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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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鍛冶師

誤字や脱字がありましたらご連絡いただけると幸いです。一応見直しているんですが……どうしても、ね。

感想やご意見などもお待ちしております。

「冒険者だぁ?」


 鍛冶師の青年は先ほどまでとは別の意味で顔を顰める。

 先までの怒り方がはた迷惑な訪問者を威嚇するモノだとするなら、今は媚を売るあるいは取り入るべく訪れる厚顔無恥な来客を蔑むような、そんな表情をしている。


「生憎と俺は親父おやじや兄弟たちにお前を紹介してやるほど暇じゃないし、そもそもそんな下らないことをする気もない。だからとっとと帰れ、冒険者っ」


 ふんっ、と鼻を鳴らし鉄製の扉を勢いよく閉めようとするが、いつの間にか伸ばされていた脚がそれを遮る。

 苛立たし気に舌打ちし、ギロッと強めに脚で扉を閉めるのを阻害する隼翔を睨む。だが、当の本人は飄々と受け流す。


「……何のつもりだ、冒険者?俺を怒らせたいのか?」

「冒険者じゃない、ハヤトだ。それに俺はあんたを怒らせたいわけじゃない、ただクロード・マレウスという鍛冶師に用があるだけだ」

「あ"?お前が用があるのは、にじゃなくてマレウス(・・・・)に、だろ?」


 建前じゃなく本音を語ればどうだ、と言わんばかりにクロードは睨めつけるが、隼翔は不思議そうに首をかしげる。

 そして何を思ったのか、隼翔は懐から一本の短剣ダガーを取り出す。


「あんたは何を言っているんだ?俺はマレウスなんて家名(・・・・・・・・・)にも、その家族・・にも興味はない。この短剣を打った、クロード(・・・・)という鍛冶師当人に用があるんだ」


 一切の飾り気もない鞘と柄。重心は安定していないし、鞘に納められた刀身は鈍く一級品とはほど多い出来。


「これは……俺の作品、だな」


 差し出された短剣ダガーを受け取るクロード。彼にはその未熟な短剣にものすごく見覚えがあった。なぜならそれは彼の言葉通り、まさしく彼が打った作品の一つ。


「ああ、それはクロードという鍛冶師の作品だ。俺がつい先ほど買った」


 まあほとんど捨て値同然だったから貰ったというのが正しいかもしれないが、と肩を竦める隼翔。そんな隼翔とは対照的にクロードはわなわなと肩を揺らす。


「てめぇっ、そこまでして"マレウス"に取り入りたいかっ!?そんなにしてまで、一級品の武具が欲しいってかっ!?お前には冒険者としての誇りも、矜持も、心の強さもないのかよっ!!」

「……はぁ。どうやら今は話にならないみたいだな」


 怒りで喚き散らすクロードを前にして、隼翔は説得は無理だなと諦めたように嘆息を漏らす。そしてそのまま、疲れたようにクルッと踵を返し部屋を出る。

 無言で立ち去る三人の後姿を見送るクロード。手には隼翔が買ったと言っていたクロード製作の短剣ダガーが握られている。


「ふざけやがってっ!!」


 ギリッ、と奥歯を鳴らし、呼気を荒げる。

 "マレウス"とはこの迷宮都市クノスだけでなく、大陸全土にまでその名を轟かせる名門鍛冶貴族の家名である。マレウスの創る武器は天を裂き、地を砕き、海を割るとまで言われ、その防具は決して傷つくことは無いとまで謳われるほどの逸品。

 それ故にマレウスの武具を欲する者は上級冒険者から一国の騎士、名だたる傭兵、果ては貴族までと競争率は高い。

 だが、それらすべての者が武具を売ってもらえるわけでなく、マレウスは一つの基準を設けている。それが、彼らが認めるほどの人物にしか武具を作製しないということである。つまりいくら金銭を積もうとも、どれほど権力を掲げようとも作成してもらえない。


