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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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たった一人の冒険 7

GW中にはあと二回は更新できたら、したいですね……。

 広大な空を何にも囚われることなく眺め続ける。


 雄大な海から吹き付ける潮風を気ままに感じる。


 果ての無い世界を、見たことも、感じたこともない未知を、自由に体験し続ける。

 

 それが隷属という名の鎖に繋がれた少年・少女たちの誓いだった。


 そして、その誓いを果たすべく、少年・少女たちは今も必死に抗い続けている。

 そこに言葉はなく、励ましもなく、喜びもなく、自由がなく。

 それでも、ただひたすらにあの時、あの瞬間――――つるぎに、肉体からだに、互いの魂に誓った夢と希望のために。


 今も彼らは理不尽な世界へと挑み続けている。

 それが儚い、決して叶うことの無いモノだったとしても…………。










――――っ


 何処からか聴こえる微かな音。

 金属がぶつかり、擦れる音。岩盤が削れる音。叫ぶ声。断末魔。命の灯火が消える音。

 それらは総じて、何者かが未知へと挑み、己の欲望を燃やし、冒険という旋律が奏でる、地下迷宮ダンジョンの唄。


 しかし、音源はとても遠く、常人では聞こえるはずがない距離があるのは間違いない。


「……何かがいるのか」


 だが、隼翔はソレを感じ取ったかのように目を開いた。

 

 天からは決して光が注ぐことはない。

 しかし、暗闇が支配してるのかと問われれば決してそのようなことはなく、地下迷宮特有の灯りが木立の合間から注ぎ込む。

 

 鼻が感じるのは深緑の濃い香り。

 時おり、それらに紛れ芳醇な甘い香りが漂うが、発生源は見た目も大きさも悍ましき巨大花。

 香りに引き寄せられるよう巨大花に獲物が寄れば、あっという間に花は怪物へと変容して、惨たらしく哀れな食糧えものを喰らう。


 しっとりとした空気。

 寝起きの身体には少しばかりの不快感を与える湿度と亜熱帯を体感させる暑苦しさ。

 時にはカサカサと木々が揺れ、枝葉が心地好い演奏を奏でるが、風が吹き抜けないという違和感が不気味さを増長させる。


 地下迷宮ダンジョン第35層――――樹海層ヴァルトメーア

 あたかも古代樹林に迷い混んでしまったのではと錯覚を起こしてしまいそうな階層環境。

 その層の中心には悪魔の大樹とも囃される《魔樹》が恐ろしい生命力をもって階層を貫き、訪れた挑戦者たちを魅了し、時には殺しにかかる。 


 隼翔はその象徴シンボルとでも言うべき、《魔樹》の一部・・を望める、高さ10メートルはあろかという巨木の枝の上に座り込みながらゆっくりと目を覚ました。


「……方角的には南側。距離はそこそこ、か?」


 ここまでの強行軍に加え、一人ということで昼夜を問わずほとんど休む暇もなく、極め付きは十数時間前まで60階層で階層門番と死闘を繰り広げていたのだ。

 心身ともに疲労の色は激しく、こと肉体に至っては今も鮮血が流れ落ち、彼の座り込んでいる周囲の大樹の枝葉を赤く染めている始末。

 出血量こそ、包帯による治療によってようやく収まりを見せてはいるがそれでも肉体が疲弊を訴え、精神が悲鳴を上げている現実は変わらない。

 だからこそ、隼翔は今の今まで完全に眠りについてしまっていたのだ。といってもその時間は数時間もなく、微かな音で目を覚ましてしまうのだから相変わらずの警戒心は変わらないのだが。


「時間としては多少は余裕があるか。……少し見に行ってみるか」


 耳を澄ませば、至るところから魔物の怒号や咆哮、聞いたこともない怪鳥の囀りが木霊している。

 それらに紛れ、あるいは掻き消されるようにして断続的に鼓膜を震わせる地下迷宮の唄。


 本来ならば他の冒険者がいるであろう場所には近寄らない――――それが冒険者として長生きするための秘訣であり、彼らの不文律。

 何せ、冒険者とは競争が激しい生業だ。それなのに横から獲物を掠めとるなど、頭がよい、賢いと思われるかもしれないが、結果として冒険者同士による命がけの争いや評判の低下と言った、無用な火種になってしまう。


