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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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ルーキーの集い

「……これはまた、何というか予想通りと予想外が綺麗に入り混じった光景だな」 


 クノスの中心に聳える塔――マルドゥク――

 その一階にある上品な扉を潜り抜けた隼翔の第一声がこれだった。

 コンシュルジュのような制服を身に着けた美男・美女がせわしなく動き回りながらも、一切笑みを崩さず冒険者たちの相手を程よくこなしている。ここまでは予想通りの光景。

 そしてこの先が予想外の光景である。

 かなり広く、清潔感の漂う空間。まさに超一流ホテルのロビーを思わせるそこは、冒険者ギルドの総本山・ギルド本部である。

 何が予想外かと言えば、やはりその圧倒的な空間美であろう。もちろん小説など空想上のものでしかないというのは隼翔も理解しているのだが、やはりこの光景だけは予想できないだろう。なんたってここにいる主役とでもいうべき冒険者たちがこの空間に不釣り合い(ミスフィット)なのだから。


「聞いてはいましたが……やはりすごいですね」


 言葉を失う隼翔の横では、ある程度知識を持っていた姉妹がやはりこの空間美に驚いている。


(……冒険者になりたての新人の死亡率が高い原因の一つはこの空間が起因してるんじゃないか?)


 新人の、それこそ夢を追ってこのクノスにやってきた若者の多くが命を落とすのはこの空間に余計に期待が膨らみすぎて無茶をしたせいではないか、と邪推してしまう。

 そんなどこか核心めいたことを察しながらギルド内に視線を巡らせていると、不意に自分たちに近づく気配を感じた。


「何かお困りでしょうか?」


 気配に気づいていなかったように自然体に声の方へ振り向く。そこに立つのは眼鏡をかけ、鈍色の髪を肩口切りそろえたギルドの職員(受付嬢)。美男・美女が揃うギルド内では比較的幼い容姿をしている。


「ああ。実は冒険者の登録をしに来たんだが……」 

「初めての方々ですねっ!ではこちらにどうぞ」

「「なっ!?」」


 天真爛漫な笑みを浮かべながら先導していく少女。

 別に普通に先導していくならフィオナとフィオネはそんな批判めいた声を上げたりはしない。だが、受付嬢の少女はあろうことか隼翔の手を握ってしまっている。そこが問題だった。


「「…………」」


 ジーッ、という擬音が聞こえてきそうなほど恨めしそうに睨む姉妹。対して手を握られる隼翔はというと困惑気な表情を浮かべながらも、害意のない相手だけにどうすることもできずにいる。

 そしてその元凶である受付嬢(少女)は全く気が付いた様子もなく、屈託のない笑みを浮かべたまま迷いのない足取りで三人を連れていく。




「今回担当させていただくサーシャです」

「……よろしく頼む」


 連れてこられた受付カウンターの向こう側で、変わらぬ笑みを浮かべ恭しく挨拶してくるサーシャという名の少女に対して、疲れたように言葉を返す。そんな隼翔から一歩下がった場所にはこちらもやはり変わらず批判めいた視線を送り続けているフィオナとフィオネ。


(……俺が何したって言うんだよ)


 運命なんてモノがあるなら呪ってやる、と言いたげに心の中で愚痴とため息を漏らしながら諦めたように受付カウンターの向こうに視線を戻す。


「お任せください。それで今回は皆さま、ご登録ということでよろしいでしょうか?」

「一応その予定だが、ここのシステムをよく知らないから簡単にでいいから説明、頼めるか?」

「わかりました。それでは簡潔に説明させていただきますので、分からないことやさらに聞きたい部分がありましたらその都度お尋ねください」


 髪の毛同様の鈍色の瞳に三人の姿を映しながら、サーシャはちょうどいい速度で説明を始めた。





(流石、の一言に尽きるな)


 目の前でニコニコと営業スマイルを絶やさず、説明を終えた少女を見ながらそんな感想を抱いた。

 ほかの受付カウンターに立ち、冒険者たちの相手をしている受付係と比べて明らかに幼さを残すサーシャ。そんな彼女だが、いざ説明を頼むと要点がハッキリとしていて簡潔ながらとても分かりやすく、こちらの質問や疑問にも淀みなく完璧に答えた。

