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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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異彩と未熟と異端

 明くる日、太陽ソーレの10の時。隼翔はフィオナとフィオネを引き連れマルドゥクの前にいた。

 周囲にはほとんど冒険者の姿は見られない。いるとしても剣や盾、鎧と言った装備は外し、私服姿で休日を謳歌してる者たちだけ。

 それでもやはり人の数は多いのだが、慣れたのかあるいは諦めたのか隼翔は不機嫌そうな表情はしていない。


「さて、と。来てみたはいいがどこに行けばいいんだ?」


 外套の下から取り出すのは一枚の洋紙。そこには血印と達筆な文字で何やら書かれている。

 先日酒場で出会った炭鉱族ドワーフに貰った紹介状であるが、そもそも隼翔はこのマルドゥクに武具屋があることを初めて知った。というのも隼翔はマルドゥク(ここ)が冒険者ギルドの本部であるとともに地下迷宮ダンジョンの入り口である、という認識しかもっていない。

 考えてみれば確かに高く聳え立つ塔だけに上には何かあると思うが、やはり興味が無かったために考えていなかった。


(だけど……よくよく考えるとこの広場で昨日は槌と金属の音がしたんだよな)

 

 それはシエルを地上にまで送ってきた時の事。

 まだ朝の喧騒が鳴り始める前、どこから槌で金属を叩く小さな音が鳴り響いていた。もちろん常人では気が付かないだろうし、耳の良い者でも余程興味が無ければ気が付かないであろうほど小さい音。

 その音は不連続で不規則な、お世辞でも耳障りが良いとは言えなかった。それでも隼翔にとってその音は心に響く、どこか懐かしい音だった。

 だからこそ、今日はその音が聞こえないことに少しだけ寂しそうな表情を浮かべつつ、とりあえずマルドゥクの一階に作られたギルド本部に足を運ぶ。



 シミどころか砂粒一つないほどまでに磨き上げられた床板タイルに、光の反射が眩しい白い壁。漆のような黒光沢が美しい受付台と、そこに立つコンシュルジュのような制服を身に纏う美男美女。

 相変わらず冒険者が不適合ミスフィッツだと思わされてしまうその空間に足を踏み入れ、隼翔は思わず嘆息を漏らす。

 しかしすぐさま気にしてはいけないと言いたげに軽くかぶりを振ると、そのまま上に行ける道が無いか模索する。

 

「……あそこ、か?」


 気にしないと心に決めながらも、やはり右を見ても左を見ても綺麗すぎる空間に少しばかり辟易としてしまう。だがその中に、ふとどこか前世の日本で見たことがあるようなものが目に入る。

 両開きのドアに、行き先を表しているであろう数字。それはまさしくエレベーターに近いモノ。もちろん日本のように鉄製で電気で動いてるわけではない。

 それでもしっかり冒険者たちが並び、その鉄製の箱に消えていく姿はまさに日本のオフィスで見かける様子。


「あれで上に行けるのでしょうか?」

「私たちも初めて見ました……」

「俺も初めただよ……。きっと上に行けるんじゃないかな」


 ほぇーと驚いたように口を半開きにする姉妹の横で隼翔は何とも言えない表情を浮かべる。

 そんな三人をよそに並んでいる冒険者たちはそこに乗り込んでは、消えていく。


「とりあえず……並ぶか」


 未だに何とも言えない表情を浮かべたまま、隼翔は首を傾げている姉妹を連れエレベーターの並びに並ぶのだった。




 なんとも言えない浮遊感が身体を包む。フワフワと空を飛んでいるというよりはどことなく宙づりにされているような、そんな感じ。


(エレベーター……とは違うからかな。まあかなり開放的な構造だし、その影響何だろうな)


 恐らく魔法で浮遊しているのだろうと推測される丸い天板に乗り周囲を見渡す隼翔。

 日本にあるエレベーターと違って完全な閉鎖空間ではなく、透明なアクリルガラスのような管の中を移動している。何よりこのエレベーターのようなモノはドーナツ状の塔の内円側に設置されているので景色が見えないというわけではない。

