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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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再会

 地下迷宮ダンジョン第一階層。

 そこは冒険者になりたての新人ニュービーたちには夢と期待への一歩であると同時に厳しい現実と恐怖を身体と心に刻み込む試練の場でもある。

 そんな第一階層は今日も騒がしい。


「う、うわぁぁあああっ!?」

「ハクっ!?そんな声上げてないで走ってよっ」


 擦りきれたローブを身に纏い右手には木の杖を持つ、まさに魔法使いという出で立ちをして、勝気の強さを象徴したような赤髪を靡かせて走る人間ヒューマンの少女。その少女を追うように白髪の"ハク"と呼ばれたボロボロの軽鎧ライトアーマーを装備する少年は情けない声を出しながら涙を流し、必死に走る。


 その二人に襲い掛かるのは純然たる殺意を振りまく迷宮の住人たち。緑の小さい体躯の小鬼や巨大な蛾、それに角の生えた兎とそのラインナップは豊富の一言。数でいってもおそらく20は優に超えている。いくらEランクの魔物のと言っても新人の冒険者二人にこの数を捌くのは無理な話であり、逃げるという選択は正しい。正しいのだが、その逃げ方に問題がある。


「く、くるなぁああっ!!」


 狭い岩窟層スーテランの通路に悲痛な悲鳴が響き渡る。その声に釣られ、地下迷宮ダンジョンの住人たちは集まり、より強大な群れとなる。

 この声こそ、彼らのミス。地下迷宮ダンジョンにとって悲痛な声は甘美なる蜜に等しい。そしてその蜜には今日も多くの魔物(害虫)が引き寄せられ、泣き叫ぶ極上の獲物(新人冒険者)を喰らう。


「ハクっ、この先の部屋ルームまで頑張って!!そしたら後は隠れてやり過ごそうっ」

「う、うんっ」


 息を荒げながら懸命に部屋ルームを目指して走る二人。足はフラフラで立っているのも辛い状態だが、止まった瞬間に死が訪れるのは目に見えているので、まさに死に物狂いで走る。

 部屋ルームまで5m……3mと近づき、1mを切ったところで二人の人間ヒューマンは最後の力を振り絞って飛び込むようにして部屋ルームに突入する。

 ズザザザザッ、と身体を岩窟層スーテランの地面に擦りつける。疲労と今の地面に擦りつけた痛みでこのまま地面に寝転んでしまいたい衝動に駆られるが、赤髪の少女は上半身だけ起こし、腕を飛び込んできた通路の天井・・に向ける。


「はぁはぁ……咲き誇れっ…………」

「ま、まずいよっ!?レベッカっ!!」


 息を荒げながらなんとか魔力を制御し、聖句を紡ごうとする少女の隣で白髪の少年は顔を青ざめさせながら悲鳴を漏らす。そんな彼の瞳には押し寄せる魔物の大群がありありと映る。

 牙をむき出しにして迫りくる魔物たち、唱え終わらない聖句、少年少女は心の奥に地下迷宮ダンジョンの恐ろしさを嫌というほど刻まれ、絶望によって目を閉じる。


(もうだめだっ、殺されるっ!!)


 心の中で諦めたように叫ぶ。耳には魔物たちの獰猛な唸り声が響く。あと数秒で自分は襲われる、なんでこんなところに来たんだろう、レベッカだけでも助けたい、色々な感情が渦巻き、走馬燈が脳裏を駆け巡る。

 そんな絶望に屈した時だった。一陣の風が赤と白の髪を無造作に撫でた。同時に響き渡る魔物たちの声。だがそれは先ほどまでの獰猛な唸り声ではなく、泣き叫ぶような金切り声のように聞こえる。


「……えっ?」


 思わず目を見開くとそこでは予想外の光景が広がっていた。

 先ほどと同じように魔物の大群はすぐ目の前にまで迫っている。迫っているのだが、魔物たちは阿鼻叫喚を上げながら血飛沫をまき散らし、どんどん霧散していく。

 そして魔物の命を刈り取っていくのは金色こんじきの髪を靡かせる二人の獣人。その獣人たちはハクとレベッカの目には留まらぬ速度で魔物たちの間を駆け抜け、見慣れぬ剣で切り裂き、血の雨を降らせる。


