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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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騒乱の宴

皆さん、風邪にはご注意してくださいね

 仕事終わりの労働者に、地下迷宮ダンジョンから無事帰還した冒険者たちが一日の締めくくりにと、その酒場で騒ぐ。

 解放された両開きの扉からは喧騒と暖かい光が漏れ、外に急ごしらえで設置された特設テラス席では酔った者たちが躍り、叫び、ジョッキを煽る。

 広い店内ではカウンターを含め、ほぼ全席満席で立って飲んでいる者すら確認できる。もちろん外と同様に肩を組んで剣を振り回し、踊っている冒険者(酔っぱらい)はいるのだが……。

 外観はレンガ様造りではなく、石造りの灰色。しかし、石の冷たさというのは一切感じさせず、まるで迎え入れてくれるような温かい光が店内から漏れている。

 ここは南通りでは比較的珍しい酒場"実り女神の集い場"。名前的に女性限定に思われがちだが、決してそんなことは無い。

 現に客には女性よりもむしろ男のが多い。だからと言っていかがわしい店ではない。ただ……。


「おに~さん、注文のエールですよー」

「今日は魔物のステーキがお勧めですね!」


 料理を運んでいる人も、料理を作っている人も、注文を取っている人も全員が白いエプロンと山吹色のワンピースを着た女性。しかも犬人族ランカンに、エルフ、小人族ホビットと多種多様な美人美少女しかいない。

 だからこそ、か。南通りにあるにも関わらず客層は冒険者の数が多く、男女比も前者が圧倒的に多い。そんな知る人ぞ知る、というわけでもないが隠れた名店なわけだが、今日は騒いでいる者たちの6割は一様に"鐘楼と剣"を模した徽章を付けている。


「ふふっ、皆楽しそうに騒げて何よりだよ」

「ああ……遠征を乗り切った甲斐があったな」


 店内の中央に特例的に設置されたであろう、巨大な楕円形のテーブル。そこには肉汁たっぷりの巨大なステーキに、美味しそうに焼けた魚、瑞々しく彩の綺麗なサラダが並ぶ。

 しかし、このユニオン・夜明けの大鐘楼(グランド・ベル)の団長であるフィリアスはそれらの料理にはあまり手を付けずに、隣に座る幹部の一人と酒を交わす。

 流れるような金糸の髪に翡翠色の瞳。喧騒にその金糸が舞うたびに、まるで黄金が視界一杯に広がったかのように錯覚してしてしまいそうになる。

 金髪翡翠眼。整った容姿に高い身長。全体的に翠で統一された服装だが、簡素さは無くどこか高貴さを漂わす雰囲気。目立つのは、人間には無い尖った耳。すべてはエルフという種族の特徴だが、彼はその中でも特別な"王族ハイエルフ"という種族に属する。


「本当だね。踏破階層フロントラインの更新もできたし、君を含めみんなのおかげだよ。ありがとう、アスタリス」

 

 アスタリスと呼ばれたハイエルフは、しかしフィリアスの言葉に小さくかぶりを振る。


「確かに皆の力もあるが……全員が無事なのは貴公の力だ」

「ガハハハッ!!確かにお前がいたからだな、フィリアス」


 男でもドキッとしてしまいそうな微笑みを浮かべるハイエルフ。そんな彼に対してフィリアスは、買いかぶりすぎだ、と言わんばかりに苦笑いを浮かべるが、それを許さないとばかりに二人の後ろから男くさい高笑いとともに巨大な影が現れる。


「ゾディス……。随分と飲んでいるみたいだね」

「当り前だろ!俺は炭鉱族ドワーフだ、酒は俺たちの血であり肉なんだ!飲んで当然さっ!」


 他の団員達が持っているジョッキとは明らかに異なり、巨大なジョッキをまるで紙コップのように片手で持つ男。その体躯は小人族が二人並んでも足りないほど大きく、鎧というよりは金属の塊と例える方が正しいと思えるほど逞しく、筋骨隆々な身体。腕は巨木が可愛く見えるほど太い。どう見ても物語に出てくるようなドワーフとは明らかに違う。物語通りな部分とすれば、その立派に蓄えられた髭ぐらいだろうか。

 もちろん、これがこの世界の基本であり誰も違和感を覚えていないが、おそらく隼翔が見れば少しばかり驚くだろう。

 閑話休題それはともかくとして、ゾディスはどこからか持ってきた大きい椅子を二人の後ろに置き、そこにかける。


「……全く、炭鉱族ドワーフという種族はどうにも理解できないな」

「ふん、俺からすればエルフの透かした態度のが理解できないがな」

「僕からすればどちらも理解できないけどね」

「「言ってろ、ちび助」」


 言葉だけなら急に喧嘩を始めたようにしか思えない三者の会話。しかし、彼らの表情には決して怒りの感情は無く、むしろ親愛の情が映っている。なぜならば、これは彼らにとって乾杯の儀式(掛け声)であり、無事に戻れた喜びと次も遠征も乗り越え、同じように軽口を叩き合おうという意味が込められている。

