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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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帝国からの客

少しだけ余裕ができたので投稿します。


 舞台上には続々と参加者たちが登壇していく。

 彼らは皆、第三試合の参加者たちであり、その面持ちは緊張半分待ち遠しさ半分というような感じで集中しているのか、観客席に漂う異様な空気感には気が付かない。


 そんな第三試合の参加者たちをよそに、観客席ひいては第二試合の結末を見ていた者たちの大半は未だに唖然あるいは悄然としている。

 ある者は第二試合の結果に不満を募らせ、別の者は癇癪を起したように喚き散らす。

 そのほかにも茫然とする者や何が起きたのか不思議と言わんばかりに表情を歪ませるなど反応は様々だが、往々にして結果に、さらに踏み込むなら勝ち残った一人に対して称賛の声を上げる者は少ない。


「ふむ。中々に愉快な試合ではあったが……お前がそこまで興味を示すとは些か意外だな、レヴァナント」


 数少ない称賛と言うよりかは愉快そうに言葉を漏らすのは数ある観客席の中でも、最高ランクの招待客しか座ることが許されない貴賓席とでもいうべき、隔絶された個別の室内にいる女性だ。

 菫色の羽扇を口元に広げる姿は気品漂い、身に纏うドレスは美麗かつ優美ながら、どこか力強さを示す質素剛健さも兼ね備える不思議なデザインだ。

 羽扇の上から覗く切れ長の目。瞳は理知的な杜若色で、ドレスを着飾る姿からは正しく貴婦人という感想を抱くはずなのだが、どうしてか漂う雰囲気は麗人という言葉がしっくりくるような不思議な人物。

