求ムは強者
内容に変更はありませんが、一話から読みやすいように改稿作業を始めました。
都市内での喧騒をよそに、ノイトラルの中心部に位置する噴水広場の一角は別空間のように静まり返っている。
そこにいる一部を除いて誰もが目の前で起こった光景を飲み込めず、ただただ茫然と血肉と化したかつての隣人たちを眺めている。
(どこから剣を取り出したっ!?さらに斬撃が……飛んだ、のか?)
そんな中で一部の例外に属する隼翔は腕に残る衝撃に顔を顰めている。整備された道に残る斬撃痕は一つだが、瑞紅牙で受けた衝撃は二回。そして、それを表すかのように地面は赤く染まっている。つまり斬撃は数瞬の間に十字を描くように放たれた、ということになる。
それだけでも驚くべきことなのだが、加えて灰銀色の髪をした男はいつの間にか剣を握っていたのである。
(さすが異世界。なんでもアリだな……)
まったくもって前世の常識が通じないことに頭を悩ませながらも、それはこの状況下で悩んでいても仕方のないことだと割り切る。
「「きゃ、きゃぁああああああっ」」
「ひ、人殺しだぁあああああ!!」
ようやく現実を認識できたのか、我先にと噴水広場から逃げ出していく人々。あたりは一転して喧騒がより一層煩くなる。するとその悲鳴を聞いた男の表情は急に険しくなる。先程までの獰猛な笑みが嘘のように消え、路上に落ちる塵をみるような視線を逃げ惑う者たちに向け始めた。
「っ!?くそっ……」
男から膨れ上がる殺気に反応し、咄嗟に地面を蹴る隼翔。そのまま男に接近すると、振り抜かれようとしてる剣と対衝突させる軌道で瑞紅牙を振り抜く。
――――キンッ
先ほどよりも高い金属音が鳴り響く。
そのまま刀と剣はギリギリと嫌な音を立てながら鍔競り合いに移行する。
「?なぜ、止める?この中にお前の親しい者がいる訳でもあるまい」
心底不思議そうな表情を浮かべる男。その瞳からは鬱陶しい羽虫を払うのは当然だろう?と投げかけられているように思える。
「ああ。別に親しい奴もいないし、そもそも知らない奴を護ってやろうなんて正義感も持ち合わせてはいない。だが、わざわざ害意のある相手のすることを大人しく待つ必要もない、だろっ」
相手の剣を払いつつ、その勢いを利用して軸足でくるんと周りながら男の首を斬り飛ばす軌道で瑞紅牙を放つ。しかし――――。
「カッカッカッ、なるほどな。確かにその通りだ。その面構えといい、やはりお前は他とは違うようだ」
「うぐっ!?」
愉快そうに呟きながらも男は隼翔の手首を掴み斬撃を未然に防ぐと、そのまま剣の柄を腹部にねじ込み、くの字に曲がったところを更に中段蹴りで追撃する。
「ご、ご主人様っ!?」
「大丈夫ですかっ!?」
ズザザザザッと地面を滑る隼翔を心配して声を荒げながら近づこうとするフィオナとフィオネ。
「ゲホッ、ゲホッ……。だ、大丈夫だ。それより……さっさとここから離れろ」
咳き込みながらもなんとか立ち上がり、片手で刀を構えながら空いている手で姉妹を制す。
「そ、そんなっ!?ご主人様を置いて行くことなどできませんっ!!」
「なら……命令だ。さっさと行け、お前たちが居ても足手まといなだけだ」
食い下がろうとする姉妹を隼翔は今まで聞いたことが無いほど冷たく感情の無い声で命令した。その声を聞くと流石に気圧されたようでビクッと身体を震わせた。そのまま隼翔と男を眺め、姉妹は無力に打ちひしがれ、涙を流しながら走り去っていった。
「冷酷な男かと思えばなかなか人情に溢れているな」
「ゲホッ、ゲホッ……別にあいつらを案じての事じゃない。ただ、お前を殺すにはあいつらが邪魔なだけだっ」
口から垂れる血を拭いながら隼翔は地面を蹴った。
めまぐるしく変わる攻防、煌めく斬撃の応酬、霞む身体、両者の攻防ははっきり言って達人の域をはるかに逸脱したモノだった。
「……いやはや、まさかここまでとはな。正直驚いたっ!!」
