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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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出発の朝

すいません……本当に時間がとれなくて……。

全然書いていないので、文も酷いし……一応頑張りますので読んでいただけると嬉しいです。

 スヤスヤ、と心地よさそうな寝息。

 ここ数日の秋模様の影響か、少しばかり肌寒さを感じ始めるようになったのだが、ベッドで身を寄せ合い川の字で寝息を立てる少女たちの装いは薄手。ましてや体に掛けているのは羽衣のような軽いブランケットだ。男からすれば少しばかり目に毒のような光景がそこには広がる。


 中央で寝るのはひさめ。

 前日の予選の試合でよほど心身ともに疲弊していたのだろう。その寝顔は安心しきっており、一向に目覚める気配など感じさせない。


 そんな少女を左右から挟み込み、抱きしめているのはフィオナとフィオネの双子姉妹だ。

 元々体温が高い獣人族だけあり、その恰好はひさめ以上に軽装で薄い。だが、その格好だからこそ、三人で固まって寝ていても暑苦しさは無く、むしろ心地よく誰もが朝日を少しばかり覗かせ始めた時間になっても目を覚まさないのだろう。


「よく眠ってるみたいだな」


 カーテンの合間からうっすらと漏れ始める朝日が照らし出す一つの人影シルエット

 三人の少女が眠ると少しばかり狭いベッドの端に申し訳ない程度に腰を掛け、あどけない、女性からしてみれば人に見られるのは少しばかり憚られる寝顔を観察している人物こそ、この屋敷の主人であり、加えるなら少女たちの恋人でもある隼翔だ。

 だからこそ、こうして少女たちが寝る部屋に侵入していても問題はなく、感覚が鋭いフィオナやフィオネに気づかれることなくこの場に入れるのだろう。


「……なんだかこうして見てると、三姉妹みたいだな」


 一人ひとり、優しい手つきで少女たちの髪を撫でながら、隼翔はふとそんな言葉を漏らす。

 決して容姿や髪の色が似ているというわけではない。それでも3人で身を寄せ合いながら安心した寝顔を浮かべている姿はどことなく三姉妹のように感じるのだ。


(ある意味では家族だから、この感覚もあながち間違ってはいないか?)


 隼翔の恋人であり、将来的に伴侶となれば当然扱いとしては家族。そう考えるならばおかしくはないとは思うが、恐らく隼翔の考えたことを三人が聞いていれば間違いなく蕩けたような表情を浮かべたに違いないだろう。


「「うぅーん……」」

「おっと、悪い。起こしちゃったか?」

「……ハヤト、さま?」


 撫でられているのが心地好かったのか、隼翔の手が離れるのと同時にモゾモゾと動き出した双子姉妹。

 うっすらと開く瞼の奥にはぼんやりと焦点の合わない碧の瞳。それでも大好きな人の優しげな顔が見えたからなのか、ハッキリとした口調で、揃えて愛する人の名前を呼ぶ。


「おはよう。フィオナ、フィオネ」


 同じ動作、同じタイミングで目元を擦り、くぁーっと可愛らしい欠伸を漏らす姉妹の替わらない仲の良さに隼翔はいつも以上に眦を下げながら、ひさめを起こさないようにと配慮して、小声で二人に挨拶をする。

 

「おはようございます、ハヤト様」

「寝過ごしてしまいましたか?」

「そんなことはない。今日は休みにするって言ってただろ?」


 未だに夢心地の中をさ迷っているひさめを起こさないようにとフィオナとフィオネはゆっくりと布団の中から這い出ると、そのままベッドの上に可愛らしく座り、ぺこりと挨拶を返す。

 そのまま、姉妹は揃った緩慢な動きでカーテンが閉まる窓に視線を向け、大まかな時間を推測して寝過ごしてしまったのかとこてんと首を傾ける。

 確かに、これが地下迷宮探索を予定している日であったなら少しばかりの寝坊とも言える。だが今日は隼翔の言葉からも分かる通り、地下迷宮探索は休みの休日だ。さらに正確に言うならば、ひさめの本戦出場期間中はずっと探索は休み。

 つまりフィオナとフィオネ、加えて未だに寝息をたてているひさめは惰眠を貪っていたということにはならない。だからこそ、隼翔は小さな苦笑いと共に優しくかぶりを振って見せた。


