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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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第1章 エピローグ 虚ろう世界の女神

 冷えていた身体に熱が宿り始め、失われていた四肢の感覚が徐々に鋭敏になる。

 そうなったおかげだろうか、隼翔は己の後頭部が柔らかく心地の良い温もりに包まれ、同時に優しくどこか懐かしい香りを感じた。


(これは……確か……?)


 その懐かしく、己の心を癒してくれた存在じんぶつのことを未だに覚醒しきっていない思考でゆっくりと思い出し始める。その思考の旅はどんどん深いものになっていく。

 思い出していたせいか、あるいは頭が未だに覚醒していないせいか分からないが、思わず小さく声でその名を呼んでしまった。


「かあ……さん?」

「ふふっ、ごめんなさいね。私は貴方のお母さんじゃないわ、ハヤト」


 甘く優しいながらも、どこかからかうような声色に思わずぎょっとして、重たかった瞼が一気に上がる。


「…………」

「起きた?おはよう、ハヤト」


 開かれた瞼の先にいたのは漆黒のドレスを纏った女神・ぺルセポネ。

 彼女の姿を見て思わず言葉を失い、同時にものすごくバツの悪そう……というよりは恥ずかしそうな表情を隼翔は浮かべる。


「ふふっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。可愛かったわよ?」

「ちっ……そりゃ、どーも」


 クスクスとお淑やかに笑いながらもどこか悪戯めいた笑い声をあげるぺルセポネを見て、隼翔は開き直ったかのようにぶっきら棒に返事をしつつ目元を腕で隠す。

 そんな拗ねた子供のように振る舞う青年の髪を女神は優しくなでる。その仲睦まじい親子のような時間を互いに味わっていると、不意に隼翔が小さく口を開いた。


「……すまなかった」


 その謝罪が何に対するものか分からず一瞬聞き返そうとしたが、そうはせずにただ黙って次の言葉に耳を傾ける。その優しく見守る姿は本当に母親のように見えた。


「俺に幸せになれって送り出してくれたのに……俺はそれを守ることができなかった」


 悔しそうに声を震わせる。目元は腕で覆われていて見えないが、袖の色が少しだけ濡れて変色してるのが微かに確認できる。


「いいえ。それはハヤトのせいではないわ……。すべては私の責任。謝らなければいけないのは私のほうだわ……ごめんなさい」


 隼翔の漆黒の髪をゆっくりと撫でながら謝罪の言葉を紡ぐぺルセポネ。その目元からは冷たい雫が止めどなくあふれ出し、隼翔の頬をしっとりと濡らす。


「どういう……こと、だ?」


 女神わたしのせい、その言葉の意味が理解できずに言葉を詰まらせながら聞き返す。


「かつて私の選んだ……使徒まおう候補たちは皆、かの世界に馴染む前に姉の使徒(五傑)によって全員殺されてしまっているの」


 それ理由を聞いて隼翔は、なるほど、と頷いた。同時にぺルセポネの腿から頭を上げ、彼女の目を見据える。


「別にそれはあんたのせいじゃない。あくまでも俺に力が無かっただけだ。むしろああやって少しでも楽しい時間を過ごせたんだ。感謝こそすれ、恨み言を言うつもりはないさ」


 だから気にするな、と肩を竦めて見せながら意識を失う前の瞬間をゆっくりと思い出す。


(……結局俺の積み重ねたモノは何も通じなかった(軽かった)んだな)

 