振り下ろされる剣を隼翔は紙一重で避ける。そしてそのまま懐に踏み込み逆袈裟目掛けて斬りかかるが、斬り裂くのは男の服だけでチッと舌打ちしつつ一気に距離を取る。
男はそれを追撃せず少しばかり斬り裂かれた服を眺めて、ニヤリと楽しそうに笑みを浮かべる。そんな男の笑みを見た隼翔は心底嫌そうにため息をつきながらも現状を冷静に把握する。
(……一見すれば互角だが、明らかに向こうは手を抜いてやがるな)
確かに隼翔の考える通り素人目に見れば互角の攻防を繰り広げているが、実際はかなり追い込まれていた。もちろん隼翔としてもまだまだ手は隠しているが、正直男に至っては実力が深淵の闇のようにまるで底が見えない。
(正直ここまで絶望的な状況は初めてだな……)
これまで二度にわたって命を落としているがそのどちらも絶望を感じるには至らなかったし、ヴァルシングと相対した時でも今ほどの絶望感は無かった。
そのことに戦慄を覚えつつも、思考を決して鈍らせない。
(……Sランクの冒険者か?いや、違うな。言動から推測するにおそらくこいつは……)
今までの斬撃の応酬から眼前にいる男はこの世界の人間の頂点ともいうべきSランク冒険者かと一瞬考えたが、それは無いとすぐにかぶりを振る。
そして今までの男の言動から大体の正体を推測した隼翔はそれを確かめるために口を開いた。
「……お前は何者だ?五傑とか言う奴か?」
五傑、その言葉を聞いた瞬間男は懐かしそうに目を細め顎を撫でながら、感心したように「ほう……」と小さく漏らした。
「五傑、か……懐かしい言葉だな。今では奴らは四聖と名乗っていると聞いたが……」
「……シセイ?」
「ふん……。別に名など所詮飾りでしかなく、本質は表していないからな。現に俺は五傑と呼ばれた時代もあったが今では厄災、天災、破壊者、あとは最も分かりやすいのは滅神などと呼ばれているからな」
興味なさそうにツラツラと通り名を並べる男。いつもの隼翔ならここで中二臭い発言だな、と鼻で笑っただろうが、正直眼前の男の底知れなさを体感した今ではその二つ名が適切だなと思い知らされていた。
「なかなかユニークな名前だろう?」
「……ユニーク過ぎて笑えないがな」
クックックと笑って見せる男だが、隼翔にはその余裕がなかった。
「さて、話が逸れたがお前の問いには答えておこうか。……そうだな、かつてはシンと呼ばれていた。だからシンと呼ぶがいい」
「シン……か。俺は西園寺隼翔だ」
「クックックッ、名乗りを返すか。ますます気に入った。さて、おしゃべりは止めて死合いを再開するか、サイオンジ」
「ぐっ!?」
シンは軽い足取りで踏み込んだにもかかわらず地面は陥没し、一気に間合いを詰めて斬りかかる。その一撃を瑞紅牙で受け止めて見せる隼翔だが、先ほどまでの重さとはまるで違い思わず小さく呻き声を漏らす。
「先から思っていたが、さすが魔帝の佩刀とまで謳われた刀だ。その切れ味もそうだが、この頑丈さ……攻めているこちらが折れそうだ」
「ちっ、その割には随分、と余裕そうだ、なっ!!」
舌打ちをしながら瑞紅牙へのダメージが少なくなるように角度を調節し威力を減衰させながら流し気味に受けるが、シンの高い技量から生み出される斬撃の嵐に次第に隼翔の身体に薄く赤い線が刻まれていく。
「どうした、その刀に認められたのだろう?なら隠さずにそれを見せて見ろっ!!」
血に飢えた獣の如く剣速を加速させ、楽しそうに吼えるシン。それに応えるように隼翔はギンッと剣ごとシンを弾き飛ばし距離を取る。そのまま右の手の指先で傷口を触り血を付ける。今度は血が付いた指先で刀の刃紋をなぞりながら対抗するように隼翔は獰猛に笑って見せる。
「いいだろう、見せてやるよ……。喰らい嘶け、瑞紅牙」
瑞紅牙の刃紋がスーッと臙脂色に染まっていく様子を眺めながらヴァルシングの言葉を思い出していた。
「そういえば、瑞紅牙の性能とやらを教えてくれんじゃなかったのか?」
宝物庫に向かうために広間を後にしようとした隼翔だが、肝心なことを聞いてないことを思い出し、扉の少し手前で歩みを止めて振り返り、柄頭に手を添えながら真祖に問いかけた。
