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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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闘武大祭――初日 4――焼き付く背中

かなり遅くなりました……活動報告にも書きましたが、忙しいので11月半ばまでは更新が遅いです。

なるべく週に1、2回は更新出来るように努力します

 解説と実況の声が響いているのはわかるが、それを理解できているかと問われれば、間違いなくひさめはかぶりを振るだろう。


 耳の奥で響いているのは自分の煩わしいほどまで高鳴る心音。

 観衆たちの視線が自分だけに向いているなどあり得ないことなのに、どうしてか自分だけを観られているように感じられて余計に緊張と恐怖で視界が揺れる。


「……ふー」


 それでも腰に携えた刀の鯉口を握りしめ、背筋はピンと伸ばす。

 殺気の類いは放てないし、闘争本能と呼べるものも恐らく常人と比較すれば希薄に違いない。

 それでも初めて感じた――――勝ちたいという想い。その願いを達成するために、ひさめは決して弱気な姿だけは見せまいと侍らしく佇む。


「いやー、とても多くの注目選手ひしめき合う今大会でも屈指の予選カードとなりそうな第二試合。まもなく開始の鐘が鳴りますっ」


 まだ心臓は高鳴っているが、一呼吸置いたおかげか。ひさめの耳にはようやく実況の声が届き、そのタイミングで銅鑼が大きな音を鳴らした。


 腹の底から響く銅鑼の音に舞台の上にいる選手たちは一斉に武器を構え、勝ち抜くために駆け出す。

 顔に大傷のある傭兵の男は鼓舞するように野太い声を上げ、魔術師の女性は厳かな旋律を言の葉に乗せる。

 

 舞台上のひさめの位置取りは中央寄りというよりは最後に舞台に上がったとあり、端の方だ。

 通常なら中央寄りのが有利のため、銅鑼の合図とともに中央に駆けていくのが定石。ひさめと同じように端に配置してしまった選手たちは定石どおりに武器を片手に中央に向かっていく。

 だがひさめだけは定石を完全に無視する形で、刀を抜かずに舞台の四隅の一角に向かう。


「さあ、各選手一斉に動き始め、舞台の各所で壮絶な戦いが幕を開けましたっ」


 実況の言葉通り、剣戟の音が鳴り始め、魔法が舞台を砕き、弓矢が耳元で甲高く空を切る。

 右を見ても、左を見ても人、人、人……。しかもその全てが敵であり、勝ち抜くために蹴落とす必要があるライバルだ。

 一時的な共闘関係を結べたとしても、そこに友情も信頼も信用も生まれない。あるのは打算と裏切りだけ。


(恐らく自分ではそのようなこと気づけませんでしたね……)


 石柱の一つを背負うようにしながら、ひさめは内心で平静を装うように呟く。

 少女は途方もないほどのお人好しだ。故に人を疑うことを知らず、仮に舞台の上で共闘関係を結ぼうモノならまず間違いなく、後ろから攻撃され終わっていただろう。

 そうならなかったのは偏に隼翔の助言のおかげ。もちろん直接的な表現は一切なかったが、その助言が無ければ今のような位置取りはしなかった。


「はんっ!よく分らんが、そんな隅に居たら倒してくださいと言っているようなもんだぜっ!!」

「っ」


 大半選手の視線は中央へと向いていたがその全てが向くことはあり得ず、数人の選手たちがわざわざ舞台外に落としやすい場所に動いたひさめに狙いを付け、武器を構えながら殺到する。

 向けられる強い視線と勝とうとする意志。他者からの視線を苦手とし、心の傷(トラウマ)を抱える少女は思わず身を固め、息を呑んでしまう。

 ひさめの見せてしまったその隙は致命的なモノだ。何せ彼女の立つ場所は四隅の端で、退路は無く、また躱すことができる空間スペースもほとんどない。ましてや前方を取り囲むようにしてライバルである選手たちが数人迫りくるような状態。前にも後ろにも動くことは出来なくなってしまった。

 唯一の武器である刀も鞘に仕舞われている状態のため、絶体絶命のピンチ。


「おぉぉぉおおお、っと!!舞台中央にしか視線を向けいませんでしたが、隅の方でも激戦が繰り広げられていますっ!!ですが、このままではあの追い詰められてしまっている女性選手が第二試合の最初の脱落者となってしまいそうですっ」

「コレがバトルロイヤル形式の難しいところですよね。一対一の闘いでないために囲まれしまう危険も孕み、またそれを避けようとすれば逃げ場を失う……彼女がどう切り抜けようとするのか。とても見ものです」


 実況の女性は、ひさめが負けてしまうと確信でもしているかのように熱の籠った言葉で戦いの様相を告げる。対して、サーシャはこの窮地をどのようにして切り抜けようとするのかを鈍色の瞳を輝かせながら、声を弾ませ、解説する。


 もちろん今のひさめに解説や実況の声が聞こえているはずもなく、状況は刻一刻と悪化の一途をたどり、ひさめのちょうど真正面に立つ強面の冒険者が大上段に直剣を振り被られ、殺さんばかりに振り下ろす動作へと入り始めた。

