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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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鼠は時に牙を剥く

相変わらずの不定期投稿になってますね。。。

頑張りたいのですが、やたら最近眠たくて。。。。


「……あれは、なんだ?」


 不思議な少女――――烏天狗ヴァローナとの邂逅から戻り、階段を登った先に広がっていた光景に隼翔は呆然としたように呟いた。

 

 変わらずの大歓声。いや、今までよりも何割増しにも聞こえるほどの声援。銅鑼の音が可愛く聞こえるほど、野太く重低音の声が明らかに増している。

 暑苦しいと言うよりはむさ苦しいと例えるのが正しいと言えるほど、客席上では筋骨隆々の男達が立上がり、汗と熱を放っている。


 それだけでも隼翔が呆然と呟く理由には十分だったが、彼から更に言葉を奪ったのは闘技台に佇む人影だ。

 長剣を両手で握り、全身は鋼鉄鎧で固めている。あまり特徴らしい特徴はないが、だからこそ基本に忠実で隙は少なく感じる。


 しかし、くだんの人影はそんな普通のではない。

 まず目を惹くのは桃色ピンクの頭髪。整髪剤でビッチリとオールバックに固められており、そよ風どころか強風ですらも乱れ無さそうな印象だ。

 次いで目に付くのは、巌を連想させる屈強な体躯。遠目に見ても隼翔の体躯の倍以上は優にある胴回りと異様に発達した太腿。上腕は太い血管が美しく浮かび上がり、彫像を思わせる無駄がない肉体美。

 何よりも目と言葉を奪ったのは、着ている服。

 胸元には天秤を模したマーク。風に赤マントが靡き、陽光の下に彼の肉体を投影する。

 決して何も着ていない訳ではない。だが、彼の肉体美がハッキリと分かってしまう。それほどピッチリとした服を着ているのだ。さながらアメコミのヒーローとは彼のためにあるのでは……そう錯覚しそうなほどだ。


「うおぉぉぉ!流石の肉体美だ、いつ見ても憧れちまうぜ!!」

「ああ、やはり男はああでなくてはなっ!」

「くっ!俺も鍛え上げたと思っていたが……やはり絶佳の正義ビューティフル・ジェイには叶わないぜ!」

「だが、それでこそ男の中の男として追い続ける価値があるというものだ!」


 唖然とする隼翔の耳に男達の野太い声が届く。

 そのどれもが憧れと羨望を含ませる声色で、声の主たちへと視線を向ければ、どれもが全身の筋肉を膨らませるガタイの良い猛者ばかりだ。


「……あれに憧憬を抱くのか?いや、確かに憧れは人それぞれの感情ではあるが……」


 テンションを上げ、叫ぶ男たちと比較しても闘技台に佇む男――――絶佳の正義ビューティフル・ジェイと呼ばれた者の体格は一回りも二回りも大きく存在感が全てを圧倒している。


「……俺とは対極にある身体つきだな」


 一般的な男性冒険者たちと比較しても細い隼翔の体躯。

 元々筋肉がつきにくいという体質もあるのだろうが、どちらかと言えば隼翔は無駄な筋肉は一切つけないような鍛練を続けている。

 そのためか、外套に隠れた腕はお世辞にも筋肉質には見えないし、腰回りは女性のようにほっそりとしている。


 対照的に絶佳の正義ビューティフル・ジェイと呼ばれた男は、はち切れそうな上腕、安心感を与える体幹、大地に根を張る大樹を彷彿とさせる太腿と正に絵に描いたような筋骨隆々な肉体。

 見かけだけならば月とすっぽんと言わざるを得ない光景に、隼翔は小さく息を漏らした。

 ……だからと言って、隼翔が巌のような体格を求めている訳ではないのだが。


「くっ、これはもう絶佳の正義ビューティフル・ジェイの勝利は確定じゃねーか!」

「ああ……あの肉体美と繰り出させる筋肉の躍動を少ししか観れないのかっ……」

「だが、この次は絶佳の正義ビューティフル・ジェイ烏天狗ヴァローナの闘いだぜ!もう、決勝といっても過言じゃねーよ!! 」

「確かにな!事実上、最終決戦だぜ!」


 見かけ上(・・・・)は貧弱な身体つきを変えるべきかと、ちょっとだけ真面目に考えている隼翔を他所に、周囲では絶佳の正義の勝利を確信した言葉が次々と溢れ始めてしまっている。

 それは烏天狗ヴァローナにも負けず劣らずの人気の裏に隠された、確固たる実力に起因しているのは間違いない。

 だからと言って、隼翔も絶佳の正義ビューティフル・ジェイと呼ばれる冒険者の勝利を確信してるかと問われると迷うことなく、かぶりを振るだろう。


 件の男がどれ程の冒険者階級(ランク)なのか隼翔は知らないが、遠目に見てもその実力は上級と呼ばれる世界に脚を踏み入れた者達の中でも有数だと認めてしまうほどではある。

