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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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闘武大祭――初日 5――迫るその時

すいません。忙しくて全然書く暇がありませんでした。

これからも当分は投稿時期が不安定になってしまいますが……頑張るので、暖かい目で見守り、読んでいただけると幸いです。 

 迫りくる白刃、襲い掛かる凶悪な鉄塊、荒れ狂う魔法の乱舞。

 ここは命のやり取りこそないが、紛れもない苛烈な戦場だ。どこにも見方はおらず、視界に映るのは全て倒すべき敵。

 それらをひたすらに躱し、弾き、逸らす。

 その度に、耳を空気を裂く音や金属が擦れる音、火花が弾ける音が襲い、平静を保とうとする心は決壊しそうになる。

 だが、ひさめはグッと堪えるように刀の柄を握りしめ、歯を食いしばる。


 極限の集中力を必要とする作業に、彼女の脳も精神も一気に摩耗していく。ましてや攻撃を加えてくる者は全員が全員、同格か格上。それらを全て捌き続けるのは困難どころか、今のひさめにはまず不可能。

 少女の華奢な身体は鮮血こそ出していないが、白刃が通った部分は赤黒く筋が付き、炎弾がかすった部分は痛々しく煤けている。


「は、はぁぁああああっ」

「なっ……」


 それでも瑞穂の少女は痛みを噛み殺すようにして、裂帛の気合いと共に愛刀を振るう。

 その刃が切り裂くのは肉でも骨でもない。刃が傷つきはすれど、一部の曇りもない刀身は健在だ。

 もちろん闘武大祭の性質上、血肉が飛び散ることはないが得物を通して肉を断つ感触は伝わるし、骨を砕く振動も感じ得る。

 だが、ひさめはそれらを一切感じていない。それは見て見ぬふりをしていたという訳じゃなく、彼女は意図的に相手の身体を傷付けずして戦っているのだ。

 今も少女は獣人の傭兵が薙いだ槍の穂先を脇腹に掠めながら、必死にその槍を刀で絡めとり、奪った。

 思わず動きを止めてしまう傭兵。ソレに対して、ひさめは脇腹の痛みにふらつきながも肉薄し、相手の力を利用して投げた。


「おおぉぉぉお、っと!!菊理選手、またしても相手を一切傷つけることはせずに場外へと投げ飛ばしたっ!!これは彼女の自信の表れなのかっ!?」

「いやぁ~、どちらかと言えば自信というよりも彼女の決意という見方の方が正しいかもしれませんね!」

「サーシャさん、それはどう言うことでしょうか?」


 実況の女性は、未だに汚れ一つないひさめの刃を見て、まるで自分の力を誇示しているかのような戦い方なのではと推測するが、隣に座るサーシャがそれを否定する。


「菊理選手が本当に強さを誇示するためなら、あのように全身傷つく必要も、そもそも傷つくことも無いでしょう。それに彼女の闘い方はとても力をひけらかすようなモノには見えません。どちらかと言えば彼女の信念のようなモノが見えますよ」

「信念、ですか」

「果たしてそれがどのようなモノかは分かりませんが……とても興味深いですね」


 傍目に見ても瑞穂の少女の闘い方はとても奇妙だ。それこそ、ひさめと言う少女の本質を知らない者からすれば戦いを愚弄していると思われても致し方ないほどに。

 現に舞台上から選手の数がかなり減ったことにより、端で相手を一切傷つけずに戦い続ける姿にも悪い意味で注目が集まり始め、観客席からは「戦いを馬鹿にするな!」とか「相手を斬る勇気がないならひっこめっ!」などと、心無い罵声が沸き上がり、飛び始めている。


「ったく、何も知りもしないくせにふざけてんじゃねーよっ」

「ちょっと、クロード。落ち着いてよ」

「落ち着いてられるかよ、俺たちの仲間が必死に戦っているのを馬鹿にされてんのによ!」

「私もそうだよぉ………だけどひさめちゃん頑張ってるから。だから私たちだけでも応援してあげようよ……」


 舞台の端で、息を荒げ、肩を大きく上下させるひさめには恐らく罵声は聞こえていないだろうが、観客席に座る仲間たちはそうはいかない。

 クロードは性格こそ、職人気質で気難しさがあるが、彼の打ち出す作品たちを見ても分かる通り、熱い心の持ち主で人一倍仲間想いだ。ましてや己の信念を貫くということを大切にしている彼にとって、誰も傷つけないように戦う少女の信念を馬鹿にされたとあっては憤慨しても仕方なく、額に青筋を浮かべ、罵声を飛ばしている観客を探そうとする。

