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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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重なり始める運命の歯車――英雄と呼ばれた男――

 この世界には主に3つのタイプの国が存在する。

 人族絶対至上主義を掲げ、亜人を蔑み、物や下手すれば魔物と同等として扱う人無上じんむじょう国。

 人も亜人も関係なく、どこまでも平等に扱う中立国。

 そして逆に亜人だけの自治領として人族を排斥する大亜連国。


 勢力図的にはやはり人無上国が圧倒的とも言える。その理由は言わずもかな、セイレーンによって召喚された五傑によるところが大きい。

 それに続くのが中立国。そして、最も弱い勢力が大亜連国である。


 このような国のタイプが存在する中で、隼翔たちが現在立ち入ろうとしてる都市・ノイトラルは中立国に属している。


「へぇ……近くで見るとなかなか荘厳だな」


 隼翔は白亜色をした高さ30mは超えるであろう外壁を見上げながら田舎者のように呟く。

 現代の日本には超高層ビルやそれこそ600mを超える電波塔などコンクリートジャングルと揶揄されるほど高い建物は多いが、都市を囲うように数十mを超える壁は存在しないのでこの感想は当然とも言えるだろう。


「ご主人様が住んでいた場所にはこのような壁は無かったのですか?」

「……ああ。前にも言ったが、ここからかなり離れてるからな」

「確か、瑞穂みずほの方でしたか?確かにあちらは独自の文化が根付いていると言われますからね。私たちもぜひ、一度行ってみたいです!」


 フィオネが隼翔の行動に疑問を感じ、フィオナが隼翔にとって都合のいい解釈を口にする。その解釈を心の中で有り難いと思ったのと同時に、やはりどこか勘が良いよなと皮肉げな感想を抱いてしまう。

 確かにこの世界と比べると日本の文化は独自、もとい全く違うと言っていいレベルである。フィオナ自身はそのことを理解して口にしたわけではないのだが、当たらずとも遠からずということには違いない。


「さて、とりあえずおしゃべりはこれくらいにして行くか」


 これ以上話しているともしかすればボロが出てしまうかもしれないと、念には念を入れて会話を切り上げると、そのまま二人の背中を軽く押してノイトラルに向けて足を進めた。





 都市ノイトラルを囲うように深めの堀があり、都市へ入る際には南北の二か所に設置された石造りの橋を渡る必要がある。その幅15m弱、長さ30mほどある石橋を渡ると白亜の外壁の一部をくり貫くようにして造られたであろう門があり、そこ潜り抜けてようやく都市に入ることができる。


 ノイトラルへ入るための石橋の上を多くの人々が自由に行き交っている。それこそ馬車に乗った身なりの良い者や旅人風の者、もちろん人族だけでなくフィオナやフィオネのような獣人族と言った亜人など様々な人々が穏やかな表情をして互いを尊重し合っているようにも見える。

 そんな雰囲気のいい場所を隼翔はどこか居づらそうにしながら歩いている。もちろん表情はいつもの無表情ポーカーフェイスなのだが、やはり雰囲気がどことなく緊張しているように思える。


「どうしましたか、ご主人様?」


 一見すれば気が付かないであろう雰囲気の違いを敏感に察知した姉妹が隼翔を気遣うように声を掛ける。


「いや……。少し慣れなくてな」


 その一言に姉妹は納得したような表情を浮かべた。だが、それはある意味では隼翔のミスリードであろう。

 姉妹は今、隼翔が田舎出身のためこんな人が多い場所に慣れていないのだろうと想像している。

 だが、実際はここよりも人が圧倒的に多く行き交う世界で隼翔は暮らしていた。もちろん本人は一人の時間を好んでいたため、基本は人の多い場所には赴かなかったがそれでも都心で通学していれば否が応でも満員電車という地獄をそれこそ毎日のように味わっていた。

 それを知っている隼翔としてはこの程度我慢できるレベルなのだが、いかんせんやはり異世界で初めてこれだけの人間を目にしたと言うのが居づらさを感じる原因であろう。それこそ彼の心情は初めて江戸の世から現代の日本に転生した際のモノと似ているに違いない。


(……こればかりは慣れるしかないな。まあでも、せめてもの救いはこの格好が目立たないとこだな)


