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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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地下迷宮

 完全に日が昇り、大通りからは冒険者の数が減ったとは言えそれでも雑多な人の多さに隼翔は眉を顰めつつ、誰にも気が付かれずスルスルとその合間を縫うようにくぐり抜けて宿の前にたどり着く。


「すっかり遅くなったな。まあいいか」


 肩をコキコキと鳴らし気楽に考えつつ、宿の戸をくぐり部屋へと足を進める。

 普段通りの速度で歩みを進める隼翔だが、そこでふと違和感を覚える。


「……なんか異様に騒がしくないか?」


 確かに野蛮と評される冒険者たちも多く泊まる宿とはいえ、それでも朝は地下迷宮ダンジョン探索に心身ともに注ぐため静かなはずである。

 そのはずなのにうるさい……いや、正確にはわずらわしい。それは男の野太い声というよりは女の高めの慌てる声。


「……まさか、な」


 小さく呟きながらも嫌な予感がぬぐえない。聞こえてくる声には聞き覚えがあり、またその声の発信源は己の泊まる部屋の方角。そこまで察すると背中を冷たい汗が伝う。


「はぁ……。これは俺の責任、だな」


 一歩近づくたびに予想が現実となり、予測が確信へと変化する。それを実感する隼翔は、はぁと呆れたようにため息を漏らす。だがその横顔はどこも呆れた様子は無く、むしろ本人は気が付いていないが微かに笑ってるようにすら見える。

 もちろん今それを指摘するものはおらず、隼翔はそれに気が付かず口元に微かに笑みを浮かべたまま部屋の戸に手を掛けゆっくりと開く。


「「は、ハヤトさまぁ~」」


 戸を開け、中に入ると同時に二つの影がポフッと音を立てながら身体にぶつかってきた。もちろんそれに隼翔が押し倒される……ということになるはずもなく、フィオナとフィオネを優しく受け止め、軽く抱きしめる。


「全く何を朝から騒いでいるんだ?」


 言葉だけなら怒っている、あるいは叱っているようにしか思えないが、その声色が普段の何倍も柔らかく、耳を疑うようなものである。もちろんフィオナとフィオネ(姉妹)がそんなことを思うはずもするはずもなく、甘えるように身体を摺り寄せ、安心したように声を紡ぐ。


「朝起きて……」

「ハヤト様がいないんですもんっ」

「「心配したんですよぉ~」」


 相変わらず二人で一つの文章を構成する姉妹に、さすがだなと心の中で称賛を送りつつ、隼翔はあやすように二人の背中をさする。


「ちゃんと書置きしておいただろ?」


 仕方ないな、と甘いことを考えつつ、念のためにという意味を込めて机の上に置いておいた書置きのことに触れる。隼翔としては書置き(ソレ)を見たうえでこのように騒いでいるんだな、と思っていたのだが、その言葉に不自然に揺れていた姉妹の肩が止まり、さらに返答もない。

 ん?と首を捻る隼翔をよそに、姉妹は未だに無言のままその身体に顔を埋める。


「急に黙り込んでどうしたんだ?」

「え、えーっとですね……」

「何といいますか……」


 明らかに言いよどむ姉妹に、はぁと天井に向かってため息を吐く。もちろん本気で呆れている、というわけではないが、それでもその慌てぶりには少しばかり落ち着きを持てと思ってしまっているのもまた事実である。


(……まあ、俺のことを思ってだから強くは言えないんだけどな)


 身内に対してはとことん甘い隼翔じぶんに内心で苦笑いを浮かべつつ、説教代わりに軽く姉妹の額にペシっとデコピンを打ち込む。

 デコピンを喰らった姉妹は、ひゃうっ、とほのかに赤く染まった額を擦りつつ、涙目で隼翔を見上げる。


「今度からはしっかりと確認するようにな」

「「うぅ……。申し訳ありません」」

「全く……。俺はどこにも行かないから安心しろ」


 謝る姉妹から視線を逸らし、小さく呟く隼翔。そのまま姉妹にすぐに外に出る準備をするように言い含め、自分はそそくさと椅子に座り外を眺め始める。外を眺める隼翔の横顔が微かに赤くなっていることを姉妹は何も追求せず、嬉しそうに準備を進めるのだった。





