たった一人の冒険 8
「どうやら行ったみたいだな」
デュフフ、というなんとも気色の悪い笑みが遠ざかっていくのを耳にしながら、隼翔は小さく息を吐いた。
視線を落とすと、そこには拓かれた平原。
薙ぎ倒された巨木は無惨にも砕かれ、地面を覆っていた苔はすっかり禿山にされている。
至るところから昇る焼け焦げた臭いが鼻をつき、一種の焦土と言っても間違いではない。
「あれだけの戦力。それに対して、中心にいた人物はとてもではないが傑物とは言い難い……まっとうな商人ではないな」
梢の陰に身を潜めながら、隼翔は怪訝そうに言葉を漏らした。
隼翔はこの場で起きた一部始終全てを観ていた訳ではない。むしろ観れたのは終わり――――それこそ、黒雲より水竜が舞い降りる瞬間だけだ。
だが圧倒的な強者だからこそ、この場にいた5つの面をした人物たちがただならぬ存在であったことを容易に悟ることができ、同時に中央で護られていた存在が武には関わりがない、この場における異物であることも理解していた。
(まあ、あれだけ"でっぷり"とした腹をしてれば誰でも分かるか……それに何も力は腕力や暴力を示す言葉ではないからな)
正しく狸腹と評するべき、怠惰あるいは富の象徴と言うべき腹回りをしていた商人の姿を思いだし、隼翔は思わず苦々しい笑みを浮かべる。
しかし、それも僅かな時間で引き締めると、隼翔は彼の人物が何者であるかの推測を並べ始める。
商人であることは間違いない。ただ、論点としてはそれがどんな商人か、ということに帰結する。
「考えられるところとしては……奴隷商。それも違法の、な」
あれほどの大規模戦闘。当然、付随する戦闘音も相当だったはずで、通常ならば引き寄せられるようにして魔物が大挙を成して襲い来るのが常識。
しかしながら、その気配どころか、魔物が近寄ってくる息遣いすらも感じ取れない。つまり魔物たちも怯えてしまっているのだ。ここで行われていた戦闘とは呼べない、圧倒的なまでの蹂躙劇と成し遂げた猛者たちの存在に。
ただ、そのおかげで隼翔としてはこうして休息を兼ねて時間を使い推測を並べることが出来てるのだが。
「……だが、問題はそんな奴が地下迷宮で何をしていたかということだな。冒険者を標的とした奴隷狩り、なんて流石にしないよな?」
生暖かいわき腹を擦りながら、隼翔は推測を口にしていく。
普通の奴隷商と呼ばれる者たちが売るのは、正規の奴隷。それこそ、犯罪者であったり、もしくは借金の形として身売りをした者であったり、あるいは孤児であったりと。それらは総じて、自己の意思ではないかもしれないが、仕方ないと割りきれてしまう。
他方で、隼翔の口にした違法の奴隷商人が扱うのは、世間一般で奴隷狩りと称される、言わば非合法による人攫いにより集められた者たち。
非合法と言うのだから当然見つかれば、重大な罰則が課せられるのだが、現実問題としてそれが摘発されるのは稀。理由として最たるモノは、結局売り物にされる奴隷がどこで捕まったのか、どういうルートで商人として入手してきたのかが不明だからという点にある。
だからといって、地下迷宮において武力で冒険者を誘拐し、商品として扱うのはリスクが高すぎる。なにせ、地下迷宮は何が起こるか分からないと言っても、出口はたったひとつしか見つかっておらず、足がつきやすいという欠点があるから。
それ故に隼翔も奴隷狩りではないと簡単に結論付けることができたのだが、そこでまた別の疑問が生まれる。つまり、何故このような危険な場に奴隷商人、本人が訪れたのかということ。
「考えられるのは単純に資金集め……だが、あれだけのナリをしてるのにそれは考えにくい。とすると……なんだ?」
ぐるぐると色々な推測が浮かんでは沈みを繰り返すが、これと言った証拠や手懸かりが無いせいで、どれもが予想の域を脱しない。
そもそも、隼翔が何故ここまで初めて出会った悪徳商人に興味を注いでいるかと言えば、当然正義感なはずはない。
逆説的に述べるなら、すなわち何かしらの縁故あるいは気掛かりがあるということだ。そして、それを突き詰めるならば大切な人達に関連があるということにもなる。
「……う~ん、上手く行けばフィオナとフィオネを拐おうとした輩に辿り着く良い機会なんだがな」
どこか悔しげに下唇を噛みしめ、小さく言葉を漏らす。そんな隼翔の脳裏には嬉しそうな二人の姉妹の表情が映る。
この世界で隼翔が初めて出逢い、そして今ではすっかり恋仲となったフィオナとフィオネの狐人族の姉妹。
今でこそ、逞しく冒険者らしさを手にいれたが、かつては双子姉妹は奴隷商人と結託した盗賊に捕まり、危うくどん底の生涯を送ろうとしていた。
当たり前だが、捕まる前は暖かい家族のもとで暖かい暮らしを送っており、その頃の楽しげな思い出も隼翔は姉妹から聞かされている。
拐われたからこそ、今の出逢いがあるとも言えるが、だからといって姉妹の幸せを奪った輩を隼翔が許せるはずもなく、今でも機会があればと情報を集めていたのだ。
そして、その手がかりになるかもしれない、違法と思しき奴隷商人の姿。執着して、少しでも情報を求めようとするのは仕方の無いことかもしれない。
「しかし、これだけの戦闘の後だと何も残ってないか。仕方ない今回は諦めて、今後あの狸商人の動向と情報を集めよう」
いつの間にか、木立の影から姿を現していた隼翔は戦闘が起こっていたであろう場所のちょうど中心――――比較的地面に苔が残っている辺りに屈むと、何かしらの情報が残されていないか探すように手を動かし、目を細める。
だが、やはり芳しい成果になりそうなものは無かったのだろう。諦めるように言の葉を吐き出すと、そのまま踵を返して、地上へと足を進めるのだった。
次回からは地下迷宮から地上へと話が戻ります。恐らくは主人公視点の予定ですが、もしかしたら他の視点になるかもしれません。なにせ、その場で思い付いたことを書いてますので……