 視線だけを器用に周囲に巡らせながら、自分の格好が目立っていないことに内心で安堵する。

 門の横には衛兵らしき格好をした槍を持つ男が二人ほど立って居たのだが、幸いにも何も声を掛けられることなく三人は通り抜けることができた。そのことに隼翔はどこか肩透かしを食らった気分になりつつ、その気軽さに感謝もしていた。

 もちろんこんなに気軽に門の中と外を行き来できるのはここが大都市ではないという部分が大きく、仮に国の首都や王都、大都市、主要都市などを訪問する際には厳重な、それこそその手の小説でもあるような衛兵のチェックや手数料を払わないといけない。

 もちろんそんな事情を知る由もない隼翔は、ふぅと安堵の息を漏らしながらついにノイトラルに足を踏み入れたのだった。




「……懐中電灯に似たモノがあったり意外とインフラが整備されてる様子と言い、この世界の文明水準はどうなってるんだ?」


 隼翔が最初に抱いた感想がこれだった。

 鬱蒼うっそうと茂る原生林を思わせる森に広大な平原など異世界を思わせる風景であったり、日本のような超高層ビルや電波塔、まばゆいほどのネオン街の灯りなどは無く、建物もせいぜい二階建程度でその造りも簡素なものであり、また露店なども並ぶ都市景観はまさに異世界という雰囲気はある。

 だが、懐中電灯のような近代的な道具や不自然なほど整備された幅10m以上はありそうな道路(馬車道とでもいうのか?)とその端には縁石で区切られた歩道、街灯と思しき柱が等間隔で並ぶ光景。それらはまさに現代の日本を微かに感じさせるものだった。


「……いんふら?」

「カイチュウデントウ??」


 どこか冷めたような目で都市を眺める隼翔が漏らした言葉に対して、姉妹が不思議そうにその単語を反芻しながら訝しげな視線を送る。


「あ、いや、なんでもない。それよりもどこか宿でも取って少し腰を落ち着けよう」


 思わず不用意に言葉を漏らしてしまったことを反省しつつ、隼翔は姉妹の追及を逃れるようにいつもより少しだけ早い足取りで歩きだした。



 


 どこか日本を感じさせる雰囲気に懐かしさを覚えながら歩道を躊躇いの無い足取りで進む。

 躊躇いがないと言っても、別にこの都市のどこに何があるかなど事前の情報は一切ない。ただ観光するような気分で街並みや人々の様子を観察しながら歩いている。


(……どんな世界でも平和なとこは平和だな)


 楽しそうに街中を走り回る少年少女に、屋台で焼き鳥のような串を食べる獣人、露店では女性が今晩の献立を悩みながら新鮮な野菜を吟味する姿さえ映る。

 そんな穏やかな異世界の日常を前世の記憶と重ねながら、久々の殺伐としていない時間を満喫する隼翔。もちろんそこで矢鱈に物を買ったりするではなく、あくまでも観光をしているようなモノなのだが。


「あっ!ご主人様、あそこに宿が見えますよ」


 視線を街中に巡らせていた隼翔だが、フィオナの声に釣られるように彼女が指差す方に目を向ける。視線の先にはベッドを思わせるマークとその横に"夕暮れ荘"と書かれた看板が見える。


「……ふーん。まあ、情報もないからここでいいか」


 刀の柄を肘掛け代わりにして宿の外装を眺め、少しだけ悩む素振りを見せた後、すぐにその建物に足を踏み入れた。


 宿泊施設という事で他の建物とは大きさが違い、目測でおよそ4階建てに見える夕暮れ荘。

 その一階部分は現代の日本風に言えばホテルのエントランスと言える場所にあたる。もちろん日本ほど豪華な感じは無く、木造の簡素で落ち着いた雰囲気が漂う。


「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件で?」


 エントランスの奥、カウンターとでもいうべき場所から壮年の男性が恭しく一礼しながら声を掛けてくる。


「一泊ほど泊まりたいんだが……」


 そう言いながらチラッと背後に佇むフィオナとフィオネに視線を向ける。隼翔的には獣人も大丈夫か?大丈夫ならこいつらにも部屋を頼む、という意味合いで視線を向けたのだが――――。


