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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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何よりも雄弁に語る 4

お久しぶりです。

あまり忙しかったという記憶は無いのですが……間隔が空いてしまいました。



――――……う、お……い?


 誰かの声を聞いた気がした。




 暗く沈んだ意識。

 身体の痛みは限界を超えたせいか、意識を失いかかっているせいか、鈍いほどに何も感じない。

 

 抗ってみせる。

 そう誓った日が色褪せてしまった気がした。

 技を習得するために必死になっていた時間が無かったことになってしまいそうな気がした。

 何よりも憧憬への想いが否定されている、そんな気がした。


 しかし、もうどうにもならない。


(……惨めな格好すがたが自分には一番お似合い……ですから)


 受け入れてしまった。

 弱い自分をまた(・・)、受け入れてしまった。


 自慢になっていた漆黒の髪も、キレイになり始めていた白い肌も、みんな嘘だったように思えてしまう。

 努力したと思っていた証の剣タコだって、結局は努力した気になっていた(・・・・・・・)だけだと痛感した。



――――もう……、お……い?



 また、誰かの声を聞いた気がした。



 挑戦しなければ良かった。

 こんなに辛い、痛い思いをするなら最初やめておけば良かった。


(所詮自分は何も変わっていません……)


 何かが変われる。あるいは変えられる。

 そう思って挑んだのに結局は何も変わらない、いや変えることが出来なかった。

 菊理ひさめという少女はどんなに足掻いたところで運命を変えることは出来なかった。何せ、臆病で弱虫で、誰かに手を引っ張って貰わないと前に足を踏み出すことも出来ないのだから。




―――もう、おしまい?

 

 全てを諦めて、終わらせる―――逃げるように意識を途絶えさせようとしたところで、今度はちゃんとその声を聞いた。


 とても可愛らしい女の子の声。幼さが残る、子供から大人へと移り変わる真っ只中という印象を受ける。


 決して自分のモノではなく、また今まで出会った人たちの声でもない。

 しかしながら、その声は自分の中から確かに響いている。


(……貴女は誰、ですか?)


―――もう、おしまい?


 問い質すも答えはなく、同じ言葉だけが木霊のように自分の中から返ってくる。

 声と表現しているが、正確には心の奥にある何か(・・)が飛び出そうとする度に伝わってくるモノと言うのが正しいのかもしれない。


 だからこそ、そのモノ(・・)からは痛いくらいに感情が伝わってくる。

 決して馬鹿にしておらず、嘲笑っている訳でもない。


 ただ純粋に"もう戦えないの、その程度なの?"と落胆されている――――ひさめはハッキリと(・・・・・)そう理解した。


 今までの人生、馬鹿にされたり、気味悪がられたり、否定されることは大いにあったが、落胆させる経験はこれが2度目。

 ましてや前回は憧憬に剥き出しの刃のように言われたからこそ傷付きはしたが、納得することもあったのだ。


 対して今回は誰の声かも分からず、一方的に落胆されている理不尽な状況。

 確かに自分が弱いのが悪い。臆病なのがいけない。それでも誰かも分からぬ声にとやかく言われる筋合いはないはず。


(……なんで、なんで……こんなに悔しいんですかっ)


 暗い意識の中で、ひさめは握り拳を震わせ、静かに憤りを感じていた。

 

 ただ馬鹿にされるなら全く悔しく無かった。

 思いやりの無い罵詈雑言をぶつけられる方がまだ耐えられた。


 だが悪意もなく悪気もない、純粋な感情で落胆する声が自分の中から響くのはどうしようもないほどに悔しさを募らせていく。

 なんでこんなにも悔しいと思うのかは、ひさめにも分からない。


――――もう、おしまい?


 また、心の中で言葉が弾けた。

 悔しさが溢れ出す。

 自分と共に暮らし、対等な友人関係を繋ぐ人たちに言われるならば悔しくない。自分に時間を割いてまで教えてくれた憧憬に言われるならば納得もできる。

 しかし、誰かも分からない、誰とも知らない声に否定されるのだけは許せない。悔しい。


 だからひさめは暗い意識の中で刀の柄を掴んだ。

 もう、悔しさを感じたくない。

 もう、これ以上誰かに自分と自分の周りの人達が育み積み上げてくれた何かを否定・・させたくない。


(……自分はこの声に積み上げたものを否定・・されている、そう感じているから悔しいのですね……)


 この響く声に悪意はなく、悪気もない。

 ひさめを否定する意思もなく、そんな意図もない。


 だが、純粋な感情は時に悪意ある言葉よりも鋭い刃となり、心を抉る。それは思いっきり真正面からぶつかってくるからこそなのかも知れない。


 そんな理屈は兎も角として、ただひさめは悔しいと、己の心が叫びをあげるままに闇のなかで掴んだ柄を握りしめ、勢いよく抜き放った。

 そして――――目の前には曇天に差し込む一条の日光とそれを背にして儚い笑みを浮かべて佇む少女のような剣士を見た……そんな気がした。

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