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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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たった一人の冒険 3

今さらですが、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 岩石で構成された鋭利な無数の牙。

 それらは並大抵の剣や斧と言った武器から盾程度なら確実に嚙み砕き、それらの扱い手を血肉の塊へと変え、飲み込んでしまうだろう。

 だが、生憎とその牙並ぶ咢にねじ込まれたのは強大な鋼鉄の塊。


「鬱陶しいにもほどがある量だな……」


 縦横無尽に襲い掛かる砂と岩石の鮫型の魔物を相手取りながら、隼翔は呆れたように言葉を漏らす。

 しかしその手が休まることはなく、左右から襲い掛かった鮫の魔物の顎にねじ込んだ強大な鋼鉄大剣を勢いよく抜き、そのまま背後から噛みつこうとしている魔物を真上から叩き潰した。

 

 かれこれ戦闘を開始してから10分以上も両手の大剣を振り続けている。数にすれば大凡100体は優に超えるだろう。

 それにもかかわらず、隼翔の近くを周遊するようにしてどんどんと鮫型の魔物が集まってきているのだ。

 普通ならあまりない状況。それでも絶対に無い、と言い切れないのが地下迷宮である由縁と言えるだろう。


「今はまだ疲れが無いから相手できるが……これ以上長引くとこの先に支障をきたすかもしれないな」


 足元の砂地が急にせりあがったかと思えば、次の瞬間には真下から剣山のような口が容赦なく開かれ、獲物を喰らわんとばかりに閉ざされる。

 しかし、鮮血を振りまくことも血肉を周囲に飛び散らせることも、ましてやその口の中に隼翔が収納されることも無く、納まったのは砂と空気だけ。

 狙われていた隼翔はと言えば、ふわりとした軽い動作で中空を舞い、肩に大双連刃を担いでいる。そして曲芸師のような身のこなしで二刀の大剣を構えると、宙を蹴ったかのようにして加速した。

 ボフン、ときのこ雲のようにして舞い上がる砂塵。その中心では隼翔が右腕に持つ鋼鉄の塊が見事に鮫を串刺しにしている。

 そして空いている左の大剣は手持無沙汰になっている……ということは無く、やはり襲いくる魔物たちを空中で高速で動きながら切り落としていく。



 

 半日近くも地下迷宮に潜り続け、更にこれだけ大剣を振り続けているのだ。どんな上級冒険者と言えど息を切らしていても可笑しくない状況。

 しかし、隼翔の表情に疲労の色は浮かんでいない。それだけ見れば十分に人外の領域に足を踏み込んでいると言っても可笑しくはないが、それでもやはり隼翔の身体はあくまでも人間がベース。

 動き続ければ当然疲労が溜まり、食事を抜けば身体は動かなくなり、眠りがなければ倒れてしまう。

 今は大丈夫でも、それらはいつかは必ず訪れてしまう危惧。だからこそ、隼翔はそうならないようにと考えた上で言葉を漏らす。


「……と言っても地下迷宮ダンジョンと呼ばれるだけあって、休まる暇すらないんだな」


 困ったように眉を寄せながら、地面に突き刺さっている双大剣の片割れを勢いよく抜き放ち、構える。


 ここは地下迷宮。この先待ち構えるのは決して1人では立ち向かうのすら困難な悪鬼の住人や数多の難行。

 当然そこに挑もうとする愚者に安住の地を用意してくれるはずもなく、ジワジワと、時には瞬く間にその体力を、その生命を奪いにかかる。

 

「これ以上は流石に埒が明かない、か。仕方ない……ここは退散しようっ!」


 休まる場所も、食事を摂る場所も約束されていない。

 それなのにこれ以上戦闘を長引かせれば、この先に待ち受ける怪物たちを相手にしたときに万全に近い状態で戦えるとは言い切れない。

 そう結論付けた隼翔は、振り回していた双大剣を腰だめに構えると、地面に向かって力一杯に振り抜いた。

 

