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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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陰謀の渦と直感

なかなか更新できずに申し訳ありません。

一応時間があるときに書いてはいるんですけど、なにぶんまとまった時間がとれなくて……頑張ります。

「これはわざわざ予選を見に来た甲斐があったな」


 楕円形に近い観客席の一角にある貴賓室。

 そこいるのは各国からの重鎮や貴族、豪商、そして最高ランクの客と言えば海峡の垣根を超えて訪れた帝国の第三皇女だろう。

 全員が全員、国や己の商会を背負っているとあって予選の試合であろうとも空席にしている者はいない。

 何せ、ここで他国との繋がりを深めたりまた新たな知遇得たりと、彼らにとっては最高の場所でもあるのだ。そこを蔑ろにするような愚か者がいるはずもない。


 対して、ちょうど貴賓室が並ぶ場所の反対側の一角は相反するように空席が目立つ。

 もちろん一般の観覧席は満席どころか立ち見すらもいるほどなのだが、一定以上の実力者たちのために用意された場所は半分ほどが空いている。

 そこは言うなれば冒険者軍勢(ユニオン)や傭兵軍団(レギオン)専用の個室だ。

 当然そこに座ることができるのは相応の実力者や軍勢のみ。そして彼らが闘武大祭を観戦する目的は主にスカウトなのだから、わざわざ予選の初日から観戦しようとする真面目な者は多くない。

 ましてやそれが白金や星金の等級を授けられた軍勢ならなおのことだろう。それゆえに《万物不倒》や《秩序の天秤オーダー・ジャッジメント》といった世界的に知らぬ者はいないと囃されるほど二つ名を持つ者の姿は見えない。


「そうですか、団長?私としては面白味に欠ける試合だったと思うのですが……」

「ンー、確かに君たちアマゾネスや戦いを生業としている冒険者としての観点から見れば面白くはなかっただろうね。だけど、僕個人としては非常に興味深いモノだったよ」

「……それはあの少女が例の彼のパーティーメンバーだから、ですか?」


 だが、例外的に都市最強の代名詞の一つとも言える二つ名を持つ人物がその一角にある巨大な個室にはいた。

 ある意味ではいるだけで舞台よりも注目を集めてしまう人物。

 見た目こそ愛らしくまるで子供のような純真さを垣間見せるが、その実中身は化け物と言っても過言ではない。その人物こそ《勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)》こと、フィリアスだ。

 多くの観客たちが詰まらなそうに表情を曇らせ、罵詈雑言を小言のように漏らす中で、彼は少数の意見として"興味深い"と第二試合を総括して見せる。

 果たして何が興味深いのか、そこいらの有象無象だけでなく彼の率いる軍勢ユニオン夜明けの大鐘楼(グランドベル)の幹部であり、半ば周囲からは側近として見られているアマゾネス――――スイにも理解できないようで、自信なくどこか不満気のある口調で推測を口にする。

 彼女の脳裏に過るのは一人の男。氏素性も詳しく知らないし、名声もほとんど皆無のような存在で、ここ最近では力のない冒険者たち(・・・・・・・・・)の間では弱者の代名詞として名が上がり始めているような人物。

 だが、何度か直接会ったことのあるスイはそんな愚かに侮るような真似はしない。力の底は見えないし、ましてや戦っても勝てないと本能が叫ぶような相手だ。フィリアスに向けるような敬意とは異なるが、それでも最大限の敬意と警戒を無意識に抱いてしまう。

 それでも好意を持つフィリアスが楽し気に語る姿を見て、良しと思えないのは恋する乙女ゆえの感情だろう。


「まあ、それもあるかな。ハヤトの武器である刀と呼ばれる剣を持っているみたいだしね……弟子か何かなのかな?」


 嫉妬めいた視線を向けるスイに対して、フィリアスは気が付いていないのか愉快そうに疑問を口にする。

 普段の理知的な振る舞いとはまるで違う、子供のような所作。それを見ることが出来るのはスイにとっても胸キュンポイントなのだが、それが他人ましてや男に引き出されているとなれば心境は複雑怪奇になってもしかない。

 