『そういえばそうだったな。ふむ……とりあえずソレを抜いてみよ』
ワイングラスを優雅に回し香りを楽しみながら指示を出す姿に隼翔は何とも言えない表情を浮かべつつ、文句を言わずに素直に抜刀した。
シャンデリアの淡い光を受けてより一層その美しい刀身を煌めかせる瑞紅牙。さすが魔帝の佩刀とまで謳われ、隼翔を心酔させただけはある業物である。
その刀身に見惚れる隼翔に真祖は静かに真剣に問いかける。
『抜いてみて、持ってみて、どう思った?』
「……手にしただけなのに、ここまで力を感じる刀なんて初めてだ。正直言ってこれ以上のモノは望めないと思う」
『やはり貴公は持つべき器ということ、か』
「……持つべき器?」
正直な感想を述べる隼翔に対して心底感心したようにつぶやく真祖。ただその内容がいまいち理解しかねるものだったために隼翔は訝しげな視線を送るが真祖は肩を竦めて見せるにとどまった。
『気にする必要はない。それよりも説明するほうが大切だろう、と言ってもやることは至極単純だ。貴公の血をそいつに吸わせてやればいい』
「……さすが吸血鬼の牙で創られているだけあるな」
まるで妖刀のように血を吸うということを聞いて思わずと言った様子で感想を漏らしながらも瑞紅牙の刃を右の掌に当て、スッと軽く引く。
背後から、あぁっ、と慌てたように重なる二つの声が聞こえてきたが、それを気にせずに鮮血で染まった刃を眺める。一見すればただ血がついてるだけにしか見えない状態だが、変化は急に起きた。
「……本当に妖刀みたいだな」
驚いた様子はなく、むしろ感心したように呟く隼翔。その視線の先では瑞紅牙の刀身が本来の鉄色から血を吸って染まったかのように徐々に臙脂色に変わり始めている。刀身全体が臙脂色に変わった頃に真祖はようやく口を開いた。
『ほう、流石だな。最初から本来の姿に戻すほどの力を持った血だとはな』
「ん?どういうことだ?」
臙脂色に染まった刀身を見やりながら問いただす。
『そのままの意味さ。それが本来の瑞紅牙の姿だ。ただその状態にするには認められた強者の血が必要なのだ……それこそ幾多の修羅場を潜り抜けてきたような猛者の、な』
「ふーん……そうなのか」
品定めするかのような真祖の視線を気にした様子もなく臙脂色に染まった刀身を眺める隼翔。
『まあ良いか。それではそれの説明をしようと思うが……はっきり言えばこれ以上はない』
「は?どういうことだよ?」
『理由は至極簡単。なぜなら――――』
「行くぞ……」
隼翔は一切の気負いのない声で告げると、ダンッと力強く地面を蹴った。
「……ほう」
先ほどまでとは比べ物にならないほどの速力で、あたかも消えたかのように一瞬でシンの背後を取る。その速度にシンは思わず感心したように声を漏らすのだが、それにすら対応し剣で防ぐ動作を見せているシンがいかに化け物じみているかよくわかる。
「化け物め……だが、甘いっ!!」
「っ!?」
紅緋色の残光がシンの表情に驚愕を刻み込む。そうなるもの無理はないだろう、なんせ音もなくさらには剣を握る手に衝撃なかったにも関わらず、刀身が半ばから消えてしまったのだから。
その衝撃的すぎる事実に思わず足を止めるシン。その刹那もないほどの隙を狙って隼翔はさらに踏み込もうとするが、ゾクッと背筋に嫌なモノを感じ咄嗟に下がる。
「クックック……久方ぶりだぞ、傷を負わされたのは……」
距離を取った隼翔を気にする様子もなく、シンはうっすらの斬られ血が滲む頬触りながら急に笑い声を上げる。
「しかもただの斬撃で俺の剣を折るではなく斬るとはな。確か斬鉄とかいう技術もあるようだが、先のはそういう類ではないないな。全く……一応銘はないが、かなりの業物だったのだぞ?」
刀身の半ばから無くなった剣を隼翔に見えるように掲げながら饒舌になるシン。その刀身の断面は確かに滑らかで彼の言葉通り、折ったではなく斬ったというのが正しいと言わざる負えないものである。