「承りました。三人部屋ですと、一泊1000シリとなります」

「いや、」

「分かりました。これでお願いします」


 宿の主人と思しき男性は別の意味に取ったらしい。思わずそれを訂正しようとしたのだが、それよりも早くフィオネが隼翔の横から躍り出て銀貨を1枚を支払ってしまった。

 その行動の速さに思わず茫然と立ち尽くす隼翔。だがそんな彼をしり目に姉妹と男性のやり取りは着々と進み、いつの間にか部屋の鍵を受け取り、手続きは終わってしまった。


「ご主人さま、手続きの方終わりました」

「あれ?ご主人様?」


 一仕事やり遂げたと言わんばかりに満足そうな表情をする姉妹。そのまま隼翔に褒めてもらおうと向き直ったのだが、お褒めの言葉は無くむしろ何とも言えない表情が返ってきた。

 そのことに怪訝な表情を浮かべる姉妹。


(……なるほど。俺の視線がこの齟齬だらけの状況を招いたという事か)


 達観したように己の視線の意味を悟る。そう、彼の視線は宿の主人だけでなく姉妹にも誤解を与えていたのである。

 フィオナとフィオネは先の視線を、隼翔じぶんの代わりに宿の手続きを頼むと言われたのだとばかり思っていたのである。加えて、隼翔が遠い田舎出身だという偽った情報を与えていたのも今回の誤解の要因の一つかもしれない。


「え、えっと……ご主人様?」

「何か……してしまいました、か?」


 黙り込んでしまった隼翔の姿を見て姉妹は怒らせてしまった、あるいは失敗してしまったか、不安げな表情を浮かべながらおずおずと声をかける。


「……いや、何でもない。ありがとな」


 そんな姉妹の一転して不安げな表情を見せられては隼翔としても何も言うことは出来ず、仕方なしにいつもの表情で簡単に謝辞を述べつつ頭を軽く撫でながら部屋へと促した。





 室内は薄暗いものだった。それもそのはずで時刻はすっかり夕刻になり、窓の外からは薄闇色に染まり始めた空が見える。


「暗いな……」

「きっと魔光灯まこうとうが設置されているはずです。フィオネ」

「少々お待ちください、すぐに魔力を注ぎますので」


 率直な感想を漏らす隼翔。そんな隼翔のためにとフィオナがフィオネに呼びかけて、魔光灯という聞いたことのない物を準備し始めた。

 その様子を物珍しそうに眺める隼翔。その視線に気が付かないフィオネは壁に設置された日本で言うところの電灯のスイッチらしきパネルに手を添えている。その状態が少しの間続き、不意にパッと部屋を蛍光灯のような灯りが照らした。


「お待たせしました」

「あ、ああ。ありがとな」


 さも当たり前のようにするフィオネをしり目に内心でなかなか驚く隼翔。


(魔力がこの世界のエネルギーなのか。さすが魔法が当たり前の世界だな……日本よりも文明が進んでいるんじゃないか?)


 建物の大きさ云々は置いておくとして、エネルギーの完全自給自足と言ってもいい異世界の生活スタイルに感心してしまう。

 感心する隼翔の周りでは熟練したメイドを思わせる動きでフィオナとフィオネがテキパキと動き回っている。


「異世界の宿って、魔力使えるのが大前提なんだな」


 姉妹の邪魔にならないようにと隼翔は備え付けのテーブルセットに腰を掛け、フィオナとフィオネの動きを観察する。

 灯りもそうだが、宿では基本的に宿泊する者が部屋の設備に魔力を補充するということになっている。その為、備え付けのシャワーから水を出すにも魔力が必要になる。もちろん膨大な魔力は必要なく、誰でも持っている量さえ注げば十分に満足することは可能。

 そんな日本では考えられないような異世界の常識を目の当たりにしながら、これからのことを頭の中で考える隼翔。


(とりあえず目的の都市に着いたが、これからどこに向かうか。……まあそれ以前に解決しなくちゃいけない問題があるが)


 視線の先にいるのは言わずもかなフィオナとフィオネである。

 色々とあったが、当初の約束通り姉妹を無事に森の外にまで連れてくることはできた。一応はこれで姉妹との契約は果たしたことになり、お互いに別々の道を歩むことになるのだが……。


(二人は俺の奴隷に。俺は二人を気に入ってる……どうしたもんかね)


 出会った当初こそ、姉妹のことなど歯牙にもかけないような存在だったはずなのに今では二人がいることが心の中で当たり前のようになっている。

 互いに利害が一致してるので一見すれば問題ないようにも思えるが、隼翔には懸念材料があった。


(まず俺がこの世界の人間でないということ。そして俺がこれからどう生きていくか、ということだよな)