「す、スイ姉!?凄く痛いゾっ」

「うん、スイ姉!?ちょー痛いっ」


 どこからか上がる苦悶と危機感を覚える声。

 チラッと視線を落とせば、スイの膝の上には彼女と似た容姿をした幼い妹たちが目を見開き、微かに体を震えさせている。

 地下迷宮ダンジョン探索の時こそ厳しい長女スイだが、私生活では厳しさはなく優しい姉として次女シリ三女シノを可愛がっている。

 今も観戦に飽きた妹たちをやれやれとしながらも、膝の上に寝転ばせ優しい手つきで髪を梳いていたのだ。

 妹たちもその姉の手つきや優しさに安心して猫のように丸くなり眠っていたのだが、不意に爪が立てられ、頭皮が削られるような痛みを覚えて飛び起きた。そして、視線を上げればそこには何とも言い難い表情をした長女。文句ではなく、危機感を募らせる言葉をもらしてしまっても仕方ないだろう。


「す、スイ!?二人とも凄く痛がってるみたいだよ!?」

「……あら?二人ともごめんね」

「……だ、大丈夫……だよネ、シノ?」

「う、うん……ちょー大丈夫……シリ?」


 敬愛する団長に教えられ、チラッとスイが視線を落とせば、そこにはガクリと頭を垂らす次女シリ三女シノの姿。

 思わずやってしまったという表情を浮かべるスイだが、すぐに何事も無かったかのように再び妹たちの髪を優しく梳き始める。少しばかり薄情なようにも思えるが、シリとシノはアマゾネスと言うこともあり頑丈で、元来より能天気な性格だ。すぐさま気持ちよさそうに寝息を立て始めているのが何よりも良い証拠だ。

 その姿に心配そうに声を上げていたフィリアスも当然のように苦笑い。


「すごく楽しそうっすね、団長」

「……あはは、まあ楽しいと言えば楽しいかもね。君はどうだい、フロド?」

「ぼ、僕っすか!?い、いや……まあ、楽しいと言えば楽しいですけど……」


 フィリアスたちのいる場所は、彼らのために用意された部屋だ。当然とても広く、彼が率いる軍勢ユニオンメンバー全員が入っても余裕があるだけの空間がある。

 だが生憎と室内はがらんどうとしており、そこにいるのは両手で数えるほどの人数しかおらず、上級幹部に至ってはアマゾネス三姉妹の姿しかない。この様子からも分かる通り、フィリアスの個人的な趣味としてこの場を訪れていることがよく分かる。

 その趣味に恋する乙女であるスイが同行するのは当然としても、姉に懐いているシリとシノを除いて本来であれば他の面々は一緒に観戦する必要はないのだ。そんなあまり良い言い方ではないが、暇を持て余したあるいは稀有な趣味の持ち主の一人である団員の男が珍しそうに独り言を漏らした。


 小さい体躯と相応の主張のない態度。服装に至ってもあまり目立ったモノは無く、一言で表現するなら普通が似合う。この空間で唯一同じ種族であるフィリアスと比べてしまえば、彼の存在など空気のように霞んでしまう。

 彼の名をフロド・バンズ。冒険者としての歴もそれなりに長く、階級ランクもBと上級冒険者の一員なのだが、残念なことにあまり存在感が無い。当然フロド自身もその存在感の無さに悩みを覚えつつも、どこか達観したように諦めており、今も独り言が誰にも聞かれることはないと半ば確信したように漏らしていたのだ。

 しかし、驚いたことに彼の独り言はこの空間ひいては都市全体を見ても太陽のように存在感が際立つ男には届いていたらしく、フィリアスは気軽な口調でフロドに聞き返した。

 思わずフロドは瞠目しながら声を上ずらせる。そこには団長であり、小人族としても尊敬を抱く男に話しかけられたという畏怖と純粋に気が付いてもらえたことへの喜びが見え隠れしてる。


「楽しいなら良かったよ。まあでも今回は本当に僕の私的な観戦だから、帰りたければいつでも帰って大丈夫だよ。シルヴィアやソーマなんかは地下迷宮に潜ってるみたいだし、他の面々(みんな)も自由に行動しているからね」

「りょ、了解っすっ!!」


 ビシッと惚れ惚れする敬礼をして見せるフロド。


 小人族ホビットの特徴は何か、と問われれば誰もが口を揃えて"小さい"と答えられてしまう。

 誰にも平等に厳しいが故に、そのような評価が当たり前の認識として浸透してる世界。だからこそ、小人族はたった一人の男が現れるまで不遇の一族と周囲だけでなく、それ以上に小人族ホビットたち自身が強く思い込んでいた。