 指には彼女の出自をありありと示す"紫陽花と双頭竜"を模した指輪が嵌る。それは海峡の向こうの大陸にある最大の国家――――アマスタチア帝国の国旗だ。

 彼女こそ、アマスタチア帝国より来訪した客人、帝国の血筋を受け継ぐ第三皇女――――ウィスティリア・アマチスタだ。


 古来よりアマスタチア帝国は武力により国土を広げてきた軍事国家であり、現在でも領土を拡大のため話題に事欠かない国として知られる。

 そのため兵一人ひとりの錬度はかなり高く、騎士というジョブを発現させる騎士団員に至っては上級冒険者と同等あるいは上回るほどとまで言われるほどだ。


 当然のことながらその頂点に立つ皇族たちも武芸の嗜みは心得ており、古来より戦においては最前線に皇族が立っていたなどと言われるほどの猛者を生み出す血筋である。


 だが、件のウィスティリア第三皇女はどちらかと言えば武芸の人ではない。もちろん並みの武芸者には劣らないだろうが、あくまでもその程度。

 代わりに彼女に備わっているのが、智謀の才。 

 戦場の空気を読み、相手の謀略を打破するだけでなく、他者の機微についても物凄く聡のだ。

 その才覚があるからこそ、彼女は背後に控える老執事の普段とは僅かに異なる雰囲気について用意に察することができた。


「相変わらずウィスティリア様には隠し事は出来ませんな……」


 感嘆したように息を漏らしながらも、尽くすようにカップに注いだ紅茶をウィスティリアに手渡す老執事。


 老執事とは表現しているが、彼の放つ雰囲気はとても枯れた者が放てるような存在感ではない。

 結わえられた白髪は彼の人生の苦労を示してるようで、顔に刻まれた皺はまるで戦場を潜り抜けた勲章のよう。

 片眼鏡モノクロームに隠れた眼差しは一見すれば、慈愛溢れるように感じるが、ある程度実力があれば未だにその瞳が煌々と燃え盛っていることに気がつける。

 何よりもその体躯は腰が曲がることなくピンと伸ばされ、決して衰えを感じさせない逞しさあるいは老練された力強さを放つ。

 見る者が見れば、間違いなく警戒してしまうその人物に、年若い皇女は一切の物怖じをせずに言葉を続ける。


「貴公は母上の護衛執事とは言え、幼少の頃より世話になったからな、良くわかる。それに私には流れを読む力があるから当然だ」

「さすが、あの方を母に持つだけはありますね」

「ふっ、世辞はいい。ソレよりも貴公が興味を示したという理由が私は気になる……別に惚れたとか言うわけではないのだろう?」


 冗談めかしに片目を閉じて訪ねるウィスティリアに、老人は気分を害した様子はなく、淡々と否定する。


「それはありませんよ、私は妻一筋ですから」

「そうだったな……して理由は?」

「いえ……ただ、あの少女の戦う姿が私の娘の姿と重なりまして……」

「ああ……先代の"帝剣"。歴代でも郡を抜いたと言われる帝国の剣か」

「そのような評価頂けて、娘もきっと喜んでいるでしょう」


 執事らしい一礼を見せながらも、彼の意識は第2試合を勝ち残った1人の少女と重なる誰かの影に向けられる。

 決して容姿が似ているわけではない。戦い方が似ているわけではない。それなのに、老執事――――レヴァナントの灰色の瞳には娘の姿が写ってしまう。


「私は残念ながら先代の帝剣と会うことは叶わなかったのだが……それほどまでにかの娘は似ているのか?」


 一礼を終え、頭を挙げた老執事の瞳を覗き込むように、ウィスティリアはハリのあるハスキー声で疑問を口にする。

 ウィスティリアとしては容姿が似ているとはどうしても思えない部分がある。

 帝国は侵略の繰り返しによって形成された大国のため、多民族国家だ。そのため当然様々な肌の色、髪色、人種などが入り乱れているのだが、黒髪・黒目という人種は稀有と言ってもいい。

 ましてや、レヴァナントという老執事は代々帝国に仕使える一族の血筋だ。そこに黒髪黒瞳の人間が産まれるなど想像できない。

 つまりウィスティリアが訪ねたいのは、容姿などではなく何が似ているのか、という部分なのだ。

 そして答えるべくレヴァナントが口を開こうとしたところで、この室内にいるもう1人の人物が機先を制するように口を開いた。


「皇女殿下。残念ながらあの娘と先代の帝剣が似ているなどあり得ないでしょう」

「……どういうことだ、ローゼス?」


 杜若色の髪を揺らすウィスティリアの視線の先にいるのは栄えある鎧と青のマントを靡かせる騎士。

 整った容貌。力強さと柔らかさを兼ね備える目元は多くの女性を虜にするに違いなく、程よい長さの金髪はサラサラとしていて清潔感が漂う。

 腰に携える直剣は長さこそ普通だが、柄には帝国の紋章が刻まれ、放つ雰囲気はどこか神聖めいたものがある。

 彼は第三皇女たるウィスティリアが所有する騎士団"青海"の副団長である近衛騎士――――ローゼスだ。


「私も残念ながら先代の帝剣にお目通しは叶いませんでしたが、その勇猛さは聞き及んでいます。曰く、たった一振りで千もの大軍を押し退け、真なる斬撃は地すらも裂いたと言われています。もちろんレヴァナント殿が実力と言うと意味で姿を重ねている、とは思いませんが……それでも似てはいないでしょう」

「確かにローゼス殿の仰る通り。身内自慢に聞こえてしまうかも知れませんが、あの少女と娘ではあまりにも実力が解離し過ぎています」

「ならば、何を以てしてお前は姿を重ねているのだ?」


 容姿でもなければ、実力でもない。

 他にどの要素を重ねているのか。ウィスティリアは純粋に気になっているのか、理知的な瞳で見定めるように老執事を見据える。


「……そうですね。一言で表現するなら"優しさ"でしょうか」

「優しさ?」


 一拍置いて、返ってきた答え。

 舞台上ではすでに第三試合が始まり、熱狂の渦が前の試合の結果を呑み込み、会場全体が盛り上がり始めているのに、どうしてか三人のいる貴賓室は冷静な空気が流れている。

 その中で首を少しばかり傾ける皇女とその騎士に説明するように、老執事は過去を思い出すように目を細めながら、言葉を続ける。


「あの子は本当に優しさ子でした。花をで、動物と戯れ、魔物とすらも心を通わせる。そんな優しい娘でした。だからこそ、"帝剣"という名誉ある職業に選ばれた時は誇りに思うと共に、同じくらい苦悩しておりました」


 "帝剣"とはアマスタチア帝国における最強のつるぎ

 幾重の戦争にて、常に最前線に立ち多くの相手を殺し、先端を切り開き、味方を鼓舞し続けなければいけない。

 時には魔物や動物の生息域に足を踏み入れ、排除することもする。

 帝国に産まれ、育った人々にとって最も羨望と期待を集め、希望となる存在なのだ。


 しかし、優しい女性にとってそれは大いなる苦悩であった。

 己の肩には多くの期待がのし掛かり、背中には帝国民全ての命を抱える。

 それらに応え、守るためにそれ以上の花を踏み潰し、動物を虐げ、魔物を殺し、人の命を奪う。

 彼女が強くなければ、あるいは帝剣に選ばれなければ話は違っていたかもしれない。だが、結局彼女は帝剣という運命(呪縛)からは逃れることが出来なかった。

 

