たちのいる方に視線を向けてしまう。それは受付や雑事を請け負っていたギルド職員も例外ではなく、皆が皆、作業を止め視線を奪われる。 


「ああ……腕は正しく一級品だし、気配の絶ち方もその服の効果もあるんだろうがかなり自然で、並みの腕前じゃない」

「私としては貴方も十二分に上級の腕を有していると思うのだけど……まあそれはいいわ。質問の答えだけど、肯定とだけ伝えておきましょうか」


 衆人環視すべての注意を集めながら、注目される二人は平然と会話を続ける。

 隼翔の前に佇むのは女性。腰まで伸びる艶のある杜若色の髪に、切れ長の目。透き通るほど白い肌にはシミや傷など決して見当たらず、その豊満で色香漂う肢体は踊り子装束で申し訳ない程度に隠されているだけ。以前と唯一違うとすれば、妖精の羽を連想させる光の反射により色を変える半透明の羽衣を纏っているくらいか。

 だがそれは彼女の色香を損なうことは決してなく、むしろより艶やかさを増しているようにも思える。


 そんな高級娼婦も裸足で逃げ出してしまうほどの色気と万人を虜にしてしまう高貴な華を兼ね備える女性――ヴィオラに突如気が付いてしまえば(・・・・・・・・・)、耳目がそちらに向いてしまうのも無理はないだろう。


「やはり、か。なら話は早い……単刀直入に聞くが、今地下迷宮で何が起きているか知っていることを教えて欲しい」

「あら、冒険者がそう簡単に情報を渡すとでも思っているの?」

「……相応の対価をよこせ、って言いたいのか?」

「ええ、情報を買うっていうのはそういうことよ」


 妖艶な笑みを浮かべるヴィオラ。その笑みにある者は頬を朱に染め、ある者は茫然と立ち尽くし、ある者は目を必死に背ける。誰もが虜になる中、例外的に捕らわれなかった隼翔は求める対価を何となく察してしまい、ものすごく嫌そうな表情を浮かべる。


「はぁ……冒険者の先輩としてダメな後輩に優しくしてくれてもいいんじゃないか?」

「あらあら、その物言いだと先輩として一回はご指導してあげなくちゃいけないじゃない……」


 やれやれと大仰にして見せるヴィオラだが、表情は決して落胆したものではない。むしろどこか満足げにさえ見える。まるでよくできましたとでも言いたげである。

 もちろんそれを察せたのは虜になっていない隼翔のみで、ほかの者たちは皆ただただ名女優(ヴィオラ)の演技に見惚れている。


「と言うことで、先輩から二つだけ情報を上げるわ。感謝してね?」

「ああ、ありがとう。……で、その情報とは?」

「もう、せっかちさんね……」


 子供のように口を尖らせるヴィオラはそのまま静かに隼翔に歩み寄ると、声のトーンを落として耳元で囁くように情報を伝える。


「ふぁわわわわぁっ!?」

「は、ハヤト様っ!?」


 傍から見れば頬にキスされているようにも見えなくもない光景。だからこそ、フィオナとフィオネは糾弾するような声を上げるのだが、隼翔の耳にソレが届くことはなく、真剣な表情で少しばかり顔を歪める。


「……それは本当なのか?」

「ええ、少なくともギルドからの情報はそうよ。これ以上は生憎と教えられないわ……それこそ相応の対価がない限りね」

「……分かった。とりあえずそれだけ知れただけでも十分だ」

「そう、それならよかったわ。それじゃあ私は連れが戻ってきたからこの辺で」


 お前ほどのやつに連れ?と首を傾げながら隼翔は周囲を見渡す。しかし、視界に入るのは惚け面をした冒険者か若干頬を染めたギルド職員、それとものすごく険しい表情を浮かべる双子姉妹。 

 ジーッと膨れっ面で睨む姉妹の表情がどこか可愛らしいなとどうでもいい感想を抱きつつ、もう一度周囲を見渡すがやはり見当たらない。

 まさか嘯かれたか?などと結論付けようとすると、惚け面で固まる冒険者たちの集団の間から可愛らしい姿が現れる。


 空色のショートボブに、眠たげな目元。あどけなさをしっかりと残す容姿はマフラーにより半分ほど隠され、そのいで立ちは可愛らしい子供盗賊と言った感想を抱かせる。

 茫然とその姿を眺める隼翔の前で盗賊風少女――シエルは人混みで乱れた髪をフルフルと振るわせながらヴィオラに歩み寄り、シュタッと手を上げる。


「あらシエル。依頼は選び終わったの?」


 ヴィオラの質問にシエルはグッと親指を立て、問題ないと言わんばかりのドヤ顔を決める。


「そう、それなら地下迷宮ダンジョンに行きましょうか。……って、どうしたのシエル?」


 優しい姉を思わせる笑みを浮かべシエルの手を握ろうとしたヴィオラだが、ふと少女の視線が珍しく地下迷宮入口方面ではなく別のところに向いていることを訝しげに思う。

 一見すればシエルは人懐っこい笑みを浮かべたりと年相応の反応を示し、愛嬌のある少女のように思える。だが、その実彼女のそれらの行動はほとんど表面的なモノで、内面での起伏はほとんど見せない。それを象徴するようにシエルと言う少女は言葉を一切口にはしない。

 そのような理由を抱えるシエルが珍しく、心の内から驚いたようなどこか嬉しそうな表情を浮かべとある方向を見ている。


「貴方、シエルと知り合いなの?」

「ああ、以前世話になってな。……なんというか、世間は狭いんだな」


 シエルに久しぶりと身振りを交わえながら声をかけつつ、言葉を返す隼翔。シエルも無邪気な笑みを浮かべながらシュタッと手を上げる。


「あらあら、なんだか仲の良い兄妹みたいね」

「あんたが言っていた連れはシエルだったんだな……。それなら地下迷宮に潜ってもシエルは大丈夫そうだな」

「あら?シエルは心配してくれるのに、私のことは心配してくれないの?」

「……お前ほどの奴がどうにかなるとは思えんがな」


 どこかの女神を彷彿させるように、あざとく頬に指を添え傾げて見せるヴィオラに、隼翔は少しばかりドキッと心を鳴らす。だがとある女神により耐性があったためにそれを表面に出すことはなく、あきれたような仕草を見せる。

 そんな態度にヴィオラは拗ねる……と言うことはなく、より面白そうあるいは興味深げな笑みを浮かべながらシエルを連れ、地下迷宮に向かうのだった。


「……さてと、俺たちも少しばかり急ごうか。……ってフィオナ、フィオネ?」

「「…………」」


 二人の後姿を見送りつつ、隼翔は聞いた情報によりあまり時間がないと結論付け、後ろを振り返ったのだが、返ってきたのはじっとりとした視線。ものすごく攻めているあるいは批判している、その視線を受けて隼翔は、どうしたものかとため息を吐くのだった。

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