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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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何よりも雄弁に語る 2

久々の連続投稿……何となく余裕があるのかな笑

明日は投稿できませんので……

――――スンッ


 歓声と糾弾が入り交じる中で、両者の試合はそんな聞き慣れない音で幕を開いた。


 間違いなく刃と刃は交錯するように振るわれた。

 だが響いたのは金属同士が衝突する甲高い音ではなく、刃と刃が空気を介して(・・・・・・)擦れ合う、そんな音だった。


「初手はどちらも互角、だな」

「っ!?ハヤトには何が起こったのか、ここから見えたのか!?」


 隼翔が座席へと腰をかけると同時に始まった、ひさめと烏天狗ヴァローナの試合。

 その一挙手一投足を逃すまいとしていた仲間たちにとって、ギリギリに戻ってきた隼翔は若干のブーイングものだが、誰もそれを口にせずに、ただひたすらに始まりを注視していた。

 

 それでも客席から舞台までは離れており、上級と呼ばれる冒険者ですらも何が起きたのか正確に把握出来ていない中、しっかりと起こったことを理解している隼翔の呟きに、クロードは驚きとともに解説を求めるように声を荒げる。


「恐らくひさめも、そして烏天狗ヴァローナもお互いの刃を真正面からぶつけ合うのは避けたかったんだろう。どちらも逸らすよう微妙に調整して、結果刃先数ミリのところで擦れ合うように振り抜いた……だからこそ、今互いに体勢が流れているんだ」


 両者の狙いは相手の剣を流し、自分の流れへと巻き込むことだった。しかし互いに狙っていたからこそ起こった偶然によって、相手を巻き込み、そして自分の流れも相手に巻き込まれる――――そんな状況が生じたのだ。


 確かに舞台を見れば二人の剣士が僅かに目を見開き、崩れ行く姿勢を持ち直そうとしている。

 片や流れに身を任せ、神楽を舞う如く円の動きで体勢を持ち直し。

 片や背中に生える翼を羽ばたかせたと錯覚(・・)するほどの動きによって追撃を狙う。


 どちらもタイプは違えど、咄嗟の状況下で自分に適した動きを()に繋げることが出来ている。

 つまり、両者は自分の得意分野(スタイル)を把握していること他ならないのだ。

 

「この試合……分かれ目は意志だな」

「「……意志、ですか?」」

「ああ――――ひさめの得意とする剣。それを貫き通せるなら、もしかしたら可能性がある」


 双子姉妹はじっ、とひさめの頑張りを瞳に焼き付けながら、質問した。

 視線の先では最強の剣闘士が繰り出す猛攻を、必死に躱し、逸らし、抗う友人の姿が写っている。


 どんどんと手に力が籠っていくのが分かる。届かない、と分かっていても彼女の名を叫んで、後押ししたいと思ってしまう。


「だから、頑張れよ……ひさめ」


 隼翔もフィオナとフィオネの、クロードの、アイリスの気持ちが良く分かる。

 だからこそ膝の上で握り拳を作り、届かないであろう声援を知らぬ間に口から溢していた。






 その感情の名は"戸惑い"だった。


 普段よりも遅く感じる流れ。


 刃がぶつかり合う音がしない。

 刃が擦れ合う火花が見えない。

 腕を痺れさせる、刃と刃の衝撃が伝わってこない。


(……何が起きたのでしょうか?)


 ふっ、と手に何かを感じる。

 それは腕を伝い、風のように身体の芯に届き、ふわっと突き抜けていった。

 しかし愛刀は何かと接することなく、視界の端までは振り抜かれている。



 次にスンッ、と聞き慣れない音を聞いた。

 

 

 少女は刃と刃がぶつかる、あるいは相手の刃を受け流して先手を奪うことを考えていた。

 だが、いざ振り抜けば刃先が何かに触れた感覚を伝えてこなかったことに身体が対処仕切れず、勢い良く振り抜かれた刀に身体が引っ張られていく。


 傾倒していく中で、目が合った。

 年齢も性別も体格も認識出来ない。それでも相手も自分と同じように感じている。


 瞬間――――この感情は《戸惑い》と呼ぶことをひさめは理解した。


(……どうしてでしょうか?圧倒的に強いと分かっているのに、怖さを感じていないのは……)


 何が起こったのか分からない。ただ、同じように相手も《戸惑い》を抱いている。

 それが疑問であり、更なる戸惑いを加速させる。


 世界中に名を轟かせるほどの強敵。

 ひさめと言う少女ならば、絶対に《恐れ》という感情を抱いていても可笑しくはないのだ。

 しかし戦いに対する《恐怖》は未だに宿しながらも、烏天狗ヴァローナという強敵には《恐怖》は芽生えていない。不思議でならなかった。


 ひさめは疑問を抱きながら、傾倒していく世界にちょっとだけ抗う。左足半歩分の抵抗だ。

 あとは憧憬が言っていたように、円を描き、流れに身を乗せる。抗った左足半歩と振り抜いた刀の勢いが勝手に軸の右足を中心にして回ってくれる。

 刀は自然と振り抜き易々い逆袈裟の位置に納まり、身を翻した先には戦うべき相手。

 

 狙うは相手の剣。

 奇しくもその剣は、ひさめの刀と同じくらい剣身ブレードが細い直剣だった。

 違うのは片刃か両刃、鋼色か紫紺色。

 それ以外、長さも美しさも同じ――――ひさめにはそう写った。


「ふっ」


 小さく呼気を吐き、一閃。


 相手は体勢を崩し、柄を握る手にも力は入っていないはず。

 キンッ、と甲高い音とともに細い直剣は宙を舞う――――そんな幻視ビジョンを見た。


 だが、手応えはない。音もない。

 何よりも相手がいない。

 あったのは美しく斬り上げた軌跡だけ。


「っ!?」


 起こった事象を理解する間もなく、ひさめは視界の端に黒い羽が舞う光景を視た……気がした。

 実際には黒い羽など舞うどころか、落ちてすらもいないし、空には鳥も飛んでいない。

 だが、確かに彼女は羽を幻視して、釣られるように視線は空を向いた。


「っ」


 思わず息を飲んだ。

 背中から翼が生えていなければ到底出来ないような動きで宙を跳ぶ(・・)、人影。

 決して翼など無いはずなのに、あたかも巨大な黒い猛禽類をその姿に重ねてしまうほどの圧力。


 ひさめはこの試合、初めて根元的な《恐怖》を味わった。


そして、ここから烏天狗ヴァローナの異名を持つ剣闘士の真の剣戟に会場だけでなく、ひさめすらも魅了されていくのだった。

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