 仮にこれから一緒に行動するなら自分の正体を明かす必要があるということ。これは相手をある程度信頼できるならさして問題にならないのだが、やはり問題となるのは二つ目。

 

(ぺルセポネには幸せになるなら自由に暮らしていいとは言われたが……)


 この世界にもう一度生を与えてくれたという恩義には報いたいと思うし、同時にあの女神(ペルセポネ)の力になりたいと心のどこかで思ってしまう。


(それに俺はペルセポネの使徒という扱いなんだから当然向こうの女神(セイレーン)と五傑とかいう奴らには狙われるんだろうな……)


 もちろん可能性の話ではあるが、危険な戦いが待っているには違いない。そうなれば当然一緒にいたら姉妹の身も危険に晒してしまうことになる。フィオナとフィオネのことを大切に思ってしまっている隼翔としてはそれは避けたい事案である。


「……こればっかりは俺が決めないといけないよな」

「??ご主人様、何かおっしゃいましたか?」

「……いや、何でもない。それよりも外に飯でも食べに行こう」


 すっかり日が沈み闇色になった空を見上げながら隼翔はぽつりと呟いた。そんな隼翔の微かな声を耳にした姉妹は不思議そうにその姿を見つめる。その視線から逃れるように言葉を濁しながら姉妹を連れて外に出る隼翔だった。





 隼翔たちが宿を出る少し前、とある男がノイトラルの北門前に訪れていた。特徴的な部分といえばやはりその灰銀アッシュ・シルバーの髪の毛とその男が纏う異様な雰囲気。

 時刻はすっかり夕刻で、日中と比べれば人の数はまばらになっている。それでもある程度はいるのだが、誰一人としてその男の近くを通ろうとしなければ近寄ろうともしない。馬車は突如としてその進路を石橋の端に変え、人間は忌避するかのように隅を歩き視線を逸らす。中には突如しゃがみ込んだり、気を失う者さえ現れる。

 そんな異様な雰囲気漂う石橋の上を灰銀色の髪をした男は気にした様子もなくまるで当然だといわんばかりに悠然と石橋の中央を歩く。


「……当たり、だな」


 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる男。そのままゆったりとした歩調で門を潜ろうとするが、その雰囲気の異常さに気が付いた門兵たちが定まらない瞳で男の通行を妨害する。


「な、何者、だっ!!」

「こ、ここを通す、わけにはいかないっ!!」


 及び腰になりながらも、互いの持つ槍を交差し通さないと体現する。

 しかしそれをされた灰銀色の髪をした男は意に介した様子もなく、その槍の交差された点に掌を添える。すると――――。


「「な、なっ!?」」


 突然自分たちの持っていた槍が消え去ったことに驚きを隠せない門兵たち。しかもその槍が溶かされたとか破壊されたというならまだ分かる。だが、文字通り槍が跡形もなく消え失せた(・・・・・)のである。


「そう驚くことではない。これは当たり前なのだから。さて、それでは用のない者にはご退席願おうか」


 何気なくつぶやくと男から信じられないほどの重圧プレッシャーと殺気があふれ出す。それらにあてられた門兵たちはおろか、石橋の上に居た者を始め門の内側に居た者でさえフッと力を失ったように倒れていく。


「ふむ……相変わらず人とは脆く儚いな。まだまだ我は力の一分・・も出せていないのに」


 とても詰まらなそうに呟く男。しかし――――。


「だが、お前なら俺を楽しませてくれるだろう……」


 都市の中央に視線を向ける。そしてそのまま歩き出すと誰にも聞き取れないほど小さい声で何かを呟き始める。分かるのは本当に男の口が動いているということだけ。


炎爆フレイ・ドラフト


 コツッと靴を鳴らしながら白亜の壁を潜り抜けると同時に静かに言葉を紡ぐ。すると急に男の背後と視線のはるか先――南門側――で爆砕音と炎嵐が同時に巻き起こった。


「さあ狼煙は上がった。いざ俺と死合え、導かれし者」


 加速度的に増していく殺気と重圧を放ちながら男は都市の中心に向って歩き出した。





「っ!?」


 都市の比較的中心に位置する噴水広場で夕食をどうするか話し合っていた隼翔たちだが、ゾクッと冷たい何かに背筋を撫でられる感覚に襲われ思わず周囲を見渡す。


(な、なんだっ!?この異様な気配……。いや、これは以前どこかで……)


 まるで空間すべてを覆いつく、あるいは支配・・されているような感覚。今まで感じたこともない雰囲気に冷や汗を流すがこの感覚を以前にも感じたことがある気がして記憶の糸を手繰り寄せようとする。だが、それを遮るように頭の中で煩わしいほどに警報が鳴り響く。


「どうしましたか、ご主人様?」

「体調がすぐれませんか?」


 急に周囲を見渡しながら黙り込む隼翔の様子に姉妹も疑問を感じたらしく、心配そうな視線を送る。だが隼翔は二人の様子にも気が付かず、周囲を警戒するように視線を巡らせる。


(なんだっ……。一体何が近づいて来てるんだっ!!)


