謎に包まれた剣士 1
かなり遅くなりました。
GW中に更新したかったのですが、GWが無かったので。。。
忙しいって麻薬のような、嫌な言葉ですよね……なるべく言わないように頑張りたいです。
「ん?ハヤト、どこ行くんだよ?」
「……流石に座りっぱなしだからな。ちょっと身体を動かしついでに散歩でもと思って」
試合終了の銅鑼の音が響くと同時に立ち上がり、ぐいっと身体を伸ばした隼翔にクロードは訝し気に声をかけた。横では姉妹とアイリスもこてんと首を傾げており、よほど隼翔の行動が奇異的に写っていることは明白だ。
だが、それは決してヴィオラと親し気に話していたが故にこれから逢引を疑っている……という訳ではない。彼女たちが去ってすぐに、追いかけるように立っていたらその可能性も大いに疑われていただろう。
しかしながら、ヴィオラとシエルが立ち去りすでに何試合も経過しており(もちろんその間中はフィオナとフィオネからそれは疑われるような視線を向けられていたが)、何よりもひさめの試合まであと3試合と目前に迫っているのだ。
試合に出るのが自分ではなく、ひさめであると分かっているはずなのに、姉妹だけでなくアイリスやクロードさえも緊張から膝の上で拳を握り、頻りに身体を揺らしている。
そして、その頻度は間違いなく試合開始と終了を告げる放送と銅鑼により増している。唇はどんどんと潤いを求め、鼓動は抑えが利かぬほど速くなっている。
それほどに皆が心配し、ひさめという優しさの塊のような少女を案じている中で隼翔は普段通りの悠々自適に振る舞うのだから、それは奇異に写っても致し方ないだろう。
「いやいや、もうはじまるぞ?」
「そうですよ、ハヤトさまっ!!」
「折角のひさめちゃんの勇姿を見逃してしまいますよっ!?」
「さすがに何十分も離席するつもりはない。あくまでも散歩のようなことをするだけだ。それにずっと肩肘張っているほうがひさめの勇姿を見逃してしまいそうだからな」
ぱきぱき、と関節が小気味良く音を立てる。
歓声によって辺りには聞こえないらしいが、それでも自分が思っていた以上に体に無用な力が入っていたことに隼翔は口の端にうっすらと笑みを浮かべて喜ぶ。
(薄情で冷酷な性格だと分析していたが……思っていた以上に仲間や恋人という存在が当たり前で、すっかり丸くなったんだな)
グイッと最後のひと伸びと共に仲間たちに軽く言葉を告げると、人が犇めき合い狭くなった通路に足を向ける。
ちらりと振り返れば、視界の端では今まさに試合が火蓋が切って落とされ、魔法と斧の壮絶なぶつかり合いが繰り広げられようとしている。
試合前の放送では、片方は有名な傭兵団に所属する男で《盗賊喰らい》との二つ名で恐れられているとのことだった。剃り上げた丸頭と傷だらけの褐色風貌、そして傷が目立つ重鎧を軽装のように着こなす身なりは二つ名よりも凶悪さを感じさせる。
対して傭兵の対戦相手は、ひさめ同様に予選会から勝ち上がった冒険者の女性だ。使い古された杖と濃紺のローブ、急所だけを護る革鎧と前者に比べてキャリアも雰囲気も劣っている。
唯一同等と言えるのは絶対に負けられないと燃やす闘志ぐらいか。
(明らかに出来高レース。あるいは盛り上げるためのシナリオか?)
