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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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日常の中の非日常

またもや関係ない話です。

次回からは本格的に話が大筋へと戻ります。

「いやぁ~、これは大助かりですよ、冒険者さん」

「そりゃ、どーも。これだけ遠慮なく使われれば俺としても清々しいよ」


 まだ昼前とあって通りにはそれほど人影は見受けられない。それでも気温はぐんぐん上がり、暑さは陰りを見せるどころか余計に増している始末。 

 それだけに外套を着こみ、大荷物を背負う隼翔の姿は異様という言葉では足りないほどに視線を集めている。

 だが、当の本人は生来の性格通り気にした様子もなく、身軽となり横を弾むように歩く童女と話している。


「にしても相当な量を買い込んでるな……これだけ買うなら発注した方が楽なんじゃないか?」

「ちっ、ちっ、ちっ!分かっていないですね、冒険者さん。真の料理人プロフェッショナルとは自分の目で選び、見初めた食材モノで、感性の赴くままに作るのですよ」


 最もらしい疑問を呈する隼翔に対して、アシュトはくるりと身体の向きを帰ると、どこか芝居掛かった態度で腰に手をあて、人指し指を振る。

 普通ならイラッとしてしまいそうな動作でも、それが童女(のように見える)なら微笑ましく感じてしまう。

 隼翔もその例には漏れることなく、不快どころか苦笑いを浮かべたまま疑問を呈する。


「……その日一番良かったものを常に見定めてるってことか?」

「まあ有体ありていに言ってしまえばそのような感じです!同じように育つモノなど存在しませんから。その時、その時最高のモノを使う……この考えは冒険者にも通ずるものがあると思いますよ?」

「状況状況で最適解を導き、見定める……そういう意味では確かに近しいモノはあるかもな」

「そうですよ。いくら冒険者の行動が自己責任と言っても、それは自分を大切にしないということではないのです。時には休息も成長には最高の要素ともなるのです」


 まあお節介かもしれませんが、と付け足されたその言葉はまるで冒険者の先達としての助言――――にも捉えられなくもなく、隼翔はどことなくばつの悪そうな表情を浮かべる。

 と、逸らした視線の先では盛り上がりを見せる人だかり。東西南北に伸びる大通りには各所に小広場とでも呼ぶべき開けた場所が点在しており、人々の憩いとコミュニケーションの場として活用されているが、今の盛り上がり方と人の集まり方は遠巻きに眺めても異様だ。

 通り抜けるもの困難なほどの人の密度、怒号や歓声にも聞こえる叫び声、必死に捲し立てるような、そぐわぬ冷静な話術。見ようによっては闘武大祭の観客たちの沸き立ちにも近しさを感じるが、その本選は生憎と始まってはいない。

 まだまだこの地に住み始めて一年も経っていない隼翔としては、疑問を覚えないはずもなく、眉間の皺を寄せながら、知らずの内に疑問の言葉を漏らしていた。


「あれは……なんだ?」

「ふにゅ?ああ、アレはこの時期ならではの風物詩。所謂奴隷市、または奴隷オークションと呼ばれるモノです」


 荷物持ちを手に入れたことによってアシュトの買い物の勢いは留まるところを見せず、すっかり荷物量は1.5倍にまで膨らんでいた。

 つまるところ隼翔が好意で背負っていたパンパンだった背嚢もより膨れ上がってしまい、もはや入口いれぐちはだらしなく開き、中からは緑の野菜が飛び出す始末。

 すれ違う主婦たちもその姿をみて、目を見開き、話し込んでいた内容を忘れたように完全に言葉を失って立ち尽くす。


「奴隷市?そんなものをこんな場所で堂々とやっても大丈夫なのか?」

「まあ違法性のある商人が不味いですよ。ですが、ここで開催される市に参加するにはギルドが発行する証明書が必須ですからね。違法性は無い、健全な奴隷だけですよ」

「健全、ね」


 耳をすませば風に乗って聞こえてくる声。冷静ながらも会場のボルテージを上げ、捲し立てるように売り込む司会。拡声器か、それに準じた魔法道具を使っているのだろう、隼翔の耳にも鮮明に声が届く。

 その次には、冒険者と思しき野太さや、高くも芯のある声。昼間のこの時間に聞くと違和感を覚えるが、それは今まで隼翔が気にもかけなかっただけであり、観察すると多くの冒険者たちが小広場や大通りにいるのが見受けられる。