 圧倒的と言える実力差に加え、呼吸と間合いを読み切った状態で放った双天開来流は完全に防がれた。

 あの人のために、誰かのために、と想いを紡いで昇華させた剣技は化け物(シン)には通用しなかった。そのことに対してふがいなさを感じ思わず左手をギュッと握りしめる。


「あなたは良くやったわ。それは私が保証する……だから自分が弱いだなんて責めないで」


 赤く変色し、血が滲み始めている拳を絹のように柔らかい手が優しく包み込む。顔を上げるとそこには辛そうにするぺルセポネがいた。


「だが……俺は……」

「あなたの戦った男は五傑の中でも特別な存在よ。だって彼はセイレーンにすら反抗し、恨まれているんだから……」

「どういうことだ……?」


 セイレーンの使徒として召喚されたにも拘らず、反抗し剰え恨まれているとはどういうことなのか理解できなかった。


「言葉のままよ。あの男だけはセイレーンも御しきれていないみたいで……だから私もあの男が出てきた時には驚いたの。そして同時にあそこまで戦えたハヤトにもね」


 困惑したように話すぺルセポネ。だが、隼翔が互角とまではいかないがいい勝負をしていたというところを話す時だけは凄く誇らしげだった。


「……いい勝負ができても、こんな風に殺されてたら意味がないけどな」


 ぺルセポネの様子に少しだけ心を弾ませつつも、やはり殺されてしまったことに対する罪悪感とでもいうべきものがあるせいで素直に喜べない隼翔。

 そんな隼翔の言葉をぺルセポネは訂正した。


「誇っていいことよ……。だってハヤトはまだ死んではいないから」

「……は?」


 死んでいない、その事実に対してすっとんきょんな声を出しながら、最後の瞬間を思い出し思わず胸元に右手が伸びる。

 そこはまさしくシンの腕が貫通し、隼翔を絶命させた場所である。


(……ここは精神世界みたいなもんだから穴が無いんじゃないのか?)


 穴が開いていないことを何度か手で確認し若干の安堵を漏らしながらそんなことを考える。


「ここにたどり着いたから死んだと思ったのかしら?」

「……ああ。まさにその通りだが……違うのか?」


 頭に疑問符を浮かべる隼翔に対して優しく微笑みかけながら否定する。


ギリギリ(・・・・)ではあるけど、まだ生きてるわ。だからこそここに呼び寄せたのよ」

「……つまり、まだ何か用があるってことか?」


 ギリギリという言葉からほぼ死んでいると推測し、そこからこの先何かをさせたいのだなと予想した隼翔は目を細めながらぺルセポネに尋ねる。

 その勘の良さを褒めるように、以前に見せた彼の母を思わせる笑みを浮かべる。


「まあ、そういうことになるかしら。と言っても、どの選択をするかは今回もあなた次第よ、ハヤト」

「……どんな選択が出来るんだよ?」


 はぁ、と小さく嘆息を吐く。頭の中にはすでにある程度、というか確定的な選択肢が思い浮かんでいるのだが、念のためにという意味で聞き返す。


「貴方の想像通りよ、ハヤト。生きるか、そのまま死を受け入れるかのどちらかよ。……ただ、生きるにしても相応の代価リスクと引き換えになるけど、ね」


 前半部分は予想通りだったが、後半部分は少しだけ意外だと隼翔は感じた。

 もちろん死にかけている状態なのだから何かしらの不都合は生じると思っていたが、目の前にいる女神がそれを要求してくることに違和感を感じざるを得なかった。


(考えれば当たり前なんだが、どうにもこの女神(お人よし)の言動らしくないんだよな。……まあ、死んだんだから普通なんだけど、さ)


 頭では理解しているのだが心ではどうにも引っかかるモノがあり、訝しげな視線をぺルセポネに向ける。


「……私らしくない、って顔ね。まあ悪神の私ならその程度当たり前かもしれないわよ?」

「だからそんな善良の塊みたいな悪神がいてたまるかっ」


 頬に人差し指をあてがいながら小首をかしげ、おどけて見せるぺルセポネ。そんな既視感のある女神から若干視線を背けながら悪態を付く。


「あらあら、随分と信頼されてるのね……」

「さーな……まあ別に言いたくないならそれでもいいさ。どんな代償であろうとも俺は生きるって選択するからな」

「別に話したくないわけじゃないわ……それにしても随分と生に興味を持ってくれたのね。うれしいわ」


 強い意志を込めて、そう宣言する隼翔。初めて出会った時のあの昏い瞳をしていた人物せいねんと同じとはとても思えないほど、前向きに生きようとしてくれていることにぺルセポネは心の底からうれしく思った。


「……何ニヤついているんだよ?」

「あら、ごめんなさいね。つい、ね。それで代価リスクについての説明だったわね」

「ああ、話してくれるなら教えてくれ」


 ニヤついてる、と隼翔は表現したが実際はそんな嫌らしい笑みではなく、むしろ見惚れてしまいそうなほど艶っぽいモノだった。そのため頬はほのかに朱に染まり、直視できずにいる。