 もちろんそれを知らない団員たちにとってはとても不思議な行為には変わらないが、それでも各々が持つジョッキを高らかに掲げ、互いを褒めたたえ労うようにぶつけ合い、グイッと煽る姿を見ればその疑問もすぐに霧散する。


「プハッ!!やはり、遠征後の酒は良いなっ、身体に染み渡る」


 巨大なジョッキに並々と注がれていたはずのエールがモノの数秒で消失し、残ったのは炭鉱族ドワーフの特徴である髭を白く染める泡くらいか。

 明らかに桁違いな飲みっぷりに、周辺で騒いでいた団員たちは一様に、うおぉぉぉっ、と感嘆と称賛に満ちた声を上げる。


「ふはははははっ!!お前ら、宴だぞ!!儂に感心しておらんで、ガンガン飲まんか!!」

「頼むから、お店にだけは迷惑にならないようにしてね……」

 

 煽る炭鉱族と、空笑いを浮かべる小人族。そんな二人を微笑ましく、見守るハイエルフ。

 この一連のやり取りを見ただけでも三人が古参の団員であり、同時に旧知の仲であることがよく分かる。現に彼ら三人によってユニオン・夜明けの大鐘楼(グランド・ベル)は設立され、ここまで大規模な集団となったのだから。


「若いうちは騒ぐくらいがちょうどいいんだよ。こんなに勢いがある部下が増えて嬉しいだろ?」

「確かにな……。まあ、私としては節度は守ってほしいがな」

「それは僕も少しだけ同感するよ……」

「全く主らは張り合いというものが無いな……。ソーマのアホみたいな気概を見せてもいいじゃないか?」 

「……アレは本当に大変だったんだからね」 


 呆れたように肩を竦め両目を閉じるアスタリスと苦笑いを浮かべているフィリアス。その両者を見て、大柄な炭鉱族ドワーフはいつの間にかお代わりしていた巨大なジョッキを再び煽り、とある男の名を上げる。


「おい、おっさんっ!!俺のことを酒の肴にしてんじゃねーぞっ!!」

「ソーマ、貴様はもう少し反省しろ。どれだけフィリアスに迷惑をかけたと思っている?」

「うぐっ……てめぇはアレを見てねーからそんな透かした態度とれんだよっ、アスタリス!!」

「そもそも仮定の話自体が無益だが……仮に私が単独でその男と出会っていたとして、貴様のような浅慮な行動はしないな」


 豹人族パンテルの青年は持っていたジョッキをバンッとテーブルに叩きつけ、上司でありかつハイエルフであるアスタリスに食い掛かろうとするが、別の口撃(横やり)により意識が削がれる。


「うるさいぞぅー、負け猫ソーマ」

「やーい、負け猫」

「んだとっ!!糞アマゾネスどもがっ!!」


 犬歯をむき出しにしてソーマはキッと声のした方を睨む。

 彼の鋭い視線の先では暗い青色の髪をした三人の女性がグラスに注がれたオレンジ色の果実酒を呑む。三人は姉妹であるために比較的似た容姿をしてるが、見分けにくいのは三人のうち今ソーマに食い掛かっている二人だけ。

 どちらも健康的な小麦色の肢体を一切出し惜しみせず、娼婦のような衣服に身を包んでいる。だがどこか起伏の乏しい背格好は娼婦としては色気が足りず、むしろあどけない可愛さがある。もちろんそのような性的嗜好がある者には受けること間違いほどの美少女である。

 ガルルルッと獣みたいにいがみ合うソーマと双子だが、それはソーマの視線により横にも飛び火する。


「あら、私は今回は何も言ってないじゃない。言ってるのは、妹たち(シリとシノ)よ。それに私を含めようとするなんて……だからあんたは野蛮なのよ」

「ケッ、何かまととぶってやがる!普段野蛮なのはてめぇーの方じゃねーかよっ、スイ!!」

「いい度胸ね、野蛮で猪突猛進な糞猫っ」


 三人姉妹のうち、静観を貫きお淑やかにグラスを傾けていたアマゾネスは、ソーマの視線が自分も含めていたことに少しばかり不満を漏らす。

 彼女はスイ。ソーマと口げんかしていた双子シリとシノの姉に当たる。

 その服装は双子の妹たちと同じアマゾネスの民族衣装と思われる薄着で、やはり同じように惜しげもなく肢体を見せつけている。しかし双子と決定的に違うのはかなり色香を漂わせている点であり、その要因はおそらく双子の妹たちよりも見事に実った双丘のおかげなのは火を見るよりも明らか。

 もちろんソーマはその肢体に目を惹かれることは無く、むしろより鋭く三姉妹を睨めつける。それに釣られるようにして、スイはかなり汚い言葉を口にしながら、ドンっと椅子を揺らし立ち上がる。