 そんな彼を苛めるように、アイリスはそっと逞しいクロードの腕に手を絡ませる。

 別にアイリス自身も冷静でいるわけではない。その細く繊細な指先は微かに震えているし、普段の抑揚が声にない。恐らくは心無い罵倒に内心は憤慨しているのだろう。それでもクロードの暴走を止めようとしているのは、偏にひさめがひた向きなまでに己の信念を貫こうとしているからだ。


「やはりお前らはお似合いだな、クロード。アイリス」

「なっ”!?」

「お、お似合いだなんて……」


 クロードはジッとアイリスの瞳を覗き込み、やがて落ち着きを取り戻したように席へと座りなおす。

 未だに怒りは解消されたわけじゃない。それでも今は怒りをぶつけるよりも、一人で懸命に信念を貫きながら戦い続ける仲間を応援することのが遥かに重要だと思い至ったのだろう。腹の底から響く声で必死にひさめを応援する。

 その隣ではアイリスも必死にしんゆうの名前を叫び、応援している。その彼女の腕が当然のようにクロードに触れているのはご愛敬だろう。

 そんな仲睦まじい二人の繰り広げる一連の流れを見て、隼翔は茶化すように言葉を漏らす。だがそう言ってしまうのも無理はない。観客席も含め、基本的に闘争に駆り立てられ熱狂しているのに、二人はすっかり自分たちの世界にのめり込んでしまい、少しばかり甘い雰囲気を漂わせてしまっているのだから。

 それに慣れている隼翔やフィオナ、フィオネはまだいい。だが、観客席の隣や前後を含めてその甘々な雰囲気に慣れていない人々はどこか試合を見ることに集中できず、眉間に皺を寄せている。

 それに気が付いていたからこその、ある意味では隼翔の配慮というモノだ。身内にこのように茶化されるようにして気づけるならいいが、やはり周囲の知らない人に注意されるとどうしても気まずさは出てしまうから。


「まっ、お前たちが仲が良いのは今に始まったことではないか」

「う、うっせっ!!……と言うか、お前は怒ってないのか?」


 頬を赤らめ、イヤイヤと恥ずかしそうに顔を振るアイリスをよそに、隼翔は舞台上で必死に戦うひさめをひたすらに眺め続ける。

 その横顔に浮かんでいる感情を読み解くのは難しい。だが一つ言えるのは怒りという感情はほとんど見えないということだ。そのことにクロードは疑問を呈する。

 隼翔はとても身内に甘く、同時にその仲間を護るためならどこまでも冷酷になる男だ。ましてや今闘っているひさめは彼の恋人。その少女が必死に戦っているのに、罵声を浴びせられているのだから怒り狂っていても可笑しくないのでは、というのがクロードの考えだ。


「何に対して怒るって言うんだよ?」

「い、いや……だってひさめが馬鹿にされているんだぞ?いいのかよ?」


 あくまでも視線は舞台上の少女から外さず、隼翔はクロードに問いかける。

 とぼけたような雰囲気は無く、本当に何に対して怒る必要があるのかと言いたげな落ち着いた声色に、クロードの方が面を喰らったように困惑気味だ。


「ああ、そのことか……確かに罵声が飛んでいるし、あいつを馬鹿にする言葉には憤りを感じる。だが、それ以上に俺は嬉しく……何よりも見ていて美しさを感じる」

「嬉しい?」

「「何が嬉しく、美しいのでしょうか?」」


 闘争を喜ぶ声、仲間の勝利または敗北に一喜一憂する声、そしてそれらに混じるようにして相手を傷つけない戦い方をするひさめを罵る声。

 色々な感情が渦巻く中で、隼翔は確かに口元をわずかに綻ばせる。それは強者を前にしたときの愉悦でも無ければ、闘争を求める表情でもない。純粋に少女の成長を喜ぶ、親のような表情だ。

 もちろん隼翔とひさめの関係性からすれば少しばかり歪な笑みかもしれないが、それでも隼翔は喜びを隠しきれないと言いたげに疑問を呈するクロードや首を傾ける双子姉妹に対して声をわずかに弾ませる。


