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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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本戦――開催の朝――

更新ペースが遅くて申し訳ありません。

風邪やら引っ越しやら仕事やら、モンスター狩りやらで忙しくて……

ついでに次章のことまで書いたりとしてて遅くなりました。

一応今回の章のクライマックスに近づいてますので……楽しんでください。(早めに更新できるように頑張ります)

 その日は一転して空を灰色の雲が覆っていた。

 空気は身を切るほど、とまではいかないものの肌寒さに指先が痺れ、しっとりと雨を予感させる湿度。

 

 それでも人々の熱気と熱狂ぶりはそんなものを感じさせないほど高まり、闘技場周辺は別次元を思わせる。


「……何となく嫌な感じだな」


 空気に充てられていない数少ない一人である隼翔は厚雲に覆われた曇天を見上げながら、静かに呟く。

 普段通りの暗赤色の外套と黒のインナー、腰には二振りの愛刀。観客席に腰掛ける居住まいこそ何も感じさせないが、右手が腹部の傷を無意識に撫でている辺り、痛みを感じているのだろう。


「大丈夫ですかっ、ハヤト様!?」

「もしかして傷口が開いてしまいましたかっ!?」


 隼翔としてはある種の勘のようなモノで言葉を漏らしたのだが、それを不穏な呟きと認識かんちがいし、隼翔自信も完全に無意識下での動作を機敏聡く察知したフィオナとフィオネが左右から声を慌てさせ、忙しない動きで顔を覗き込む。

 一糸乱れぬ同調シンクロした動きと息の合った物言い。そして見分けもつかないほど瓜二つの整った顔立ち。

 流石双子姉妹と感心しながら、隼翔は小さくかぶりを振って見せる。


「いや、別に身体痛いとかそういう意味じゃない。ただ、何となく悪い予感がしただけだよ」

「本当に大丈夫ですか、若さま?少なくとも常人では苦悶に喘いで、歩くことすら困難な状態だと思うのですが……」

「そうだぜ、ハヤト。あまり痩せ我慢はするなよ」

「心配してくれるのはありがたいが、本当に大丈夫だ。それに今日はひさめの晴れ舞台だからな……這いつくばってでも見届けるさ」


 問題ないと普段通りに振る舞う隼翔に声を掛けたのは、フィオナの奥隣に腰かけているアイリスとクロードだ。

 二人とも冒険者としてそれなりに長く活動し、隼翔たちとの生活にもすっかり馴染んだからこそ、隼翔の怪我が普通なら生活にすらも支障をきたすことは理解しており、また彼が普段から無茶や我慢をしているのは重々承知済みしている。それ故に姉妹ほどでないにしても心配して表情を歪め、声をかけている。

 その憂慮に感謝しつつも、大切な誰かのためなら無理を押し通すと言い切ってしまう隼翔。

 そんな彼の生きざまにこれ以上は何を言っても無駄かと、クロードは苦笑いを浮かべ、対称的にアイリスは姉妹ほどでないにしても表情を歪める。


「大丈夫なのは事実なんだから気にするな。それよりも今はひさめの応援をしてやろう」


 この話は終わりだと隼翔は強引に打ち切ると、話題をここにはいない少女へと切り替える。

 ひさめがここにいないのは当然ながら本選の出場者として、個人に宛がわれた選手控え室にいるからだ。

 流石本選にもなれば個人に控え室が宛がわれるのは当たり前だが、それでも仲間ですら立ち入り禁止というのは少しばかり厳戒さを感じてしまう。


(……あるいは今年だけの措置、か?)


 周囲を見渡しながらそんな邪推が脳裏を掠める。

 明らかに憤慨した様子を見せる集団パーティ、困惑した表情を浮かべる冒険者。

 加えて出入口には普段の装いとは一線を画するほど身を固めたギルド職員達が最低でも二人一組ツーマンセルで立ち、睨みを効かせている。

 もちろん世界各国から重鎮たちが訪れて、それ以上に粗野とも表現できる猛者達が集結してしまっているのだから当然とも言えなく無いが、それにしては殺気立っているように感じられる。


「そのせいで異様な空気になっているのは間違いない……か」


 前述したように闘技場だけでなく都市全土が熱気と熱狂に包み、酔しれ、魘されている状態だ。

 そのなかに、憤慨や困惑、焦燥や狼狽と殺気が加われば異様と評するには十二分な空気感だろう。


「ひさめちゃん大丈夫かな?」

「朝は一応平静な姿を見せてくれてたけど……」

「ああ……なんせ初戦の相手が相手だからな……」

「そうだよねぇ~、いくらなんでも……」


 誰にも聞こえない声量で呟く隼翔をよそに、仲間達の会話の中心はここにはいない少女に向けられている。

 