 だが、その見える景色は地面に突き刺さった巨大な石剣だけ。だからこそ、隼翔の視線は自然とその石剣に注がれる。


「どうされましたか、ハヤト様?」

「ん?あ、いや……ちょっとアレを見てたんだ」

「大きいですよね……。確か神々が地下迷宮ダンジョンを封印するために落としたとか、人々を亡ぼすために落としたとか、諸説あるみたいですよ」


 まあ結局は何のためにあるのか分かってないみたいですけど、と付け足すフィオナの言葉に隼翔は曖昧に言葉を返す。


(……あのお人好しの女神(ぺルセポネ)ならなんか知ってんのかね。にしてもあの注連縄しめなわと鎖……瑞紅牙コレの封印と似てるよな)


 注連縄と鎖に縛られるその石剣オブジェは己の腰にある刀を初めて見たときの状況と酷似している。だからこそなのか、隼翔はすっかり思考を奪われる。それでも瑞紅牙を見た時ほど心は魅せられず、純粋にその正体を探るように視線を向ける。

 そのままぼんやりと石剣を眺めていると、突如として何とも言えない浮遊感が急に無くなり身体に重力が戻る。


「お待たせしました、こちらがギルド公認の武具や道具屋が並ぶ商業階となります」


 地面に聳えるように突き刺さる石剣から視線を外し、聞こえてきたお淑やかな声の主を見る。

 コンシュルジュのような制服を着た女性、ギルドの受付嬢である。なぜ彼女がいるのかと言えば、このエレベーターのような装置は自動ではなく、人力で魔力を送ることにより動く仕組み。それ故に操縦者としてエレベーター嬢のような立ち位置でギルド嬢が一緒に搭乗してるのである。


「助かった」


 その彼女に隼翔は軽く会釈して降りる。

 降りたその階層はやはり一階に創られたギルド本部と同じようにとても綺麗で、相変わらず普通の冒険者は不適合ミスフィッツな雰囲気が漂う。

 しかし、ここにいる冒険者たちはどこかその印象とそぐわない。顔に大きな傷がある人間ヒューマンの冒険者が着る重厚な鎧も、エルフの魔術師が纏うローブも、すべて美しく磨かれており、放つオーラがどれもが一級品だと一目で分かる。

 もちろん隼翔が身に纏う鴇夜叉の外套は彼らの着る装備品とは一線を画す装備モノなのだが、あまり高級そうには見えずむしろ草臥くたびれたようにすら見えてしまう。

 加えて隼翔の背後に控えるフィオナとフィオネが身に着ける装備品の数々が他の冒険者たちと同じように一級品の雰囲気オーラを放つのもその原因の一端かもしれない。

 だからこそ、か。


「申し訳ありませんが、階級印ランクマーカーを見せて頂いてもよろしいでしょうか?」


 商業階に足を踏み入れてすぐに声をかけられる。

 声をかけてきたのはギルド嬢やエレベーター嬢と同じ服装を身に纏った美男子イケメン。表情は笑っているが、どこかその声色は冷たく、拒絶あるいは疑いを感じさせる。


「これでいいか?」

「え……っと、ですね。申し訳ありませんが、こちらはCランク以上の冒険者しか立ち入ることはできません。下でご説明はありませんでしたか?」


 隼翔と双子の手の甲に浮かぶ白い文字を見て、ギルド職員はやはりか、と心底侮ったような表情を浮かべる。そしてすぐさま表情を上面だけの営業スマイルに切り替えると苛めるような口調で確認する。

 それは暗に侮り、分相応な態度を取れと言われているようで、隼翔の後ろに控えるフィオナとフィオネはムッとした表情で食い掛かろうと一歩前に出ようとするが、それを止めるように隼翔が姉妹の動きを制す。


「ああ、知っているさ。知っている上でここに来たんだからな」

「……それでは何をされようとも、何を出そうとも立ち入ることはできませんが?」


 まるで気にした様子もなく、むしろどこか面白がるようにギルド職員を挑発して見せる隼翔。

 その態度に流石のギルド職員も笑みが一瞬だけ崩れ、強張り、少しばかり剣呑な雰囲気が男から放たれる。

 この商業階は上級(Cランク以上)の冒険者しか立ち入れないとあって、かなりの業物や道具が売られている。そのため、どうしても権力をかざす貴族や暴力に任せ突入しようとする愚か者が一定以上訪れる。そしてその愚か者たちは絶対に言葉での忠告に耳を傾けない、今の隼翔のように。


