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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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女神に誘われて

 見渡す限りどこまでも続くように見える漆黒の虚無の空間。温かみも彩もない冷たさを全面的に推すような場所に、その人はいた。

 慈愛に満ちた笑みを浮かべたたずむ女性。

 肌は透き通るように白く、瑞々しい紅の唇がよく映える。長いサラサラの髪もぱっちりとした瞳も彼女を囲む空間と同じ漆黒。だが女性から感じる雰囲気はこの空間とは真逆で、暖かい。


 隼翔は江戸の世も、現代も生きていたがどちらの時間軸でも彼女ほど美しく、優しさに満ちた女性を見たことが無く、思わず見惚れてしまっていた。


「ふふっ、ボーっとしちゃってどうしたの?」


 彼女は座り込んだままの隼翔の頬に絹のように滑らかな手を伸ばし、そっと撫でた。

 じんわりと広がる熱。頬から胴へ、胴から末端へとゆっくりと広がる暖かさ。 その手の感触と温もりは彼の心へもうっすらと届き、目の前にある漆黒の瞳はメデューサのように彼の思考を停止させる。


「あ、あなたは一体……?」

「あら、珍しいはね。私のことを最初に訪ねるなんて!大抵はここはどこなの?って聞くと思うけど」


 ややあって石化の呪いから思考を立ち直らせた隼翔は目の前の女性に問いかけた。

 その問いが面白かったのか、彼女はフフッと微笑みながら立ち上がり、隼翔を見据えながら言った。


「私はぺルセポネ。いろいろ肩書はあるけど……冥界の女神よ」


 「へぇー」と簡単に受け入れ、周囲を再び観察し始める。

 確かに漆黒の虚無空間、冥界と言われれば納得だな、と冷静に納得する。


「あらら、なんだか面白みに欠ける反応ね」


 しかしぺルセポネにはそれがつまらなく感じられたらしく、拗ねたような口調になった。だからと言って子供じみたように頬を膨らませたり、腰に手を当てて怒ったようなポーズは取ったりせず、長い髪を耳に掛けるように艶っぽい仕草を見せる。

 隼翔は顔が熱くなるのを感じ、サッと顔を伏せた。


「そういう仕草は可愛いのね、あなた」


 なんだかぺルセポネの掌で踊らされてるような気がしたが、それが決して不快には感じなかった。むしろ母親とのやり取りをうっすらとだが思い出す。

 そのせいか、ある意味では歳相応の反応を示した隼翔に対して、ぺルセポネは満足したように頷くと居住まいを正し、隼翔に優しい視線を向ける。


「さて、まずはあなたの状況でも説明しましょうか。あなたは残念ながら命を落としました」


 遠回しな言葉は一切なく死んだと告げる女神。

 大抵の人なら、なぜやどうしてという言葉が堂々巡りしてしまうはずのだが、隼翔は冷静に、至極当然といった感じに受け入れていた。

 銃弾が体を穿ち、体が冷めていく感覚。奇しくも一回目の死と似たような死にかただったためか、あまり感慨深いものは無く、ぼんやりとその時の情景を思い出す。


「やはりあなたは変わっているわね、ハヤト。ならこれから転生できるっていうことも簡単に受け入れてくれるわよね?なんたってあなたは一度()()をしているのだし」

「っ!?なんで名前を?それに……」

「どうして転生したのを知っている?かな」


 だが、隼翔のその態度をどう思ったのかわからないが少なくとも感心したそぶりは見せず、息を吐く女神。

 そして疑問をぶつけようとする隼翔の言葉を遮るようにペルセポネは彼の唇に人差し指をそっと触れさせ、微笑みながら尋ねようとしたであろうことを知っていたかのように代弁してみせる。

 見事に言い当てられた隼翔は、顔を真っ赤に染めながらただコクコクと頷く。


「私も一応神の端くれだからね、名前や生い立ちくらいは知ってるわよ。ただ、前回転生させたのが誰でどんな目的があったかまでは知らないけど……」

「なるほど。なら今回俺をここに呼んだのはぺルセポネでいいんだな?目的は?」

「急かす割には、目が興味ないって訴えてるわよ」


 ぺルセポネの言うとおり、捲し立てるように聞いている割にその瞳は昏く濁っている。隼翔は痛いところを指摘され、思わず黙り込む。


「まあいいわ。それで私の目的だったわね。そうね……表向きには私()の世界を救ってほしいってとこかしらね」

「救う?何から?魔王とか?」


 隼翔は昏い瞳を目の前の女神に向ける。その向けられた瞳には生気どころか、意志すら感じられない。

 それを見てぺルセポネは意外そうな顔をしながらも最終的に、はぁと深いため息をついた。


「あなたがその手の物語を知っていたのは意外ね、それに半分は正解だし。反応が詰まらないのは仕方ないとしても、私は冥界の女神よ?」


 わかる?と言いたげに視線を送る。隼翔はそこまで言われて自分の失言に気が付く。


「魔王からじゃなく……勇者か」


 そうよ!と満足げに頷いている。隼翔はその表情カオに覚えがあった。

 