 ある種、見た目とのギャップに驚かされた隼翔は失礼ながら驚きを隠せなかった。


「何かほかに聞きたいことなど、ございますか?」


 小首をかしげるサーシャに対して、大丈夫だ、とかぶりを振りながら簡潔に告げる。


(まあ基本はフィオナとフィオネに聞いていた通りだったな)


 今までの話と姉妹に事前に聞いていた話を統合して脳内で整理していく。

 姉妹の事前情報になかったことと言えば、依頼クエストとランクアップの仕方のことくらいだろうか。

 まず依頼クエストだが、これにはよくあるお使い系のモノから魔物の討伐など多岐にわたる。この依頼クエストにも当然のようにランク分けがされており、自分のランクより一つ上のから下の依頼クエストしか受けることができない。かと言って、別に自分よりも高ランクの魔物を倒すのを禁止というわけではないが、大抵の者にはそんなことはまず不可能である。

 次にランクアップだが、端的に言ってしまえば一定上の依頼クエスト成功と器の成長によって起こるとされている。

 器、とはつまり冒険者の肉体と精神の両方を指す。生物は生きいるうちは様々な経験をする。その様々な経験が肉体と精神に還元され、一定以上蓄積すると器が成長すると言われている。だが、この器には上限が存在するのでどうしても高ランクの冒険者になれる者は限られる。


(そしてこの経験の還元を促せるのが……あの追懐人ついかいにん、か)


 チラッと視線を向ける先には、現代の日本の路上に設置されている占いの館など呼ばれそうな個室がある。見る人によっては胡散臭さ満点の創りをしているが、ギルドのお墨付きとあっては疑うわけにはいかない。


(金貨一枚=10万シリも取るから余計にそう思えるよな……)


 喚起眼かんきがんと呼ばれる魔眼の一種を用いているからそのような価格になるという説明だったが、それでも金貨一枚は法外にしか思えない。なぜなら金貨一枚と言えば中堅冒険者パーティーが5日間依頼をこなしてようやく稼げる価格である。

 そのため初心者のうちはなかなか経験を還元できずに死亡率が高い。


「それでは登録の方に進んでもよろしいでしょうか?」


 悩む隼翔をしり目に、サーシャは机から洋紙を三枚ほど取り出し並べる。

 でかでかと冒険者登録書と書かれたその洋紙を流し読みするうちに、とある疑問が浮かび上がる。


(あれ?……なんで俺はこの文字が理解できるんだ?)


 かなり久しぶりに文字というモノを見て懐かしく感じていたが、なぜ自分が日本ではないこの世界で文字が当たり前のように読めて、理解できているのか不思議に思った。

 今思えば言葉にしても当たり前のように通じているが、果たしてこれは日本語、あるいはあの世界にあった言語なのか?今瞳に映り、理解できている文字は果たして自分の知っている文字なのか?そんな疑問が隼翔の脳内を駆け巡る。


「……代筆の方が必要でしょうか?」


 黙り込むその姿がきっと葛藤する情けない男の姿に見えたのだろう、サーシャが心配そうに提案してくる。

 その声でようやく思考の海から戻った隼翔は逡巡したように視線を揺らす。

 サーシャを見て、後ろに控える姉妹を見て……もう一度サーシャに戻し、かぶりを振った。


「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだからな」


 どこか後ろめたさを感じる声色。なんで自分がそんな声をしているのか隼翔自身にも分からなかった。ただ、背後からのじっとりとした視線がそうさせたのかもしれない。

 そんなことがあったせいか、先ほどまで考えていたことを忘れたかのようにサラサラと羽ペンが洋紙の上を走る。


「これで大丈夫か?」

「えーっと……はい!問題ありません。それでは手続きの方をするので少しばかりお待ちください」


 軽やかな足取りで受付カウンターの奥へと消えていくサーシャの後ろ姿に視線を固定する……などということは無く、ギルド内に視線を巡らせる。

 大きな掲示板には何枚の洋紙が整然と貼り付けられ、多くの冒険者たちが吟味するように眺め、あるいは興奮するように依頼内容を叫んでいる。別の場所では占いの館と勝手に称した個室に入っていく猫耳獣人の姿や受付嬢に言い寄る典型的な男など、この空間の主人公たちが各々の冒険譚の1ページを書き綴っている。