「…………」


 ギルド職員は無言のまま、腰に備えてある警棒のような武器に手を伸ばす。隼翔が下手な動きをすればすぐにでも抜くぞと言わんばかりに目を光らせる。 

 今のギルド職員のように不埒者たちへの対応はもちろん実力行使。ここは権力や人種には一切屈しない、平等な都市。故に権力をかざした貴族に多少荒いことをしても問題にはならない。

  

「そんなに剣呑な雰囲気を放たなくても良くないか?別に俺は無理やり押し通るつもりはないからな」


 隼翔が懐に手を伸ばしたことでギルド職員はざっと警棒を抜き放ち肉薄しようとする。だが、隼翔は苦笑い気味に開いている手でそれを制する。

 普段ならそんな手の動きで制されるほどギルド職員の鍛え方は甘くない。それこそCランク冒険者と同等以上の力を持っているのだから。それなのにギルド職員は思わずその掌を見て動きを止めてしまった。


(な、なんだっ!?この異様な威圧感は……動けない。いや動いてはいけない(・・・・・・・・)


 ギルド職員の額から冷たい汗がツーっと流れ落ちる。ただ掌を向けられているだけ、その簡素な動作なのだが動きを止めてしまうほどの何かを感じた。もちろん隼翔は本当に掌を向けているだけであり、殺気を放っているわけでも重圧プレッシャーをかけているわけではない。

 それでも何かを感じてしまう理由はやはり今までこの商業階を訪れた多くの上級冒険者を目の当たりにした経験があるからだろう。


「おっ、あった。これを見てくれ」


 目の前の男が半ば恐慌状態に陥っているなど思っていない隼翔は懐から一枚の書状を取り出す。

 

「こ、コレは……?」 


 隼翔の制止が無くなったことで何とか動くことが出来るようになった職員は呼気を少しばかり浅くしながら訝し気に書状を受け取る。

 受け取った当初、男は不満そうな表情を浮かべていたが、そこに書かれる内容と押された血印に思わず目を見開き、言葉を失う。


「昨日酒場で知り合った炭鉱族ドワーフに貰ったんだ。これでここに入れるか?」

「なっ!?た、確かに本物のようですが……」

「なんだ、この紹介状じゃダメなのか?」

「い、いえっ!?そんなことはありません、むしろ先ほどまでの非礼の数々、大変申し訳ありませんでしたっ!!」


 なぜ都市を代表する大物と目の前の貧相な男がっ、と感情任せに思考の奥底で叫びたくなったが、それ以上に驚愕という感情が上回り、ギルド職員は狼狽したまま頭を下げた。


(へぇ……あの炭鉱族ドワーフ、かなりの大物だったみたいだな)


 困惑しながらもしっかりと礼儀正しく頭を下げるギルド職員を横目に、そんなことを考えながら隼翔はゆっくりと商業階に正式に足を踏み入れるのだった。





 巨大で、明度の高いガラス張りの陳列棚ショーケースには煌びやかな鎧や甲冑、鋭い剣や短剣が飾られる。どれも一流の職人が仕上げたというのが一目で分かる。


「ほぇー……どれもすごいですねっ」

「どれも最高位鍛冶師マスタースミスが仕上げた作品のようですね……。恐ろしい値段ですっ」


 フィオナは並ぶ武具を見て感嘆したように息を漏らし、フィオネはそれらに付けられる値札に並ぶ(ゼロ)の数を数えながら目を丸くする。


「どれもすごいというのは確かに理解できるが……どうにも琴線に触れないな」


 いくつも立ち並ぶ武具屋。

 その中の一つである槌と炎を模した看板が目印の店へと立ち入った隼翔は、壁にかけられた短剣の一つを手で遊びながらその使い心地などを確かめる。

 フィオネの言葉通り、確かに最高レベルの鍛冶師が鍛えた武器とあって重心が安定しており、刃も鋭く均一で間違いなく一級品だというのが分かる。それでも隼翔にはどうしても手に馴染むような感覚が無く、またどこか軽さを感じてしまい、首を傾げたまま元あった場所に戻す。