(あの人や母が俺を褒めているときの顔に似ているな)


 ある意味では隼翔はこの顔を見るのを生きがいに人生を送っていたと言っても過言ではない。

 それらを思い出し、彼の心の中では幸福だった時間の記憶と守ることのできなかった後悔の時間がせめぎ合うように渦を巻く。

 ぶつかり合う相反する時間の記憶。隼翔はそれを噛み殺すようにぺルセポネに質問する。


「確かにあんたは冥界の女神だから魔王サイドに付くのは分かる。だが魔王は悪い奴なんだろ?それが滅ぼされるのは仕方ないことじゃないのか?」


 その手の物語では大抵魔王は残虐の限りを尽くし、人々を恐怖と絶望で支配する。そのせいで恨みを買うのは必然だし、勇者と名乗る人物に倒されても文句は言えない。

 しかし、ぺルセポネはむしろ不思議そうに訪ねた。


「じゃあ聞くけど、誰が魔王は悪いって決めたの?そもそも善悪の判断は一体だれがするの?」


 それを聞かれ思わず口籠る。たしかに善悪の判断に基準はない、強いて言うならそれは――――。


「個人の物差し、まあこれが無難な回答でしょうね。あなたも思い当たる節があるでしょ?」


 ぺルセポネが言いたいことは言わば隼翔の最初の人生でのことである。それはつまり――――。


「……確かに俺はあの時、あの方が俺の物差しだった。そしてその物差しで正義を掲げ人を斬っていた」


 彼が悪だと、斬るべき必要があるから斬った。それが隼翔おのれの正義であり、善であった。だが……。


「逆に斬られた相手からすれば、隼翔(あなた)が悪だったということにもなる。そう考えれば水掛け論にしかならないわ。なら、何が魔王を悪と決めたか分かる?」


 寂しそうに目を伏せながら、悲しみに満ちた声でゆっくりと言葉を続ける。


「歴史の勝者、とでも言えばいいかしらね。あなた(西園寺隼翔)として人生を終えた時の事件がどう報道されたか教えてあげましょうか?……虐殺犯としてあなたは歴史に名を刻んだのよ」


 それを聞いた瞬間、隼翔は耳を疑った。

 別に今さら人を殺したことを後悔したりなどしない。むしろあの瞬間は自分の意志で、初めて人を殺した。

 ソレが決して褒められることでもないのも理解できる。だがアレは母を助けるために……。

 なぜ、どうして、なんで。疑問が疑問を呼び、一つの大きな渦となり、思考を占有する。

 茫然と隼翔が思考の渦に飲まれていると、急に体が温かいものに包まれた。

 陽だまりのように優しい温もりと落ち着く匂い、隼翔は知らぬ間に女神に抱きしめられていた。


「魔王と呼ばれるもの同じなのよ……負けたから悪とされてしまっただけ、それが世界の真実よ」


 抱きしめられたまま、彼は動くことができなかった。

 小さく肩を揺らす少年を、女神は母親のように優しく抱きしめ続けるのだった。



 それから少しして、二人は再び元の位置に戻っていた。


「さて、魔王についての話で脱線しちゃったわね。それで戻すけど、あなたには魔王として世界を救うというか調和を取り戻してほしいっていうのが私の目的ね」

「それは分かったが、さっきいろいろ気になること言ってただろ?表向きとか私()()とか……」


 隼翔は顔が赤いのを悟られないように俯きながら、ぶっきら棒に尋ねる。ぺルセポネはそれを愉快そうに眺める。


「ハヤトがこれから転生する世界は本来私と姉のセイレーンで統治するはずだったのよ……だけど姉は私の存在が許せないみたいで、ね」


 おどけた様に締めくくったが、無理に笑っているのが隼翔には分かった。なぜならその顔は苦しそうで、目元には滴が儚げに輝いている。

 その沈痛そうな表情にどのように声をかけていいか分からず、隼翔はただ黙って彼女の話に耳を傾ける。

 