 その思い込みが小人族自身をより追い込み、表舞台にも歴史にも彼らの名が挙がる機会が減り、長らく衰退の一途を辿っていた。それをたった一人で覆して見せた男――――それがフィリアスだ。

 彼の登場により世界中で小人族に対する認識が覆り、同時に小人族ホビットたちにも活気と繁栄を与えた。言うなればフィリアスとは小人族にとっては生きる英雄であり、種族のしるべであり、希望の星だ。


 当然フロドが向ける眼差しは、スイが抱く敬愛の眼差しとはまた違い、同じ小人族ホビットでありながらも最強と言う名の冒険者のいただきに立つ男の小人でありながら、小人でない巨大な背中(・・・・・)への純粋な崇拝憧れからくる行動だろう。


 団員の、しかも同族がそのような視線を向けてくれることはフィリアス自身も嬉しいことであり、「みんなも好きにしていいよ」と声をかけながらえくぼを作っている。


「相変ワズヨナ、団長」

「ん?やあ、ミック。見事な隠密ハイドと侵入だね、惚れ惚れするよ」


 そんな和気藹々とした和やかな空間に突然響いた、少しばかり聴きづらい静かな声。

 和やかな手つきで妹たちの髪を梳いていたスイはすぐさまトンファーに手を伸ばし、他の団員達もそれぞれが己の武器に手を掛ける。

 その一瞬の動作は流石最強の一角と謳われるだけの軍勢だけはある。もちろん例外的に未だに長女の膝の上で猫のように寝ている姉妹シリとシノもいるが、ある意味ではその胆力も流石と言っておこう。

 ソレはともかくとして、一転して少しだけ(・・・・)張り詰めた空気が漂い、団員たちが声の主の場所を探るように視線を動かしている中で、フィリアスだけは一切変わらぬ笑みと物腰で唯一の出入口である扉の横へと視線を向けて声をかけた。

 当然そこにあるのは壁だ。最高ランクの軍勢のために用意された室内とあり防音性は高く、それでいてそれを感じさせない豪華な壁紙が貼られている、単なる壁。

 しかし、未だ寝ている姉妹を除いて全員がそちらに視線を向けると、空間が揺らぎ人影が現れた。


 緑黄色の短髪と一般的な冒険者の体格。パッと見は人間そのもの。

 だが瞳は縦に長く、頬や帷子かたびらのような衣服から覗く腕には堅牢な鱗が見て取れる。

 少しばかり青みががかった肌色。口元から覗く歯は鋭く、舌も長い。

 彼は人族・亜人種の中でも中々に珍しい爬人族レプティルだ。その源流には人族と龍族のハーフだという説があるが、最強種と恐れられる龍族ほどの戦闘力も防御力も稀有性も有してはいない。

 代わりに彼が持つのが、擬態と言う能力スキル。これは先ほどの事例からも分かる通り風景に溶け込むことが出来るという稀有な能力であり、通常ならばほとんどバレることはない。現に上級冒険者として名を馳せているスイですら気が付かないほどなのだから。


「ちょっと、ミック(あんた)!いつも思うけど、もう少し普通に現れることできないの!?」

「フン、我ノ気配ヲ感ジレナイ主ガ悪イ。ソレト、団長。当タリ前ノヨウニ気ガツイテイタ者ニ誉メラレテモ、喜ベンノダガネ」

「そんなことはないよ。君のその力は本当に見事なんだから……それで、頼んでいた仕事の方はどうかな?」


 トンファーを仕舞いながら、スイは突然現れた男に激しく噛みつく。それに対して興味無さそうに鼻を鳴らす男はスイからすぐさま視線を外し、一切驚いた様子も見せない上司に恨めしそうに睨む。

 不満げな空気を発する爬人族の男――――ミック・カメオン。彼は冒険者としての階級こそBだが、その戦闘能力はあまり高い方ではない。

 その代わり擬態を駆使した奇襲や情報収集を得意としており、そこに誇りと自負を持っているのだが、どうしてかフィリアスは彼の擬態を見抜くことができてしまう。

 その事がミックにとっては不満で仕方ない。しかし、その不満を受けた上で朗らかに微笑まれてはミックとしても折れるしかなく、シュロとため息変わりに舌を揺らし、上司の質問に粛々と答える。