 対する挑戦者の男は実力者ではあるが、残念ながら巨象を前にした蟻と例えてしまう程度の実力。

 たしかに両者には絶望的で決して埋めることは出来ない差があるのだが、闘いは諦めるまで何が起こるか分からない――――ソレが隼翔の生きてきた経験から語る持論だ。




 それはまだ人斬りとして生きていた頃。

 目標ターゲットは相手方の有力藩士で、剣の実力こそ並と評されていたが、国を強く平和なモノにしようと夢物語のように志高く掲げ、決して無理だとと分かりながらも諦めることなく、愚直なまでに曲げない姿勢とその高すぎる理想を追い求める生き様は多くの人々を魅力し、心酔させて、慕われている危険人物である――――そんな説明を聞いた記憶がある。

 ただ当時の青年ひときりにとっては前情報など人相と名前程度で良く、性格も人柄も家族構成も交遊関係も、全て下らない情報だと思っていた。現に今まで名前と人相さえ聞いていれば邪魔が無い限りは怪我すらも追うことなく、任務を遂行出来てしまったから。

 だからこそ、その日も青年は普段通りの仕事を終えると確信しうるはずだった。


 昼間には雲一つ無く、青草が安らぎを与えてくれていた気候だったのに、仕事の時間(よる)になったら満月が消えてしまうほどの曇天に早変りしていたのをしっかりと記憶している。それほどまでに彼には衝撃的な日だった。



 水路から聞こえる微かなせせらぎが妙に煩わしく、唯一ともいえる光源の蛍の淡い発光が目障りだった。

 ねばつくような夏の暑さと自分から匂う血と脂の不快さが苛立ちを冗長させられていたのだと、今だからこそ理解できる。

 手早く仕事ころしを終えて水浴びをしたい、と闇夜に紛れ十字路の隅に身を潜めてながらに感じていた。


(あの時は本当に人として生きていなかったのだな……)


 それからどれくらいしじまに支配されていたのかは分からない。時間を知る術など知らなかったし、持ち合わせてもいなかった。ただ生物としての本能が、ソレを刹那ほどの時間だったと語りかけている。

 そんな中で何かを忘れるように遠くで響く獣の木霊に耳を澄ましていると、不意に真っ暗な通りの奥から男達の微かな話し声と行燈の風に揺らぐ独特の陽炎が見えた。伸び縮みしていた人影は5つで、全員の腰には刀か十手が吊るさっている。


 はっきりと人影は見えない。

 ただ、この都に住まう狂暴な餓狼集団と謳われる剣客たちと比べると数段以上も劣るのは間違いない。


(むしろ餓狼集団(あいつら)と比べる方が間違いだな……。後にも、そして先にも剣の腕だけで奴ら――――いやあの男(・・・)を超えるのはいないだろうな……)


 一癖も、二癖もある者ども。

 鉄を砕く剛剣、空を踊る枯れ葉を正確に外すことなく穿つ無比な剣、一振りで集団を無へと還す覇剣。

 どの剣とも何度も打ち合い、戦場ごとに顔を合わせれば死闘を繰り広げて男たち。己の剣に自信と才を持っていた青年にとっても餓狼たちの研ぎ澄まされた刃は真似ることは叶わず、見切ることさえも困難を極めた。そしてそれは餓狼たちもまた青年の殺に特化した刃には恐れを抱いていた。


 そのような数奇な仲ゆえに、青年にとっては味方以上によく知る者たちとも言えた。殺し合いの中で芽生えた縁とは人殺しらしいなと、今でも思う。


 しかしだからこそ、か。

 の目標は有力な藩士でありながらも、このような夜更けにあの程度の護衛しか引き連れずに堂々と歩けるのだろう。何せここは餓狼たちの膝元――――より正確に表すなら彼らの住まうねぐらなのだから。

 本来であればこのような場所で殺しを行おうとは思わないし、青年もまた思わなかった。それ故にこの作戦は実行されることとなった。完全に虚を突き、最小限の人員で最大限の結果を得るための裏を付いた作戦であった。


(俺は疑いもしなかったし、失敗するとも思っていなかった。結果として鼠に手痛く噛まれた、と)


 計画を立てたのが、お偉い知らぬ人であったら人斬りもきっと作戦に乗らなかっただろう。だが、敬愛する人が立てていた計画故に彼に疑う術も、そもそも疑うという前提も無かった。そして何よりも見つかりさえしなければ問題なく、簡単な仕事となる……完全に思い込んでいた。弱者など取るに足らない存在と思い込んでいたのだから。

 





「……結果として窮鼠猫に噛まれたわけだ……だが、今回は残念ながら猫に噛みつくことは叶わなかったらしいな。というか、あの絶佳の正義ビューティフル・ジェイは見た目通りの常識破りだな」


 吹き荒れる風に記憶の旅路から戻ってくると、そこでは筋骨隆々の男が拳を付き出している姿が目に映った。

 たったそれだけの動作。それなのに挑戦者だった男は不可視の壁に磔のようにされ、場内は強風が吹き荒れてしまっている。

 そその光景を目にして、隼翔は視線を逸らすようにしながらそっと呟くしかできなかった。

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