「お客様、気に入った武器はありましたでしょうか?」

「いや……どうにもここら辺にある武器は俺には上品すぎるみたいだな」


 隼翔の横に張り付くように商品の説明をしていた店員をよそに隼翔は渋い表情を浮かべる。

 手取り足取り武器の説明や製作者(鍛冶師)の名をつらつらと並べるその姿にもだが、やはりそれ以上に自分の求めているような武器が無いことに隼翔は落胆の色を隠せていない。

 もちろん隼翔はこの場で武器を買うことは考えていない。あくまでも武器を見て、その製作者(鍛冶師)を紹介してもらうことを目的としている。それでもやはり気に入った武器が無いと落胆してしまうだろう、なにせこの店舗で隼翔が訪れたのは10件目なのだから。


「……そうですか」

「ああ、悪いな。……ところであそこにある武器や防具はなんだ?」


 買って貰えないか、と明らかに肩を落として見せる店員をよそに隼翔の視線は飾られている武器や防具から逸れ、店の隅――それこそ店の奥の物置とでも称する場所――に向けられる。

 視線の先にあるのは大きめの木箱。そこにはうず高く金属鎧や短剣、槍、剣などが雑にはみ出すほど積み上げられてる。その扱いは売り物ではなく、正に廃棄物。現にうっすらとだが埃が積り、武具の鉄色を僅かに霞ませ鈍くしてる。


「それですかい?そいつはなんていうか……」


 店員の男も明らかにその話題に触れて欲しくないとばかりに、言い淀み視線を泳がせる。


「うーん……確かに言い淀むのは分かるな。創りは甘いし、重心はブレてる。何よりも刃が鈍い」


 木箱の中から一本の剣を取り出し、軽く振る。


――ブオンッ、ブオンッ


 鈍い刃が空気を重く叩く(・・)

 隼翔の佩刀である瑞紅牙と違い、その剣が鳴らす音はお世辞にも鋭さはない。確かに剣と刀ではモノが違い、慣れと言う点でも隼翔は剣というモノには慣れていない。

 しかし隼翔は大抵の武器は扱えるためその構えや振る姿はとても様になっている。それでも剣が空を切る音が鈍いのは言葉通り武器つるぎの創りが甘いのが原因。


「ええ、そうなんですよっ!!だからとても売れるような代物ではっ」

「――――だが、」


 辛辣な隼翔の言葉に店員も喜々として言葉を重ねていく。まるでそこにある廃棄物は見られたくない、あるいは売るのは店の()だと言わんばかりに。

 しかし隼翔はその言葉を遮る。その表情に浮かぶのは剣に対する落胆や憤りではなく微かな笑み。思わず店員はそれを見て驚き、首を傾げ、少しばかりの恐怖を抱き、言葉を止める。


「熱い気持ちと魂が籠った、重くて(・・・)良い武器だ」

「こんなのが……良い武器?」

「あんたの疑問は尤もだ。確かにこれらは先も述べた通り未熟で実戦には堪え得ないモノだろうな。だが、それ以上にこんなに重たい武器は久方ぶりに感じた……是非とも製作者を教えてくれ」


 信じられないとばかりに動きを止める店員など気にも留めず、隼翔は笑みを浮かべたまま剣を鞘に納め製作者である鍛冶師の所在を訪ねる。


「そ、それらの製作者はあの名門鍛冶貴族の落ちこぼれ(異端児)、クロード・マレウスの作品です……」

「クロード・マレウス、か……どんな人物なのかとても楽しみだな」


 どこか不安げで、顔を青くする店員をよそに隼翔はいつになく嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。





 無機質で冷たい印象を与える灰色の石壁。同じマルドゥク内でありながらも、ここはギルド本部や商業階と違い、武骨で飾り気がない。

 だが、その一方でこの階層は煩わしいまでに金属音が鳴り響き、ゴーッ、ゴーッと炎の猛々しい熱が空間を満たす。

 

「すごい熱気だな……。フィオナ、フィオネ大丈夫か?」


 隼翔はシャツの胸元を指で摘まみ、少しばかり扇ぎながら左右でぴったりのくっつく姉妹を気遣う。

 今三人がいるのは商業階の更に上に設けられた、新米や芽吹いていない鍛冶師たちが腕を磨く職人階・新人区画である。この区画は鍛冶師が己を鍛えるために日夜にちや槌を振るっているだけあり、金属音が鳴りやむことは無く、また途轍もなく熱い。