「だからもう少し休んでいていいぞ。俺は出かける前に三人の顔を見ておきたかっただけだからな」

「「でしたらなおさらお見送り……」」


 しますよ、と力強く言葉を続けようとした姉妹だが、その唇を隼翔がそっと塞ぐ。もちろん方法はロマンス溢れる己の唇で……ではなく、当然ながら両の人差し指で、だ。

 

「ひさめがまだ寝てるからもう少し静かに、な?」


 ぴと、っと瑞々しい唇に触れていた人差し指を離す隼翔。

 その行動はどこかキザっぽさが見受けられるが、フィオナとフィオネは寝起きにも関わらず頬を真っ赤に染めて小さく首肯くことしかできない。


「さて、と。本当はひさめの特訓に付き合いたいけど、俺がいると余計に張り切ってしまうからな。無理しないようにしっかりと見守ってあげてくれ……本選の前々日――――四日後までには戻るから」

「わかりました……」

「ですがハヤト様も決して無理をなさらないようにしてくださいね。本来単独で深層域に挑戦するなど無謀なことなのですから」


 心地良さそうに寝息をたてるひさめの髪を撫でていた隼翔だが、その手をゆっくりと名残惜しそうに離すと、そのままベッドから立ちあがり装備を確かめていく。

 そんな隼翔の姿を見て、双子姉妹は声を僅かに震わせながらにぎゅっと胸の前で両手を握りしめる。

そう、隼翔はこれから単独・・で地下迷宮の深層へと足を踏み入れるのだ。


 本来ならば本選への出場資格を手にしたひさめの特訓の時間を割く予定だったが、昨日の予選での疲労具合と少女の性格を考慮して当分の間は休養か軽めの特訓としたのだ。

 彼の言葉からもわかる通り、心情的には隣で見守り、特訓をしてあげたい。だが、どうしてか隼翔が近くにいるとひさめは普段以上に張り切ってしまう。もちろん、強めに休めと言えば従うが、隼翔としても命令的に言うのはあまりしたくないのだ。

 そのような理由から隼翔自身もまた鍛練になると考えて、少しの間地下迷宮の深層へと赴くことを決断したのだ。


 通常単独で深層域へと挑戦するなど正気沙汰ではない。何せどんな上級冒険者でも区切られた階層毎に存在する頂点であり、最後の関門である階層門番ゲートキーパーを単独で撃破することは困難を極める。加えて、深層への挑戦は日を跨ぐこととなり、必然的に地下迷宮内で世を明かす必要が出てくるのだ。

 集団ですら十分な休養がとれないと言うのに、ましてや単独となれば睡眠などほとんど取るのは難しく、環境も過酷で人を拒むような世界だ。

 何度でも言うが、とても正気沙汰の判断とは思えない。


「安心しろ。ちゃんと帰ってくるよ」

「……はい。信じていますね」

「ですからちゃんと帰ってきてください」


 それでも力強く視線を向けられてしまえば、双子としても拒むことは出来ず、ただ彼の力と無事を信じるしかない。

 

「じゃあ留守は頼んだ……行ってきます」


 装備の見直しを終えた隼翔はそのまま、フィオナとフィオネに向き直るとゆっくりと近付き、今度こそ口付けを交わした。

 少し長めの口付け。それはまるで隼翔自身の寂しさ・名残惜しさを表しているようにも感じられる。

 それでも意を決したようにゆっくりと離すと、あとは言うべきことはないとばかり振り替えることなく隼翔は彼女たちの部屋を後にして、玄関へと向かった。



 玄関の戸口を開ければ、澄んだ冷たい空気が肌を撫でた。

 空はまだまだ暗く、完全な夜明けまでは時間がかかりそう。もうすっかり秋の訪れを感じられる。


「……さすがに静か、だな」


 闘武大祭の開催期間とあり、地下迷宮へと挑戦する冒険者はかなり少ない。

 そして何よりも一度闘武大祭の熱量を肌で感じてしまうと、この早朝の静けさがより際立って感じられる。その感覚はどこか楽しい夢から現実へと戻った時の感覚に近いかもしれない。

 そんなことを考えながら隼翔は敷き詰められた石畳の上を歩き、離れの工房の前を通りすぎようとすると、不意に待っていたかのようにとその扉が開かれた。


 表れたのは目の下に巨大なクマを拵えたクロード。

 よくよく見ると、この涼しさなのに汗を大量に流し、彼の一帳羅とでもいうべき作業着は汗で変色している。


「……よう。もう行くのか?」

「ああ。……それより大丈夫か?その格好を見るに一晩中鎚を振るっていたようたが……」

「なに、休みだから問題ない。それよりもお前の専属鍛冶師なんだから、お前に武器を渡せない方が問題だ。ほら、一応前に頼まれていたアレ、大双連刃だいそうれんじんを完成させておいた」