「出会った頃はびくびくして相手の機微を伺うような奴だったのに、こんな短い間にあんなに逞しい成長を見せた。それがとても嬉しく……何よりも、ああやって誰も傷つけないという剣の道を示そうと、己の信念を貫く姿がとても美しい。だから怒りなんて感情はどうしてか湧かないんだよな」


 もう決して歩むことは出来ない道。その一切の穢れがない道が美しいと感じるのか、はたまたその信念の貫こうとする少女の姿に美しさを感じているのか。

 どちらなのかは不明だが、少なくとも成長したひさめを眺める隼翔の視線はとても優し気なモノだ。










 隼翔を含め、大勢の観客が見守る舞台上からは、一人また一人と姿を消していき、やがて100人以上もいた参加者は10名にまで数を減らした。 

 流石ここまで勝ち残った者たちは誰もが精悍な顔つきや一目でわかる素晴らしい武装をしている。屈強な肉体を誇る冒険者の男は巨大な槍斧を構えながら睨みを効かせ、魔術師のエルフは静かに魔力を高め隙を伺う。

 両手に短剣を構えるアマゾネスは妖艶に舌なめずりをしながら獲物を探し、傭兵の炭鉱族は肩に担ぐ大槌を振り下ろす瞬間を見定める。静かに矢を弓に番える弓術師は呼吸を殺し、矢を放つ瞬間を待ちわび、獣人の傭兵は身を低く構え疾駆する機会を伺う。

 その中に混じるようにしてボロボロとなり、一見すればひ弱そうな少女は舞台の隅で肩を上下に揺らしている。

 全身は血こそ流れていないが、ズキズキと痛みを訴え、荒れた呼吸が整うことがない。

 

 正直に言えば、ほとんどがそこにひさめが混じることを予想していなかったし、今もそこにいることに違和感を拭えずにいる。だからこそ、舞台上では膠着状態が生まれているのかもしれない。


「さーて、第二試合も終盤。大詰めとなりましたっ!!舞台に残った参加者たちは皆が睨み合うようにて動きを止めています」


 会場のボルテージをより上げるように煽る実況の声。

 それでもやはり舞台上ではなかなか動きがない。舞台に立つ選手全員が見定めるようにして舞台隅に陣取るひさめを視界の端に映し、どうするかと思考を迷わせる。

 彼らは当初こそ、少女を侮るあるいは視野にも入れない路傍の石ころとしか感じていなかったが、ここまで来てしまえば少なくとも舞台上にその考えを持つ者はいない。

 