 だが残念なことにそれを認めることが出来ず、どうにか武具を創ってほしいと迫る者たちもいる。そのような実力もなく、かと言って努力というモノをしない者たちが選ぶ手段がその血筋に近しい者に取り入り、あわよくば紹介してもらう、というなんとも情けなく狡い方法である。


 クロードは"マレウス"という名門鍛冶一派の血筋を継ぐ、鍛冶貴族。しかも傍流ではなく、正当な血筋の長男。

 普通ならば、彼は後継者としてマレウスの名を継ぐはずであり、その鍛冶の腕前も名前に負けないことが予想される。

 しかし、現実は時に残酷であり、彼には大凡おおよそ普通(・・)の鍛冶師としての才能が無い。つまるところ、彼の創る武具は良くて平凡、悪ければ粗悪品という評価が妥当と言える。

 更に悪いことに彼には弟が3人ほどいるのだが、そのすべてがマレウスの名を名乗ることが許されるほど鍛冶の腕前がある。

 故に彼の世間からの評判は"マレウス"の面汚し、落ちこぼれ、異端児と疎まれ、彼の家族さえも冷たい目を向ける始末である。

 落ちこぼれ(そんな)評判でも、正当な血筋の、しかもマレウスの長子。取り入り、紹介を得るには十二分以上の逸材。

 だからこそ、今まで幾度となくクロードを訪ねてはその血筋・・に連なる(・・・・)高名な鍛冶師(・・・・・・)を紹介してくれと頼む輩は嫌というほど見てきた。

 その誰もが、クロードの作品を適当に上面だけを褒め、心では乏し、笑い、下心を丸見えで取り入ろうとした。


(どいつもこいつも、言うことは全部同じ。親父を弟を、マレウスを紹介してくれ、だっ!!)


 ダンッ、と煤けた灰色の壁を力強く殴る。


(そんなに武器の力でのし上がりたいかっ、そこまでして努力するのが嫌いかっ!!お前らにはプライドってもんが無いのかよっ)


 クロードは心の中で声を荒げる。

 別に彼はマレウスの武具が嫌いなわけではない。ただ、武具の性能だけで成り上がりたい、力を手に入れたいという輩が嫌いなだけである。

 もしクロードのところに厚顔無恥な客が往々にして訪れていなければ、彼はこのような性格にならなかったかもしれない。もちろんそんな仮定の話は無意味なのだが、内心の憤りを隠しきれず拳から血を流す彼の姿を見ると大抵の人物は、そう思ってしまっても無理はないだろう。


(確かに俺には親父や弟たちのような鍛冶の才能は無いっ。それでも俺には今まで培ってきた鍛冶師としての矜持プライドがあるんだよっ!!その誇りをこんな形で踏みにじるとか、最低だろっ!!)


 血で濡れていない方の手でギュッと短剣ダガーを握りしめる。脳裏に描くのは狐人族の双子の少女を連れた男の姿。

 あまり見かけない黒髪黒瞳。おそらく自分クロードより年下だと思われるが、その物腰と纏う雰囲気はどこか見た目とそぐわない。

 多くの手練れを見てきたクロードにとっては隼翔が纏う雰囲気がただモノではないというのが一目で分かった。だが同時に普通の手練れとも異なる、一言で会わらすなら異様な感覚を覚えた。

 それでもクロードは隼翔が"冒険者"と名乗ると、そのようなことはどうでも良くなり、いつも通り頭に血が昇った。そして怒りは、彼が持ち出した短剣を見て頂点に達した。


(……今まで多くの奴らが俺を訪ねてきた。だけど、今回みたいに俺の、作品を持ち出してまで機嫌を取ろうとした奴は初めてだっ!!)