 見た目こそ、今にも倒れそうだが、その言動には力強さとクロードの信念が宿っている。

 その鍛冶師としての根性に隼翔は少しばかり目を見開いていると、クロードが工房から重そうな動作で1対の大剣を持って出てきた。

 それは数ヶ月前に隼翔が頼んでいた特殊な武器。

 重厚な刀身。刃渡りは身の丈ほどあり、形状としては包丁に近い。圧倒的な耐久性を兼ね備えるのは見てわかるが、同時にその重さは見た目以上であり、製作者であるクロードが持ち出すのに苦労するのも頷ける。

 何よりも特異的なのは二刀一対だと言うことを示すように、柄の部分が鎖で繋がれているということ。その鎖は今でこそ片方の大剣の柄にびっしりと巻き付いているが、外せば10mはありそうだ。


「全く無茶をする……だが、助かったよ。大切に使わせてもらう」


 寝ずに打ち続けるという無茶に多少のお小言を漏らすが、口の端に浮かんでいるのは確かな笑みだ。

 やはり隼翔も新しい武器というのには心が踊るし、なによりも信頼できる男が打った剣の重みに喜びと心強さを感じているのだろう。


「俺はハヤトの鍛冶師だからな。常に最高の状態にさせるのが仕事さ……んじゃ、俺はそろそろ休む。無理せずにしっかりと帰ってこいよ」

「ああ、行ってくる」


 対応こそどこか冷たくも感じられるが、それは単なる照れ隠しのようなものだ。クロードとしてもやはり隼翔の実力を疑っていないが、やはり心配で仕方ないのだ。

 そんな親友の気持ちを組んだ隼翔は彼に合わせるようにして、短くも力強い返しをすると、そのまま新たに受け取った一対の大剣――――銘を大双連刃だいそうれんじんを背負いながら、屋敷に戻るクロードを見送った。

 そして彼が屋敷の中へと消えたところで、隼翔はくるりと踵を返した。そのまま地下迷宮へと出発しようとすると、ふと背後から誰かの駆ける足音を耳にする。


(ん?クロードが何か忘れたのか?)


 隼翔の脳裏に過ったのは先程までいた親友の姿。

 クロードが何かを工房に忘れた、もしくは隼翔にたいして何か言伝的なことをし忘れたのかと考えた。

 しかし、実際振り返える寸前で、それがクロードではないと気が付いた。

 

 何せ突然抱きついてきたのだ。いくらクロードが情熱的な性格とは言え、そんなことをするはずはない。

 ましてや身体から伝わる感触というのはとても柔らかく、ふんわりといい香りが漂ってくる。


「……ひさめ?どうしたんだ?」


 そう、走って抱きついてきたのは先程まで心地良さそうに寝ていたひさめだ。

 そうと分かり、安心した隼翔だが、ふと疑問を抱く。

 普段の彼女ならあまりこのような情熱的な行動はしない。何せ、彼女の性格は控えめでお淑やか。隼翔とのスキンシップ一つ一つに緊張してしまうような性格だ。

 それなのにこんなにも真っ直ぐなスキンシップは初めてで、隼翔少しばかり困惑してしまう。


「い、いえ……その、か、彼女として……しっかり、見送り、たくて……。でも、どうしていいか、その分からなくて……えっと……」


 だが、ひさめの困惑ぶりは隼翔以上のものだ。

 今の行動もただどうするべきか分からず、本能的に抱きついてしまったものらしい。そんな可愛らしさに隼翔は思わず笑みを溢すと、そのままひさめの顎に指を添え、くいっと視線を合わさせる。

 思わずミーティング硬直させ、顔を真っ赤に染めるひさめ。やはりその反応は彼女らしいもので、隼翔は心の内で静かに安堵を漏らすと、ゆっくりと瑞々しい唇に唇を重ねた。


「ならばこれで十分だ。ひさめもしっかり休んで英気を養っておけよ」

「は、はぃ……」


 ゆでダコを通り越して、頭から湯気をたたせるひさめに笑いかけながら隼翔はようやく軽い足取りで地下迷宮へと出発するのだった。

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