 人工物のような雰囲気を漂わせる幅5mほどの階段をコツコツと音を鳴らしながら一歩ずつ降る。普通の冒険者たちが地下迷宮ダンジョンに潜る時間はとっくに過ぎているため、今は比較的人が少なく、あるのは三つの人影だけ。

 その階段を降るにつれ、白い光は薄暗い青となり、人工物を感じさせた階段や周囲の壁は徐々に洞窟を思わせるモノへと変貌する。


 地下迷宮ダンジョン――――その存在が確認されたのははるか昔。それこそ、五傑が召喚されるよりもはるかに昔である。人々は地下迷宮ダンジョンに恐怖や危険を感じつつも、そこに希望や期待を抱き、好奇心を躍らせる。

 地下迷宮ダンジョンの存在が確認されて以来、多くの者がそこに挑み、血を流し、富を得た。

 悠久の時を人々が賭けてきたにも拘らず、その最果て()は未だに深淵の闇のように姿を見せていない。あるの者は地下迷宮ダンジョンには最果てがないと言い、またある者は100層こそが最果てだと言う。それらの審議は定かではないが、そこもまた冒険者たちを魅了する由縁でもあろう。

 そんな地下迷宮ダンジョンで判明していることはやはり少ない。

 一つはある一定階層ごとに階層門番ゲードキーパーと呼ばれる強力無比な魔物がいるということ。

 二つ目は現在の到達地点フロントラインが68階層であること。

 そして最後が――――。


「……なるほど。これが岩窟層スーテラン、か」


 ほんのりと青白い光を発するヒカリゴケ。それらによって照らされるゴツゴツとした岩肌や鋭利なまでにとがった鍾乳石。まさに岩窟と称するに相応しい光景に新人講習会で教わったその名が勝手に口から漏れる。

 地下迷宮ダンジョンは決して訪れる者に快適な空間を提供はしてくれない。むしろ訪れる者に苦痛と恐怖を与えることに喜びを感じている(・・・・・・・・)。故に一定階層降りるにつれ、その環境は変貌し、より厳しさを増す。

 その最初の関門と言えるのが岩窟層スーテラン地下迷宮ダンジョンに潜る初心者たちに平等に訪れる最初の試練である。


 そんな最初の試練をどこか嬉しそうに眺める隼翔。もちろんいつもの無表情ポーカーフェイスなのだが、その爛々と輝く瞳が彼の心の昂ぶりを如実に表している。


「ハヤト様がなんだか嬉しそうだね」

「うん、珍しいね」


 そんな青年を斜め後方から眺めるフィオナとフィオネはヒソヒソと最愛の人(隼翔)が少年のように目を輝かせる姿に笑みを零す。

 無論姉妹とて地下迷宮ダンジョンに潜るのは初めてであり、不安や戸惑いもあるだろう。だが、それも目の前にいる人がいれば些細な問題でしかない。だからこそ、このようにリラックスできている。


(……ここで笑えるほどリラックスできるとはな。随分と逞しくなったもんだな)


 隼翔は決して地下迷宮ダンジョン内で笑うなど気が緩んでいる、などとは思わない。もちろん危機感がないまでに油断していたら流石に怒るだろうが、今の姉妹の状態をむしろ好ましく思っている。

 戦場や生死のかかる場面、あるいは環境にて緊張するのは当たり前。むしろ適度な緊張は全身に血流を巡らせ、身体を動かしやすくすらしてくれる。もちろんこれが過度な状態だと問題になるが、今の姉妹は最適なレベルである。そんな状態だからこそ、姉妹が笑っている理由こそ分からずとも、姉妹が笑えていることを隼翔は心の中で親のように喜ぶ。


「さて、それじゃあ進むぞ」

「「はいっ!!」」


 いつまでも微笑ましく見守っていたいという気持ちも多少はあったが、本来の目的である地下迷宮ダンジョンでの鍛錬をしなければいけないので隼翔は二人に呼びかけ、ゴツゴツとした岩肌の洞窟を進む。