 言うまでもないが、隼翔にはクロードの機嫌を取ろうと思い短剣を買ったという意図は微塵もない。

 だが、これまでのクロードの経験が今回の食い違いを生んでしまった。


「……はぁ、止めだ止めだ。あんなクズ野郎のことをこれ以上考えても無駄だ」


 天井を仰ぎながら深く息を吐き出す。炉の炎のせいか、無数の黒いシミが目に入る。それらを数えている内に、クロードの心は少しずつ平静を取り戻していく。

 そして、腹の底からフーッと息を大きく吐き出すとクロードは金床の前にゆっくりと座り、愛用の金づちを手にする。

 炉から真っ赤に燃える鉄塊を取り出し、金床に置くと、カンッカンッ、と槌を振り下ろす。何度も何度も振り下ろすうちに、クロードの思考からは不要なモノ(雑念)は灰となり、ただ一つの強い情念ほのおだけが残る。


「……ふぁーあぁ。すっかり日が暮れちまったな」


 コキコキと首肩を鳴らし欠伸を漏らしながら、クロードは窓の外を眺める。すっかり日は傾き、空は茜色から青夜空に変わり始めている。

 日中にはクロードとしてはとても不愉快な出来事があったが、それでも雑念が無くなったことにより集中力が増し、知らぬ間に時間が流れていた。


「昼も食ってないし、腹が減ったな……少し休憩してからまた再開するか」


 時間が流れを知覚したために、グーグーと空腹を訴えて始めた腹を満たすために休息も兼ねて部屋を出ようと鋼鉄の扉に手を掛ける。そして扉を半分ほど開いたところで、足元に一枚の洋紙が落ちていることに気が付く。


「ん?コレはなんだ?」


 一見すれば単なる白紙。それをクロードは訝し気に拾い上げ、裏返す。


「"お前の創る武具もその誇りを持った職人気質な性格も嫌いじゃない。今度はもっと冷静な話し合いをしたい――――ハヤト"……ってコレ、あの冒険者が置いていったのか?」


 その名は嫌というほど脳裏に焼き付いている。なにせ、数刻前に鍛冶師としての誇り(プライド)をクロード的にはかなり汚されたのだから。

 そして今回のこの置手紙もまた、内容的には先ほどと同じように誇りを汚すモノ。


「……なんて言うか、本当に変な奴だな」


 しかし、先ほどと違いなぜか怒りは込み上げてこない。むしろ、何か不思議な気持ちが心を満たし、魂の炉に火が燈る。だがそれに気が付いていないクロードは自分に言い聞かせるようにボソッと呟き、部屋を後にするのだった。






 時刻は少しだけ遡る。

 クロードとの少しばかり険悪な面会を終えた隼翔たちはエレベーターのような装置に乗り、ギルド本部である一階にまで降りて来ていた。


「あのハヤト様……どうしてご機嫌なのでしょうか?」

「先ほどの件はアレでよろしかったのですか?」


 三人は現在、ギルド本部に設置されている依頼ボード、通称リクエストボードの前にいる。理由は言わずもかな、クエストを受けるために現在吟味しているからである。

 右から左へ、ボードに張られたクエストの依頼書を傍から見ればいつも通りの無表情で精査する隼翔に、両脇を固める双子の姉妹は不思議そうに首を傾げ、尋ねる。なぜ、隼翔は嬉しそうなのか、と。


 周りから見れば、その男のどこが嬉しそうなのだ、と疑問を抱くだろう。それくらい隼翔の表情に感情は見えない。だが、やはりフィオナとフィオネほど隼翔と心を通わせるとその微かな変化すらも分かるのだろう。


「まあ、当初の目的は達成できていないが、想像以上に良い鍛冶師に出会えた。それは何よりも得難い成果だな」


 隼翔は嬉しそうという言葉を否定せず、腕を組み軽く顎を撫でながら姉妹がこなせる適当な依頼が無いか吟味する。

 Eランクの魔石片10個納品、ゴブリン20匹討伐、15層までの護衛任務、鉱物採取など地下迷宮内での依頼から迷子のペット探しに夕飯のお使いなど内容はさまざま。今の二人の実力からすればDランク相当のクエストも十分に達成できるが、生憎とランクはF。故に受けられるクエストはEランクまでのモノしか選べない。

