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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
135/156

たった一人の冒険 5

遅くなりました。

2月に入り、火傷して、肋骨を何本か骨折して、更には手を切ったりと不幸続きで更新が出来ませんでした。

花粉のせいでくしゃみが止まらない久手、余計に肋骨に響くし……。

なので、決して新しくゲームを買って熱中していたということではありませんよ、ええ。ありませんとも。


そんなわけで3月も頑張りたいと思います!

――――いつもより遅い


 それが戦いの火蓋が切って落とされてから数分経過しての隼翔の率直な感想だ。


 初動はサラサラとした砂地に脚を捕られしまい、仮に駆け出したとしても普段のような速度が出ず、歯痒さが募っていく。


(単純に個としての強さだけでなく、空間を含めて地下迷宮ダンジョンが俺を殺そうとしているのか)


 鋭い急斜面を脚を滑らせないように、かつ脚を捕られないように慎重になりながら隼翔は雷のように降り下ろされる拳を避けていく。

 ただ、やはり彼自身も歯痒さを感じているように端から見てもその速度は明らかに普段よりも劣り、回避がギリギリとなっている。


「……いつまでも後手に回ってると思うな、よっ!」


 グルグルと蟻地獄の斜面の淵を逃げ回るように駆けていた隼翔だが、いい加減事態を好転させようとしたのだろう。右足で急制動をかけて、一気に中心部に鎮座する髑髏巨人へと斬りかかろうとする。

 だが、制動をかけた右足はその衝撃で一瞬で膝下まで埋もり、数瞬だが動作が完全に封じられる。


――――グオオォォォッ!!


 たった数瞬。されど、強者たちにとってはその数瞬は命取りにもなりうる。


 そして、その僅かな隙を待っていたと言わんばかりに巨人は大咆哮を上げ、拳を振り下ろす。


「生憎とその可能性は織り込み済みだよっ」


 眼前にまで迫った巨大な拳。

 その大きさは隼翔の痩躯を簡単に覆い隠すほどで、無抵抗のままなら一息で圧殺されてしまう未来を予想するのは難しくない。


 しかしその未来を覆すように、と隼翔は左手にもつ大剣をまるで迎え撃つように掲げる。

 確かに一月ほど前に隼翔は異形と貸した巨人の拳を刀一本で容易に受け止め、あろうことかその拳を腕ごと破壊して見せた。

 

 だが、生憎とあの時とは状況と条件が異なる。

 まず握っているのが大剣ということ。クロードの打った傑作の一つである大双連刃ではあるが、それでも隼翔の持つ二振りの愛刀と比較してしまえば、一段どころか数段以上も劣ってしまう。

 もちろんその耐久性能は重金属グラビライトという、この世界にある金属の中でもとりわけ重く、そして高い硬度を誇る金属を惜しみなく使用しているため折り紙つき。

 それでもやはり隼翔の刀技とうぎ――――双天開来流の一つである、不知火ノ型に耐えられるかと言えば首を傾けてしまうであろうし、加えて巨人の拳を受け止めるという条件を足してしまえば正しく不可能だ。


 また、彼のいる足場。

 雷の如し圧殺力を誇る拳の一撃を受けきるには、いくら異世界補正の掛かった隼翔の痩躯でも腕力だけでは到底不可能。

 それを可能としているのが、足腰の力を完全に使えるだけのしっかりとした足場。一月ほど前は足場がしっかりしていたからこそ受け止め、刀技を使えたが、この場はとてもではないが足場が悪すぎる。更には右足すらも地中に埋まってしまっているという悪条件が付帯しているのだ。


 それ故に迎え撃とうとする隼翔の態度はあまりにも不可解。

 しかしながら、その不可解さを考察する暇もなく、巨大な拳と大双連刃の片割れが衝突し、硬質な音が響く――――と思われたが、実際に聞こえてきたのはボフッという砂が舞い上がる音だけ。

 鮮血を舞うことも無ければ、肉片が飛び散ることも無い。つまりは隼翔は潰れても掠ってもいないということの証明になるが、それならば彼はどこに、そしてどのようにして避けたのか。

 


 巨人も拳の先に潰した感触がないのを不思議と思ったのか、髑髏の奥で怪しく揺らぐ緋色の瞳を微かに動かし獲物の行方を探る。だが、その瞳を右に左に、あまつさえ下に向けようとも獲物の姿はない。