 昨日の隼翔との技の練習があったからなのか、今朝のひさめは緊張しながらもどこか落ち着きも見せていた。

 もちろん一朝一夕で技をモノにして、自分だけの活人剣を編み出した訳ではない。ただ、何となくで過ごしていた日々と短時間ながらも濃密な修練の時間を過ごしたのとは大違いであるからこその自信が少女ひさめに落ち着く心の余裕を産み出していたのだ。


 だが、そんな自信は薄っぺらな仮初だ、と言わんばかり現実は非常だった。

 クロードたちの視線の先には本日から執り行われる1回戦の対戦表が魔法道具によって、大型スクリーンのように闘技台のちょうど真上に投影されている。

 そこには予選を勝ち抜いた30名の名前と本選より出場する世界各国から集まった選りすぐりの猛者――――32名、合計62名の名前がずらりと並んでいる。

 どの名前も聞けば、ほとんどの人が「ああっ!」と口に出来てしまうほどの者達ばかりの中で、対戦表のちょうど中央――――ブロックとブロックの境目に、隼翔たちが良く見知った名前"菊理ひさめ"の文字が浮かんでいる。

 彼女が属するのは左側のブロック。そしてその対戦相手というのが――――。


鴉天狗ヴァローナ


 果たして誰の口からその二つ名が漏れたのかは分からないが、ひさめの対戦相手と言うのが、現在二連覇中であり、世界初の三連覇という偉業に挑まんとしている最強とも名高い剣闘士なのだ。

 今のひさめでは到底敵うはずもなく、今回ばかりは運がなかったと言わざるを得ない。


「そこまで悲観することもないだろ?少なくとも万全の状態で最強とも名高い剣闘士と闘えるんだ。それだけでも価値は大きい」

「いや、確かにそうだけどよ?流石に心情的には別じゃねーか?」


 しかし、一般論とは真逆の見解を述べたのは隼翔。

 勝利に勝る経験は無いが、疲労がない状態で強者と闘えると言うのはそれに追随するほどの経験にはなる、とそう言っているのだ。

 対してクロードはその見解に一定の同意もしつつも、やはり心情的には別ではないかと疑問符をぶつける。それにはアイリスを始めとして、隼翔の左右に腰掛ける姉妹も同意のようで、小さく頷いている。


「うーん……確かに、これが"殺し合い"ならば流石に俺もそう思うが、あくまでも試合だ。ましてや勝利を求めている訳じゃない、欲しいのは自信と経験。ならば最高の条件と相手だと思うが?」

「……ですが、相手は強い剣闘士なんですよね?」

「加えて謎だらけの、もしかしたら恐い相手かもしれません……そう考えると……」


 そこまで聞いて、隼翔はああ、と納得の表情を浮かべた。

 隼翔とそれ以外の面々の見識の違い。それは永らく"人と人"との殺し合いに身を投じて来たこともあるが、何よりも鴉天狗と讃えられる剣闘士に何となく悪い予感を抱いていないかの差だ。

 もちろん鴉天狗ヴァローナの正体を知っているわけでも当たりを付けているわけでもない。ただ謎に包まれながらも、噂の中に決して悪いモノが混じっていないことが隼翔にマイナスの印象を持たせていない要因。


 曰く、相手を無用に追い詰めることはせず剣技の冴えで相手を圧倒して見せる。

 曰く、その戦い様は物語で語られるような騎士の正道を行く公明正大な姿勢。

 曰く、その剣技は観るもの全てを魅了して見せる。


(他にも色々と耳には入ってきたが……どちらにしてもここまで讃えられる相手なんだ。残虐無道な行いをするとは思えないんだよな)


 何となくいつか町中で見かけた不思議な少女の後ろ姿が脳裏を過りながら、隼翔の意識はいつの間にか舞台上へと向けられていく。

 それは仲間達、その他大勢の観客達も同じだったようで、熱狂渦巻く雰囲気はどんどんと高まりながらも、その口数は加速度的に減少していき――――。


『それでは今年度の闘武大祭の本戦を開催したいと思いますっ!!』


 静まり返った場内に、魔法道具によって拡大された開催宣言が高らかに響いたのだった。

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