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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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狐人族との出会い

 この世界には人族と魔族、龍族、そして鬼族という4つの種族が存在する。人族は総称で実際には枝分かれしており、獣人族や炭鉱族、妖精族なんかがカテコライズされる。

 そして獣人族は更に細分化されているのだが、その数は多岐に渡り正確な数は知られていない。その獣人族の中の一つである狐人族ウルペスのフィオナとフィオネ姉妹は現在、川辺近くに腰かけている。


 かつてこの世界では先に述べた種族たちがそれこそ手を取り合って暮らしていた。もちろん悪のカリスマとも言うべき存在もいたが、それでも均衡は保たれていた。

 しかし、異世界から勇者と名乗る者たちが召喚されてから事態は急変した。その勇者たちは何かと理由を付けては悪と切り捨て、均衡を壊していった。その均衡の破れた世界で勇者たちは5傑と呼ばれるようになり増長し始めた。

 彼らは人族至上主義を掲げ、人族はそれこそ本当に人のみとしたのである。そしてそれ以外を亜人として差別した。次に魔族や鬼族、龍族を滅ぼしにかかった。理由は神のお告げという何とも曖昧だが、絶対的な言葉によってそれが許されてしまった。

 それから亜人たちには地獄のような時代が幕を開けた。人族は彼らを奴隷として扱いだした。それから奴隷狩りという物が始まった。もちろん表向きにそんな大大てきなことをすることは無く、陰で暗躍し、亜人たちを迫害した。もちろんすべての人類が、というわけではないがそういう歴史がこの世界には存在している。

 

 そしてフィオナとフィオネの二人もまた、その歴史の被害者である。彼女たちは奴隷商と結託している盗賊たちに捕まり、売られる寸前であった。しかし運よく搬送用の馬車が転倒し、辛うじて逃げ出すことに成功した。だが、そんな簡単に盗賊たちがあきらめることなく、彼女たちを森の中で追い回してたのである。

 そしてついに彼女たちの命運が尽き掛けようとしてた時、謎の不思議な力を扱う少年によって助けられ九死に一生を得たのである。謎の少年に言われるがまま付いて来た結果、現在に至る。


 その少女たちの恩人ともいえる人族の少年は今、パチパチと爆ぜる焚き火の向こう側に鎮座している。長めの漆黒の髪と同じ色に()()瞳、人族の顔の良し悪しは分からないが、キリリとした目と整っていると思われる顔立ちに二人の少女は悪い印象は受けなかった。その少年は今の前で見慣れない剣の手入れをしている。ここでみずぼらしい服装の隙間から見える彼女たちの体を一切見なかったことも悪い印象を与えなかった要因かもしれない。


「さて、ここでなら少しは落ちついて話せるだろ?」


 少年は相変わらず手元に集中したまま、二人に話しかける。その声に一瞬ビクッとしてしまうが、なんとか声を喉の奥から絞り出した。


「え、えっと、助けていただきありがとうございます……」

「別に言葉の礼なんて求めていない。これは単にギブアンドテイクなんだからな」

「ぎ、ぎぶ?」


 少年のぶっきら棒な物言いと謎の言葉に少女たちは言葉が詰まる。


「要するに対価を求めてる、ってこと」


 その言葉に少女たちの顔は一気に青くなる。身体も震え、縮こまっていく。

 その様子をみた少年はため気混じりに安心するように言った。


「別に二人を獲って食べようなんて考えてない、ただ知りたいことに答えてくれればいいさ」

「は、はぁー」


 そんな気の抜けたような返事を姉のフィオナが返した。フィオネは相変わらず耳がヘタリと垂れている。


「まず最初に……お前たちはなんで追われていたんだ?」

「え、えっとですね、」


 そのしどろもどろな反応に少年は空に向かって小さく溜め息をついた。



 隼翔が森で助けた少女たちは当初、完全に憔悴し切っていた。そのため隼翔はこの血生臭い場所から移動することを提案した。実際隼翔もここからすぐに動きたいと思っていた。

 その理由は血生臭さである。別にその臭いに耐えられないというわけでなく、周囲からその臭いに釣られて魔物がやってくることを避けたかったからである。


「とりあえず俺の拠点に移動するから付いて来い。歩けるか?」


 硬直している少女たちをしり目に隼翔は確認する。コクコクと頷くのを確認すると、さっさと森へ歩みを進める。それに少女たちは迷いながらもついてきた。


(まあ逃げられたら、逃げられただな)