(どこまでも自分に正直、自分のしたいように……か)


 その姿を浅ましいなどとは思わず、むしろ隼翔には羨ましく思えた。


 幸せな人生――――それは言葉ほど簡単ではない。

 そもそも幸せとは何なのか。何もせず自由に生きることが幸せなのか。誰かの障害になることもいとわず自分の欲望に忠実に生きるのが幸せなのか。

 おそらくは違うだろう。本当の幸せな人生とは、自分の行動に誇りを持ち、楽しめていることだろう。

 現に口説く冒険者も、占いの館に入っていく獣人もその瞳は輝き、生き生きとした雰囲気を放っている。だからこそ口説かれている受付嬢も嫌そうな表情はしていないし、獣人の冒険者は今までの行動に努力と誇りを思っているからこそ堂々としていられるのだと思う。


 その点、隼翔という男の生きざまはどうか。 

 確かに歴史の勝者の影の立役者ではあるし、前世の日本でも超有名大学に入学したという経歴はある。

 だがそれは自分の意思で決め、そこに誇りを感じていたか。

 そう己の心に問いかけ、違うとかぶりを振る。

 確かにそこらの者よりは圧倒的に強いし、経歴もある。だがそれはあくまでも自発的な意思でそう決めたわけではない。誰かのために、その喜ぶ顔が見たくてやったに過ぎない。悪く言えば顔色を窺っていたに過ぎない。

 そこに誇りもなければ、輝きもない。単なるよくできた泥人形、それが正しい評価になるだろう。


「……」


 それを理解してるからこそ、彼らの自分の意思で、己の足で自分だけの物語を綴る姿はどこまでも眩しく、羨ましいモノであった。

 眩しい姿を見守っていると、規則正しい足音が隼翔の耳に届く。視線を戻すとサーシャが変わらぬ笑みを浮かべて戻ってくるところだった。


「お待たせしました。まずはこちらを」


 隼翔の心情を知る由もなく、にこやかに銀色の板(プレート)を渡してくる。


「これは認識票ドッグタグという、クノスで活動する冒険者の専用のアイテムです」


 手渡されたネックレス状のアイテム。吊るされるプレートには先ほど登録書に記した項目の中から名前や年齢など抜粋され刻まれている。

 まさに本人確認あるいは死体鑑別するためだけのタグ。正しくアメリカ軍などが採用するドッグタグと同じであった。


「記載内容に間違いがなければ、そちらを身に着けてください」


 言われた通り刻まれた文字を眺め、間違いがないことを確認した隼翔はそれを首から吊るす。その左右では同じようにフィオナとフィオネも認識票ドッグタグを首から吊るしている。


「次に皆さま、手の甲を上にしてこちらに出してください」


 頃合いを見計らってサーシャは三人に手を出すように告げる。その彼女の手に握られているのは判子のようなもの。

 これから何をしようとしてるのか、おおよそ想像はつくが、その行動原理が全く読めず手を出すのを躊躇いそうになるが、はぁ、と最終的に諦めたように隼翔は手を受付カウンターの上に出した。


(……ここで従わないで違和感を覚えられても困るからな)


 郷に入っては郷に従え、という有難いお言葉を思い出しながら、これから起ころうとしていることを黙って見守る。

 サーシャは案の定というべきか、隼翔の予想通り差し出された三つの手に、ポンッポンッポンッ、軽やかに判子を押していく。


「…………」


 手の甲を黙って眺める三人。そこに浮かび上がるのは"F"という白い文字()