 選手誰の目からしてもその勝ち方と戦い方は異質として写っている。

 何せいくら自身が傷ついたとしても、手に握る異質の剣で相手を傷つけない。あくまでも武器を弾くか隙を生み出すモノとしてしか使わないのだ。

 そして相手を無傷のまま場外へと弾き出すというのも異質さに拍車をかける。


 警戒、好奇あるいは懐疑。

 どれにしてもひさめが視線を集めてしまうのは必然であり、いつの間にか彼女の動きが舞台上の流れを左右し始めている。


「はぁ……はぁ……ふー……」


 互いに牽制し合い、膠着していた流れを動かしたのは、ひさめの何気ない息を整える動作だった。

 身を低く構えていた猫獣人の傭兵が痺れを切らしたように駆けだした。狙う相手は隅にいるひさめ……ではなく、魔力を密かに高めていたエルフの魔導士。


「まずは貴様からだっ!!」


 犬歯を剥き出しにして襲い掛かる姿はまさに野生そのもの。

 だが、狙われたエルフも自分が狙われやすいという自覚はあったのだろう。あらかじめ高めていた魔力に秩序を持たせるように厳かな旋律を歌う。

 しかし魔導士にとって予想外だったのは猫獣人の速度。ここにきて一段と加速した動きに僅かに動揺した気配を見せる。


「――――っ来たれ、熱砂の息吹"砂炎弾"」

「ぐがっ!?」


 それでも滞りなく詠唱できたのは流石ここまで勝ち残った上級レベルの器を持つ者だろう。

 魔力が形を成し、現れた魔法陣からは複数の燃え盛る土の塊が出現して、飛びかかってきた獣人の身体を襲い掛かる。

 だが動揺したことによって魔法の狙いは甘く、散見としたモノとなる。その結果として魔法は獣人の身体を掠めるに留まり、色々な所へと飛び散っていく。

 もちろん魔法がぶつかった獣人は空中にいたために吹き飛び舞台上を転がっているが、それ以外のところにも流れ弾が飛び荒れ、舞台上は一気に混沌と化す。


「ちっ」

「ぐっ」

「面倒なっ」


 悪態を付きつながらも、参加者たちは一斉に動き始める。

 両手に短剣を持つアマゾネスは炭鉱族に背後から差し迫り、弓術師は混沌を造りだした原因の魔導士に向かって連続で矢を放つ。

 そしてひさめにもまた冒険者の男が巨大な斧槍を構えながら襲い掛かる。

 ひさめと男、両者が衝突し合えば当然だが軍配は後者に上がる。この場において、ひさめより格が下の存在はもう存在しない。全員が全員、サシで戦えば勝てない相手ばかりなのだ。


「どんな矜持を掲げて戦っているのかは知らんが、お前のような甘ちゃんはさっさと落ちなっ」

「っ!?」


 巨漢とは思えない速度で肉薄されると、ひさめを剣戟の暴風雨が襲う。

 右に左、上から下、前や後……例えどれか一つを防いだとしても他の剣戟が2か所以上身体を刻む状況。目まぐるしく、とても捌ききれない連撃が容赦なく身体を叩き、華奢な体躯が痛みという言葉では足りないほどの悲鳴を上げる。

 視界は白み、平衡感覚が無くなる。もう自分が立っているのか、石畳に転がされているのか、右を見ているのか、左を見ているのかすらわからない状況だ。

 それでも少女はたった一つだけ分かる感覚モノ――――手に握られる宝物に勇気づけられるようにして必死に、無様に抗い続ける。


「ちっ、しぶてーなっ!!いい加減落ちやが――――っ!?」


 何度地面に転がされても、何度痛みに喘ぎ声を上げさせようとも、それでも立ち上がるひさめに男は苛立ちめいた状態で悪態を付き、グッと斧槍を引き絞るように腰だめに構えた。

 仮にひさめが万全な状態なら、まだその一撃をどうにか耐えることは出来た可能性はある。だが、今の満身創痍の状態では到底その一撃をどうにかすることは出来るはずもなく、羽のように場外へと飛ばされるだろう。

 しかし、偶然・・にも男の真横から魔法の流れ弾が直撃し、不運・・にもそのまま男は場外へと弾き飛ばされた。


「はぁ……はぁ……はぁ……。助かりま、した……」


 揺らぐ視界でその光景を目にしていたひさめは、急死に一生を得たとばかりに片膝着き、呼吸を荒らげる。


「おおぉぉ、っと!菊理選手、またしても(・・・・・)危ないところを運良く脱しました!いやぁ~、なんと言いますか、彼女は非常に運が良い見たいですね!」

「そうですね!先ほども他の選手が放った矢が菊理選手と戦っていた参加者に当たっていましたし、彼女は非常に幸運に愛されている見たいですね!」


 ここまでの戦い、ひさめが勝ち残れた理由は偏に何も隼翔ととの特訓があったからというわけではない。

 もちろん隼翔との修練があったからこそ、剣や槍、槌に斧、果ては弓といった様々な間合いの武器を相手にしてもなんとか渡り合うことができたのだが、それはあくまでも勝ちに直結したというわけではないのだ。

 むしろ勝ち残れた理由の半分以上は解説の言葉にもあったように運の良さだ。

 そしてその運の良さというのは偶然による産物ではなく、必然的に起きている。すなわち彼女の持つ能力スキル"幸運"に助けられたと言っても過言ではないのだ。


 その結果と言うのはひさめにとって非常に不本意だ。

 彼女自身、隼翔に刀の使い方というのを師事している以上当然その力で勝ちたいと思うのは必然であり、また過去に幸運の力によって嫌な経験もしているのだから。

 そのような理由から過去のひさめならまず間違いなく、自己嫌悪していただろう。

 だが、今では隼翔の言葉もあって幸運の力にも引け目は感じずにいられている。


(運も実力の内……そんな言葉を言われたのは初めてですね)


 かつて言ってもらった何気ない一言。

 その言葉があるからこそ今では、幸運という能力スキルと前向きに向き合って行こうとも思えるようになった。

 もちろんいつかは本当に隼翔から教わった実力だけ勝てるだけの力が欲しいとは思う――――だけど今だけは、そんな思いを胸に秘めながら、ひさめは悲鳴を上げる身体と荒れ狂う呼吸を無視して勝ち抜くために再び瞳に炎を灯すのだった。

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