 ならばどこに――――と高度な知性を宿していたならまず間違いなく言葉を漏らしていただろう。


「しっ!」


 そんな巨人の疑問を解決するように、巨大な鉄塊が飛来し、短い気勢とともに骨太の腕を叩いた。

 同時に響く、ベキッという鈍い音。

 白亜色をした巨大な腕骨には大きめの亀裂が生じ、髑髏の奥からは耳つんざくな金切声が木霊する。


「生憎と泣き叫んでも手加減はしないっ」


 言うが早いか、動くが先か。

 未だ、濛々と立ち込める砂煙の中で巨大な鉄の塊――――大双連刃の片割れを片手で降り下ろした隼翔は、相手に負傷ダメージを与えたという感慨に浸る暇もなく器用に骨太の腕に降り立つと、そのままスルスルっと軽業師のように駆け登っていく。


 この砂煙こそが巨人が隼翔を見失う原因となったもので、彼からすれば筋書き通りの流れ。


 そして肩口に到達すると、隼翔は背負っていたもう一対の大剣を引き抜く。


 狙うは髑髏の側頭部から生える偏角。


 それを目掛け、交差するように抜き放たれる大剣。

 その鋭い剣戟に巨人も危機感を募らせたのだろう、何とか首を傾け捩り、躱そうと試みる。


――――ぴしっ


 大双連刃の切っ先がわずかに白亜の角を掠めた。

 爆ぜる火花。

 響く甲高い音とともに角先にわずかに亀裂が走る。


「ちっ!そう、易々とはいかないか……」


 隼翔としては切り落とすつもりで斬撃を放っただけに、狙い通りとはいかない結果に少しばかり表情を曇らせる。

 だが、いつまでも悔しさに囚われている暇もなく、足場としていた巨人の右腕が不気味な音とともに持ち上げられていく。


 グラッ、グラッと上下左右に、不規則・不連続に身体が揺すられる。


 ある程度の悪辣さや不利な条件下でも戦えるようにと体幹だけでなく、バランス感覚も鍛えている隼翔とは言え、さすがにこれほどの揺れでは動くどころか立っていることすら儘ならなず、諦めるようにその場を飛び退く。


 だが、飛び退いたとしても当然その着地先は動きやすい硬い地面ではなく、真逆ともいえる砂地だ。

 ぶわっ、と着地と同時に脚が砂に呑まれ、同時に砂煙が舞い、隼翔の姿を霞ませる。

 普通なら人間にとって圧倒的に不利な条件だが、これこそが先ほど骨巨人が隼翔を見失った理由。


(とは言え、俺も視界不良な上に脚も捕られる分、不利なのは変わらないがな)


 剣客として生きていた頃はそれこそ真っ当な一対一の斬り合いが多かった、と言うことはなく、むしろ要人の暗殺などを行っていた為に護衛を含めた一対多の方が多かったと言える。

 剣の腕には人並み以上に自信があったとは言え、その頃は現在のような人並み外れた身体能力も発展した医術も存在せず、かすり傷さえも致命傷になりかねなかった。


 そんな中での一対多――――当然不利なのは隼翔。

 しかしながら、不利だからと言って仕事を放り出すことなど当時の(・・・)彼には選択することさえなく、考えていたのはいかに自分が有利に立ち回れるようにできるか――――ただ、それだけを考えていた。


 だからこそ、隼翔はその頃の経験を生かし、どのような厳しい環境でも、相手に優位な状況でも自分に傾けることができないかを模索する癖がある。

 

 そして今も普通なら砂煙を巻き上げることをしないように気を付けるところを、敢えて巻き上げる(・・・・・)ことにより煙幕として活用する奇策をもって、通常ならばたった一人で立ち向かうことが出来ないような相手と互角、むしろ圧倒し始めている。


「いくら不利とは言えこれ以上は長引かせられないな……さあ、そろそろ終演へと向かおうか」


 まるで今までは小手調べだったと言わんばかりに口の端に獰猛な笑みを宿すと、隼翔は両手に巨大な大剣を構え、今まで以上の速度で髑髏巨人へと襲いかかり始めたのだった

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