「う……そ……でしょ?」

「あの二人は……確か、フィオナさんとフィオネさん……だっけ?」


 信じられないとばかりに呆然と声を漏らす二人。ここに救援が現れてくれたことに対してもだが、それ以上に同じように初心者講習会を受けていたはずのフィオナとフィオネ(双子)がEランクとはいえ、20は超える魔物の大群を屠っていく姿は夢と言われても信じてしまいそうな光景である。

 そんな呆然とフィオナとフィオネの活躍を見つめる少年少女に歩み寄る人影。その人物は腰を抜かしたように座り込む二人の横に立つと、二人には見向きもせず、ただフィオナとフィオネの動きを注視する。


("妖術師"のジョブが発現した二人にならこの程度のランクと数、相手にもならない……か)


 ゴブリンの首を跳ね飛ばし、巨大蛾モスラスの羽を穿ち、角兎ホーンラビットを霧散させるといった大立ち回りを演じる双子を眺めながらそんなことを思う隼翔。

 ジョブとは生まれながらにして持っているその者の適正と成長の伸びしろのようなモノ。例えば"剣士"というジョブなら剣の扱いに長け、"魔法使い"というジョブなら魔法の威力や魔力制御に一日の長がある。

 そんな中でフィオナとフィオネが揃って発現させた"妖術師"というジョブは少しばかり異質なジョブである。

 "妖術師"――――このジョブは魔法使いほどの威力の魔法が使えるわけでも、魔力制御をできるわけでもなく、剣士ほど剣を扱うのに長けているわけではない。

 しかしフィオナとフィオネは同ランクの魔物の群れを一方的に屠っていく。もちろん隼翔の特訓が彼女たちを強くしたのは言うまでもないことだが、こうも一方的に屠れるのには訳がある。それは妖術師の恩恵のおかげ。

 妖術師は周囲へ存在認識を操るという恩恵をもたらすジョブ。つまり魔物たちにとって今のフィオナとフィオネはブレて見えていたり、あるいは急に目の前に現れたりしているような錯覚に陥っている。


「こんなにすごいジョブを役立たずと評するとは……愚かな奴が多いんだな」

「えっ!?」


 何気なく呟く隼翔の言葉にハクと呼ばれた少年が大げさに反応をする。だが、隼翔はそれを一切無視して思索に更けこむ。

 この世界・ファーブラではジョブが前提と女神ぺルセポネは言っていたが、そこには少しばかり間違いがある。確かに誰もしも生まれながらにジョブを持って()いるが、それを発現させているものは多くない。

 それ故にハクはジョブという単語に反応してしまったのだが、そんなことに興味のない隼翔は彼を歯牙にもかけずに、フィオナとフィオネの奮闘を眺める。


(……まあ、要は考えの違いだもんな。この世界ではいかに直接的な戦闘能力(・・・・・・・・)が重視されているかよく分かる)


 はぁ、と呆れたように嘆息を漏らす。

 命を賭けた戦い(殺し合い)には強さ以上に上手さが必要なのに、と魔物の大群と対峙する双子を見ながら隼翔は心の中で一人思う。

 確かに膂力や魔力が強く多いことに越したことは無い。だが、それらをより引き出す上手さ、あるいは相手を出し抜くしたたかさが戦いには必要である。

 それがこの世界ファーブラでは欠けている、と隼翔は感じている。フィオナとフィオネにしてもジョブが発現した時は大いに喜んでいたが、それが"妖術師"という直接的な戦闘能力が向上しないジョブだったので、大いに落ち込み、隼翔に何度も頭を下げていた。


(まあ、今はアレだけ戦ているし……特訓中ではあるが奥の手(・・・)もあるからな)


 爆ぜる紅蓮の炎(魔法)、響き渡る断末魔、そして凛とした姿勢で相手を屠るフィオナとフィオネを眺めながら、隼翔は教えてよかったと普段なら、というか他の相手には決して思わない言葉を心の中で呟く。

 と言っても教えたことは本当にたいしたことは無く、ただ相手を欺くことの重要性を説いただけ。あとは何度も実戦に近い模擬戦を重ねさせて、今のように魔物たちにフィオナとフィオネ(自分たち)の存在を誤認させている。