「これはギルドランク、か?」

「はい。まさしくその通りで、そちらは階級印(ランクマーカー)と呼ばれるものです。さきほど説明させていただいた通り、器の成長と依頼の達成の両方により、自動で更新されます。皆さまは本日登録したばかりなのでFランクです」

 

 その文字()の意味を確認するように問いかける隼翔に対して、ミーシャは天真爛漫な笑みを浮かべながら答えた。

 自動更新――――それがどのような原理で行われているのか非常に気になった隼翔ではあるが、どうせ幻想的ファンタジーな原理に違いないと口を噤んだ。そしてそのまま白い文字を眺めていると、それが急速に薄くなり始め、消えた。

 ん?と思わず首を捻りそうになる隼翔だが、それを阻止するかのようにサーシャが説明を続けた。


「ランクの方は冒険者様にとっても大切な情報となりますので、秘匿できるように見えないようになっています。可視化したい場合は軽く魔力を込めていただければすぐに浮かび上がりますよ」


 にっこりと微笑む彼女をしり目に、横で驚いたように声を上げる姉妹に視線を移す。確かにフィオナとフィオネの手の甲にはくっきりとFという文字が浮かび上がっている。

 その光景を、ふーんと眺め、己の手の甲にも文字を浮かび上がらせようとして……隼翔は魔力を込めるのをやめた。階級印が押されていない左が勝手に胸元に伸びている。

 本来であればその掌には脈打つ命の鼓動を感じるはずなのだが、それがない(・・)。代わりに耳の奥にピキッ、ピキッと聞きなれない硬質な音が響いた気がした。

 無言のまま、かぶりを振る。そして意識を逸らすかのようにサーシャに視線を戻す。


「これで地下迷宮ダンジョンに潜ってもいいのか?」

「一応は大丈夫なのですが、私たちとしては新人の方には講習会に参加を進めています」

「……講習会?」


 首を捻る隼翔と姉妹にサーシャは嫌な顔一つせず、説明を始めた。



 講習会――――すなわち冒険者としてのイロハを教わる場である。

 やはり新人は死亡率が物凄く高い。その死亡率を下げようというギルドの試みで始まったのが講習会である。この講習会は確かに有用で魔物に対する情報やアイテムの効果など様々な基礎を教われる場であり、事実として新人の死亡率を低下させたという実績がある。

 しかし、なぜそれを義務としないのか。それはやはり冒険者になろうとする者のほとんどが我の強い性格(生き物)だからである。自分の流儀(スタイル)を貫く、自分なら大丈夫だ、そんな輩が多いためギルド側としても無理強いはできないのが現状である。


 その実情があるからこそ、サーシャは説明を終えると力なく笑い、視線を受付台に落とした。

 彼女としてもむやみやたらに死んで欲しくないとは思っているが、大抵の新人は謎の自信を持っているからそこ、間髪入れずに断る。

 目の前の青年もまた断りの言葉を述べるだろうな、と半ば諦めていたのだが、なかなかその言葉が聞こえてこない。


(あれ?)


 思わず首を傾げる。そして視線を戻すと、その青年は悩むように顎に手を当て彼の仲間であろう少女たちを見ていた。そして予想外の言葉が返ってきた。


「その講習会っていうのはいつ開催予定なんだ?」

「え、あ、はい!本日の午後、この後すぐに開催予定がありますので、今からでも参加していただけますっ!!」

「……なら頼む」


 嬉しさのあまりか、サーシャは声が大きくなってしまう。

 どこか圧倒されたようにしながらも隼翔の返事を聞いて、サーシャはすぐさま書類の作成をして三人を講習会の会場に導いていくのであった。




(……どんな内容かと思ったが、なるほど。確かにこれは有用だな)