対戦表を見ても分かるが、予選を勝ち上がった者は一回戦は絶対に本戦からの出場者と当たるようになっている。しかも予選免除者がほぼ負けないような絶妙な組み合わせ。これを抽選によって決めたと言われたところで誰が信じようか。
事実ここまでの十数試合が取り行われたが、勝ち上がった者は全て予選免除者。一応善戦した者も何人かいたが、力量の差は明白だった。
(その意図も含めてこの盛り上がり……流石と言えば流石だが、ひさめがどこまで頑張れるのか、心配になるな)
身体を解してなお、気付けば肩肘が張っているあたり隼翔も相当に案じているのは明白。
加えて背筋をなぞられるような、異様な予感にどうしても身体が反応してしまいそうになる。現に先程から彼の右手は外套の下で常に愛刀の柄を握っているのだ。
「これは闘技場内の熱気と殺気に充てられたと言うよりかは、剣豪としての勘が何かを告げているとしか言えないよな……」
一際高まった歓声に引かれ、闘技台へと視線を向けるとそこでは火球に身を焼かれる傭兵の姿が写った。
轟々と身を焦がされ、黒煙が視界を埋めていく。少なくとも隼翔の前世とでも言うべき世界を基準にするならば、まず悲鳴や阿鼻叫喚に包まれ、警察沙汰になるのは必至。
だが、この世界ではそれが無い。響くのは観客たちの興奮した奇声と歓声。そして、何よりも未だに火だるまとなっている男は不動で苦しむ声も上げない。
世界や価値観が異なれば文化も人間性も変わるというが、屍を積み重ねた道を歩んできた隼翔にしても違和感を感じでしまう光景がそこにはあるが、剣豪としての勘が告げるのはそれではない。
バチバチと火花を鳴らし、灰色の石畳を黒々と焦がす爆炎の中から無傷の男が飛び出すと同時に観客の熱狂も高潮へと至るが、隼翔の視線は対照的に地面へと向いた。
映るのはもちろん闘技場を形作る黄土色の煉瓦。多くの人々に踏みしめられて尚、ひび割れることなく健在な頑強さは見事の一言だが、この更に下には頑強な煉瓦を薄氷を踏むように壊す何かがいる、隼翔にはそんな予感がしてならないのだ。
(地下迷宮が今もなお成長しながら足元に広がっているから、そんな化け物がいても可笑しくはないんだが……)
地下迷宮の上に蓋のように造られた都市・クノス。
この都市は世界にある稀有な都市の一つとして語られる由縁は息づく別世界が足元に広がっている点にある。
だからこそ、今もなお成長し続ける地下迷宮が巨樹の根のようにじわじわとその範囲を広げ続け、そこに住む人外の住民たちの生息域を拡大させているのだから隼翔の感じる予感はある意味正しいのだ。
だが、今回感じるのはソレではない、と思う。思う、と断定できないのは何となくとしかいいきれないのが本当に勘であるという裏付けであるのだが。
「わわわっ!?」
もし仮にひさめの挑戦の障害となる何か、だとすればすぐにでも排除に動こう。あるいは仲間の生命の危機となる何かであっても事前に排除しなければならない。
そんなことを考えていたせいか。ぼんやりとらせん状の階段を下りていると、身体にぽふっ、という羽が当たったような感触と幼子のような悲鳴が耳朶に響いた。
すぐさま意識が切り替わると目の前では階段上でバランスを崩し、落ちそうになっている少女。流石に自分のせいで怪我を負わせるのは良心が痛むのか、咄嗟に隼翔は手を伸ばすが……、その手が少女を掴むことは無かった。
だが、だからと言って少女が階段から落ち、怪我を負ったという事実もない。何せ少女は見事としか言いようのないバランス感覚で落ちかけていたという事実を感じさせないのだから。
「悪いな、考え事をしていたせいか前を見ていなかった」
「ううん。こっちこそ、ごめんなさい。ちょっとよそ見を……って、あれ?お兄さん……?」
怪我を負わせなかったという事実があるにしても、同時に怪我をさせそうになったという事実も変わらないわけであり、隼翔は素直に謝罪の言葉を口にしながら、町娘のような見た目にそぐわない少女を観察する。