「お疲れ様。この階層ならお前たちでも戦力過多なくらいだな」


 最後のゴブリンの首を二人同時に跳ね飛ばし霧散させたところで姉妹は、ふぅーっと大きく息を吐き、大切な小太刀を鞘に納める。そうして振り返るとそこには自分たちの最愛の人である隼翔が立っていた。


「これもハヤト様の日ごろの訓練のおかげです」

「これからもお願いしますねっ」


 凛々しい表情を浮かべていた先までと違い、その表情には朗らかに笑みが浮かぶ。


「お前たちが諦めず努力した結果だ、誇っていいさ」


 どこまでも貪欲に隼翔の力になるために努力しようとするフィオナとフィオネの姿をうれしく思い隼翔は思わず二人の頬を優しく撫でる。

 ゴツゴツとしながらもすごく暖かく心地よいその手の温もりに姉妹の表情をどんどん紅潮し、メスの顔となる。

 それをもう少し眺めていたい、と隼翔は思いつつも、これ以上背後で腰を抜かす二人を放置しておくわけにもいかず、その手を放す。


「「あっ……」」


 物足りない、あるいはもっと触れ合っていたいと言わんばかりに姉妹は声を小さく漏らす。その声に嬉しそうに(・・・・・)苦笑いを浮かべる隼翔だが、振り返るとその表情はいつもの無表情ポーカーフェイスに戻っていた。


「さて、と……」


 今更ながらに腰を抜かして地面に座り込む二人の容姿を観察する。両者とも魔物に追われていたせいか、あるいは追われる前に戦闘があったのかは判断できないが、すっかり衣服はボロボロでところどころ赤く血が滲んでいる。

 そのまま視線は顔、そして頭髪に移り……ここで隼翔はようやく目の前にいる二人が新人講習会で一緒に受けていた人物だと気が付く。それほどまでに隼翔は不幸を呼び寄せた二人が誰だか興味が無かった(・・・・・・・)


(こいつら、あの時の二人か。……名前なんだっけ?)


 燃えるような赤い髪と対照的に気の弱さを象徴したような白髪を眺め、該当する名前を興味無さそう(・・・・・・)に思い出そうとする。

 しかし、と言うべきかやはりと言うべきか、興味がない為に名前がなかなか出て来ず、諦めたようにフィオナとフィオネに視線を向ける。


「ハクさんとレベッカさんですよ、ハヤト様」


 視線の意味を正確にくみ取ったフィオナが隼翔の耳元に顔を寄せ、静かに二人の名前を呟く。

 それを聞いて隼翔はようやく、ああ……そういえば、と思い出したように納得をする。そして再び服装を見て、やれやれ、とばかりに頭を掻きつつ、腰の小袋に空いてる方の手を伸ばす。


「ここで会ったのも何かの縁だ。やるよ」


 ポイっと赤い液体で満たされた試験管のようなモノを二人に向かって投げる。突然飛んできたモノに対してハクとレベッカはお手玉のように慌てながら両手でキャッチし、それを不思議そうに眺める。

 その様子を見届けると隼翔はフィオナとフィオネの細い腰に軽く手を添えながら二階層へと続く階段のある通路へそそくさと足を進める。


「「あ、ありがとうございますっ!助かりましたっ」」

「……感謝するなら俺じゃなくて、ここに俺を呼び寄せた冥界の女神(カミサマ)にでも感謝するんだな」


 どこか際どい単語キーワードを残して立ち去る隼翔。だが、ハクとレベッカがそんなことに気が付くはずもなく、ただ必死に頭を下げるだけだった。






 ちなみに――――。


「え、えーーーーっ!?」

「こ、これって……上級回復薬ハイ・ポーション並みの回復力よねっ!?」


 恐る恐る渡された試験管の中身を飲み干して、身体の痛みが消えたことに驚き、思わず自分たちの身体と試験管の間を視線が目まぐるしく行き来する。そして二人の口からは悲鳴が漏れるのだが、残念ながら隼翔にソレが届くことなく、虚しく岩窟層スーテランに木霊しただけであったのは別の話である。






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