魔物たちの饗宴
予約投稿にしたのに勝手に投稿されてました。
ということでそのまま掲載しておきます。
城門を潜ると同時に隼翔は両目に魔力を集める。魔力量が少ない隼翔としてはあまり使いたくない手段であったが、守るべき姉妹がいるため万全を期すため出し惜しみはしないことにした。
少しすると変化は顕著に表れ、右目は金色に、左目は朱色に染まった。
隼翔は正常に発動しているかの確認の意を込めて、左手に魔力を集めてみる。すると左手を不可思議な色をした靄が包み始める。
「よしっ……」
靄が包み込む左手でそのまま握り拳を作りながら発動出来ていることに安堵する。そのまま視線を前方に戻すと、そこには石畳の一本道が見え、その遥か先にうっすらと禍々しい気配を放つ城が浮かび上がっている。そのサイドには整然と並べられた石像。それは三つの眼と獰猛そうな牙を剥き出しにして、今にも飛び掛かって来そうな醜悪な悪魔を象っている。さながらガーゴイルとでも表現すべきであろうか。
そんな石像たちの背後には無数にも広がる十字の墓標。それは大小さまざまであるが、共通しているのが何かしらの頭蓋骨が杭で打ち付けられている。お世辞でも趣味が良いとは言えない。
「さしずめ十字架の森、って感じか」
その悪趣味さにさすがの隼翔も眉を顰めている。その後ろではフィオナとフィオネが身体を震わせ、耳をへたり込ませている。
こんな場所早めに抜けよう、と足早に石畳の上を歩こうとしたのだが、不意にガリ……ガリ……、と何か重い金属を引きずるような音が聞こえてきた。同時に視界に何かが映り込む。それは紫色の強い輝きとそれを覆うように靄が浮かんでいる。その靄はまるで……。
「……フィオナ、フィオネ。すぐに俺の後ろに隠れろ」
ゆっくりとした動きで二人を庇うように前に出て、同時に腰の刀に手を掛けるとすぐさま鯉口を切る。隼翔の視界、正確には左目に映り込んだのは正真正銘魔力ある。そして魔力は独りでに空中を漂うはずは無い。それはつまり――――。
「あ、アレはっ!?」
「そんな、オーガっ!?」
地鳴りのような足音とともに十字架の森から巨大な魔物が三人の前に姿を現した。
背後では双子がその正体を視界に捉えたようで、息を飲むと同時にその魔物の名を呟く。隼翔はそれを聞きながらも双子同様にその右目で捉えていた。
(オーガ。脅威度はF、か)
鑑定眼から得られた情報を反芻しながら、今一度その魔物を見やる。
体長は隼翔の2倍近くあり、それを見上げるように眺める。鋭い眼元は隼翔をしっかりと捉え、頭部からは白亜の強剛な角が二本生えている。真っ赤な肌とそれをさらに凶悪に見せるような筋骨隆々な体躯。それはまるで鎧のようで、オーガの存在を余計に大きく見せている。
「グルゥゥゥゥ……」
発達した鰐を開き、口の奥からは低いうなり声が漏れ、鋭い牙が見え隠れしている。しかし、オーガの最大の武器はその体躯から繰り出される膂力でも無ければ、その鋭い牙でも無い。その異様なまでに発達した腕に持つ金棒である。地面を引きずるようにして持つソレは、黒く鈍い光を放っており、表面には棘が付いてる。
「フィオナ、こいつのランクは分かるか?」
「え、えっと……Cランクだったと思います」
隼翔は目線をオーガに固定し柄に手を掛け臨戦状態を維持したまま、背後に控えるフィオナに声を掛ける。それに対し、フィオナは未だに耳をペタリと倒しながらもしっかりとした口調で質問に答える。
それを確認した隼翔は、双眸をスッと細めると一気に石畳を蹴り、抜刀した。それに釣られるようにしてオーガも引きずっていた金棒を持ち上げる。推定だが100㎏はありそうな金棒を片腕で悠々と持ち上げるオーガ、その纏っている筋肉が見せかけ出ないことをありありと証明している。
「ガァッ!!」
号哭とともに振り上げられた金棒が肉迫する隼翔に振り降ろされる。それを危なげなく躱すが、先までの隼翔の進路上にあった石畳は陥没し、反動で周囲の石畳が捲れあがっている。その一撃が今までの魔物との違うという事をむざむざと証明していた。
だからと言って引くような隼翔ではない。金棒を振り下ろした状態で隙だらけのオーガの胴体を側面から斬りつけようと躱しざまに加速し、左側面に回り込むと同時に左足で急制動を掛ける。そのまま一刀両断するべく刀を振るおうとした瞬間、隼翔はそこから飛び退いた。
――――ズゴーンッ
連続して響き渡る破砕音。オーガの握っていた金棒が振り回され周囲にあった悪魔の石像をことごとく破壊した。後に残るは視界を遮る砂埃と原型を失った石像。
「「ハヤトさまっ!?」」
フィオナとフィオネの悲鳴が木霊のように巻き起こる砂埃の中を響き渡る。姉妹は必死に目を見開き隼翔の姿を探す。
