闘武大祭――初日2――
闘武大祭・予選は3日間で合計15試合、つまり一日当たり5試合行われる。
予選の試合形式は単純明快。集団戦であり、ルールなど有って無いようなモノだ。
それはつまり、最後まで舞台の上に立っていた二人だけが本戦へと駒を進めることが出来るということ。
そんな今年の予選出場者は例年以上の数が集まっており、総数は1500人越えている。
ソレゆえに単純計算でも1試合あたりの参加者の数は100名前後と予想され、広めに造られた闘技台とは言え予選の試合では人口密度が恐ろしいことになるのは想像しやすいだろう。
「…………」
当然ながら予選参加者の控え室も人口密度は高く、右を見ても左を見ても人だらけだ。
それが町娘のような穏やかな雰囲気を漂わせていたり、優しげな宿屋の店主のような風貌なら、まだ良かった。
だが、この場にいるのは生憎と傭兵や冒険者という荒事を生業としている者たちばかり。当然、顔に大傷を負っている厳つい風貌であったり、威圧的な雰囲気は当たり前。
しかも全員が殺気立ち、互いを威嚇し合うようにピリピリと剣呑さを漂わせるから質が悪い。
冒険者としてある程度生きてきたとは言え、心根優しく荒事が苦手な少女――――ひさめは部屋の片隅で小さくなり、子犬のように震えるしかない。
「うぅ…………」
ひさめはか細い声を漏らし、右を見て、左を見て……体小さく震わせる。
まるで現実逃避するように何度も何度もその行為を繰り返しているが、まるで意味はない。
出場すると自分で決めはしたが、やはりまだまだ過去の心の傷に蝕まれ、見知らぬ人に囲まれてしまうと恐ろしさや震えが止まらないのだ。特にこの場所にはピリピリとした空気が流れているから余計だろう。
(それでも一歩を踏み出すために……何よりも応援してくれる皆さん、ハヤト殿に報いるために……)
以前までの少女ならこの場から一目散に逃げ出してしまっていたはず。
だがひさめは心のなかでそう決意しながら、ぎゅっと勇気を貰うように両手で刀を握りしめる。
すると、どうだろう。確かにまだ体の震えは治まらないし、恐怖も感じる。しかし、なぜだが逃げ出したいという気持ちだけは無くなり、代わりに一歩を踏み出したいと勇気が込み上げてくる。
「…………」
控え室の中では誰も言の葉を発していない。
ある者は瞑想しながら武器を握り、ある者はひたすらに武器を磨く。各々が各々の方法で、静かに集中力を高め、闘志を極限まで内にため込み、殺気として肌から発する。だからこそ控え室はひりつく静寂が支配している。
ある意味ではとても異様な光景だ。
しかし、ここにいる者達はそれほどまで闘武大祭に本気で挑み、勝利を貪欲に欲している。
そして、ひさめもまたその一人。身体の震えは止まらず、恐怖は心を巣くっているが、勝ちたいという思いが自然と高まっている。
思えばとても不思議な気持ちだ。少女は今まで生きたいと必死に願い、剣を握っていた。だがそのそこに勝ちたいという願いは、ただの一度として無かった。
(これが……勝ちたいって想いなんですね……)
その優しい性格上、どうしても他者との優劣が付くことを避けていた。あるいは優劣が付いてしまうと、自分の存在価値が霞んでしまうと思っていた。
だが、思い返せば隼翔との一対一の修練においてことある毎に聞かされた言葉があった。
"誰かと向き合った時は絶対に相手の視線から逃げてはいけない。真っ向から受け止めた上で、凌駕する。それが僅かな勝利の差を生む"
正直言って技術的な部分に多く捕らわれていたひさめには、聞いているときは本当の意味が分からなかった。もちろん今だって貰った言葉すべての意味が理解できたわけじゃない。
それでも勝利への執着心――――それを得た少女はようやく戦士としての、活人剣としての一歩目を踏み出せたかもしれない。
ふと自分の中に生まれた感情との対話を終えると、ひさめの耳に遠くで響く大歓声が聞こえ、控え室の扉を微かに揺らしている。
熱狂と熱量が控え室まで届いてくるような気がする。恐らく、それは本日の第一試合が終わったという合図に違いない。
そして、ひさめの試合は本日の第2試合に組み込まれている。
「つぎ、ですね……」
誰に聞かせるでもなく、自分に言い聞かせるために呟いた声。
それは自分へと発破の言の葉。しかし、その言葉が少女を、ひいてはその控え室に集まる戦士たちを戦いの舞台へと引きずり上げた。
「それでは予選第二試合への出場する皆さま、こちらへどうぞ」
ノックも無く、開かれる控え室の扉。
そこから入ってきたのは見麗しいギルド職員。流石の胆力か、ここに漂う殺気に屈することなく、表情に笑みをうかべる余裕を見せている。
その女性は踵を返すと、案内するように歩き出す。
戦士たちは背中を追うようにして、一人また一人と控え室から出ていく。
「……自分も行きましょう」
いつの間にか、たった一人となった室内。
そこで少女は震える身体を立ち上げ、大切な刀を握りしめる。
そしてゆっくりと腰帯に吊るし、背筋を伸ばせばそれだけで少女は立派な武士だ。
戦うのはまだ、怖い。それでも自分の信じる道のために――――少女は戦いの舞台へと登った。
「……随分といい表情しているじゃないか」
舞台に上がる数々の戦士たち。
誰もが恐ろしい容貌と強い意志を瞳に宿し、殺気を放つ。
そんな中で異彩を放つのは最後に舞台に上がった少女だ。背筋こそ伸ばしているが子犬のように体を震わせ、殺気の類は放っていない。とても、とても弱々しい似つかわしくない存在のように普通の観衆には映る。
だが、少女をよく理解している一人の男は少女の姿を見て、横顔を見て満足そうに呟いた。
「気張って来いよ、ひさめ」
隼翔はひさめの強い意志を感じ、そう呟くのだった。
次回こそ、戦いです。