 その刃を身体に受けてもこの舞台にいる限りは死ぬことはなく、鮮血を舞わせることもない。

 ただ、だからと言って痛みを受けないということにならず、恐らく意識を失う。あるいは舞台の外まで飛ばされ、どのみち実況がいう通り最初の脱落者にひさめがなるだろう。


――――怖い


 それがひさめの正直な心情だ。

 刃に身体を切り裂かれる痛みを知っているし、身体が傷つく痛みを多く知っている。それらは忘れ難い辛い記憶が嫌というほど教えてくれるが、何よりも怖いのは負けるということ――――そして、何よりも期待して鍛えてくれた憧憬と言う名の隼翔を裏切ることだ。

 隼翔はひさめが最初の脱落者になっても決して落胆することなど無く、むしろよくやったと褒めるだろう。だけど、それはひさめ自身の心が許せない、許さない。そんな無様を晒すためにこの舞台に上がったわけではないのだ。


(……そういう意味では落胆されることが怖いのではないのかもしれませんね)


 結局のところ、心根優しい少女の中で産声を上げた"勝ちたい"という想いが、負けることを恐れているのだ。

 それを知覚すると、どうしてか心が平静を取り戻し、巣食っていた恐怖が消え去った。そして知らず知らずの内に、宝物の刀の柄に掛かる右手が思い出したように動きを見せ――――シャリィィィン、と静かな火花が上がった。


「……はっ?」


 掲げるように抜き放たれた美しい刃。

 その刀身には間抜け面を晒す男の横顔がありありと映し出される。


 手には肉断つ感触は得られず、弾き飛ばそうとした瑞穂の少女は健在。一体全体何が起こったのか、理解が追い付かない。

 一つ分かるとすれば、男の剣は空を虚しく切ってしまったということだけ。


「失礼しますっ」


 ひさめは礼儀正しく声をかけると、つんのめる様にしている男の懐に潜り込み、左手で襟首を掴み、右肘でその大きな体躯を跳ね上げる。

 すると男は羽毛のように、ふわりと宙に身を投げ出し――――無様な音と格好で舞台の外へ身体を投げ出した。


「「「…………」」」


 その結果に、ひさめに襲い掛かっていたほかの選手たちも一様に動きを止めてしまった。それほどまでに衝撃的な光景だった。

 いくら見た目で筋力や膂力が判断できないからと言っても、それは上級と呼ばれる段階ステージに昇り詰めた者たち相手への話だ。とても舞台の隅に立つ瑞穂の少女に、鎧を装着した大の男を投げ飛ばすだけの力があるとは思えない。

 だが、その認識は大いに正しい。ひさめは潜在能力ポテンシャルこそDランクだが、華奢な見た目通りかなり非力。それこそ全身鎧を着ればまともに動けないほど、力には自信がない。


「おぉぉぉおおお、っと!!?これは、どういうことでしょうかっ!!まさか、まさかの展開ですっ」

「彼女は随分と流れを扱うのが上手いようですね」

「それはどういうことでしょうか、サーシャさん」

「ええ。あの菊理くくり選手はまず相手の剣を器用に受け流していました。それによって相手選手は完全に体勢と重心を崩してしまい、更にその力の流れを活かすように体を潜り込ませ、相手の身体を持ち上げました。するとあのように自分より大きい相手も簡単に投げ飛ばせるという訳です」

「なるほど……力ではなく、技で投げたということですね」


 実況と解説が感心する中で、ひさめは包囲網から抜け出す……と言うことをせず、むしろ隅に再び戻り刀を正眼に構え、先のやり取りについて考察していた。

 

(無意識に身体が動いてしまうほど、ハヤト殿のことを見ていたのですね……ですが、自分はまだまだ未熟だと言わざるを得ません)


 内心で落胆したように、ひさめは呟く。

 サーシャが解説した通り、ひさめは相手の剣を受け流し、その力の流れを利用して場外へと投げ飛ばしていた。それは隼翔が刀を握っているときによく見せる動作であり、瞼の裏に焼き付くほどその後姿を憧れ、見続けた。

 だが、それだけであの受け流しが出来たわけではない。同じか、それ以上の数だけ隼翔との修練の中で実際に体験をした。そこに彼女の保有する技能スキル"幸運"がタイミングを補助アシストしたことによって甲高い衝突音は生まれずに受け流すことが出来た。

 逆に言えばそれだけの要素が重なって尚、隼翔が当たり前のように見せる一切の音も衝撃も感じさせない受け流しが出来ないのだから、どれほど隼翔が卓越した剣客であるか、ひさめがどれほどの高みに憧れているか分かるだろう。

 ちなみに投げについても隼翔との修練の中で教わった、"剣身一体の柔の動き"の応用で、ひさめの中での隼翔の影響力は偉大と言える。


「さてさて!盛り上がってまいりました、予選第2試合!今後の舞台上での動向から目が離せません!」


 ひさめが男を投げ飛ばしたのを契機にするようにして、中央では苛烈な争いが繰り広げられ、1人、また1人と脱落者が増える。

 その中で、隅に陣取る少女は心のうちを表すかのようにして、静かに刀を構え続けていた。

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