「私も非才の身ながら剣を振るい続けましたが、あの子と同じ苦しみを分かち合うことは出来ませんでした」


 その噛み締める声に含まれるのは後悔の念。

 娘の苦しみを知りながらも、どうすることも出来なかった自分が許せない。

 あるいは見て見ぬふりをしてしまっていた自分が許せない。


「なるほど……レヴァナント殿。確かに騎士を含め国を、民を、大切な誰かを護るためには剣を握り、振り降ろし、殺す"覚悟"は必要なはずです。そして先代の帝剣もまたその覚悟を以て戦い続けた。それが帝剣の優しさです。だが、あの娘は違う」


 目を閉じて静かに聞いていたローゼスだが、スッと薄く見開いた碧の瞳で熱狂渦巻く舞台へと視線を向けた。

 彼の瞳に宿るのは侮蔑あるいは否定。

 剣は人を、生物を傷つけ殺す道具だが、同時に守る道具とも成りうる。それなのに先ほど勝ち残った少女はその意味を無視するような、逃げの戦いを見せた。

 それが栄光ある騎士の家系に産まれ、自身も騎士としてあるじのために剣を振るい続けてきたローゼスには許せなかった。

 だが、静かに憤慨する彼の誤解をハスキー声が訂正した。


「ローゼス、私はそうは思わないぞ」

「どういうことでしょうか、ウィスティリア皇女殿下」

「確かに先ほどの娘は見慣れぬ剣を剣としての役割を果たさせないで戦っていた。だが、そこにはきちんと護る覚悟(・・・・)があったと私は見た」


 瞠目する近衛騎士をよそに、ウィスティリアは優雅にカップのソーサーを持ち、紅茶を楽しむ。

 彼女は別にらすために間を置いたのではない。頭を冷やさせ、自分で考える時間をローゼスに与えたのだ。

 だが、結局頭は多少冷えたもののウィスティリアが導きだした推測に辿り着けなかったのか、ローゼスは閉口して、申し訳なさそうに視線を下げた。


「分からぬか?恐らくだが、あの娘は人を傷付けないという覚悟を秘めて戦っていた、と私は推測する。レヴァナント、お前もそう感じたのだろう?」

「流石の慧眼です、ウィスティリア様。恐らくローゼス殿や私、そして我が娘とは違い、敵すらも傷付ける事なく、それでいて全てを守る。そのような道を彼女は選んでいるのでしょう」

「そんなの覚悟ではなく、単なる逃げ。あるいは傲慢な絵空事でしかない」

「ふっ。確かにローゼスやレヴァナント、加えて私たちからすれば現実を知らぬ子供と吐き捨ててしまっても仕方ないだろう。それほど我らが足跡と道には血で塗られている」


 冷静さを取り戻したローゼスだが、レヴァナントやウィスティリアが口にした"覚悟"の内容に再び憤慨する。

 別に彼は先ほど勝ち進んだ少女ーーーーひさめが憎いからではない。

 ただ、彼としても今まで護るため振るい、汚してきた手や軌跡が否定されている。そんな想いがあるからこそ、彼は怒りを抑えきれないのだ。

 そんな彼の心情を察しながらも、ウィスティリアは口元に笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「しかし、だからこそ私としては興味深いな。果たしてそのような事が可能なのか、そしてどんな道を拓いていくのか……。まあ、だからと言ってあの娘を見続けたいとは思えないがね」


 そこでウィスティリアは再び紅茶で喉を潤す。

 闘争と紫陽花の国と言われるアマスタチア帝国だが、その第三皇女とは言え暇を持て余し、ましてや娯楽のためにわざわざ闘武大祭を観戦に来たわけではない。

 だからこそ、多少なりとも興味を示していたひさめに対して、すぐさま興味を失ったように笑みを消したのだ。


「……残念ながら予選にも、それに本選にも名前はありませんでしたね」

「ああ。姉上の事だからきっと世界最大の戦いの祭りに参加する可能性があると踏んでいたのだが……やはり見通しは甘くないか」

「せめて来年の"帝選"にまで見つけられれば、我が陣営もより一層増強できるのですが……」

「だな……。まあ、まだ時間はあるし恐らく姉上はこの都市にいることは間違いない。今はゆったりと構え、祭りを楽しもうではないか」


 ウィスティリアはそう言葉を区切ると、話は終わりとばかりに舞台で行われる予選第三試合へと視線を向けるのだった。

次回もちょっとだけ別視点を書いて、主人公サイドに戻したいと思います。

……書かないと、なんというか文がダメになりますね……すいません。

風邪にはお気をつけくださいませ

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