 とりあえずお使いなどをやらせても大して身にはならないだろうと隼翔は考え、魔石片などの納品依頼複数と討伐任務複数を選び、ボードから外す。


「良い鍛冶師、ですか?」

「私たちは鍛冶はおろか、武具についても未だに善し悪しが判断できませんが……正直、ハヤト様が作製した方が良い品が出来るのではないですか?」

「まあ、その質問は尤もだな」


 10枚ほどの依頼書の束を片手に受付に並ぶ三人。

 クエストはボードから選び、採用リジェクトされることにより始めてランクアップの糧となる。つまり、先駆けて素材や魔石片を集めて来て、持ち込んだとしても意味が無く、クエストを受けている状態で採取することによりランクアップのポイントが溜まる。

 だからこそ、三人は今受付に並び、依頼を階級印ランクマーカーに刻むために列に並んでいる。その暇な時間に、双子がまたしても不思議そうに隼翔に疑問をぶつけた。

 姉妹は善し悪しが分からないと言いながらも、しっかりと現状を判断できていたので、隼翔は空いている方の手で姉妹を交互に撫でる。そして一息ついたところで、再び言葉をつづける。


「確かに現状では俺の技能スキルを使えば、あの武具よりは断然良いモノが出来るだろうな。それこそ数段上の、一級品にも引けを取らないような武具が、な」


 周囲の様子を確かめつつ、フィオナとフィオネにしか聞こえない程度に声を潜める隼翔。

 いくら周囲にいるのが取るに足らない存在だとしても、やはり自分の手札を晒すような真似は絶対にしない、このような決して驕らない姿勢こそが隼翔の強さを支えているのかもしれない。

 閑話休題それはともかくとして、それ程の武器作製能力があるなら鍛冶師など不要なのでは、と思うフィオナとフィオネ。それを理解している隼翔は二人が首を首を傾げる前に、――たが、と続ける。


「それは性能(・・)だけが優れている武具に過ぎない。そんな軽く脆い代物、少なくとも俺は実戦では使いたくないな」

「え、えーっと……」

「どういう意味でしょうか?」


 申し訳なさそうに俯くフィオナとフィオネ。そんな彼女たちを見た隼翔は、うーんと悩むそぶりを見せた後、徐に姉妹の腰に括りつけられた小太刀を指さす。

 指さされた小太刀は双子との旅を決意した後に改めて隼翔が万物創成の能力とヴァルシング城の宝物庫で埃を被っていた希少金属を用いて作製したモノであり、銘は刻姫キザヒメ母姫ウムヒメである。

 隼翔はそれらを見据えながら話を続ける。


「例えば、その小太刀。それを俺と全く同じ技能を持つ他の誰かが同一品を創ったと仮定する。俺が創った小太刀と誰かが創った小太刀……果たして、二人にとってどちらの小太刀が重く(・・)堅い(・・)?」

「そんなのは――」

「もちろん――」

「「ハヤト様が創ったモノにきまっていますっ!!」」


 問いかける隼翔に、フィオナとフィオネは間髪入れずに自分の小太刀を抱えるようにして答える。そんな二人の姿に思わず笑みを零す隼翔。


「簡単に言えばそう言うことだよ。つまり誰かのために、強い想いで創られた武具それだけで重く堅い、どんな一級品にも劣らないモノになるんだよ。だから俺が自分のために創っても意味が無い。そういう意味でも、あれほど誇りを持ち武具に魂を込められる鍛冶師と出会えたのは幸運なんだよ」


 なるほど~と口を合わせる二人を微笑ましく思いながら、空いた受付台カウンターに足を運び、片手が埋まるほどの依頼書の束を受付嬢に渡すのだった。

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