 彼女たち姉妹は幼少の頃はとても仲が良かったらしく、つねに一緒にいたらしい。しかし、ある時姉のセイレーンは妹の美貌に嫉妬した。セイレーンも美女であり、何よりその歌声は聴く者を魅了する甘美なもので人気はあった。しかし、それ以上にぺルセポネは美しさで全てを魅了していた。

 それが許せなかった。それ故にセイレーンはペルセポネを罠に嵌め、冥界の女神にした。


「そして私は冥界の女神として、あるいは悪の根源としてセイレーンの呼んだ勇者たちに命を狙われているってわけ」


 笑っちゃうでしょ、と自虐的に笑って見せるペルセポネ。目元に溜まっていた滴はその頬を伝い、漆黒のドレスをしとしとと静かに濡らす。


「……それでペルセポネは俺に勇者とセイレーンを討ってほしいのか?」


 かけるべき言葉が見つからず、仕方なしに涙には触れずに質問を続ける。

 そんな隼翔の不器用なやさしさに笑みを浮かべながら、ぺルセポネはゆっくりとかぶりを振った。


「違うわよ……私は姉を恨んでないわ。あなたには世界の調和をお願いしたいのよ。だって私はただ昔のように仲良くしたいだけなんだもの……」


 懐かしむようにどこか遠くを見つめるペルセポネ。隼翔にはその瞳は楽しかった彼女たちの幼少期が映っているような気がした。

 隼翔が慈しみの視線でペルセポネを眺めていると、それに気づき彼の瞳を見つめ返えす。


「別に同情とかしてほしいんじゃないわ。それに今までのはあくまでも表向きの理由よ。ハヤトを呼んだ本当の理由は別よ」

「……本当の理由って別なのか?」


 今まで聞いた内容でも十分なのにそれ以上の理由ことがあるのか、と思いながら苦笑いを浮かべた。

 それに対しペルセポネは口元に手を当てながら、フフフッと心の底から笑っているような笑顔を浮かべた。


「そんな身構えなくても平気よ。私はただ単にハヤトに楽しい人生を送ってもらいたいだけよ。単なる私のお節介ってとこね!」

「楽しい人生?」


 その言葉に思わず疑問を覚える。楽しいとはどんなことなのか、今まで楽しくなかったのか、色々と思考を巡らせる。


「別にあなたが今までの人生に満足って言うなら転生しないで終わりよ。ただ少しでも何かあるならもう一度チャンスをあげたいって私が思っただけよ……何となく私と似た人生だからね」


 隼翔とペルセポネは確かに似た境遇かもしれない、裏切りや歴史の闇に葬られた過去を共に持つという点においては。

 

「だから私はあなた(ハヤト)に楽しい、幸せと思える人生を知ってもらいたいのよ。さっき話した表向きの理由なんて気にせず、自由気ままにね」

「……その結果、セイレーンに加担するしも知れないぞ?ペルセポネには不利な行動をするかもしれないんだぞ?」

「言ったでしょ、自由にって。あなたが見て、聞いて、触って、感じて、何が"正しい"のか決めなさい。その結果に口出ししないわよ。あなたが魔王として生きようとも、勇者として私を討ったとしても私はあなたを決して恨まないわ。あなたが胸張って幸せに生きたって証になれるなら、本望よ」


 それは決して建前や嘘で塗り固められた偽りの言葉ではなく、彼女の本心からの言葉だった。

 そしてその言葉は隼翔の心の中にある何かを取り除き、心は少しだけ晴れやかになる。


「……そこまでぶっちゃけるのが神様の流儀なのか?」

 