 そんな蒸し風呂のような場所で、密着するほど他者にくっ付いていれば余計に熱くなるのは自明の理。現にフィオナとフィオネはしっとりと汗ばみ、美しい金色の髪が頬や額に張り付いている。


「大丈夫です、ハヤト様っ!!」

「はっ!?……もしかして私たちがにおいますかっ!?」

「そんなことは無い、いつも通り良い匂いっだから安心しろ」


 離れるべきか、とワタワタと慌てだす姉妹を見て隼翔は苦笑いを浮かべながらかぶりを振る。

 この会話からも想像できる(わかる)通り、別に隼翔は二人に密着しろと強要してるわけではない。ただ姉妹は自分たちの意思で、大好きで敬愛する隼翔に密着しているのである。


「「はわわわわっ!!?ハヤトさまっ」」


 その敬愛する人に良い匂い(そんなこと)を言われてしまっては二人は慌てるしかない。

 そんな二人の様子を愉快そうに笑う隼翔。周囲から見れば若干不思議なデートをしてるようにも見えなくない光景……もちろんここが街中であれば、なのだが。


「そんなに慌てるなよ。さて、と………ここが目的の場所か」


 未だにあわわわっと狼狽するフィオナとフィオネの頭をぐしゃぐしゃと強く撫でながら隼翔は一つの部屋の前で足を止める。

 武骨な石壁に嵌められた金属製の扉。そこには三桁の部屋番号と名札ネームプレートが付けられている。それらの数字と名前が店員の男から聞いたモノと一致してることを隼翔は確認する。そしてそのまま少しばかり耳を澄ますと扉の向こうからは炎が燃える音と金属音が確かに響いている。つまりこの部屋の主はいる。それを確認すると、隼翔はコンコンコンと扉を軽く叩く。


「……返事がありませんね」

「聞こえていないんでしょうか?」


 少しばかり待つが、返事も扉が開かれる様子もなく辺りには金属音だけが煩わしく響き渡る。

 もちろん扉の向こうでは相変わらず金属を叩く音が聞こえているので部屋の主がいるのは間違いない。だとすればノックの音が聞こえていなかっただけなのではないかとフィオナは思い、隼翔の代わりに先ほどよりは強めに三回扉を叩く。

 だが、やはり反応は無く、待てども暮らせど返ってくるのは金属音だけ。

 どうしましょうか、と左右で首を傾げる双子をしり目に隼翔はノックを繰り返す。


――コンコンコン、ゴンゴンゴン、ガンガンガンガンガンガンッ


 最初は中指で軽く叩き礼儀正しさが見えたのだが、次第に叩き方が苛烈になり、最終的には拳で殴りつけるようなモノへと変貌する。

 無言のまま、はた迷惑なほどノックを繰り返すその姿はどこかヤクザの借金取りを彷彿させる。


「だぁあああああっ!?うるせぇーなっ、家賃ならこの前払っただろうがっ!!」


 隼翔が無言のまま恐喝紛いに扉を叩くこと数分、突如部屋の中から響いていた金属が止み、ドスドスと苛立ったような足音とともに勢いよく扉が開かれる。

 暴言とともに現れたのは一人の青年。身長は隼翔より頭半分ほど大きく、腕や胴回りも冒険者並みに逞しい。

 頭には赤いバンダナを巻き、首元にはゴーグルのような眼鏡をぶら下げるその姿は、鍛冶師というよりは日本風で言えば整備士という言葉がしっくりくる。現にその服装は深緑色のツナギに似ており顔も煤けている。


「やっと出てきたか。生憎と俺はギルドの職員でも借金取りでもない。クロード・マレウスという鍛冶師に用かあって来た」

「……お前は誰だ?」


 不遜な態度を取る隼翔を青年は額から流れ落ちる玉状の汗をぬぐいながら半眼で睨む。


「俺はハヤト、冒険者だ」


 これが隼翔にとって生涯で初めての友であり、相棒である鍛冶師の青年との出会いだった。

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