 講習会の座学部門を受け終えた隼翔はグーッと身体を軽く伸ばしながらそんなことを思っていた。

 教わったのは冒険者としての本当に基礎と言える内容。だが、それはこの世界で知識を持たない隼翔にとってはかなりの財産と成り得た。

 それらの知識(財産)を脳内で予習する隼翔だが、講習会が終わった、というわけではない。

 三人は現在マルドゥクの内に作られた修練場と呼ばれる、小学校の体育館程度の広さがある場所にいる。

 この修練場には三人のほかにこの講習会の参加している5人の姿がある。全員が隼翔より年下で、一番近い年齢なのが姉妹と同じ15歳の白髪の気の弱そうな人間ヒューマンとその少年を支えるようにして佇む人間ヒューマンの赤い髪が特徴的な少女。そして他には犬の耳のした少しばかり自信家な12~13歳ほどの少年たちの3人組。


「……」


 この合計8人が横並びとなり視線を向ける先には一人の壮年の男が無言で佇む。

 長身痩躯だが決してひ弱そうな印象は受けず、頬の傷といいその風格は歴戦の戦士を思わせる。同時にその背中にある大剣が男の存在感をより強大なものに見せている。

 男の名はグランド、数少ない上級冒険者の一人でランクはB。

 そんな男がなぜ、隼翔たちの前にいるのかと言えば今回の教官役を彼が引き受けたからである。


「……っ」


 誰かの喉がなる音が嫌に響く。

 グランドはただ立っているだけなのに、座学の時間とは打って変わって緊張感が新人たちの間で流れ、誰もうかつな真似をできない。もちろん、軽く伸びをしてるただ一人を除いて、だが。


「ふっ……」


 グランドは自然体でいる隼翔を見て思わず笑みを零す。そのままそれ以外の緊張を解すように好々爺を思わせる優しい口調で説明を始めた。


「聞いてはいると思うが、これから行うのは実戦の訓練だ。と言っても地下迷宮ダンジョンに潜るのではなく、私との模擬戦になるのだがな」

「なっ!?」


 軽い雰囲気のグランドとは対照的に新人たちの方は戦慄に似た何かに包まれていた。

 それも当然だろう。

 優れた冒険者とそれ以外とで線引きするとしたらまず最初の線はCとDの間にあるだろう。Dランクまではそれこそ既定の依頼クエスト数さえこなせば必要な経験値も得られ、あとは器への還元をすれば誰でもなれる。

 しかしCランク以上になるにはそれだけでは足りない。もちろん依頼クエストは難度が高いが、不可能というレベルではない。それこそ仲間と協力すればこなせるレベル。

 だが、それ以上の問題が経験値の質。高い質の経験値とは言い換えれば、己より強大な敵と対峙し打ち勝ったか、ということに帰結する。

 言葉では簡単ではあるが、実際はこれが難しい。例えばDランクの魔物一体狩るのに必要なの戦力は、練度にもよるが同じDランクの冒険者が複数必要とされる。それなのにランクアップに必要な経験はCランクの魔物と対峙し、かつ倒すこと。

 このような理由があるからこそ、Cより上の冒険者は多くない。

 

 そして今目の前にいるグランドという男はそのさらに上のBランク。そんな男と闘うということになっては大抵、光栄に思いながらもそれ以上に委縮してしまうのは当然だろう。

 そんな中でもやはり自信家という人間は強いというか、豪胆というべきか……恐れ知らずと称するのが適切だろう。


「いよっしゃっ!!こんなチャンス滅多にないっ。俺が倒してやるぜっ」


 ピョンッ、と勢いよく飛び出る犬耳の少年。そのまま己の得物である槍を構え、グランドを挑発するように手をクイクイッと動かす。

 その行動を称賛するように笑みを浮かべつつ、グランドは少年から目を外し彼の仲間と思われる二人に目を向ける。


「威勢がいいな。ならまずは君たちからだ、全員でかかってくるがいい」


 背負う大剣の柄には手を伸ばさず、泰然と腕を組む。


「……どういうことだ?一対一じゃないのか?」


 三人でかかってこい、というその態度にムッと顔をしかめる少年。しかし若くあどけないその容姿のせいか怖さはなく、むしろ可愛さがあるがそれを指摘する者は生憎といなかった。