 なぜか溢れそうになる涙を必死にこらえながら、隠すように毒づく隼翔。ペネルポネは先ほどのお返しとばかりにそれ()に触れずに優しく頬を撫でる。


「神にもよるんじゃないかしら。それにもしかしたら私は本当に悪神で、あなたを嵌めて世界を乗っ取ろうとか考えてるかもしれないわよ?」


 人差し指を頬にあてながら、茶目っ気たっぷりな素振りを見せるペルセポネ。

 「こんなに親切な悪神がいるかよ」と心の中で呟きながら、服の袖で目元を拭った。


「さて、ハヤト。決断を聞きましょうか?」


 ぺルセポネは相変わらず隼翔を気遣い、冷静になったころを見計らって転生するか否かを問いただす。

 このとき隼翔の心はすでにどうするか決まっていた。


「頼む、俺をペルセポネの管理する世界に転生させてくれ」


 武士のように礼儀を重んじたように頭を下げた。その瞳にはこの虚無の空間に来た時の昏さの中に一筋の光が差しているように見える。


「聞き受けました。さて、じゃあ最後にあなたにギフトを与えましょうか!」


 ぺルセポネは隼翔の額に右手を当てて、目を瞑る。

 その掌の温かさとペルセポネの美しさ。それらは隼翔の心臓を無遠慮に高鳴らせ、早鐘のように体の中で鳴り響く。


「ぎ、ギフトって?」


 心臓がバクバクいってるのを悟られないように質問をしたのだが、それが仇となったのか、隼翔は声が大きくさらに上ずり、あまつさえ噛んでしまった。

 余計に恥ずかしくなり、顔をサッと伏せる。それが面白かったのかペルセポネはクスクスと上品に笑い声をあげる。

 すでに死んでいるのだが、隼翔はいっその事、と考えてしまい、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 だがそんな隼翔をしり目に、いや気遣ってぺルセポネはゆっくりと説明を始めた。


「ギフトとは才能よ、それくらい知ってるでしょ?」


 ギフトとは、いわば神から与えられた才能のこと。

 隼翔は曲りにも日本一とも言われる大学への進学が決定していた身、それくらいは当然のように知っているので拗ねたように頷いて見せる。 


「これから転生する世界では、ありふれたような剣と魔法の世界。そこにはジョブというものが存在するの。そのジョブによって大部分の強さが決まるってしまうの」

「……そしてジョブは生き物として生まれた時から決まっているってことか」

「そういうことよ、理解が早くて助かるわ!そしてあなたに与えるジョブは"武神"という世界に一つだけのあなたのための固有職ユニーク・ジョブよ」

「ブシン?」


 聞いただけではどんな職なのか全く想像できず、訝しげな視線とともに聞き返す。


「ハヤトは武芸に長けているでしょ?特に剣術は超一流、それならってことで私が創ったのよ。一般的ジョブには能力的上限が存在するの。だけど、この武神だけは違うわ……あなたの努力次第で永遠に向上し続けるわ」


 隼翔は思わず絶句した。そんなの現代風に言えばチートと言われる、バランスを崩壊させかねないズルのようなものである。

 そんな心情を見透かしたかのようにペルセポネは補足した。


「言ったでしょ?表向きには魔王として転生するんだから……それにすでにあの世界のバランスは崩壊してるのよ」

「……崩壊してる?」

「そうよ……姉さんがすでに何人もの勇者を呼んでいるのよ。その中でも五傑って呼ばれる者たちが特にすごくて……おかげで、ね?」


 五傑、という言葉に疑問を覚えつつも隼翔は察した。勇者たちもまたチートな能力を持っており、生き残るためにそれくらいの能力が必要だということを。


「だからある程度の対抗手段としてね。それに武神は一応初期の能力はそんな高くないわ。まあそこは心配ないとしても……」


 ペルセポネは悩んだように隼翔を見据え、そして「何でもない」と話を切った。隼翔としては気になるとこだが、ペルセポネが言わないなら聞かないのが礼儀だろうと口をつぐむ。。

 ここまで至れり尽くせりしてくれた彼女が言わないのは何かしら理由があると思ったのである。


「あと、武神の力を最大限に引き出すためにスキルを二つあげるわね!」


 すると再び隼翔の額に触れる。微かに青く発光する。


「まずは万物創生ユニ・クレア。これはあなたの知識と創造次第でどんなものでも作れるわよ。もちろんあなたの使いやすいような武器も、ね!」


 詳しくはあっちの世界で試してみて!と軽くウインクしてみせる。そして次に彼女は隼翔の目を伏せるように手を添えた。


「こっちは少し痛いかもしれないけど……ね!」

「なっ!?……っ!!」


 反論しようとした瞬間、今度はペルセポネの手が赤く光り輝く。

 そしてそれを知覚した瞬間、隼翔の両の目を激痛が襲う。痛みに慣れているので騒ぎはしなかったものの、ぐぐもった声が口から漏れる。

 目が沸騰しているように熱く、血液が暴れまわっているような痛み。思わずペルセポネの手を強引にどかそうとするが、腕に力が入らない。体が金縛りに遭ったかのようにその場から離れることも許されない。