 次第に色濃くなる異様な気配。それに囚われたかのように隼翔の視線は北門に固定される。

 その視線に引き寄せられるように姉妹の視線もまた、北門を向いた。その瞬間――――。


――――ズドォォォォォオオオンッ!!


 天をも焦がす勢いで燃える炎の柱とともに大気をつんざく爆砕音が鳴り響く。

 現実離れした光景と音が賑わっていたノイトラルの街に瞬間的な静寂をもたらす。

 誰もが言葉を失い、目の前に広がる光景に疑いの眼差しを向ける。だがいくらその状況を逃避気味に否定しても消え去ることはなく、これが現実だとむざむざと突きつけられる。


「う、うわぁぁあああっ!?」

「「「きゃぁぁあああ!!」」」


 ようやく現実に起きていることだと認識した誰かが悲鳴を上げながらその場を逃げるように走り出す。それを皮切りに悲鳴は伝搬し、穏やかな都市はその様相を一変させる。まさに阿鼻叫喚地獄と化したノイトラル。


「ご、ご主人様っ!?」

「どうしましょうっ!?」


 逃げ惑う人の流れを不安げに見つめながら姉妹が隼翔に指示を仰ぐ。


「……っ。とりあえず、情報を集めつつ北門に向かおう」


 下唇を噛み締めながらも、冷静に努めようとする。この異様な空気が都市全体を覆っているせいで隼翔としても正直どちらに逃げるべきか分からない。だからこそ、たった一度でも使ったことのある方の門を選択し、迅速に逃げることを選んだのだが――――。


「っ!?」


 北門に向かって歩き始めようとした矢先、視線の先に不思議な光景がその足を地面に縫い付けた。

 人の流れは北か南に向かうかの二方向あるのだが、その流れの境目がぽっかりと空いている。我先にと逃げようとするならばその空間を走ればいいにも関わらず誰もがそこを避ける。あたかもそこは通ってはいけないと本能が警鐘を鳴らしているかのように、誰も足を踏み入れない空間(不可侵領域)

 その不自然にできた空間を我が物顔で歩く男。炎の柱を背負っているにも関わらず泰然とした歩調を保ち、灰銀色をした長髪を涼しげに靡かせる男。その表情は周囲の人々とはまさに正反対とも言えるほど余裕を窺わせている。

 その男と目が合った瞬間、防衛本能が全開となった。


「ど、どうしましたかっ!?」

「ご主人様っ!!」

「……やっと、会えたな」


 急に隼翔の雰囲気が変わったことに驚きながらも声を掛ける姉妹。しかし、姉妹の声は耳の奥には届かない。

 鳴り止まない喧騒、唸りを上げ続ける炎が都市を包み始めているにもかかわらず、男の声だけが聞こえる。

 静かながらもどこまでも嬉しそうな声。まるで長年探し続けていた親友を見つけたかのような、そんなものだった。だが……。


「っ、下がれっ!!」

「「きゃっ!?」」


 本能に従うまま、隼翔は姉妹を突き飛ばしながら腰から刀を勢いよく抜き放った。その瞬間――――。


――――ギンッ、ギンッ!!


 甲高い金属音が鳴り響いた。

 顔を顰めながら視線を灰銀色の髪をした男に向ける。

 彼我との距離は10m近く離れているにも関わらず二人の間の道には鋭い斬撃痕が残り、さらにはレッドカーペット(・・・・・・・・)のように赤く染まっている。


「……ほう、良く防いだ。こうでなくては面白くない」


 誰もが歩みを止め、言葉を失い、思考を止める。

 そんな中で男だけがどこに隠し持っていたのかも分からない剣を担ぎ、どう猛なまでの笑みを浮かべている。隼翔の脳裏にはその姿が嫌というほど焼き付いた。

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