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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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戦の匂いに誘われて

 ド派手な魔法の撃ち合いによって観客席全体が低く揺れたかと思えば、筋骨隆々な男同士が己の肉体を鎧に、拳のみを武器として鈍い音の演奏でひたすらに近接戦闘を繰り広げる。

 剣と斧が火花を散らして、高音を響かせる。飛来する炎弾を矢で撃ち抜き、爆風撒き散らす。


 その度に観客達からはどよめきや歓声、悲鳴や声援が入り交じり、確かに祭として人々を魅せるだけの技の応酬が繰り広げられた。

 

「なるほど……確かに名が知れ渡り、予選を勝ち抜いただけの実力はあるんだな。正直言って、これは俺でも勉強になる」

「へぇー、そりゃあ意外だな?ハヤトならこの程度どうってことないとでも思うのかと思ってたよ」

「いや、俺に出来るのは近接戦闘が主だからな。こうして魔法と魔法、あるいは魔法を武器や技で迎撃できるというのはとても参考になる」


 流石は世界最大の闘いの祭典と言うべきか。

 想像以上の、下手すれば今まで見たこともないような光景に隼翔は感心しながら言葉を漏らす。

 だが、クロードや他の面々からしてみれば今まで間近で観てきた隼翔のほうが余程衝撃的だったのだろう。本選の試合をここまで数試合ほど観戦したが、隼翔よりも驚いたり、あるいはスゴいと感じた様子はない。


「確かに魔法を弓矢などで迎撃すると言うのは私達からしても驚くべきことなのですが……若様はそれ以上のことを容易にこなしていますし……」

「確かにアイリスちゃんの言いたいことはよく分かる!」

「うんうん!魔法もなしに、肉体と技だけで崩落の雨から私たちを守ってくれたからね!あんな真似、普通は出来ませんよ、ハヤト様!」 


 1ヶ月と少しほど前。

 邪神教と名告なのる集団により引き起こされた地下迷宮ダンジョン内での身の毛もよだつ事件の調査に当たっていたときのこと。

 果たしてあの大揺れは邪神教徒達が引き起こしたモノなのか、あるいは偶然、はたまた地下迷宮ダンジョンの警告だったのかは未だに調査中なのだが、その際に魅せた崩落の嵐を刀一本で仲間を護りながら乗り切ってみせた隼翔の行動が余程魔法が当たり前の世界に生きる者たちには衝撃的だったのだろう。

 アイリスは感嘆を通り越して若干呆れを交えた笑みを浮かべ、フィオナとフィオネは恋する乙女フィルタ全開で尻尾を揺らし、興奮気味に声を弾ませる。


「ま、要するに身近の凄すぎるモノ(・・・・・・)に慣れてるせいで普通に凄い(・・・・・)程度じゃ驚かないってことだ。つーか、ハヤトは何気に自分に頓着と言うべきか、自身に対する評価が低いんじゃないか?」

「……なんか遠回しに人間離れしていると言われている気がするが……まあいいか。あと、俺は別に自身を低く見積もっている訳じゃない。ただ、普通に(・・・)魔法を使えない自分と魔法が無かった環境で育ったという観点からすれば、余程目の前で起きていることが凄いと思えるだけだ」


 目まぐるしい速度で繰り広げられ、移り変わる金属と金属、金属と魔法、魔法と魔法の激しい攻防を俯瞰しながら、隼翔はクロードの問いかけに答える。

 確かに隼翔は異世界からの来訪者と言える。その価値観や環境は天と地ほど解離しており、筋は通っている。ただどうしてか、クロードはその答えに納得していないようで、口をへの字に曲げている。

 

「そんな不満気にされてもな……」

「むっ……」


 隼翔の苦笑いとクロードの不満声は一回戦の第三試合の決着とともに、闘技場全体から響く割れんばかりの歓声に飲み込まれ、かき消された。

 だが不満をあらわにする視線は未だに向けられており、隼翔はちょっとだけ居心地が悪そうに身を竦める。

 

(悪意のある視線とかは気にならないが、やはり俺自身のために向けられる視線と言うのはどうにも慣れないんだよな……)


 昔から、それこそ人斬りであった頃から好意的な視線が向けられることはほどんどなく、逆に彼を恨む、妬む、恐れる、嫌う、疎む……そんな悪意と憎悪に満ちた視線を向けられることしかなかった。

 だからこそ異世界でフィオナやフィオネ、ひさめから向けられる人を愛する眼差し、クロードから向けられる友愛の眼差し、アイリスから向けられる尊敬の眼差し……どれもくすぐったいほどに好意的で、絶対的な信頼に満ちている視線は未だに慣れることなく、どうにも向けられる続けるのは避けたいと思ってしまう。

