響く金属の胎動
かなり急ぎめに書いたために今度改稿などするかもしれません。
――――カンッ、キンッ、コンッ!
朝日が少しだけ顔を覗かせた頃、地下迷宮都市・クノスのちょうど中央に位置する巨大な塔・マルドゥクの中に設けられた職人階と呼ばれる階層の一室から不連続な金属音が響き渡る。
その一室には一人の青年の姿が映る。
頭には赤いバンダナを巻き、首元にはゴーグルのような眼鏡がぶら下がっている。鍛冶師というよりは日本風で言えば整備士という言葉がしっくりくるような深緑色のツナギに似た服を纏う青年は、額から滝のように汗を流してるが、それを気にも留めず一心不乱に槌を振り下ろす。
槌と金属が奏でる音は決して均一ではなく、どちらかと言えば不揃いで、鍛冶師の腕が未熟だとというのが伝わってくる。
しかし、それでも聞く者が聞けばその音には、力強さや職人の情熱が籠っているようにも聞こえるだろう。
「……ふぅ。これくらいにするか」
最後に力と魂を込めて槌を振り下ろすと、大きく息を吐き出す。
完成したのは何の変哲もない短剣。その出来はやはり未熟という言葉が似あうほど、刀身が不均一で刃もやや鈍い。
「やっぱり俺には才能が無いのか……」
不格好な短剣を眺めながら小さく弱音を零す。
それでもその瞳に宿る強い意志と炎が揺らぐことは無く、そのまま立ち上がると凝り固まった身体をグイッと伸ばす。そのまま少しの間伸びを繰り返し、ある程度ほぐれたところで、ほとんど物が置かれていない室内の一角に設けられた道具置き場に使い慣れて味のある槌を置き、頭のバンダナで男らしく汗をぬぐう。
「すっかり夜が明けちまってるな」
ふわぁ、と大きな欠伸を漏らしながらこの小さな職人部屋に設置された唯一の窓を開ける。
ムワッとサウナのように蒸し暑い室内に清涼な朝の空気と風が吹き込む。その心地よさを感じつつ、青年は空を見上げることは無く、地上に視線を落とす。
まだ完全に夜が明けたわけではないので地下迷宮に姿を消す者よりも地下迷宮から姿を現す者の方が多い。誰もが鎧や盾、剣に槍を魔物の血や肉で汚し、鈍らせている。鍛冶師としてはすぐにでもそれらを手入れしたい衝動に駆られるが、弱々しくかぶりを振る。
「俺のとこに整備の依頼で来る奴なんていない、か。……さて、寝るか、ん?」
鍛冶師として以前半人前の域を脱しない青年は悔しそうに拳を握るが、すぐにフッと諦めたように力を抜く。そのまま就寝のために部屋の片づけと戸締りをするために窓に手を掛けて、瞬間的に動きを止める。
彼の視線の先に映るのは薄暗いマルドゥクの出入り口から現れた二つ影。実際青年から見れば米粒程度にしか見えていないのだが、漠然と視線を奪われた。
その興味の正体が何なのか、ジーッと目を細めるがいくら頑張っても米粒が小豆になった程度にしか鮮明にはならない。
果たして自分はなんでそんなにも興味を惹かれたのか、そんなことを感がているうちにその人影はすっかり見えなくなっていた。
「うーん……まあ、俺には無縁だろうな」
ガラッと勢いよく窓を閉め、大きく欠伸をしながら青年はそのことをすっかり頭の片隅に追いやるのだった。
「さて、シエル。ここまで送れば大丈夫か?」
地下迷宮内と同様に未だに薄暗い空だが、漂う空気は湿った重いモノではなく、清涼感のある心地の良いモノ。その空気を軽く吸い込みつつ、隼翔は横で幼い妹のように外套の端をギュッと握るシエルに問いかける。
現代の日本で言えばシエルほどの年齢の少女ならばきっとこんな時間まで起きていれば夢の世界に旅立つ寸前だろうし、そもそもあれほどの経験をしていれば泣きじゃくっていても仕方ないだろう。