 そんな隼翔の可愛らしい子供っぽい姿をからかう……ということはせず、ぺルセポネは凛とした雰囲気を纏った。それに釣られるようにして隼翔も逸らしていた視線をぺルセポネに向ける。


「まあ、簡単に言えば魔物になるってことかしら?」

「……はっ?」


 突拍子もないその単語に流石に聞き返す。別人になるという可能性オプションは予想していたが、魔物とは斜め上を行き過ぎていた。


「魔物っていうのは言葉のアヤかしらね。貴方は死にかけている、それは理解できるでしょう?」

「……ああ」

「なら話は早いわね。ハヤトの身体には今、大きな穴が開いている。しかも心臓は完全に潰されている、って状態でね」

「そういうことか。つまり今生き返っても俺は死を待つだけだってわけだ」

「ええ、まあそういうことになるわ。だからって別の身体にするわけじゃないわ。あなたも今の身体、気に入ってるでしょう?」


 隼翔が多少勘違いしてる可能性を憂慮して補足的に言葉を付け足すぺルセポネ。

 そんな女神の言葉に茶々を入れたりはせず、ああ、と簡素に首肯する。


「貴方の身体を使うために、心臓の代わりとなるコアを埋め込む必要があるの。そしてその心臓コアの代わりになるのが……魔石よ」

「……魔物の心臓とでもいうべき魔石を埋め込むからこそ、魔物になるってことか。理解した。だが、その魔石はどこにあるんだ?」


 女神だからなんでもできそうだなとは思いつつも、確認の意を込めて聞き返す。


「貴方に渡したネックレス、覚えてる?アレは特殊な魔石でできてるの。それを使う予定よ」

「特殊な魔石?」

「ええ。通常は魔石は茶色から始まり、灰色……そして最上級は赤と明るい色になるに連れてランクは上がるの。だけどあの宝石の色、覚えてる?」

「漆黒だな……」


 目の前にいる女神の髪と瞳の色を眺めながら思い出すように呟く。

 

「そう、漆黒はどの色分け(カテゴリー)にも属さない。……魔結晶という代物よ」

「……そんな凄そうなモノ使っていいのか?」

「ええ、それくらい使わないとたぶんあなたの心臓コアとしては不十分になると思うし、生き残るには必要なことよ。もちろんそれ以外にも色々と弊害はあると思うけど」

「だろうな。なんせ魔物の心臓コアを身体に埋め込むんだから」


 申し訳なさそうな女神とは対照的に、隼翔は肩を竦めて軽い調子で頷いて見せる。


「いいの?何が起こるか正直私も予測はできないわよ……もしかしたら、死よりも辛い生が待っている可能性もあるのよ」

「そうだろうな。だが、先のことを考えていたって実際にやらないと何が起こるかなんて分からないだろ?それに俺はもう、決めたんだ。……だから、頼む」


 一転してまじめな表情を浮かべ、頭を下げる隼翔。

 その真摯な姿勢にぺルセポネは悩むような視線を向けつつ、確固たる意志を持っていると判断した女神は謝罪の言葉を漏らしつつ、その願いを受け入れた。


「ごめんなさい……。そしてありがとう、確かに受け入れたわ」

 

 そういうとぺルセポネの周りから魔力があふれ出した。

 しかし、その魔力はシンのような重く濁ったものではなく優しく澄んだものだった。その心地よさに思わず隼翔は身体から力が抜けそうになる。

 それからややあって、女神の周囲から溢れていた魔力が収まり、漆黒の空間には虚無のような冷たさが戻った。


「終わったわ……。どうなるか分からないけど、頑張ってね」

「ああ。悪いな、助かった。それと、今度こそ、幸せってやつを掴んで見せる」


 グッと拳を突き出しながら力強く誓って見せる隼翔。その姿をたくましく思いながら、ぺルセポネは以前と同じように笑顔で青年を送り出した。

これで一章は完結です。

二章は数話書けているので、一章の改稿作業が終わり少ししたら投稿すると思います。

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