 隼翔はどうすることもできず、ただひたすらに痛みに耐えていると不意に彼女の手が目元から退かされ、身体から力が抜けたようにそのまま崩れ落ちる。


「はぁはぁはぁ……」


 肩で息をしなければいけないほど、呼吸が荒くなる。口から漏れるのは空気だけで言葉を発しようとしても出てこない。


「どう?少しは落ち着いたかしら?」


 相変わらず甘い声をしていたのだが、隼翔にはそれが悪魔の冷徹な囁きのように聞こえていた。


「ど、う……いう、こと……だよ」


 息も絶え絶えになりながら、なんとか声を出して問いただす。するとペルセポネは何か聞いたことのない言葉を囁き始めた。そしてその言葉が途切れると急に気温が下がったような肌寒さを隼翔は感じた。


「そろそろ眼も見えるでしょ?こっちを見なさい」


 ペルセポネの声がする方に顔を向け、多少弱まった痛みを堪えながら目を見開くと、そこには鏡のように磨かれた氷の表面に良く見慣れた自分の顔が映っていた、ある一点を除いて。


「……瞳の色が変わっている?」


 痛みのせいで幻覚を見ているのかと思い、何度も瞬きをしてみるがやはり変わっていた。

 隼翔は生粋の日本人で髪も瞳も漆黒だった。しかし、今氷に()()()()()瞳の色は左が朱色で、右が金色、いわゆるオッドアイ。


「それは左が魔眼で右が神眼と呼ばれるものよ」

「……何が違うんだ?」


 痛みで霞む視線の焦点を何とか合わせようとしながら隼翔は尋ねる。


「神眼とは万物を視透みとうすことのできる眼よ。それに対し、魔眼は改変された事象を視ることの出来る眼のことよ」


 ペルセポネの説明にさすがの隼翔も首をかしげてしまう。


「要するに神眼は千里眼のように世界を視れたり、モノやヒトを視ただけで情報が得られたりする鑑定眼などの祖ともいえる眼のこと。魔眼は相手の嘘や偽装を見破れる真偽眼や魔力の流れや魔法の発動兆候、それに魔力の残渣を視れる魔力眼などの祖と言える眼よ」

「祖ってことは、普通は一つの能力しかないのか?」

「さすがに勘が良いわね!その通りよ。もちろんハヤトも最初からすべてが使えるわけじゃない、シードの状態でいくつか眠っているわ」


 隼翔は思った、これは完全にもらいすぎていると。むしろこれで標準だったら勇者は完全に異世界で無双している。

 そう考えた瞬間、思わず身震いしてしまった。今まで暮らしていた日本とはまるで違う世界への期待から来る武者震いと恐怖から起きる純粋な震えが混じっている。

 そんな姿を見たペルセポネがクスッと笑いを漏らしながら、安心させるように補足した。


「平気よ、そもそも魔眼か神眼は普通どちらかしか持ってないもの。それに持っている者の能力は一つに限定されてるし」

「色々ツッコミたい部分は多いんだが、とりあえず聞く。俺はその世界じゃ目立ちすぎるだろ?」


 能力は最悪使わないとばれることはないが、眼は違う。かなり目立つあり得ない組み合わせのオッドアイ。隠し切れるはずがない。それを心配していたのだが……。


「大丈夫よ!どちらも鍛錬次第で隠せるから、その努力は頑張ってね!」


 それくらい平気でしょ?、とでも言いたげに頬に人差し指を当てながら首をちょっとだけ傾げる。それを見て隼翔はガックリと項垂れ、聞くことを止めた。これ以上無駄だと悟ったのである。



 それから必要最低限の装備とレクチャーを受け、準備は全て整い、隼翔は今魔法陣の上に立っている。


「それじゃあ、あとは頑張って"幸せ"な人生を探してきなさい。私がしてあげられるのはここまで」


 隼翔を見送るペルセポネの目はとても寂しそうに見える。もちろん表情を艶のある笑みが浮かんでいるのだが、どうしてか瞳は寂しそうに感じてしまう。

 声をかけるべきか。かけるとしてもなんと言うべきか。今まで抱えたことのない悩みが、彼を悩ませ、思考の海へと引きずり込む。

 だが、悩んでいられたのも数秒のことで、いつの間にか足元にある魔法陣が光りだしており、思考はソレに遮られた。


「そうそう、最後にこれを持っていきなさい」


 そう言いながら首から下げられている漆黒の宝石が嵌めこまれたネックレスを外し、隼翔の首に優しくかける。


「これから異世界で他の人触れ合いながら生きていくのだけど、その中でもし本当に困った時はコレに魔力を籠めて寝なさい。そうすれば夢の中で相談や助言くらいはしてあげるわ」

「……本当に至れり尽くせりだな、感謝する」


 ありがとう、という言葉とともに隼翔は頭を深く下げた。それをペルセポネは満足そうに見守っている。

 それから隼翔の意識はどんどん遠退いていった。

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