だが、中堅の冒険者の域に片足を突っ込んでいるシエルはほとんど幼子のような仕草を見せていない。……外套の端を握っているのはご愛嬌というやつだろう。
(……世界が違えば、価値観も違う。今日一日でそれを改めて実感したな……)
大丈夫、と必死に伝えるように力強く頷くシエルを眺めながら、隼翔はそんなことを思う。
この世界・ファーブラは魔物が至る所に跋扈し、気を抜けば盗賊に攫われ、奴隷にされ、下手すれば簡単に命を落とす。それは隼翔の前世と比較すれば恐ろしいほど生きるのに厳しい世界。
それにもかかわらず、フィオナやフィオネ、そして隼翔の眼前にいるシエルは幼くも逞しく生きようとしてる。
また隼翔自身は当たり前のことのように感じているが、豹人族の青年との一件も世界の厳しさを物語っているだろう。もし仮に隼翔に圧倒的な力が無ければ、あの一件で隼翔は大けがを負っていた可能性は十二分にある。しかしながら、豹人族の上官である小人族は正式に謝罪をしたいとは申し出たが、それだけ。
日本では確実に大事になる一件が、あの程度で済んだということは、逆説的に考えれば命のやり取りが日常茶飯事的に行われているとも言いなおせる。これは日本に住んでいた普通の者には到底寛容できない出来事。
だが、隼翔は乱世を生き抜いた侍。その時代の命のやり取りを経験してるからこそ、隼翔は軽く流せたのだろう。
閑話休題、そう考えればファーブラは隼翔の考えると通り日本と価値観がまるで違う。
「そうか、なら気を付けて帰れよ」
隼翔はこの世界はどこか生きやすさを感じるな、としみじみと感じつつ、まるで本当の妹のようにシエルの頭を優しく撫でる。頭を撫でられるシエルもまた、それを気持ち良さそうに受け入れ、端から見れば本当の兄妹にすら思えるほど微笑ましい光景。
「さて、と。フィオナとフィオネも待っているだろうし俺も帰るかな……」
礼儀正しく頭を深く下げ、笑顔で立ち去っていくシエルを見送りつつ隼翔も新居に向かって足を進める。
まだ完全に日は昇っていないとは言え、隼翔のことを心の底から慕っている姉妹は確実に心配をしているだろう。その狼狽しているであろう姿を脳裏に浮かべ、微かに笑みを溢す。
(……誰かに愛されるって、やっぱり良いもんだな)
かつて前世で貰った母親の愛とは少し異なる感情ではあるが、同じように胸の奥を温かくしてくれる心地よさ。それは確実に二度の死を経験し、冷え切っていた青年の心に癒しを与えているに違いない。
現に隼翔は多少の打算はあったものの、ほとんど迷うことなくシエルを助けるという選択をした。これは姉妹に出会う前の隼翔だったらおそらくはしなかったであろう選択。
「それにしてもこの世界には魂の籠った、熱い鍛冶師がいるんだな」
もちろん自らの感情の変化に気が付いていない隼翔は先ほどまで微かに聞こえていた、不揃いながらも心地の良い金属を思い出しながら冒険者たちの影が増え始めた大通りを逆走するように帰路に就くのだった。
時刻は月の3を過ぎ、日は天頂を通過し傾き始めている。
普通の冒険者ならば未だに地下迷宮に潜り、生きるために必死に魔物と戦い、魔石片を手に入れている時間ではあるが、地下迷宮都市・クノスの郊外に建つ屋敷の主はダブルサイズはあろうかという巨大なベッドから身を起こす。
「ふわぁ……すっかり寝ていたようだな」
無防備に欠伸を漏らし、体を伸ばす隼翔。その身を包んでいるのはいつもの暗赤色の外套と動きやすさを追求した黒地の服ではなく、清潔感漂う白のシャツ。いつもと違うその姿は、どこか隼翔の力強い印象を高貴なモノへと変えているように思える。