「全く……彼らと来たら……」

「はぁ……」

「はっはっは!!若者はこうでないとなっ!」


 今にも取っ組み合いを始めそうなスイ・シリ・シノのアマゾネス三姉妹とソーマの姿を眺めながらフィリアスは頭を抱え、アスタリスはため息を吐き出し、ゾディスは楽しむように声を上げる。

 他の団員達も止めようとはせず、いつものことだと言わんばかりに酒のツマミ代わりに囃し立てる。

 バチバチと飛び散る視線の火花と場の空気に熱気を帯びさせる怒号と歓声。殴り合い(余興)は今か今かと団員達(酔っぱらい)の期待が高まる中、ふとゾディスは真面目な口調で確認するように言葉を漏らす。


「それにしても……あのソーマに傷をつけた男とは何者なんだ?」

「確かに私も気になるな……。あのバカ(ソーマ)は浅慮とは言え、実力はAランクだぞ。それをいとも簡単にあしらえるなんて……な」


 ゾディスの言葉に同調するアスタリス。ソーマは確かに若く熱くなりやすい部分があるが、それでも共に戦えば十分に背中を任せることが出来るまでに成長した存在。それをいとも容易くねじ伏せるような存在など、それこそこの都市最強と呼ばれる男か、あるいは地下迷宮ダンジョンの深層域を住みかとするまだ見ぬ人外の存在(魔物)しか思いつかない。

 だからこそ二人のとてもではないが信じられないという視線を向けているのだが、それらを一手に受けるフィリアスは力なく笑みを浮かべることしかできない。


「今朝話した通りだよ。ギルドにも確認したけど本当にこの最近この都市に来たってことしか分からなかったよ」

「ふむ……そのような者がソーマを屈服させただけでなく、貴公ですら勝てないと思わせるとは、な。にわかには信じられんぞ」

「確かにな。名前はなんていったか?」


 多くの罵声や歓声が飛び交う店内。そのような空間の中でフィリアスが勝てないという言葉はやけに重く、二人の耳に残る。

 フィリアスという男は見た目(なり)は可愛らしく小さいなれど、冒険者としてSランクという高みにまで上り詰めている数少ない強者。その男を持ってしても勝てないと言わせるということは少なくとも、ソレよりも上の存在である。同時に彼で勝てないということは、夜明けの大鐘楼(グランド・ベル)の中に例の男(隼翔)に少なくとも単身で勝てる者はいないということにも繋がる。

 だからこそアスタリスとゾディスは戦慄に言葉を弱らせているのだが、フィリアスは特に気にした様子もなく言葉を紡ぐ。


「確かハヤトと名乗っていたね。名前もだけど、見た目も瑞穂か東国出身って感じだったかな」

「向こうの出身というと……真っ黒な髪と瞳、か?」

「うん、正にその通りだよ。加えて言うなら……」

「暗赤色の外套と二振りの剣。それと狐人族ウルペスの双子連れ、か?」


 脳裏に浮かぶは暗赤色の外套と光沢のある深紅の鞘。その鞘に納められている()は見たことの無い片刃。どれも特徴としては十分過ぎ、確かに目立つ。

 だがその特徴を持つ人物はつい最近この都市に現れたばかりで基本目立っていない。だからこそ、その人物を知っているのは自分だけだと思っていたフィリアスにとってゾディスが列挙する特徴には思わず目を丸くしてしまう。


「いや、確かに身なりはまさにその通りだったけど、連れていたのは人間ヒューマンの少女だったよ。……というかゾディス、なんでわかったの?」

「なんでも何も……その者と思しき男が外にいるからな」


 ほれ、という掛け声とともに太い指が指し示す先へものすごい勢いで顔を向けるフィリアス。

 ゾディスの指が指すのは店の出入り口の更に先である店の外。そこには木製のテラスに急ごしらえで設置された椅子やテーブルが並び、山のようなジョッキを積み重ねながら歌い踊り騒ぐ団員や他の冒険者たちが映る。

 そんな彼らの更に奥、酒場が面した通りに4つの人影が浮かぶ。

一人は他の酒場の店員と同じ白いエプロンだが、他と違って長袖のワンピースを着ている薄黄色の髪をしたエルフの女性。

 そしてその女性エルフと話をしている三人組。似た容貌をした二人の獣人の少女には見覚えが無いが、その少女たちに挟まれている青年にはかなり見覚えがあった。


「あっ!?」


 フィリアスは思わず声を上げてしまう。

 その声に驚いたのか、掴み合いにまで発展して言い争っていたアマゾネス三姉妹と豹人族の青年、そして彼らを囃し立ているように騒いでいた他の団員達までもが何事かっ、と声を上げた小人族の団長に視線を集める。

 しかし店中の視線を集めている当の本人はそれに一切気が付かず、茫然とその青年を瞳に映す。だが、その青年もまた、視線には気が付いていないのか淡々とエルフの店員と会話を交わすのだった。

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