 故に御法度タブーとして暗黙の了解が敷かれている。

 そして、まだまだ冒険者として日の浅い隼翔もそれは百も承知。にも拘らず、何故か隼翔は御法度を犯すようにゆっくりと立ちあがり、感覚を研ぎ澄ませながら時計で時間を確認する。


 時計の時針はあの出発の日の朝から数えて、すでに6周と半分を超えた。つまり帰還すると約束した期日4日まで――――あと18時間もない。 

 だというのに、多少は余裕があると言い切れるのは隼翔が隼翔ゆえか。


(……本来ならすべきではないが、何となく勘が行け(・・)と告げているんだよな)


 非常識さに気づいた様子もなく、隼翔は抱え込んでいた愛刀たちを腰に携えると、躊躇うことなく10メートル以上の高さはある木上から飛び降り、着地と同時に苔生す世界へと駆け出した。


 奇天烈なオブジェのように隆起する巨大な根、行く手を阻む大樹、滑る苔の絨毯。

 眺めるぶんには心踊ること間違いないが、走り抜けるには最悪な環境。だが隼翔の上半身は全くブレることなく、無駄の無い動きでスルスルと音源に向かって走っていく。


 そんな状態で、隼翔が考えているのはどうして向かっているのか、ということ。

 本来の性格ならこんなことに首を突っ込むことはしない。しかし、隼翔はどうしてか行くという選択をした。


「勘が正しいかどうか……行けば分かるか」


 悩んでいても仕方ない。

 隼翔は思索を振り払うように結論付けると、一気に加速し、どんどんと大きくなる地下迷宮の唄に耳を傾けるのだった。










 周囲は地上では決してお目にかかれない、そんな世界が広がる。

 普段、もしくは鎖が見えないとき(・・・・・・・・)ならば間違いなく、秘境とでも言うべき光景に目を奪われ、瞳を輝かせ、胸を踊らせていた。


 だが、今はそうすることが出来ない。

 魔力によって生まれた、抗うことを赦さない鎖が自由を奪い、心を閉ざさせ、言葉を塞き止める。

 何よりも周囲からは純粋な殺気が浴びせられている。


「さあ、やりなさい!私の富の結晶たち!!」


 デュフフ、と地下迷宮ダンジョンには似つかわしくない笑みを溢し、高々と叫ぶのはパンパンに膨らんだ腹部を揺らす狸人族。

 笑み同様、その格好は富を見せつけるような装飾品の数々で飾られ、とてもではないが相応しくない。加えて武器や防具すらもなく、何故ここにいられるのか不思議なくらいだ。


――――グロロロロッ


 辺りの環境に溶け込むように殺気を放っていた、巨大な蔓を蠢かせる植物型の魔物や雄々しい角を振り翳す鹿の魔物も、その不相応の姿に苛立ちを隠しきれなくなったのだろう。高々と咆哮たをあげ、蔓を地面に叩きつけながら、脂が乗りに乗った獲物たぬきに一斉に襲いかかる。

 

「…………」


 だがその鋭角が、触手が狸の豪商に届くことはない。

 

 遮ったのは、無言で佇む巨躯の影。

 短く切り揃えられた黄土色の髪。体の線は太く、力強さを発する盛り上がった筋肉に目がいくが、対照的に肌の色はかなり薄い。

 顔は象を模したであろうヴェネチアマスクで隠され、覗く無機質な瞳は意思を封じられたように冥い。


 手に握られるのは巨大な連接棍棒フレイル

 まるでソレを巨象の鼻のごとく振り回してしまえば、周囲にいた魔物だけでなく、破砕音とともに巨木の幹すらも穿たれた。


 見た目通りの、圧倒的な破壊。

 その破壊の間隙を縫うようにして、立ち上る砂煙から人影が飛び出す。

 かなり小柄な背格好。昏い色の鎧を着こみ、両手に握るのは身長と大差のない長剣。風貌こそ騎士と言った様相だが、顔には狒々《ヒヒ》を模した仮面。とても一介の騎士とは思えない物々しさがある。