 舗装された道を進むかのように軽やかな隼翔の足取りに迷いはない。普通はマッピングあるいはギルドで販売されている地図とにらめっこしながら進むので、その足取りはどうしても遅く時には止まることすら多いのだが、生憎隼翔の足が止まることも遅くなることもない。しかしその手にも姉妹たちの手にも地図のようなものはない。

 その代わりに隼翔の右の瞳が金色――――神眼に変わっていた。その瞳が移すのはこの世の真実であり、万物を見通すことができる。


「魔力は多少消費するが、やはりこの眼――衛星眼サテリッテ――は有用チートだな」


 隼翔の右目――衛星眼サテリッテはその瞳に上空からの地上を見下ろすような(・・・)光景を映す。実際には上空から見下ろしているわけではないので、地下迷宮ダンジョン内でもその効力はいかんなく発揮される。言い換えるならば、ゲームであるよくある地図機能マップを見ているのと同じ。つまり隼翔には地図など無くても迷うことは無く、見知らぬ場所においても自分の現在地が分かってしまうということである。

 この神眼が使えるようになったのはこの都市に来るまでの一か月の間である。正確に表すなら芽吹いたのは森で攫われた姉妹を探そうとした時ではあるが、その時はまだ完全には使えていなかった。


(やっとここまで使えるようにはなったな……)


 瞳に映る地下迷宮ダンジョン一層の地図を見ながらしみじみ思う隼翔。最初の頃はそれこそ戸惑い、また多すぎる情報量に苦戦していたが今では意識しなくても情報量を抑えることができている。その悪戦苦闘の日々を懐かしむように思い出していたのだが、いつまでも地下迷宮ダンジョンが優しく見守ってくれているはずはなかった。


「フィオナ、フィオネ……準備はいいか?」


 一瞬にして隼翔の纏う雰囲気が引き締まったモノへと変貌する。それを敏感に察知した姉妹は隼翔の言葉に小さく頷き、自分たちの腰に携える得物(小太刀)にすっと手を伸ばす。

 姉妹が小太刀の鯉口を切ると同時に、ボコッボコッ、と岩壁が奇妙な音を立てながら裂けていく。そして――――。


「ゴブリンが……」

生まれた(・・・・)……」


 裂けた岩肌から次々と這い出るようにして現れる1mほどの緑色の魔物を見ながらフィオナとフィオネが言葉を溢す。

 ゴブリン――それはこの世界で最も弱いと言われる魔物の一つ。階級ランク指定はE。もちろん最弱と言っても武器を持たない駆け出しの冒険者が相手するのはなかなか厳しい。だが――――。


「……なんだ、この程度か。なら次からは二人に任せるぞ」

「「はいっ!!お任せください」」


 ヒュン、と軽快な音を鳴らし血振りし、納刀する隼翔。同時に三人の前にいた5匹のゴブリンが一斉に霧散・・した。その光景を隼翔はゴブリンが現れたときよりも興味深そうに眺めている。

 地下迷宮ダンジョンとそれ以外の場所での魔物の大きな違いは二つある。その一つが地下迷宮ダンジョン内で倒した魔物は今のように霧散して消えるということ。曰く、地下迷宮ダンジョンが死んだ魔物をすぐに再吸収しているせいだ、と言われているがその真偽は定かではない。

 そしてもう一つの違いというのが――――。


「ハヤト様、一応ゴブリンの魔石()を集めてきました」

「ああ、ありがとな。……それにしても小さいな」


 フィオナの両手に乗るのは茶色の小石のようなモノ。そのうちの一つを手に取り、観察するように眺める。

 隼翔が手に持つ茶色の小石のようなモノこそ二つ目の違いである。通常魔物は魔石を持っており、この魔石が生命維持に最低必要なエネルギーを供給している。だが地下迷宮ダンジョンの魔物は魔石ではなく魔石片と呼ばれる魔石の欠片を核として持っている。魔石片というだけあり、その供給されるエネルギーの質も量も魔石と比べると少ない。