「その割には随分と悦に入っているようだが……?」
業物と称する剣がダメになったにもかかわらず笑みを浮かべるシンに隼翔は無表情で嘆息を漏らす。そんな一見すれば剣を斬るなど当たり前のように振る舞って見せてはいるが、内心では臙脂色に染まった瑞紅牙に切れ味に衝撃を受けていた。
(まさか剣を斬るとはな。……まだまだ、俺が瑞紅牙を扱えていない証拠だな)
先ほどシンの剣を斬ったのは正直隼翔にとっても予想外の出来事であった。もちろん隼翔は斬鉄もできるが先ほどはそういう意図は全くなく、速力と剣速で押すことを考えていた。しかし、結果として意図しない事象が起きた。それはつまり隼翔が瑞紅牙の真の力を扱いきれていないことを表している。
自分の未熟さを改めて実感し、口を真一文字に結ぶ。そんな隼翔を見かねたわけではないが、シンが口を開いた。
「これだけ心が躍る死合いなのだ、剣の一本で嘆くはずがないだろう?だが、そうだな。これがダメになったとなると……」
手に握っていた剣を未練などあるはずもないとばかりに投げ捨て、急に悩むそぶりを見せるシン。少しの間悩んだ後、おもむろに何かを掴むように右手を虚空に向かって伸ばす。
その行動の意図が分からずいぶかしげな視線を向けながら警戒する隼翔。そして次の瞬間、思わず目を見開いてしまった。
「なっ!?」
シンが手を伸ばす先の空間が急に裂けたのである。それだけでも驚きなのだが、加えてそこから白い柄が現れ、ニヤッと笑みを浮かべながらシンはそれを掴み抜剣するように勢いよく引きずり出した。
現れたのは白く細い金属を三つ編みにしたような刀身をした剣のような武器。その異形の武器で軽く素振りをしながら驚いている隼翔を不思議そうに眺める。
「ふむ、こういうお決まりは初めてか?」
「……亜空間収納とかいうやつか?」
「なんだ、知っているじゃないか。まあ俺のは厄災の武器庫という代物だがな」
その危険すぎる名前に身体を強張らせる隼翔。その姿勢を臨戦態勢ととらえたシンは素振りをやめて猛獣という言葉ではあまりにも足りないほどの鋭い慧眼で睨む。
両者の視線がぶつかり合い、いつ斬撃の応酬が再開されてもおかしくないほど緊張感が高まる中、それを破ったのは隼翔でもシンでも無かった。
「いたぞっ、こっちだっ!!」
ザッザッザッ、と一糸乱れぬとまではいかないがある程度揃った軍隊特有の足音と男の怒号とでもいうべき声が聞こえてきた。
その足音はどんどん大きくなり、いつの間にか二人を取り囲むように噴水広場に包囲網が形成された。
「今回の都市の襲撃の首謀者は貴様だなっ!!おとなしく投降しろ」
包囲網を形成している集団の中では比較的装備の整った隊長と思しき壮年の男がシンに向かって声を荒げる。周囲を見渡せば騎士というよりは兵士と言うのが適当な格好をした者たちが前衛では大楯を構え、後方では威嚇のつもりか弓や槍を構えた者たちも見える。
「……」
囲まれた中で隼翔は口を閉ざしてある程度脱力しながらも、いつでも動けるように無形の構えを取りながらシンに視線を向け続ける。
そのまま少しの間、誰もが閉口し、炎が燃える音、建物が崩れ落ちる音だけが噴水広場に鳴り響いた。
「……しいぞ」
「……なに?」
最初に口を開いたのは声をかけられた本人であるシンだった。
しかし彼の発した声が小さく何を言っているか分からなかった隊長である男性が苛立ったように聞き返す。
「煩わしいぞっ、ゴミどもっ!!せっかく血肉が沸き上がるほどの死合いの最中にだったのにそれに水を差し、剰えこの俺に投降しろと?だから貴様らは雑魚なんだっ!!そんなこと喚く前に挑んで見せよっ、そして多くの死線を乗り越えて来いっ!!」
息が詰まるほどの濃い殺気がシンから放たれ、取り囲んでいた兵士たちは思わず一様に尻餅をつく。唯一隊長の男は尻餅は付かなかったが汗を垂らし、息を詰まらせながら両手両ひざを地面に付いている。
「全く、ゴミが調子付くとはどこまでも滑稽で嘆かわしい……そうは思わないか?」