もちろん着ている当人はそのことなど気にもせず、ベッドの左右を軽く確認する。少しばかりシワのできたシーツに、金色の長い髪の毛。温もりがすっかり冷めているところを鑑みるに、そこで寝ていたであろう姉妹はかなり前に起きて活動していることが予想できる。
「俺も起きるかな……」
無駄に広く、その割に私物がほとんどない寂しい部屋を見渡しながら、隼翔はゆっくりとベッドから抜け出す。そして大きな窓から差し込む日差しに目を細めつつ、一緒に寝ていたフィオナとフィオネを探しに私室を後にした。
無駄に長い廊下に、どれだけ歩いても途絶えない窓の数、そして迷いそうになるほどの部屋数。
とても三人で済むには過剰で、かつ手入れも行き届かないであろう広大な屋敷の中を隼翔は苦笑い気味に歩く。
「うーむ……流石にこれだけデカいと探すの大変だな。ってか、これの維持に俺とフィオナ、フィオネだけじゃ無理だよな?家政婦でも雇うか……、いや、知らない人間を近くに寄せるのはまずいな」
外套は羽織らず、二振りの愛刀だけを腰帯に差し屋敷を彷徨う。何となく勢いでこれほどの大きな洋館を購入したはいいが、三人で住むには無駄に大きすぎる。加えて、隼翔たちは基本地下迷宮に潜ることを前提としているので、屋敷の維持管理にはとてもではないが時間を割くことはできない。
いっそのこと家の管理をしてくれる人間を雇うことを検討する隼翔だが、簡単に人を信用できない性格と経歴を持ち、そもそも身辺を探られるといろいろと不味い身としてはその選択はできない。
後先考えずに家の購入を決めてしまったことを今更ながらに後悔する隼翔だが、不意に聞きなれた声が耳に届き、思考を止める。
「フィオナとフィオネは……一階にいるのか?」
階段の下から何やら嬉しそうな話声が聞こえてくる。その声に釣られるようにして、隼翔はゆっくりと一階へと降りて行く。
相変わらず無駄に広く、ほとんど変わらない屋敷の内装。先ほどまでは隼翔はそれを見て苦笑いの一つでも浮かべていたが、今は凄く穏やかな表情をしている。
その理由は言わずもかな隼翔が心を通わせた相手の嬉しそうな声が聞こえたからだろう。
一歩、また一歩姉妹が楽しそうに会話しているであろう部屋に近づく隼翔。それにつれて姉妹の会話がより鮮明になっていく。
「こんなお城みたいな家に住めるなんて、夢みたいっ!!」
「本当だよっ!!盗賊に捕まった時はもうダメだと思ったけど……。そのおかげでハヤト様と出会うことが出来たって考えると盗賊サマサマだね」
「確かにねっ!それにしてもさ……あの時のハヤト様は、王子様みたいでカッコよかった」
「うん……本当に王子様だよ、ハヤト様は」
うっとりとした表情を浮かべる姉妹。それはまさに物語の中に登場する王子様に憧れる少女の目。
「だけどさ、私たちの横で寝てる時の安心しきった顔……見た?」
「うん、見たよ。普段はあんなに凛としてかっこいいのに、寝てるときは凄く可愛いよねっ」
「うんうんっ!それを私たちだけに見せてくれてるって言うのもすごくうれしいよねっ」
先ほどとは一転して、女子会のようにキャッキャッと楽しそうに話す姉妹。その話題の中心にいる隼翔はどこか気恥ずかしさを覚えつつ、フィオナとフィオネがこの屋敷のことを喜んでいることを知り悩みが一瞬にして霧散する。
(やっぱりデカい屋敷にしてよかったな……)
うんうん、と頷く隼翔はそのまま他の部屋とは違う少しばかり豪華な扉をゆっくりと開ける。
「おはよう……というには少しばかり遅いか」
「「ハヤト様っ!!起きたんですねっ、おはようございます」」
大きなテーブルに、今の時期はまだ出番が無いだろうレンガ造りの暖炉。作りとしてはヴァルシング城の広間によく似ているが、雰囲気はまるで違う。ヴァルシング城は暗く、どこかお化け屋敷のような雰囲気がある一方で、ここは明るく生活感が漂っている。もちろん購入してからこの部屋を使うのははじめてなのだが……。