 隼翔は内心そう考えていた。情報がもらえないのは惜しいがわざわざ追うのも面倒だし、最悪盗賊の残党でも探せばいいと思っていた。しかし少女たちは混乱しながらもしっかり隼翔に付いて来た。


 それからややあって隼翔が拠点に戻ってきたとき川辺の焚き火はまだ火は微かに燃え上がっていた。だがそれが鎮火するのは時間の問題だったので、隼翔とりあえず薪をくべ、少女たちに対面に座るように促した。その指示に少女たちは迷いながらも抵抗することなく腰を掛けた。


(とりあえず刀の手入れするか)


 それを見届けた隼翔は何よりもまずはと、武器の手入れを始めた。この弱肉強食の世界で武器は必須であり、それを最高の状態で保つことが生存率を向上させると隼翔は考えている。それにこの二人はまだ混乱しているようでまともに会話になるかもあやふやな状態、すこし時間を与えようと考えたのである。

 それから手入れしつつも、二人には気が付かれないように観察していた。そしてある程度落ち着いたタイミングで話しかけ、二人の境遇について聞き始めたのである。


「……ふーん、なるほど」


 フィオナが締めくくったところで、興味なさそうに相槌を打つ。実際、隼翔は当初は二人が追われていた理由など興味の欠片もなかった。聞いた理由の一つは、会話のきっかけとするためである。唐突に知りたいことを聞いて不審に思われたくないという思惑があった。

 二つ目はその何気ない会話からこの世界の常識を学ぶためある。


(まあ、聞いて無駄ではなかったな)


 隼翔は内心、そう思った。まずこの世界の断片的な歴史を知れ、更に日本と異なり、色々な種族が存在し、奴隷制度がある。それだけでも十分役に立つ情報である。まあ残念ながら差別は日本と言う国にもあるのだが。それはともかくとして、有益な情報を頭の中で軽く整理する。

 そして手入れの終わった刀を鞘に戻し、脇に置いてから再び質問を始めた。


「つまりお前たちが怯えて目を合わせようとしないのは俺が人族だから、だな」

「え、あ、その……」

「別にそんないい淀む必要はない。そんなこと気にもしないからな」


 隼翔はしっかりと彼女たちを見据えながらそう言い放つ。実際に隼翔は彼女たちにどう思われようとも関係なかった。しかし彼女たちにはそれが意外だったらしく、興味深げに隼翔を観察する。


「……どうした?」

「いえ……その、あなたは他の人族とはどうにも違うようなので」


 そのフィオナの純粋な言葉に思わず隼翔は苦笑いを浮かべる。確かに隼翔はこの世界の人間とは違う、意味としては違っても、言葉として合っていることに、皮肉気にいい勘してるな、と内心で思った。


「別に俺にはお前たちも人間にしか見えないしな。それに同じ境遇であるからな」


 彼女たちもまた、直接ではないにしろ歴史の被害者であることには変わらない。そこに同類としての憐みを感じているのかもしれない。


「同じ……ですか?」

「いや、気にするな。それよりもお前たちの名前を聞いてなかったな」


 訝しげな視線を向けるフィオナを煙に巻くようにしながら、名前を聞いてないなと今さらながらに訪ねた。


「た、大変失礼しましたっ!私はフィオナ・フォクテールです。こちらは妹のフィオネ・フォクテールですっ」


 勢いよく頭を下げるフィオナと、それに釣られビクビクしながらも頭を下げるフィオネ。年齢によって尻尾の数が違うのか、などとどうでもいいことを考える隼翔。


「俺は西園寺 隼翔だ。まあハヤトと気軽に呼んでくれ」

「ハヤト様ですね」


 "様"を付けられたことに心地悪さを感じながらも訂正はしなかった。


(さて……どうするか)


 ここからどう本題の情報を手に入れるかを考える。隼翔の聞きたいことはかなりあるが、どれもストレートに聞くと素性がばれる可能性がある。かと言ってこれ以上、先ほどのような断片的な情報を集めても進展がほとんどない。


(ん?そういえば……)