 最後に混ざるようにして、恰幅を感じさせる胴間声どうまんごえ。冒険者や拡声器と比べて小さいはずなのだが、どうしてかその声は耳を汚すように聞こえてくる。

 

 隼翔は盛り上がりを見せる市を見ながら、ふと皮肉る言葉を漏らした。

 隼翔だってすでにこの世界の住人。まだまだ常識に疎い面も多く目立つが、奴隷が認められているということは知っており、健全という意味もまた然り。

 それでも、だ。奴隷を健全と言い切れるほど染まったわけでもない。


(偽善と言えばそれまでだが、染まりたいとは思えないな)


 人形のように生きたからこその経験が言わせるのか、あるいは人らしい生活を知ったからこそ思えるのか。


「へぇ~……これは珍しいですね。奴隷に抵抗感を示す人間ヒューマンの冒険者がいるなんて」


 どちらにしても隼翔があまり良い反応を示していない。その事にアシュトは意外さを露にする。


「珍しいことか?見た感じだと、この都市ではあまり見かけない気がするけど……」

「そんなこともないですよ?例えばそうですね……あそこの冒険者、わかります?」


 直剣を腰に携える男の冒険者。弓を背負い、腰には矢筒と短剣という狩人を連想させる女性冒険者。

 視線だけを器用に動かして、広場に集まる人間ヒューマン冒険者たちを観察するが、やはりそれらしき人物は見当たらない。

 だが、不思議がる隼翔をよそにアシュトは迷った様子もなく、一人の冒険者に向かって顎をしゃくって見せる。

 同じパーティー、あるいは軍勢ユニオンに所属しているであろう人物。特段目立った特長はなく、無難と評するのが妥当であり、その仲間たちもまた然り。


「……あれがどうしたというんだ?」

「あそこにいる彼の左手の甲をよーく見てください。何か見えるでしょ?」

「確かに見えるが……アレはギルドに押されたスタンプじゃないのか?」


 言われた通りに件の冒険者を観察すれば、左の手の甲には痣のような紋様が見受けられる。

 だが、隼翔はそれに気が付いていなかった訳ではなく、ただ自分にも似た紋様が押されているので不自然と感じなかっただけ。

 現に少ない魔力をちょっとばかり込めれば、スーッと右手の甲に白字の紋が浮かぶ。それはランクマーカーと呼ばれる、冒険者として、また人としての器を可視化するモノで、隼翔の場合は共通言語でFと浮かんでいる。

 その文字を見て、アシュトは意外さを露として、目を点とするが、そこには触れずに失いかけた言葉を口にする。


「……あ、とですね。貴方のそれは確かにランクマーカーです。ただ、彼のアレとソレは別物ですよ?」

「確かに言われて見れば……俺のよりはちょっとばかり複雑に書かれているような……」

「アレは命令紋と呼ばれる、奴隷所有者が持つ所有権です。所有者は身体のどこかにあの紋様を刻み、奴隷には対となる令呪ゲッシュを同様にどこかに刻まれるのですよ」

「へぇー……つまりアイツは奴隷の所有者であると?」

「そうなります!そして大抵のソロ、あるいは小さなパーティーに属する人間の冒険者は奴隷を所有してます。何せ、取り分の争いをせずにすみますし、荷物持ちにも困りませんから」


 隼翔は魔法の袋を所持しているからこそ、地下迷宮ダンジョンに挑むときに大きな荷物を背負う必要がないが、大抵の冒険者はそんなものを持っていない。

 かといって、自分で大荷物を背負うのは愚策であり、また荷物となるからと言って稼ぎである魔石片やドロップアイテムを拾わないという選択を取らないはずもない。

 そんなときに活躍するのが、奴隷なのだ。


「なるほどね……良い荷物持ちにもなるし、いざというときは戦力にもにもなる」

「まあ後者は滅多に選択することはありませんが。一応、表向きには非人道的な扱いは禁止ですし、奴隷自体も財産となるので」

「だからこそ、俺の反応が珍しい、と?」

「ええ。以前見かけたときは大規模なパーティーではなかったですし。ランクマーカーとはちぐはぐなようですが、実力者でもあるみたいですからね。相応に奴隷を所持してると思ってましたよ」

「……実力者かは分からんが、少なくとも奴隷を欲しいとは思わんさ。仲間がいれば俺には十分だからな。さて、ソレよりもさっさと行こう。あんたも仕込みがあるだろ?」


 そう話を切り上げると、隼翔はアシュトを引き連れるようにして、広場を引き返し、彼女の店にまで荷物を運ぶのだった。

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