 巻き起こった強烈な突風。そしてそれらに付随して目を開けていられないほどの砂塵が勢いよく舞い上がる。


 いくら砂の海を泳ぎ、獲物を感知できる魔物とは言え、彼らが相手の居場所を悟れるのは砂から伝わる振動と微かな匂いによってだ。

 だからこそ、このように砂塵が舞い上がってしまえば魔物たちは一瞬にして隼翔の姿を見失ってしまう。

 そしてその一瞬の隙だけがあれば隼翔はたとえ足元が動きを取られやすい砂地だったとしても容易に姿を晦ますことが出来る。それ故に舞い上がっていた砂が落ち着いた頃にはそこに人の姿は無く、鮫たちは悔しそうにその場を周遊しているのだった。





「ふぅ、とりあえずは姿を隠せたかな」


 一方、砂煙に紛れて姿を消した隼翔はといえば、先ほどの場所から少しばかり離れたところに身を潜めていた。

 そこは悠然と広がる砂の平原の一角に忽然と現れた遺跡のようなとこ。

 崩れた外観。入口と思われる場所には獅子の顔を持つ人形が並び、砂色の煉瓦が積まれた構造はどこか古代エジプトの遺跡を彷彿させる。

 対して内観は外観とは異なって、どこか小ぎれいな印象を覚え、空気に至っても砂っぽさというのがない。


「……流石に敵にならなくても量が多いと一人じゃ辛いな」


 薄暗い建造物内で壁に背中を預けながら隼翔はポーチから出した水筒で喉を潤す。

 珍しくその額には微かに汗を滲ませ、涼みを求めるように黒インナーの襟首を摘まみ、パタパタと煽ぐ。

 いくら建物の陰に隠れているとは言え、この砂海層は高温地帯であり、現在隼翔のいる階層は下手な砂漠よりも圧倒的に気温が高いのだ。その中で片方30kg以上はある大剣を両手で振り回し、剰え10分以上も一人で戦い続けている。流石に疲れないはずがないのだ。


「今が28層……。あと二つ降りれば階層門番のいる層。ここで休むよりは建設的か?」


 懐中時計を開けば、時刻は地上ではもう日が暮れて、既に冒険者たちが酒場で騒ぎ始めているような時間目前。

 普段の隼翔の生活を考えると、そろそろ夕食をとってのんびりとした時間を楽しんでる頃。

 だが、残念ながらここでは恋人たちや友人とそのような優雅な時間を過ごすことは許されない。


 それでも人間として休息を当然のように必要とするのは事実。ましてや単独で地下迷宮ダンジョンに挑んでいる以上、その疲労は他とは比べ物にならない。

 普通にパーティで攻略している時ならば安全に休息をするために交代で番をするという方法が取れる。だが一人の隼翔が安全に休息をとる方法など有って無いようなもの。その唯一と言っていい方法が、階層門番が陣取る部屋で休むというモノだ。

 なぜなら階層門番が陣取る階層というのは、そこの主がいなくなれば凡そ一か月の間隔インターバルを置いて魔物が現れることがないから。

 

 しかしながら普通に考えてそれは現実的とは言い難い。

 階層門番は絶対に単騎で倒すことは不可能と言うのが定説。それこそ、上層域と限定するならSランク以上の冒険者なら単騎でも可能かもしれないが、生憎と隼翔が目指しているのはその先の領域。


「……よし。先に進んで休もう」


 どうするかと逡巡するように頭を悩ませていた隼翔だが、それもほんの少しの事。

 水筒をポーチに仕舞い込むとすぐさま、この建造物の中心にある階段を下っていく。

 その判断は決して、楽観的に階層門番が倒されているだろうという期待を込めたモノではない。

 倒す、あるいは己の糧とする。そういわんばかりに瞳を輝かせながら隼翔は次の階層門番が待ち構える30層を目指すのだった。

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