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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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闘武大祭・予選――初日――

 朝日が顔を覗かせてからまだ数時間余り。

 気温は秋らしく快適であり、時折吹き込む風が涼やかさを演出する。

 空を見上げれば鰯雲。その合間から降り注ぐ陽光はどうしてか迷宮都市・クノスの一点だけをスポットライトのように照らしているように感じられる。

 

 その光が照らすのは神聖なる闘争の場――――幾何学的模様が刻まれた石柱に四方を囲まれた舞台だ。

 その闘いの聖域とでも言うべき場所には、まだ誰も足を踏み入れておらず血痕や肉片どころか塵一つない。

 

 

 それなのに闘技場コロッセオを取り巻く観客席はすでにひしめき合うほど埋まっており、熱狂ボルテージは高潮、熱量や喧騒は一入激しく、観衆たちは今か今かと舞台に戦士たちが上がるのを声高らかに待ちわびる。


「流石闘武大祭と呼ばれるだけあるな。事前に二人に聞いていたとは言え、正直言ってこの熱量は予想外だよ」

「だから言っただろ……と言いたいところだが、正直今年は例年以上だな」

「うん。恐らく鴉天狗ヴァローナの偉業が関係してるんだろうねぇ~」


 一方で冷静に席に腰を下ろしている少数派の隼翔たちは観客席の一角を陣取りながら、そんな会話を交わす。

 

 例年予選の段階から確かに混み合っているのは事実なのだが、今年は正直言って異常だ。

 何せ闘武大祭参加者の知り合いや貴族・豪商・巨大軍勢(ユニオン)などの特例を除いた一般人で闘技場コロッセオに入場し、観客席を確保できた者たちは大抵朝日が昇る前から列を成していたのだ。毎年本選ともならばこのような事態が起きていたのだが、予選の段階でこのようなことが起きたのは過去に事例がない。

 また特別な魔法道具を用いて予選・本選の試合は映像として配信され、都市内にある酒場や食事処、ギルド本部、そして闘技場外の広場にて観戦することが可能なのだが、空気を味わえるのは闘技場外だけとあり、広場には入場することが叶わなかった者たちが烏合の衆を成しているような状態だ。

 これほどまでに今年の大会が注目されている理由はひとえ鴉天狗ヴァローナが偉業を達成するか、それとも誰かがそれを阻めるかが注目されているからだ。


「ひさめちゃん、大丈夫かな?」

「うん……流石に心配だね」

「まあ、十中八九緊張しているだろうな……」


 どうして隼翔たちがこうして観客席に座れているかと言えば、決して夜明けとともに並んでいたからではなく、ここにいない少女――――ひさめの試合が予選初日の今日に予定されているからだ。

 

 ひさめが参加したいと決めてからと言うモノ、隼翔は地下迷宮ダンジョン探索の合間を縫って対人戦におけるイロハと言うモノを教え込んだ。もちろんそれは言葉としてではなく、身体に刻み込むようなかなりスパルタなものだ。

 だがその甲斐あってか、ひさめは幾分対人戦に慣れ、どうすれば相手を傷つけずに無力化できるのかという片鱗程度は掴むことが出来た。

 

 しかし、それは技術面の話であり、精神面の部分ではどうなのかと問われれば、隼翔の言葉が如実に表している――――つまり今頃は選手控室でガチガチに緊張しているに違いないということ。



「おいおい、それって大丈夫なのかよ?」

「程よい緊張ならプラスに働くが、確実にこの雰囲気に吞まれているだろうからな。実力を発揮できるかどうかは正直不明だ」


 マジかよ、と危ぶむように頭を抱えるクロードの横で隼翔は仕方ないかなと考える。

 今までにひさめの境遇を考えれば、このような衆人観衆の前に出るだけでも精神的にはかなり負担になっているに違いない。ましてやそこであまり好まない戦いをしなければいけないのだ。

 それを踏まえると舞台の上にあがるだけでも十分に良くやったと褒めてあげられるレベルである。


 それを分かっていながらも、隼翔が実力を発揮できるかどうかを明言しなかったのには理由がある。

 人によっては戦いが始まると自己の世界に入れる人間というのが一定数存在する。


(そうなれば周囲なんか気にせず、いつも通りの実力を発揮できるわけだが……ひさめはどうだろうな?)


 隼翔はひさめのその可能性を少しだけ感じている部分がある。

 そのようなタイプは往々にして根っからの戦闘狂が多く、闘争の中でより集中力を増していくのだが、ひさめは決して戦闘狂の類ではなく、むしろ真逆に位置する性格の持ち主。適性が無いように感じられるのが普通だ。


(目標にただ直向ひたむき走るひさめは物凄い集中力を発揮するからな……可能性があるとしたらそこ、だな)


 ひさめはかなりの努力家だ。

 それこそ毎朝竹刀を何百も振り、探索から帰還してもまた同じように道場で何百も竹刀を振る。

 そして一度ひとたび隼翔との修練に望めば、必死に隼翔から動きを盗もうと望外の集中力を以て打ち合いを行う。

 決して戦うことを好かない少女に与えられた数少ない戦いの中での才覚 ――――それが集中して努力し続けることかもしれない。


「今回この雰囲気に呑まれ実力を発揮出来なかったとしても、ソレはソレで良い経験になる。こんな大舞台で戦うなんてこと中々に経験出来ることじゃないからな」

「だけど本音を曝すと勝って欲しいんだろ?」

「それは当たり前さ。折角出場したいって意思を示したんだし、勝利を経験するのは良いことだからな。ただ一番は何事もなく終えてくれること、だな……」


 勝利して欲しいが、それ以上に何事もなく無事に終えて欲しい。その願いを口から漏らしながら、隼翔は舞台を眺め恋人の出番を待つのだった。





 闘武大祭の前身である大会は主に人と魔物の高いであったために、そこに求められるのは闘争と血であり、試合が行われるたびにどちらかは死に、生き残ったのとしてもまず大怪我は避けられなかった。


 そこから一歩進んだ大会においても、戦っていたのは主に奴隷同士。当然死者は生まれ、血と肉が舞台を汚していた。


 だが、今の闘技大会において求められているのは血潮が舞い、肉片が飛び散るような凄惨な光景ではない。

 純粋な強者同士の力と力のぶつかり合い、技と技の高度な駆け引きだ。

 それを実現するために使われているのが結界魔法。

 舞台の四隅に配置された石柱がこの魔法を発動する魔法道具のであり、この空間内にいる限りは何があっても死ぬことはなく、四肢を欠損するような負傷をしたとしても結界の外に出ればたちまち無かったこととなる。

 ただ、受けた傷の痛み自体は無くなることはないので、より実戦に近い緊張感を戦っている本人たちだけでなく観ている者たちも味わえる。

 だからこそ、これほどまでに人を魅了する大規模な大会へと変貌を遂げたのだ。


 そして、その人々を魅了して止まない闘武大祭・予選の今年度の第一試合が、観客たちの熱をより燃やすようにして始まった。

ようやく今章のメインである闘武大祭が始まった……まだ、予選ですけど。

次あたりで、大会の概要と試合についての描写ができるかなと考えております。

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