 ならば、なぜ地下迷宮ダンジョン内の魔物は魔石片で生きていけるのかと言えば、魔石片以外にもエネルギーの供給源があるからである。そしてその供給源は地下迷宮ダンジョンそのモノであり、その供給がある限り外の魔物と強さの水準は変わらない。


「そうですね……。しかもそれが10個ほど集まらないとEランクの魔石と同等の価値にはなりませんからね」

「それに剥ぎ取りもできないんだろ?良く冒険者たちは潜るよな……」

「まあその分多くの魔物と遭遇できますし、それに……こんな風に融合・・できますから」


 世間一般の冒険者たちに対して呆れたように呟く隼翔に同調しつつ、フィオネは姉の掌に置かれる魔石片を二つぶつけると、それらはスーッと溶け合い、一回り大きい魔石片となる。

 これこそが地下迷宮ダンジョンに潜る利点である、魔石片の融合。同ランクの魔石片を10個融合することで、魔石にすることが可能で、同時にその魔石を100個合成することでワンランク上の魔石にすることができる。これは地下迷宮ダンジョンの魔石特有の現象で、外界で得た魔石ではできない。だからこそ冒険者たちは地下迷宮ダンジョンに潜る。力のないモノでも努力次第では高ランクの魔石を得ることができるから。


「……まあ一長一短か。外で無暗に魔物を探すより地下迷宮ここに潜る方が簡単に強い魔物と出会えるしな」


 五つの魔石片をすべて融合し終わったところで隼翔は再び右目を頼りに歩き始める。

 地下迷宮ダンジョン内の通路の幅は不規則であり、狭いと人が一人通れるくらいのとこから、広いところでは10m以上にもなる。

 そんな地下迷宮ダンジョンは別に通路だけで構成された迷路ではない。それを体現するかのように隼翔たちはちょうどとある場所に足を踏み入れていた。

 そこは開けた空間。天井には鋭い鍾乳石がいくつも吊るされ、地面からは大岩が隆起している。幅は広い所では20m以上あり、いくつもの通路がこの空間から伸びている。


「ふわぁーー」

「随分と広い部屋ルームに着きましたね」


 感嘆したように声を漏らすフィオネの隣で姉として、また淑女として懸命に冷静に見せようと努力しながら言葉を紡ぐフィオナ。だが、悲しいかな獣人特有の三角形の耳がピコピコと動き、尻尾が忙しなく揺れている。

 その必死に大人びて見せようとするフィオナの姿に隼翔は思わず笑みを零しつつ、指摘はしないで空間を眺める。

 部屋ルーム――――階層ごとにいくつか点在するその空間は冒険者たちにとって小休止地点レスト・ポイントとして使われる。狭い通路では壁から生まれる魔物たちに警戒を強めなければいけないが、部屋ルームのような広大な空間の中心にいれば仮に魔物が生まれても襲い掛かるまでに時間がかかるので多少は心と体を休めることができる。だからこそ冒険者たちは大抵部屋(ルーム)内で小休止をしていることが多い。

 ただ、ここは一階層のために冒険者はほとんど見られない。


「まあこんなとこで休憩する奴もそんなにいないだろうな。さて、俺たちも休憩せずに次に……」


 進もう、と姉妹に宣言しようとした矢先、うわぁぁあああっ、という悲鳴が隼翔の言葉を遮った。

 聞こえてきたのは部屋ルームの奥で、加えるなら隼翔が目指そうとする通路の方角からである。そのことに思わずため息を吐きそうになりながら、右の瞳に映る階層地図(マップ)を注視する。

 二階層へと続く通路上に二つの青い光点。それらが隼翔たちのいる方角へと動き、その青い光点を追うように赤い多数の光点が動く。


「どうかしましたか、ハヤト様?」


 明らかに怪訝そうな表情を浮かべる隼翔を不思議そうに眺める姉妹。


「俺は不幸体質じゃないと思うんだけどな……。フィオナ、フィオネ。戦える準備をしておけ」


 はぁーと大きくため息を吐きながら隼翔はつくづく恨めしそうに歩みを進めるのだった。

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