第一印象はやはり町娘。くりくりっとした紫水晶色の大きな瞳にほっそりとした唇。純朴無垢であどけない表情には戦いの日々に廃れた心が癒されるが、どうにも隼翔にはその表情の下には何かが隠されている、そんな印象を得た。
だが、それだけならば隼翔も観察しようとは思わなかっただろう。確かに目の前の少女には惹かれる魅力というのはあるが、だからと言って片っ端から見つけた美女・美少女を侍らす趣味は無いのだから。
(たしか……以前街中で見かけた記憶があるな。まさかこんな場所で出くわすとわ……)
そう。理由とは以前街中で見かけたから、という聞く人からすれば途轍もなく軽くどこかふしだらに聞こえるもの。
だが、隼翔の勘からすれば見た目にそぐわない剣気とでも言うべき強者特有の匂いが強烈にするのだ。
そしてソレを感じているのは隼翔の目の前で可愛らしく頭を下げている少女も同様。普通自分よりも圧倒的に上位に立つ者の強さを感じることは出来ないと言われており、隼翔ほどの実力者の力量を正確に感じ取れるのは、それこそこの都市では最強と三人の冒険者くらいだろう。
それでも目の前の少女が隼翔に対して強い、と感じれるのは彼女が似つかわしくないほどの戦闘経験を有しているからであろう。それも自分よりも上位者との戦闘経験が豊富であるのは間違いない。
加えて強者を感じ取る嗅覚とでも言うべきものが他者よりも優れているのだろう。何せ、街中で遠目に隼翔を見かけただけで、この人は強いと記憶し、今も引き寄せられるようにじーっと見つめてしまうほどなのだから。
「ん?どうしたんだ、俺の顔に何か付いているか?」
「え、いや……ううん、そういうわけじゃないんだけど……お兄さん、僕とどこかで出会ったことある?」
「ん?俺には出会った記憶なんてないと思うが……そっちには俺と話した記憶があるのか?」
「え、あ、いや……その、初めまして……かな?」
隼翔もバレないように観察していたとは言え、穴が開くほどに眉間に皺を寄せて見られては居心地が良い訳もなく、苦笑い気味に声を漏らす。
少女自身も我を忘れるほど視線を向けていたのに気付いたのだろう。はっ、と背筋を伸ばして照れ気味に頭を掻きつつも、隼翔にどこかで出会ったことはないかと問いかける。それはもちろん街中で見掛けたでしょ、というような問いかけではない。もっと違う形で出会したのでは、と言いたいのだ。
しかし隼翔はと言えば記憶にありません、とどこぞの議員のようにとぼけて見せた。
だが脳裏には街中で彼女を見かけた記憶が甦っており、その時感じた鮮烈さが渦巻いている。しかし、だ。話した記憶はないからこそ、まるで会ったことはないとばかりの対応を取って見せるのは流石と言うべき胆力、あるいは鈍感力か。
さしも隼翔の余所余所しい態度に鳩が豆鉄砲を食らったような表情できょとんとした少女だったが、初対面なのは紛れもない事実であったのでペコリと頭を下げて見せた。それでも何度かどこかで会ったことがある、そのような感覚が少女の首を僅かながら傾倒させている。
「俺のような有象無象なんてどこにでもいるからな。きっと誰かと勘違いしてあるんだろ」
「え、いや、でも……」
尚も知らぬ存じぬと、シラを切る隼翔。
その態度に少女はうーんと唸り声を上げ、腕組みをして悩む姿はとても愛らしく、感情豊かな子供みたいと感想を抱かせる。
「まっ、本大会の出場選手の一人にそこまで気にされるのは悪い気はしないな」
「っ!?お兄さんっ、な、何を言ってるの!?」
「何と言われても……君が最強の剣闘士《烏天狗》なんだろ?」
だからこそ、か。
不意に隼翔が鎌をかけるように発した言葉に、少女は動揺の色を隠せないほど狼狽してしまった。
否定するために首は振っていても、声色はあからさまに揺らぎ、瞳も中空を彷徨い、子猫のように警戒心をあらわにする。
そしてその態度を見て隼翔は予想を核心へと変えて、最強と謳われる剣闘士の名を口にしたのだった。