 ふと前の二人を見てあることを思い出した。彼女たちは奴隷として売られる寸前だったという事を。

 隼翔が情報を手に入れるに当たり条件としては、まずこの世界の常識を知っていること。それに加えて自分の素性について一切詮索せず、他言しないことである。なかなか難しい条件かと思ったが、この世界にはそれを満たしてくれそうな制度があった。


「なあ、お前たちに聞きたいことが二つある」

「はいっ!なんでしょうか?」


 フィオナの耳がピコーンと動いた。どうやら隼翔に恩を返せると思い嬉しいらしい。その反応を苦笑い気味に見ながら、慎重に言葉を選んで尋ねる。


「一つ目はこの近くにある大きい都市への行き方を知っていたら教えてほしい。俺は遠い田舎出身なんだが、この森で迷子になってしまってな」

「ハヤト様は迷子だったのですか!あ、それで街への行き方ですね……その残念ながら私たちもここがどこかいまいち分らないので……」

「ああ、そういえばお前たちも連れて来られたんだったな。すまない」


 申し訳ありません、と頭と一緒に尻尾が項垂れていくフィオナ。獣人は感情が隠せないタイプなんだな、と隼翔は結論付けた。 

 結論はともかくとして、隼翔には落ち込んだ様子がない。なぜなら近くにそれなりの都市があることは大体予想が付いているからである。


(あの盗賊まがいの集団がここらに潜伏してるってことは、その取引相手もまた近くにいる。そして奴隷なんて辺境の小さい村ではまず売れないだろう。案内は盗賊の頭と呼ばれる者に頼むか)


 森を出る算段が付き始める。とりあえず盗賊のアジトを探さなければいけないのだが、それは次の質問のあとでいいと考え、話を進める。


「じゃあ次だが、お前たちに聞くのも難だが、奴隷について教えてくれ。買い方とかも知っていたらついでに頼む。先にも述べたが、田舎出身なため奴隷制度について詳しくないからな」

「えっと、奴隷は基本的に犯罪を犯した者や売られた者とされていますが、それは表向きで実際は半分は私たちのように奴隷狩りに遭った者です。そして奴隷は基本的に亜人が多いです。その理由は簡単に言えば身体能力が高いためです、あと愛玩目的でもあります……」


 明らかに言いにくそうなフィオナ。さすがの隼翔も悪いとは思うのだが、それでも聞きたいため我慢してもらう。


「あとは基本的に主人に絶対隷属です。決して逆らうことはできません。その代わりに主は奴隷の最低限の衣食住と生命の保障をしなければなりません。それと買うためには街で奴隷商のとこに行けば買えるそうです……わたしが知っているのはこの程度です」

「そうか、気分を害してすまないな。だが助かった、ありがとう」

「いえ、お役に立てたならよかったです」


 隼翔に謝辞を述べられ多少元気になったが、俯いてしまっている。さすがにその姿を不憫に思い、おもむろに立ち上がり、目の前で焼かれているイナを二人に渡す。


「ほら、大した物はやれないが、お礼だ。捕まっている間に碌に食べれなかっただろうしな」

「え、いや、しかし……」


 言い淀むフィオナと食べようとしないフィオネ。隼翔は二人が実は魚を食べてはいけない戒律のある宗教的なものに属しているのか考えたのだが、それはどうやら杞憂に終わった。

 グーキュルルル、と可愛らしい音が二人の少女のお腹から鳴り響いたのである。


「うぅ……」


 恥ずかしそうに俯く二人。流石の隼翔でも苦笑いをせざる得ない状況である。


「食べれるときに食べた方が身のためだと思うが?」

「……それでは有り難く頂きますね」

「……ありがとうございます」


 二人は恥ずかしそうにお礼を言いながらイナにかぶりつく。よほど空腹だったのか、一心不乱に食べている。優雅さには欠けるが、それでも最低限淑女として品のある食べ方はしていた。

 そんな二人を眺めながら隼翔は今後の予定を頭で練っていく。


(まずは盗賊の頭目を探す必要があるな)


 なぜ盗賊に拘るのか、それは一つは先にも述べた通り道案内をさせる、もしくは地図を奪うためである。

 二つ目の理由として単純に資金稼ぎをするためである。この世界では魔物の特定の部位を売ることで稼ぐことは可能なのだが、それを隼翔は知らない。それ故に目を付けたのが盗賊が蓄えているであろう金である。