「屋敷の住み心地はどうだ?まあ、まだ初日だから何とも言えないかもしれないが……」
備え付けられた豪勢なキッチン、十数人は余裕で入れるであろうヒノキに似た木でできた浴槽などこの屋敷には三人がまだ使っていない部屋や設備が山ほどある。それを理解したうえで隼翔は尋ねているため、どこか苦笑いを浮かべているのだが、姉妹は尻尾と耳を元気よく動かし、心地よいと全身でアピールする。
「最高ですよっ!!盗賊に捕まってた頃はもちろん、それ以前と比べてもこのような場所に住むのは初めてですっ」
「盗賊の件も含め、すべてハヤト様のおかげ様です。本当に感謝しています」
ブンブンと尻尾を左右に振り、興奮気味に話すフィオネと姉としての矜持か、深々と冷静を装い頭を下げるフィオナ。残念というか、可愛らしいというか、フィオナの二本の尻尾がフィオネのように元気よく揺れているのは獣人族ゆえの宿命だろうか。
隼翔はそのことにはいつも通り触れず、微笑ましく見つめる。
「それなら良かった。まあ、そうは言ってもやはり快適に暮らすには買い物とかが必要だな。食料も買わないとだめだろうし……」
チラッと窓の外を眺める。まだ陽光が強く差し込んでおり、日が暮れるまでには時間がある。
それを確認して頭の中で今日の予定を組み立て始める。
(やるべきこととしては、買い出しと姉妹の組手の相手くらいか……。ん?何かを忘れているような……)
今日は姉妹とのんびり過ごすかな、と思った途端、何かが喉の奥に引っ掛かるような感覚に陥り隼翔は思わず考え込む。
隼翔の脳裏では昨夜の出来事が高速で次々と再生される。シエルを助けるために多くの魔物を屠ったこと、豹人族の青年に突如襲われ返り討ちにしたこと、そしてかなり強者の気配を纏う小人族の青年と話したこと。ここで踊り子との一件を思い出さなかったのは、姉妹が目の前にいるからかもしれない。
それはともかくとして、事細かに思い出していると小人族の青年との会話の中に引っ掛かりを隼翔は感じた。
「……そうか。ギルドにアレを提出しないといけないんだな」
「どうしたんですか、ハヤト様?」
忘れていたことを思い出してスッキリとしながらも、ギルドに認識票を持っているのは少しばかり面倒だなという複雑な表情を浮かべる隼翔に、フィオナが不思議そうに首を傾げる。
「いや、少しばかりギルドに行かないといけない事を思い出してな……」
「それなら買い出しついでにギルドまで行きましょうっ、ハヤト様!!」
「そう、だな……。どうせ飯も今日はまだ作れないだろうし、ついでに外で食うか」
「わぁーいっ!!」
フィオネの提案に、思案しつつ乗る隼翔。外で夕飯を食べれるということか、はたまた隼翔と出掛けられることがうれしいのかは分からないが、嬉しそうに声を上げるフィオネ。その横ではやれやれと言わんばかりに呆れている姉・フィオナの姿が見える。
「ただ、二人の訓練はするからな。覚悟しておけよ」
一応釘刺すつもりで、ニヤリとシニカルな笑みを浮かべて言い放ち、部屋に戻る隼翔。だが生憎と姉妹は落ち込むどころかむしろ嬉しそうに笑みを浮かべているのだが……それを隼翔が知ることは無かった。
空には朱色の三日月が浮かぶ。その怪しい赤い光に照らされた巨大な塔は、本当にここが異世界だということをありありと表現している。
この地下迷宮都市には巨大な塔を中心として、東西南北に放射状に延びる4つの大通りがあり、その各通りにはそれぞれ特徴がある。