先ほどの底冷えするほど冷たい声とは違い、明らかに落胆したような声で隼翔に同意を求める。しかし隼翔はそれに対して同意も否定もせずただ黙ってシンを睨む。
「どちらとも言えない、か……まあいい。せっかくだ、サイオンジ。コイツの能力を見せてやる」
その態度を見て落胆などはせず、シンは異形の剣に視線を向ける。そして次に視線を周囲で言葉を失い尻餅をついている者たちに向ける。そのままシンは兵士たちの方へ足を進めていく。
一歩、また一歩と近づくたびに兵士たちはまるで重力に押さえつけられるように頭を垂らし、声にならない悲鳴を漏らす。
「さて、それではよく見ておけ。これがどういうモノか、なっ」
処刑を待つ罪人がごとく首を差し出し動きを止める兵士の一人の前に立ち、静かにその異形の刀身を振り下ろす。
音もなく静かに振り下ろされた刀身は何の抵抗も感じさせず兵士の首筋を通過した。しかし、その首は斬り落とされることなく繋がったままで隼翔は訝しげな視線を送る。
「……」
周囲の兵士たちも怯え仲間を案じながら何が起きたのか、声を出すこともできずに見ている。
誰もが視線を送る中で剣を振り下ろされた男は急に身体を傾け始め、ドサッと音を立てて倒れた。その男は白目を向き、完全に呼吸を止めている。
「これがこの剣、魂を消し去る刃の力だ、見事だろ?ゴミの血を浴びずに済むし、何より煩わしい喧騒を聞かずに済む」
「……っ!?」
シンは清々しそうに告げると、隼翔でも視認できないほどの速度でその場から消えた。思わず身構え警戒レベルを最大にまで高める。そんな隼翔の周りでは次々と包囲していた兵士たちが、ドサッドサッ、と音を立てながら倒れ静かに絶命していく。
「……さて、掃除も終わった。それでは死合いを再開するとしようか。サイオンジっ!!」
「ぐっ……」
兵士全員の命を文字通り消し去ったシンが隼翔の背後に現れるとそのまま上段蹴りを繰り出す。咄嗟だったにも関わらずそれを腕で防御したが、その重みに顔を歪め、そのまま家屋の壁に大穴を開けながら更に飛んでいく。
「うっ……ぐっ」
砂煙が立ち上る中、隼翔は息を荒げながら崩壊した建物の瓦礫を退かし立ち上がる。
「ふむ……。まだまだ死合えるだろう?」
顎に手を添えながら歩み寄ってくるシン。しかし視線だけは隼翔ではなく、周囲に向けられる。その瞳には何かが足りないとばかりにつまらなさそうな憂いに似た感情が宿っている。
「……折角の死合いにしてはいささか盛り上がりに欠くな。興もそがれた部分があるし、少しばかり熱を加えるか」
そう呟き呪文を詠唱し始める。その様子を立ち上がりながら見ていた隼翔は思わず隠していた魔眼を発動する。
「なっ!?……嘘、だろ……こんな魔力量、ヴァルシングだって放ってなかったぞ……」
朱色の瞳を通してみる世界の異様さに思わず言葉を失いそうになる。
空間を飲み込むかのような濃い靄。それだけでも驚きなのだが、それらの靄がシンの聖句に合わせて次第に秩序を持ち始め、無数の魔方陣を都市の上空を覆うように形成されていく。そんな幻想を通り越して悪夢のような光景を目の当たりにして流石の隼翔も動きを止める。
「舞い狂う地獄の炎」
動きを止める隼翔をよそにシンは聖句を唱え終え魔法名を口にする。すると、都市上空に現れた無数の魔方陣から青黒い劫火が燈る。それらはまるで流れ星のように都市に降り注ぐと、すべてを飲み込んでいった。
長屋は瞬く間に灰となり、水は一瞬で蒸気となる。それだけでなくオレンジ色の炎すら青黒い炎は飲み込み燃やしていく。まさに地獄の業火。
そんな死の蒸し窯と化したノイトラルの中心で隼翔は呆然とその光景を眺める。
「さて。興を再び添えたことだし、そろそろ再開と行こうか。なあ、サイオンジ」
「ちっ……化け物が」
まるで熱さを感じさせない様子で泰然と歩み寄るシン。そんな姿を見て隼翔は悪態を付きながらも瑞紅牙を握りしめ、ダンッと瓦礫の山を蹴った。
こうして戦いの第二幕が人知れずに上がった。