 果たしてその願いが誰かに届いたのかは分からないが、彼らが座る観客席近くの通路から凛とした声が響く。


「あら、まさかこちら側(・・・・)にいるとは少しだけ予想外ね?貴方ほどの腕前ならば闘技台(あちら側)にいる方が相応しいと思っていたから」

「それはこちらの台詞だ。どうしてお前ほどの女が観客席(こちら側)にいるんだ?」


 歓声が鳴り止まないほど轟いているはずなのに、その声は、そしてその存在感は周囲の人々を魅了する。

 現に隼翔の周囲は声を出すのを忘れ、手を叩くのを止め、そして目は闘技台から観客席に降り立ったその女性――――戦華の舞姫ことヴィオラに魅入ってしまっている。

 唯一魅入っていないのは、視線を闘技台に固定して軽口を叩いている隼翔のみで、彼の仲間であるフィオナやフィオネ達ですらも茫然でしてしまっている。


「質問を質問で返すのと、女性に向かってお前と呼ぶのは褒められた行為じゃないわよ?」

「別に褒められたいわけじゃないから気にしない……んで、なんで参加してないんだ?かなりの手練れが参加していると思うんだが?」

「相変わらずの態度ね……まあ、そういう強引さは嫌いじゃないけど。それで、私が参加していない理由かしら?それは単純にクエストで遠出してからよ。それに……」


 まるで二人きりの世界かのように、視線を合わせないまま言葉を交わす二人。

 その中でヴィオラはふと意味ありげに注意深く観察していた隼翔から闘技場の一角へと向けた。そこは混雑極める観客席の中では別世界とでも言うほど人口密度が低く、座る者たちも同様に周囲とは隔絶した雰囲気を纏っている。呼び方は人によって多少異なるが、貴賓席と言えば大抵は伝わるその場所を杜若色の瞳は確かに捉えている。

 果たして何を見据えているのか、隼翔には分かるはずもなく横目で盗み見るようにして動向を伺うことしかできない。


「……いえ、なんでもないわ。それで貴方こそどうしてここに?」

「……俺は仲間が参加しているからこうして観戦できているんだよ。じゃないと俺のような新人がこんな場所にいられるわけないだろ?」

「それほどの実力を持ちながら新人だなんて、お惚けも過ぎるんじゃない?」


 小さく頭を振った後、隼翔を見つめる杜若の瞳は先ほどまでとは打って変わり、猫科の肉食獣そのもの。だからと言って睨まれる隼翔が縮こまるはずもなく、あっけらかんとした態度は崩さず大胆不敵に肩を竦める。

 一触即発とまではいかないが、強者同士の静かなぶつかり合いによって辺りを包み込む。だがそれも長くは続かず、お互いが得物を抜き放ち……とはならず、割って入ったのは小さな人影。


「んもうっ、シエル。せっかく良い雰囲気だったのに……」


 ぐいぐいっ、と不満げに頬を膨らませ踊り子装束の裾を引っ張る姿は背格好も相まって子供と表現するのが正しく、庇護欲がそそられる。

 しかし、そんな少女―――シエルに対して、ヴィオラは傍目に見れば被保護者とは思えぬ様子で、負けじと不満を声と表情であらわにする。そのせいか、冷戦状態にあった雰囲気はあっという間に霧散し、残ったのは何とも言えない妙な空気。

 隼翔ですらもうっすら苦笑いし、声も出せない状態になっているのだが、シエルはそんなもの気にしないとばかりにより踊り子装束を引っ張る手を強く激しく動かし、不満を訴える。


「ああんっ、もう!分かったわよ、油を売るのはこれくらいにするわ。さっさと当初の目的に戻りましょ……そういうわけだからまた今度ね」


 不満です、ということはシエルの表情や身振り手振りから理解できるが果たして何がそんなに不満なのかは周囲には理解が出来ない。

 全員が全員、微妙な空気感の中で首を傾げそうになるが、訴えられるヴィオラだけは違ったようで少女が言いたい内容が分かったらしく、仲の良い姉妹のように言い争いを始める。しかし、やはりというべきか最終的に折れたのは年上のヴィオラで、大きめに息を吐き出すとそのままシエルの小さな手を取り、踊りのようにターンを決め、優雅に去っていく。


「何がまた今度なんだか……」


 何のために彼女たちはここに来たのか。隼翔はそんな疑問を抱きながら、小さく言葉を吐き出すのだった。

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