「なんだ、不満か?」

「ああ……、俺はここで最強の男になるんだ。そのため正々堂々一人でアンタに挑むっ」


 顎をしゃくるグランドに対し、唸るように鋭い犬歯をむき出しにする少年。

 なるほど、とその態度をどこか懐かしむように眺めつつ、優しい口調で諭すように話す。


「その精神は認めよう。だが、君が目指すのは騎士なのか?それならこんな都市にいるよりどこか別の国にでも行ったほうがいい」

「なっ!?俺は騎士じゃなくて冒険者になりてーんだよっ!!」

「ならばなぜ一対一にこだわり、正々堂々などど見栄を張る?冒険者になるということは己の命を賭けるということであり、どんな傷を負おうとも自己責任にしかならない。故にどんなに醜くても、どんなに泥臭くても生き延びることに意義がある。汚い手を使ってでも、卑怯と罵られても、だ。そして何より……君は魔物に対しても同じことを言うのか?」

「そ、それは……っ」


 口籠る少年を眺めながら隼翔は、さすがだな、とグランドという男に称賛を送る。

 彼の言葉はおそらく、彼自身の冒険譚けいけんを基に話されている紛れもない事実。だからこそ、そこに重みがあり意味がある。

 それをようやく理解した少年は、しかし若さゆえかギリッと歯を鳴らす。それでも観念したように仲間たちを集め、三人でグランドを睨む。


「さて、議論はこの辺で終わりにして、かかってきなさい」

「吠え面かかせてやるっ!!」


 さすが獣人というだけあり、その脚力は見事だった。だが、あくまでも彼らほどの年齢ではという範疇にしか収まらないのだが。

 

「くっ!?」

「なんでっ!!」

「よけんじゃねぇーーーっ!!」


 様々な方向から同時に、あるいは少しだけタイミングをずらし己の得物を振り下ろす少年たち。しかし、それらはスカッ、スカッと悲しく空を切るばかりでグランドに大剣を抜かせるどころか、その余裕の笑みすら崩せない。

 はぁはぁ、と息切れの音が大きくなるほどに動きが鈍くキレが失われる。


「そろそろ頃合い、か」


 気負いのない声とともにグランドの身体が一瞬だけブレる。

 

「「……えっ?」」


 無言で眺める隼翔の横からすっとんきょんな少年と少女の声が聞こえてきた。

 声の主は白髪の少年と赤髪の少女だった。二人はただただ視線の先で起こった現象が理解できず、呆然と立ち尽くす。


「さてお次はそこの二人だな」


 別にグランドに指名されたから驚いてるわけではない。もちろんそれもあるが、それ以上に先ほどまで戦っていた(遊ばれていた)犬耳の少年たちが、なぜか壁に寄りかかるようにして眠らされているという事実に驚きが隠せないのである。


「どうした?早くしないか」

「す、すいませんっ」

「お願いしますっ」


 はっ、と二人は咄嗟に頭を下げながら飛び出す。

 それをやる気があると受け取ったのか、グランドは、よし、と軽くうなずいてから先ほどとは逆に、軽く二人に向かって踏み込んだ。


(……あのスライサーとか言う魔物に異名が付くわけだ)


 攻められたことに対して驚きながらも短剣で受ける少年と支援バックアップするように杖を構える少女を見ながらそんなことを考える隼翔。

 先ほどのグランドの動き、それをこの中で見れていたのは間違いなく彼だけ。だからこそのんびりと目の前の模擬戦を眺めていられるのだろう。

 ちなみになぜフィオナとフィオネが驚かなかったかと言えば別に見えていたわけではなく、隣に立つ隼翔という男の存在があるからである。


「ふむ、なかなかの動きだったな。精進しろよ」


 考え事をしていると知らぬ間に二人はグランドに屈服させられていた。と言っても、先の少年たちのグループとは違い、少年は地面に倒れこみ息を荒げ、少女は背後を取られ負けを認めないといけない、という状況に追い込まれているのだが。


「それじゃあ最後の組に行こうか」


 相変わらずの気負いのない声。だが――――。


「いや、先にフィオナとフィオネだけで挑んで来い」

「……なに?」


 隼翔のその言葉がグランドの声を変えたのだった。

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