たった1人の冒険 1
あっという間に忙しい年末。
暇になると思っていた11月は結局時間がとれず、12月も恐らくは……。
それでも頑張って更新したいと思います。……頑張ります
ただひたすらに人気のない地下迷宮内を駆ける。
視界こそ流れるように左右ひいては上下に動いていくが、風景はとりわけ変化がない。固い岩肌、隆起する岩石の地面、そして灰色の世界。
代わり映えするとすれば、それは時おりどこかしらに罅が入りそこに住まう住人が顔を覗かせるくらいだ。
「ふぅ……流石に重みを感じるな」
両手に装備するのは黄土色をした重厚な短剣。
見た目の禍々しさもさることながら、より目を引くのはやはり特徴的な形状をした柄の部分だろう。
握るというよりは指を通すと例えるのが妥当であり、普通なら扱いにくいと文句の一つもつけたくなるような形状。だがそれこそ隼翔自身が求めた形状であり、剣術だけでなく様々な武術に心得がある隼翔の長所をいかんなく発揮できるスタイルを生み出してくれる。
そんな短剣を握りしめながら、しかし彼が重たいと呟いたのは両手に握るソレではなく、背中に背負う巨大な二対の大剣だ。
鋼鉄よりも比重が圧倒的に重いとされる重金属をふんだんに使用したとあり、一本当たりの重さは30kgを優に超える。それが二本。
加えて、それらをつなぎ合わせるように長大な鎖まであるのだ。それらの総重量は隼翔の痩躯を構成する骨や血肉の合計よりも明らかに上回っている。
その超重量武器――――大双連刃はあまり隼翔の闘い方に適したものとは言い難い。
何せ隼翔の戦闘スタイルというのは動きの速度と唯一無二ともいえる刀技を主としている。だが、その重厚な刀身と長大な刃。何よりも技を一切排する、一撃に賭けた戦い方というのは隼翔のスタイルと真逆と称しても間違いでもない。
「早く実戦で試してみたいな……」
岩窟層――――第16層の狭い通路内に響く微かな呟き。
あまり感情を覗かせない瞳だが、今の隼翔はどこかワクワクと新しいゲームでも買ってもらったかのような小学生のように輝かせている。それも仕方ないのかもしれない。
隼翔は基本的にオモチャやゲームなどを買い与えられた記憶はなく、また本人も興味を示した記憶がない。それは殺伐とした世界、血と肉が巻き散った道を常に歩き、死と隣合わせになりながら生き抜いていた記憶と感覚があるせいで、普通の子供としての人格が形成されなかった。
そんな彼が唯一興味を示していたモノ――――それは発展した世界で全自動で動く乗り物と共に生き抜き慣れ親しんでしまった武器の数々だけ。そしてこの世界には、彼の心を震わせるそれらが近くにある。つまり彼の今の心情はというと、歪な童心を呼び覚まされているのかもしれない。
「少しは心を踊らせる時間も欲しいんだけどな……ま、敵が来ないと意味がいないんだけど。とりあえず小休止はこれくらいにして一暴れしながら先を目指すか。時間は有限、あと1日半もすれば帰還しないといけないからな」
何気ない言葉と共に右腕が刹那――――ブレる。
背後から聞こえる短く、汚いうめき声。微かに鼻腔を突く、鉄錆の臭い。
背後に向かって振りぬかれた右手は黄土色の短剣が握られ、その刃先は子鬼の首筋にしっかりと埋まっている。
子鬼としては確実に隙をついた、そうほくそ笑んでいたに違いない。その表情は嬉しそうに歪んでいるし、口元から覗く牙にはびっしりと涎が垂れているのがその証拠だ。だが、子鬼は絶命し、たった今黒煙と化した。
からん、と乾いた音を立てながら子鬼を動かしていたであろう魔石片が地面をたたく。この階層を主に探索している冒険者なら間違いなく拾うであろうソレを隼翔は、しかし興味を示すことなく、両手に持つ短剣を構える。
そんな隼翔を待ち構えていたかのように、狭い通路の壁だけでなく天井や床次々と不気味な声をあげ始め、通路の前後では闇の中にいくつもの食欲に溺れた瞳が集まっていく。
「さて、どこからでもかかってきな。こっちは久々の1人。いつもみたいに手加減なんて野暮ったい真似はしないさ」
浮かぶは獰猛な笑み。普段の迷宮探索では決して見せないほどの凶暴性を感じさせる。
その笑みに充てられたか、あるいは隼翔から発せられる本能を直接警告する殺気に正気を失ったのか。集まり始めていた地下迷宮の住人たちは悲鳴にも似た奇声をあげながら一斉に隼翔に襲い掛かった。
しかし、数分という時間ですらたたないうちにその場所はおびただしい血臭を残して静けさを取り戻していた。
隼翔が向かう先はまだ見ぬ地下迷宮の果て。
もちろんそこまで行くことなど到底かなわぬだろうが、進めば進もほどに強く凶悪になる魔物たちへ期待しながら隼翔は長大な双大剣を背負っているとは思えぬ速度で、更に地下へと進んでいった。




