第2章 プロローグ 降りしきる冷たい雨の中で……
長らくお待たせしました。
これから金曜までにかけてとりあえず再開します。ですが多忙ですので、おそらく金曜の後はいつから再開できるか分かりませんのでご了承願います。
ザーッ、ザーッ、と大粒の雨が瓦礫の山を強く煩わしく叩く。
普段なら空には輝く太陽があるはずの時間なのに今はそれが見当たらず、厚く重たい灰色の雲が空を覆う。
白亜色をしていた外壁は健在だがそれは煤に染められており、壁の内側は瓦礫の山がうず高く積まれている。
黒々と燃えていた炎の残滓は降りしきる大粒の雨によってようやく沈静化し、都市内には白煙が濃霧のように溜まる。
「はぁ、はぁ……」
「ど、どこに……」
白ける世界の中に、二つの特徴的な人影が浮かび上がる。
長い髪を靡かせ、頭には大きな三角形の獣耳と臀部には筆の穂先のような尻尾。
そのほぼ変わらない特徴を持つ二つの影は瓦礫の山を一生懸命に息を切らしながら登り、乗り越え、走っている。基本的に身体能力のと高いといわれる獣人といえど、ガラス片が散乱し、倒壊した建物が道を遮る悪路というべき場所を走るのは困難を極めるに違いない。現に彼女たちは肩で息をして、その脚はフラフラで今にも止まりそうである。
それでも彼女たちはその脚を絶対に止めようとしない。なぜなら――――。
「は、ハヤトさま……」
「どこにいるんですか……」
ばしゃ、ばしゃと地面の裂け目に溜まった雨水を跳ね上げながら二人は疾走する。その整えられた服装がいくら汚れてもフィオナとフィオネは決して気にした様子はなく止まろうとしない。いや止めようとしない。
剣戟の音が止み、黒々とした炎が豪雨によって収まり始めたころにフィオナとフィオネは隼翔を探すべく周囲の静止を振り切り、都市内に足を踏み入れた。
最初は彼女たちは祈るようにしながらも隼翔の勝利を信じて疑わなかった。
自分たちの信じる主人は今回も何食わぬ顔で戻ってくる、ずっとそのように思っていた。
しかし現実とはどこまでも残酷で、いくら待てども誰も戻ってこず、いくら祈ってもその姿を見せてくれなかった。
「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
だからこそ彼女たちはこうして息を切らしながらも懸命に走っているのである。
もう一度、彼女たちの大好きなご主人さまに会うために……。
しかし彼女たちがいくら廃都と化したノイトラル内を走り回っても主人の姿は見えてこない。いくら耳を動かし、視線を巡らせても彼の存在を感知できない。
焦りから姉妹はどうしていいか分からず、ついに膝を崩す。
「うぅっ……」
「ハヤ、ト……さま……」
自然と嗚咽が漏れる。豪雨が彼女たちを濡らし、金色の髪を薄暗く染める。輝きを失った髪はまるで彼女たちの心を表しているかのように、悲しそうに水を滴らせる。
そして同様に、彼女たちの頬からも大粒の雫が止めどなくあふれ出る。
(なんで……なんで、私たちはあそこで命令に従ってしまったの?……なんで……大切なハヤト様を置いていってしまったのっ!?)
なぜあの時逃げ出すように走り去ってしまったのか、どうして自分たちは都市の外でただ、ただ呆然と眺めていることしかできなかったのか。悔やんでも悔やみきれない想いと、言葉が姉妹の心を容赦なく蝕み、苛める。
最初こそ赤子の産声のように小さく弱々しいものだったが、心の底から沸き上がる後悔の念が次第のその嗚咽を大きく、悲痛なものへと変貌させていく。
それでも彼女たちの嗚咽は誰の耳にも届かない。降りしきる大粒の雨が雑音のように邪魔をする。
――――スッ
そんな絶望の淵に立たされた時だった。
俯く視界の端に、何かが弱々しく光ったような気がした。
「……っ!?フィオネ?」
「う、うん……。私にも……見えた」
流石双子と言うべきか、主語がないにもかかわらず互いに言いたいことを理解し合い、雫と雨で濡れる目元を強く擦り、力強く立ち上がる。
姉妹が見たものは見間違いかもしれない、何か都合のいい幻想かもしれない。それでも僅かな可能性があるならと藁にも縋るような思いで、その光が見えた方角へ力強く足を踏み出す。
しかし一度折れて、立ち止まってしまった足は鎖が繋がれているかのように重い。それはまるで隼翔と出会った時のように二人の足を地面に縫い付けようとする。
「きゃっ!?」
「フィオネっ!大丈夫?」
「うん……大丈夫……。こんなとこで倒れるわけには行かないもんっ」
それでもあの時と違うのは諦めずに立ち上がろうとする心。
擦り剥けた足を痛そうにしながらも力強い足取りで再び歩き、そして走り出す。その妹の逞しくなった姿に優しい眼差しを向けながらフィオナも並走する。
互いに励まし合いながら走り続け、二人はついに見つけた。
「「はぁ……はぁ……はぁ……」」
不規則になるまで荒れた呼吸。しかしそんなものを忘れてしまうように、視線はとある一点を捉えたまま彼女たちの瞳を釘付けにする。
散乱する瓦礫、燃え尽きた木材。そんな荒廃した世界の中でひと際目を奪う光景。
「「っ……」」
思わず息を呑む姉妹。
黒塗りの鞘に収まった鍔の無い刀が地面に突き刺さり薄暗く優しい光を放つ。そしてその横には一人の青年が力なくうつ伏せに横たわる。
闇を思わせる少し長めの黒髪に、暗赤色の外套、手には美しい刃紋を浮かび上がらせる剣。間違いなく二人が探していた人物であった。
「「ハヤトさまっ!!」」
再び会えた喜びか、あるいはもう二度と会うことができない可能性から来る不安かで硬直していた身体がようやく動き出したのと同時に、大声を上げながらフィオナとフィオネは駆け寄った。
「しっかりしてくださいっ、ハヤトさまっ!!」
「ハヤトさまぁ~っ」
雨に濡れ冷え切ったその身体はとても冷たい。
だからと言ってもう二度と離さないと言わんばかりにグッと二人で抱き寄せながら抱え込む。その様子はまるで親鳥が卵を温めるように、優しい光景だった。
少しの間抱きしめていると姉妹はとあることに気が付いた。
鴇夜叉の外套はその能力のおかげで見かけ上、傷一つ見えないがあくまでも外套だけに及ぶ効果であり、その装備者である隼翔は別である。つまり――――。
「……こんなにボロボロになるまで戦っていたなんて……」
「目を覚ましてくださいっ」
姉妹の手には赤黒く変色した血がべっとりと付着していた。それを見て余計に姉妹は顔を歪める。
それでも姉妹は何度も、何度も悲痛な声を出しながらその身体を揺する。
「ぅ……」
微かに、本当に微かにだが隼翔の口から声が漏れた。
「ハヤトさまっ!!」
「フィオナ、喜ぶのは後にして早くハヤトさまを安全な場所に連れて行こうっ!」
「そ、そうだった……」
珍しく冷静に状況を判断し、提案するフィオネ。そんな妹の言葉に突き動かされるようにしてフィオナも立ち上がり、姉妹は協力して隼翔を運び始めたのだった。