例えば北は武器や魔法道具、消耗品を扱う店が多く冒険者街と呼ばれる。対して、南はと言えば肉や魚、野菜に香草と言った日用品を扱う店が並ぶ。東は誘惑と娯楽の歓楽街が広がり、西は居酒屋や商会、宿泊施設が多い。もちろんこれは傾向であり、絶対ということではない。現にマルドゥクの周辺には東西南北関係なく冒険者向けの宿泊施設や住居、拠点が多いのだから。
「……それでもやはり人の数は多いな」
「まあ、この都市には人が多いですもの……」
「諦めてください、ハヤト様」
比較的夜になれば南の大通りには人の数が減る。現に露店の半分以上は閉まっており、開いている店にいる客も大多数は剣や槍、盾などを持った冒険者しか見当たらない。しかし、それでも決して閑散とはしていないのがこの都市の特徴かもしれない。
そのことに対して、隼翔はほとんどわがままな理由で不機嫌なオーラを発する。だが、左右を寄り添うフィオナとフィオネはもう慣れたのか、不機嫌な隼翔を見ても微笑ましそうに窘めるだけ。
「まあ、とりあえず買い物は終わったからな……。どこかで夕飯でも済ませよう」
姉妹の言葉に諦めるように言葉を吐き出す。
その言葉から買い物は終えたようだが普段通りの暗赤色の外套に二振りの愛刀と、隼翔はいつもの格好と変わらないし、その両手には何の荷物もない。そもそも今の隼翔は周りの恵まれない男性陣にとっては羨むような状態、つまりフィオナとフィオネに腕を抱え込まれ、正に両手に花を体現するのに忙しいために荷物を持てる状態には無い。かと言って、姉妹も隼翔の腕を抱えるのに両手を使っているため、当たり前のように荷物は持てない。
ならば購入した雑貨や日用品、食料はどこかと言えば隼翔の腰に括りつけられた、小さな巾着の中に仕舞われている。
だからと言って、誰も彼もがこのような便利道具を持っているわけではない。周囲を見渡す限り、地下迷宮帰りと思しき冒険者たちでさえ、せっせと買ったモノをトートバッグや頭陀袋のようなモノに入れ、あるいは馬車などで運んでいる。
(あの盗賊ども……意外とすごいモノ持っていたんだな)
周囲と自分たちの違いを観察しつつ、そんなことを思う隼翔。そのままどこか南通りにいい店は無いかと視線を巡らせていると、左右を歩く姉妹の尻尾が大きく揺れ始めた。
「ん?どこか、いい店でも見つけたのか?」
「ふぇ!?」
「ど、どうしてそう思うんですかっ!?」
隼翔には分からなかったが、獣人特有の嗅覚が確かに香ばしくおいしそうな匂いを嗅ぎつけていたのは確か。しかし、そのことを一切表情には出していなかったはずなのに、どうしてわかったんだ!?と言わんばかりに姉妹はあからさまに動揺を見せる。淑女として、あるいは好きな男性に食いしん坊と思われたくないのはやはりどの世界でも共通なのかもしれない……もちろんそんな女心を隼翔が知っているはずもないのだが。
「うーん……二人とそれなりに関係が深まったからじゃないか?」
「「は、ハヤト様ってば……もう……」」
女心を知らないが故に、女心を刺激してしまうのはご愛嬌だろう。
おふざけ気味にシニカルな笑みを浮かべたまま姉妹の耳元でそんなことを呟く隼翔。彼としては面白い反応が見れるかな、ぐらいの気持ちでやっているのだが、二人の頭からは湯気のようなものが上がり、顔が真っ赤になる。
あれ?、と首を傾げそうになるが、とろーんとした表情で上目遣いをされては隼翔も思わず動きを止めてしまう。
(これは……いろいろと不味い……)
人が少なくなっているとはいえ、ここは往来のど真ん中。
隼翔はドキドキと高鳴る心臓の煩わしさに思わずめまいを覚えた。しかし、今この感情に飲まれるのはだめだと必死に己を律する。
それからフィオナとフィオネが嗅ぎ付けた店に着くまで、三人は終始無言のままだった。だが、不思議とその密着度は高いようにも見えた。