幕開けの朝
今回はかなり短いです。
ですが決して時間がなかったという訳じゃなく、区切りが良かったのでこうしました。
蠱惑的な空気漂う歓楽街の夜。
通りにいるのはほとんど裸同然の艶やかな娼婦や眉目秀麗でどこかキザっぽいジゴロばかりだ。
そんな場所を歩けば鼻を突くのは、酒とたばこと性の臭い。
照らす明かりは誘惑と魅惑の光。それは街灯に群がる羽虫を引き寄せるモノと同じだ。
「おやおや、お帰り。どうでしたか、初めての散歩は?」
「はい!とても楽しかったです、ありがとうございましたっ」
デュフ、とという独特の笑みで部屋を訪れた天真爛漫という言葉が似合う女性を迎え入れる小太りの狸人。
このような蠱惑的な街だからこそ、当然たくさんの高級な宿がある。
もちろん主な目的は男女が共に一晩明かすためだ。だが、往々にしてそれだけで済まないのが歓楽街と言う闇が蔓延る場所の特性か。
一見すれば小太りの狸人が泊まる宿の一室に、町娘のような恰好をした娼婦が訪れたようにしか見えない普通の光景。
しかし両者の関係性は客と娼婦ではない。会話からも察することが出来る通り、主と従者に近い関係性だ。
「それは重畳。闘技大会本選が今から楽しみですな」
「お任せください。必ずや優勝してみますので……」
扉は閉じられ、密室度は完璧。加えて、ここは男女の営みを行うような宿なのだ。当然防音設備も万全。
その室内に響く独特の君が悪い笑い声。漏らすのは当然狸男であり、彼の前には町娘然とした少女が跪いている。
「ええ、ええ。とても期待してしますよ。しかも今回は大切なお客様がたくさん出資して、貴方の活躍を、ひいては瘴気を欲しています。いつもと違い好きなだけ暴れて下さって構いません。いえ、むしろいつも以上に暴れて瘴気を生み出してください」
「……はい」
今まで少女は快活とでもいうべき笑みを決して絶やすことはせずに頷いていた。
だが今回の狸男の言葉には顔に笑みを張りつけながらも、先ほどまでと違い少女の表情に快活さは感じられない。
それでも少女は剣を握り、戦い続けるしかない。
だが決して剣を握り、戦うことが嫌いという訳じゃない。もちろん殺し合いは好まないが、それでも強者と剣を交え、競い合い、高め合うことは好きなのだ。
ただ、それでも自分が自分で居られなくなる戦いはしたくない。
しかし少女は嫌な戦いをしなくてはならない。
――――すべては地獄へと戻らないために。
――――すべては彩のある世界にあり続けるために。
――――すべては空を自由に飛ぶために。
「それでは本選まではしっかりと休み、ある程度は自由に過ごして構いませんよ。もちろんこちらから用事があるとき以外は接触は禁止。何せ貴女は謎の剣闘士《鴉天狗》なのですから……用があれば令呪を通して連絡しますよ」
「う、ぐっ……わかりまし、た……」
「ああ、失礼。思わず発動させてしまいましたよ」
デュフフフッ、と笑う狸男の足元で、少女は跪きながらもどこか苦悶の声を上げる。
よくよく見ると少女の全身を覆うように赤と闇色の痣が覆いつくしている。 それでも決して笑みを絶やさないのは少女の意地か、はたまた矜持か。
それでも狸男はその姿に満足したのか、すぐさま令呪を解除した。
「それでは私はこの後予定あるので、檻では無くてあなたのためにわざわざ取った宿に行ってくださいね」
狸男は追い出すようにして、蹲る少女を部屋の外へと連れ出すと、勢いよく扉を閉める。
そのようなぞんざいな扱いを受けてなお少女は笑みを絶やすことはなく、佇みながら風景を眺める。
建ち並ぶ朱色をした欄干や豪華絢爛・装飾過多な建物。
浮かぶ三日月がそこを照らせば、怪しさはより増す。
聞こえる喧騒と風に紛れる嬌声。
通りでは艶やかな娼婦が己の武器を巧みに用いて男性冒険者を宿へと連れ込み、妖艶なジゴロは達者な話術で女性冒険者を落とす。
とても天真爛漫な少女には似つかわしくない、不健全な光景だ。
「……僕は大丈夫。だっていつか烏みたいに空を自由に羽ばたくことがきっとできるから」
見上げる夜天はどこまでも広大で、自由で、そして美しい。
いつかそこに融けるようにしながら自分の翼で飛んでみたい。そんな夢を心に抱きながら、少女は静かに歓楽街の端にある宿へと消えていった。
こうして、闘武大祭の前夜は人知れず闇が深くなっていき――――
やがて、夜が明けると同時に熱気と熱気、喧騒と賑わい、なによりも激動の闘武大祭が幕を開けた。
次回から本格的な闘技大会が始まるかと思います。
ここで一つだけお伝えしたいのですが、作者は基本的にプロットというものを書いていません。
それでも今まではある程度構想をもって、あとは見切り発車的な感じで書いていたのですが……今回の章は構想すらブレブレで正直今後どのように物語が展開するか作者自身も分かっていません。笑
ですので……今まで以上に唐突なことや矛盾が生じる可能性もあるので、発見したら優しく指摘してください。直しますので……