 一見すれば日本に住んでいた善良な高校生が考えるような事ではない。しかし、ここでその常識に囚われないところが隼翔の適応能力の高さともいえる。弱肉強食、勝者のみが生き残れる世界、その辛さを知っているからこその選択ともいえる。


(資金さえ貯まれば奴隷も買えるからな。その先の事はそれからにしよう)


 奴隷を買って、この世界の常識と情報を手に入れることを当面の活動目標と位置付け、隼翔は脇に置いてある刀を腰に携える。突然刀を持ったことに驚き、フィオナとフィオネの二人はビクッと身体を強張らせる。その二人の反応を気にも留めず、森に視線を向けながら告げる。


「俺はこれから少し野暮用があるからここを空ける。二人はソレを食べたら好きにしてくれ」

「……あ、あの、少しよろしいでしょうか?」


 いざ森に足を踏み込もうとした矢先、隼翔は呼び止められた。振り返ると、そこには意を決したような雰囲気を漂わせる姉妹がいる。

 その姿を見て、嫌な予感を抱きながら不承不承と言った感じで腰を掛ける。


「悪いが善意で助けたわけじゃないからな。それだけは伝えておくぞ」


 言外に隼翔は"二人には悪いが面倒は見てやれない"と言いたいのである。

 確かに二人の境遇は不憫だと思っているし、同情もしている。しかし残念ながら隼翔にはこの世界の常識が無く、今を生きるのが精一杯な状況である。そんな中で誰かと行動を共にするなんて、それこそ命が危ぶまれるし、探られたくない腹を探られてしまうのは自明の理である。

 そういった理由で多少冷たい態度を取っているのだが、次の二人の言葉に隼翔は絶句した。


「それは承知しております。ですが私たちとしてもハヤト様に相応のお礼を出来ていません。なので私たち姉妹をハヤト様の奴隷にしてはもらえないでしょうか?」

「…………」

「あ、あの、」

「お前たちは自分の言っている言葉の意味を分かっているのか?奴隷になりたくないから逃げだしたのに、俺の奴隷になるって矛盾しているぞ?」


 黙ったままの隼翔にどうしていいのか分からず、おずおずと話しかけるフィオナ。

 隼翔は二人がいまだに混乱しているのではないかと、確認の意を込めて聞き返したのだが――――。


「それを承知の上でお願いしています。ハヤト様ならお判りでしょうが、私たちのこの決断は多少打算があります。でも、それ以上にハヤト様に使えたいという気持ちがあります。これは偽りのない本心です」


 確かに隼翔には二人が打算でそのようなことを言いだしたのは何となく分かっていた。

 二人はどこかで捕まり、この見知らぬ地森で自由となった。つまり彼女たちには頼る人間が隼翔しかいない、ということである。そして隼翔の実力も見ているからこそその提案をしたというのも理解できる、だがその後の言葉を解せないでいた。


「どうしてそう思ったんだ?確かに俺はこの世界の人族とは考え方が違うだろう、だが違うだけで二人に何するか分からないんだぞ?そういう点では他の愚かな人族と変わらないと思うが」

「それはごもっともです。ですが、本当にハヤト様が何かを考えているなら私たちにここまで気を使わないはずです。このように優しいハヤト様だからこそ、ということです」


 隼翔の半ば脅しのようなセリフを、完全に見破っているかのようなフィオナ。確かに隼翔は別に何かしたいわけではない。

 その辺を正確に見切っていたのか、さらにフィオナは決定的とも言える言葉で追い詰めていく。


「それにハヤト様はどうやら奴隷をご所望のようですし、ちょうどいいかと思いますが?」

「……はぁ、分かった。好きなようにしてくれ」


 そこまで言われてしまっては、ということで隼翔はため息を漏らしながらこれ以上説得するのは無駄な労力だと悟った。その言葉を聞いて二人は嬉しそうな笑みを浮かべる。だが、隼翔としても負けっぱなしは趣味じゃないので、一応条件を付ける。


「ただし、正式に奴隷にするかどうかは森を出た後に決める。それまでは差し詰め仮と言ったとこだな。もちろん、それまでは二人を守ってやる」

「……分かりました、それではこれからお願いします」

「お願いします」


 その条件に多少不承不承と言った態度を示したが、隼翔のご機嫌を損ねるわけにはいかないと判断し、頷くのであった。

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