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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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日常の音色

 暦の上ではもう夏は終わりを迎える頃。だが、燦々と照り付ける日差しは未だに衰えることを知らず、露店で薄着をした店主たちは暑そうに手拭いやタオルで汗を拭っている。

 そんな店主が売るのは、やはり南国を思わせる芳醇な香り漂わせる色鮮やかな野菜や果物。

 中には世にも奇妙な格好をした果物や野菜、手足のようなモノが生えた魚などが目を奪うが、そこはやはり世界で唯一地下迷宮(ダンジョン)を持つ都市ならではの光景だろう。


「ふにゅ~……暑いし、重いのですぅ。これならリファちゃんあたりを連れてくるべきでしたぁ~」


 露店並ぶ通りを行く、大きな背嚢。

 パンパンに膨れ上がり、隙間からは旬の食材が顔を覗かせ、大量の食材がそこに詰め込まれていると言うのがよくわかる。

 その背嚢から、ぴょこんぴょこんと見え隠れするピンクのお団子。聞こえてくる声色はとても幼く、奏でる息遣いは童歌わらべうたのように可愛らしい。


「おっ、アシュトさんじゃねーか!今日はいつにもまして荷物に呑まれているな(・・・・・・・)

「仕方ないのですよっ、今日はこどもたちを連れてくるのを忘れてしまったのですから」


 普段からこの辺りで買い物をしているのだろう。大荷物に潰される童女――――アシュトの姿を見ても、店主たちは楽し気に笑みを浮かべ、弾むように声をかける。

 

「俺たちとしても、あんな見麗しい娘っ子たちを見れなくて残念だよ」

「むうっ、見麗しいというならここにいるじゃないですかっ」


 巨大に膨れ上がった背嚢に加えて、両手も大荷物で塞がっているという始末。それなのに、一切重さを感じさせない動作で腰に手を当て、ぷんすかと聞こえてきそうな表情を見せる童女の姿に、周囲の露店主たちはどこか苦笑い気味。

 しかし、それも仕方ないかこと。大荷物に潰されているはずなのに所作の端には重そうな動作を垣間見ることも叶わず、ましてやこの暑さのなかでアシュトは汗一つ(・・・)流していないのだ。童女の隠された実力の片鱗に恐れを感じないほうがどうかしている。


「いやぁ~、それは面目無い。俺も目が曇っちまったらしい」

「失礼しちゃうです!」

「悪い、悪い。詫びと言っちゃなんだが、安くするよ」

「なら仕方ないのですね!この鮮度のよさそうな果物と野菜を頂きます!」

「全く流石の目利きだな、参ったよ」

「ふっふっふ、伊達に毎日通ってないのです」


 瞳を光らせ、吟味したかと思うと、大荷物を両手から吊るしたまま、ピッピッピッと並ぶ食材を次々と指していくアシュト。

 本来であれば恐ろしいと感じるはずだが、しかし露店主人たちは観念しつつも高らかに笑い声をあげるだけ。それだけアシュトがこうして買い物に訪れるのは見慣れてしまった、当たり前の光景なのだ。


「毎度あり、また頼むよ」

「こちらこそ、良い買い物させてもらいました……ただ、また荷物が増えてしまったのですぅ」


 新たに渡された籠2つ分の食材。

 どれもが瑞々しく、美味しそうな香りや色合いをしているが、受け取る童女の表情こそ満足げだが、後ろ姿は持ちきれない荷物に悲壮感が溢れている。

 そこに吹き抜ける夏特有の暑く湿った風。まるで買いすぎた童女を苛めているようで、周囲の店主たちもどこか気が気でないといった視線を送るが、彼らもまた商売の最中で自分の露店を離れて彼女を手伝うことは出来ない。


 もちろんその事は実際に繁盛店の店主として働いてるアシュトも解っているので、薄情だとは思わない。

 だからこそ、意を決したように絶妙なバランスで巨大な背嚢の上に籠2つを乗せて店に帰るという離れ業を駆使しようとした――――まさにその瞬間。


「なんなら運ぶのを手伝おうか?」

「ふにゅ?あなたは……以前私のお店に来た冒険者さん?」


 通りの向こうからやって来た一人の青年がどこか憐れむように声をかけてきた。

 厚手の外套と黒の長ズボン。冒険者としては些か防御性能に劣る見たくれだが、季節問わず装備を変えないという姿勢は冒険者そのモノ。

 だが、アシュトがその男を冒険者と判断したのは格好だけではなく、どちらかと言えばその男に見覚えがあったから。


「覚えててもらえたとは光栄だな」

「それはうちに来ていただいた金蔓えもの……じゃなくてお客様ですから!覚えていて当然ですよ」

「恐ろしい女主人なことで……」


 温暖な風に揺すられる伸びた前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、隼翔は盛大に苦笑いを浮かべた。


 純白無垢な笑み――――それだけを切り取って見せられれば確かに童女と間違えても可笑しくないのだが、言ってる内容は冒険者よりも断然に恐ろしく、どこか現実的。

 そんな激しすぎる落差ギャップにまともな感性の持ち主なら恐れをなして逃げ出すのが定石とも言えるが、隼翔はただ苦笑いを浮かべるだけで、気にした様子もなくアシュトが背負う巨大な背嚢をひょいっと担ぎ上げた。


「むむっ!?もしかして今度の食事代を安くしてもらおうとか考えてます?それとも……まさかうちの可愛い娘たちに手を出す気ですか?」


 ずいっ、と隼翔の顔を覗くアシュト。

 つま先立ちの足は生まれたての子鹿のように震え、どこか必死に大人びて見せようとする振る舞いは正しく子供そのもの。それを間近で見せられたとあって、隼翔の背嚢を担ぐ左肩が苦笑いをするようにガクンと落ちそうになる。


「いやいや……別にそんな打算は一切考えてないぞ。ただ、何となく手伝いたいと思っただけだ」

「本当ですかねぇ~……おや?」


 危ういところで立て直し、否定の言葉を口にした隼翔だが、その姿はどこか図星のようにも残念ながら見えてしまう。

 そして、それは従業員であり、血の繋がりもないが本当の娘たちのように少女たちを大切にしているアシュトにとってより追求しなければならない要因にもなり得た。

 結果として、アシュトは懸命に姿勢を維持しながら目を細め、言葉の真偽を確認しようとしたところで――――やめた。


「どうしたんだ?」

「……なるほど、なるほど。わかりました!それならばここはしっかりと好意に甘えさせてもらいましょうか!せっかく手伝って頂けますし」


 じっと見つめていた真鍮色の瞳。

 一切の淀みも濁りもない、無垢な光り。それ故に恐ろしさがあり、隼翔としても少しばかり背筋に嫌なものを感じていたが、ふとした瞬間にそれがなくなった。

 そう思ったかと思うと、無駄なく、滑なかな動きで視界から消え、突然手のひらを返すかのような態度の軟化。

 表現するならば豹変という言葉が正鵠を射ており、隼翔もわずかばかり目を見開く。


 だが、そんな彼に取り合うつもりはない、あるいは時間が勿体ないと言いたげにアシュトはヒラリと見た目として軽くなった身体を翻すと、テクテクと通りを闊歩し始めた。


 弾むように揺れるお団子。リズムを奏でる軽やかなステップ。もう後姿だけは完全に童女そのものだ。


「女というのは本当によくわからないな……」


 ふわふわ~と夏を感じさせる風の中を自由に動き周り屋台を巡るアシュトの後姿を眺めながら、隼翔はやれやれと息を吐き出していた。

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