「…………」


 その狒々の面をした人物は長剣を走らせながら、生き残った魔物たちを次々と黒煙へと変えていく。

 時には苔むす岩から岩へと飛び移り、時には巨樹の幹から巨樹の幹へと。まるで本物の狒々を彷彿させる俊敏な動きは魔物たちに恐怖を与える。



 その光景に、中層域の魔物ですら流石に慄き、動きを止め、狼狽えるように弱々しい声とともに視線をさ迷わせる。


「…………」


 弱肉強食のどこまでも平等な世界の象徴とでも言うべき、地下迷宮ダンジョン

 そこで生まれ、育ち、生き抜いてきた魔物は、その平等さを本能にしっかりと刻んでいるはずなのだが、圧倒的な破壊行為に動きを止めてしまった。

 しかし、どんなに些細でも恐怖・・で動きを止めるのは、この世界では敗北、あるいは死を意味している。

 その事を示すかのように、動きを止めていた牡鹿の首が無言で落とされた。


 成したのは刃渡りが50センチはあろかという鎖鎌。

 ヒュンヒュンと小気味よく空を切り、不可侵の結界の中心にいるのは鼬を模したヴェネチアマスクを被る痩身中背の人影。

 先の人物とは異なり、その臀部からは特徴的な細長い灰色の尻尾が見え、獣人族だというのがよくわかる。


 そして、そんな人物の隣には白蛇を模したマスクをする線の細い影。

 特徴的なのはシミの無い真っ白な肌と尖った耳。腰まである亜麻色の髪がふわりと人工的な風に舞い、静謐な声が魔物たちを恐怖へ誘うように響く。

 高まる魔力。ほっそりとした長い指に握られる樫の樹製の杖に取り付けられた魔石が集まる魔力に明滅する。


「――――傲慢たる水の憤怒(ハクア・ハーティア)


 紡がれた旋律とともに、偽りの空に黒い雲が生まれた。

 黒雲からはゴロゴロと地鳴りのような音が鳴り、大きさが増す。やがて、音も大きさも最高潮に達したとき――――ポツリと地面を雫が濡らした。


 あまりにも拍子抜けの出来事。

 圧倒的な魔力量と地鳴りのような音を鳴らしていたにも拘らず、起こっているのは小雨程度なのだからそれも当然かもしれない。

 だが、その出来事は突然起きた。


 小雨から、普通の雨へ。そして雨はやがて土砂降りへと変わり、狸の豪商を中心として彼らのいる場所以外は水浸しとなる。

 

 重苦しく、捕らえるように魔物たちの四肢と体躯に纏わりつく水。

 魔物たちは鬱陶しそうに、あるいは嫌うように鳴き声をあげるが、水量は圧殺するようにどんどんと増していく。


 しかしながら、この魔法は決して相手を窒息させる魔法でも、動きを封殺する魔法でもない。相手を引き裂き、かき回し――――そして噛み殺す魔法(・・・・・・)

 

 降り注ぎ、足場を濡らし、溜まっていた雨水はどんどんと渦を巻く。いつしか轟音をあげ、勢いよく渦を巻く水流は竜巻と化し、昇るように黒雲へと戻っていく。

 もちろん巻き込まれた魔物は錐もみにされ、水を赤く染め断末魔を響かせる。これだけでも十二分な魔法の威力を見せつけているが、白蛇のマスクを被った魔導士の魔法はまだ終わっていない。


 ソレを示すかのように、昇った竜巻はやがて唸るような音を鳴らし、黒雲の中から顔を覗かせた(・・・・・・)


――――グオォォォォオオッ


 顕現したのは八つの頭を持つ水の竜。

 大きさこそ、そこまでではないが、黒雲にほとばしっていた雷撃を身に纏わせ、咆哮をあげる姿は水神の怒りを模しているかのよう。

 

 あまりにも恐ろしすぎる光景に、中層域の魔物たちは怯え、錯綜し、次々と逃げ出そうと背を向けていく。

 だが、顕現した水竜は獲物を逃がそうとはせず、八つの首は一斉に別れ、各方角に生き残った地下迷宮の住人たちを喰らっていく。


「いやはや……流石ですね。私も鼻が高いですよ」

「…………」


 あっという間に魔物だけでなく、周辺の地形すらも変えてしまう戦闘行為。

 その戦果を眺め、デュフフゥと薄気味の悪い笑みを漏らす狸の横で、烏を象った面をした剣士は無言のままとある方角の樹林から視線を逸らすことなく睨み続けていた。 

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