「……アア、滞リナク完遂シタ。団長ノ読ミ通リ、アノ男ハヤラカス腹ヅモリノヨウダ。コレガ詳シイ報告書ニナル」

「……ありがとね、ミック」


 手渡された数枚の紙束。 

 書き込まれる文字こそ、この世界の共通言語だから読むことはできるが、それを文として読み解くことが出来るかと言われればすぐさま首を横に振ってしまう。それほどまでに書き記されている文は繋がりが無いのだ。

 しかしフィリアスは少しだけ用紙に視線を落とすと、すぐさま何かを理解したように金色の瞳を光らせ、紙束を手渡した張本人に静かに謝辞を伝えた。


「何が書かれているんですか、団長?」

「ンー、簡単に言うならとある大罪人の悪巧み、かな?」


 ひょい、とフィリアスの真横から覗き込むスイ。

 敬愛する男性の横顔に自ら数センチの距離までに迫ったのだが、やはり恋する乙女は盲目で純情なのだろう。健康的な小麦色の肌を仄かに茜色に染め、その視線は彼の持つ用紙と敬愛する男性の横顔と半々といった感じだ。

 一方でフィリアスはと言えば、彼女が近くにいることには馴れているのか、特に緊張した様子はなく、淡々と普段通りの口調でスイが呈した質問に答える。


 普通なら彼の口にした言葉にギョッと目を見開くのが正常な反応だ。

 しかしながら、そこは流石恋する乙女。泰然自若としたフィリアスの態度に余計恋心を擽られ、うっとりとした視線で横顔を眺め、まるで話を聞いていない。


「えっ!?本当っすか!?ってか、よくそんなこと突き止めましたね!?」

「ああ、本当にミックには感謝してるよ……って、もういないね」


 だからこそ、この場に空気のような存在感で、特に目立った特徴がないフロドがいたことは大きな役目を果たしていた。

 何せフィリアスの率いる夜明けの大鐘楼(グランドベル)は最強の軍勢ユニオンの一つと数えられるだけあり、一癖も二癖もある面々が揃っているし、彼が対峙する相手や付き合いをする人々もまた同じように人外と呼ぶに相応しい性格や腹黒さ、胆力や純粋な力を秘めている。

 当然それらをまとめ、時には向き合う彼自身も同じように人外へと変貌してしまうだけに、なかなか世間一般で言う当たり前という反応に出会でくわす機会はないのだ。


 そんな中でフロドの誰でもするような当たり前の驚き方と可もなく不可もない当たり前の質問は幾ばくかの安寧と濃すぎる日常を融和してくれる感じがする。

 それゆえにフィリアスは心の中で小さく当たり前さに感謝しながら、口では情報を探ってきてくれた男に謝辞を述べた。

 だが、謝辞と一緒に視線を向ければ当然のようにミックの姿はない。だが、これが彼にとっての世間離した日常の当たり前だ。そのことに僅かな苦笑いを浮かべながら、フィリアスは言葉を続ける。


「本当に彼が仲間で良かったよ……まあ、それは置いておくとして、現状いまはこっちだね」

「……悪事を突き止めたということは動くんっすか?」

「生憎と僕は正義の味方を目指している訳じゃないからね……本来なら面倒ごとには首を突っ込みたくないんだが」


 ぴょこん、と不自然に逆立つ一房の金髪。

 舞台上ではいつの間にか第三試合が佳境を迎え、5人の参加者たちが二つしかない数少ない椅子を懸命に奪い合っている。

 フィリアスはその様子をぼんやりと見つめながら、空いている左手で逆立つアホ毛を触る。

 チクチク、ユサユサと動き、何かを必死に伝えようとしている。


「はぁ……どうやら動いた方がいいらしいね。何よりも少しばかりの因縁があるし、一番はやっぱり彼との関係を繋ぐためかな」


 果たして直感は何を警告しているのか。

 動かないことによる都市への被害か、それとも彼へと直接的な損失か……あるいは――――。

 何にせよ動く必要があることは確か。そのことに少しばかりのため息を漏らしながら、彼は紙束を懐に仕舞い込み、残りの予選を楽しむのだった。

なぜか新キャラがぞくぞくと……


風邪だけはひかないようにしてください。作者も地味に苦しんでいるので……

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