右に、左に、視線を巡らせる中でグラリとオーガの体躯が傾いた。それと同時に花が咲くが如く、オーガの身体が次々と斬り裂かれていく。それは一見すれば悲惨な光景なはずなのだが、どうしてかフィオナとフィオネにはそれが美しく見えてしまった。
「ふむ……この魔石は初めて見るな」
黄色の砂が舞う中に咲き誇る真っ赤な花に見惚れていると、その近くに人影が見えた。
すでに納刀し、手の中にある何かに視線を向けている。そんな隼翔に姉妹は胸を撫で下ろしながら駆け寄る。
「ハヤト様っ!」
「ご無事で何よりですっ!」
「まあ、これくらいはどうってことないな」
言葉通りに全く気負いを感じさせない隼翔。ただオーガはランクCであり、通常であれば中級と呼ばれる冒険者たちではまず単独で倒すなど不可能で、いかに隼翔の能力が規格外かを物語っていると言える。その姿に余計に目を輝かせる二人。その羨望の眼差しはもはや留まることを知らない。
「それよりもこの魔石預かってくれ」
そんな視線に気が付かないかのように手の中に握られていた紫色の魔石を渡す隼翔。実は先まで珍しがっていたのはこの魔石の色である。
隼翔がこれまで見てきた魔石の色は茶と灰色の二色のみ。実は魔石はモンスターのランクによって魔石の色が変化するという特徴がある。正確に言うならば、人類が魔石の色によってモンスターのランクを決定したという過去がある。
これまで隼翔が戦ってきたのは主にEとDランクの魔物であり、今回のCランクのオーガの魔石を見るのは初めてであるため、当然の反応とも言える。そんな隼翔同様に渡された魔石を眺める二人。実は姉妹にしてもこのようなCランクの魔石を見るのは初めてのためその色が不思議で仕方ないのだろう。何度も魔石と隼翔の間を視線が行き来し、そこで隼翔の瞳に変化があることに気が付いた。
「え、ハヤト様!魔眼所持者だったのですかっ!?」
「フィオナ、それだけじゃないよっ!もう片方は金色になってるもんっ!!」
「うそっ!?」
オッドアイを見て分かりやすいほど狼狽する二人。そんな姉妹を見ながら、隼翔は頭を掻きながらどう説明するか考え、結果として何も言わないことにした。
「お前ら、このことは秘密にしておけ。良いな?」
「「は、はいっ、もちろんです!」」
隼翔が言い含めると、ビシッ、という音が聞こえてきそうな勢いで敬礼のようなポーズを取る二人。その姿を見て、こっちの世界にもそのような習慣があるのか、などとどうでもいいことを思いながら踵を返し砕かれた石畳を避ける様にして歩み出す。
そして姉妹も渡された魔石を魔法の小袋に仕舞うと、すぐさまトテテテッとその背中を追う。
「それにしても不気味な場所だね……」
「うん。なんか地面から不死化した魔物が出てきそうだよね」
オーガとの一戦があったおかげで余裕が出てきたのか、あるいはやけくそ気味なのかは分からないが姉妹は周囲を見る余裕が出始めたらしく不気味な雰囲気漂うこの空間に対して口々に自分たちの感想を漏らし始める。
それを聞きながら隼翔はある懸念を抱いた、瓢箪から駒が出ないか、と。そしてその懸念は現実となり彼らに襲いかかった。
――――ボコッ、ボコッ
不気味な音とともに十字架の下の地面が隆起し始める。しかもそれは一つや二つではなく、周囲のいたるところで起き始める。
そんな恐ろしい光景を蒼白しながら見つめるフィオナとフィオネ。そんな彼女たちの前方では目元を手で覆いながら天を仰ぐ隼翔。そう、大抵このような状況下では口にした不幸が現実になってしまうと言う、小説などではお決まりのパターンが存在し、姉妹の会話は見事にソレに当てはまってしまった。
そんな彼らを追い詰めるかのように地面からは無数に白骨化した腕が生え始め、ウネウネと奇妙に動く。それを見た隼翔はジーッとフィオナとフィオネを見つめる。見つめられた姉妹は今にも泣きだしそうな表情を浮かべ消え入りそうな声を出しながら隼翔に尋ねる。
「え、えーっと……ハヤトさまぁ?」
「これって私たちの責任、ですかね?」
「はぁ……とりあえずお前らは石畳の上から無闇に動くなよ?ここならアレも出てこないだろうし」
「「うぅ……ごめんなさぃ」」
涙声の二人に動かないように言い含め、刀をスッと抜き放つ。それを待っていたかのように、生えていた腕は地面に手を付き、身体を地の底から引き上げだした。
現れたのは肉も皮も持たない骸骨集団。頭蓋の部分には赤く光る不気味な目があり、手にはボロボロの剣と盾を装備しており、人間で言う心臓にあたる部分には紫色の魔石には満たない何かの欠片のようなものが鈍く輝く。それらはカタカタと不気味に頭骨や関節を鳴らし、その様はどこか威嚇しているようにも見る。
「スケルトン……ゴブリンとか同じように王道だな」
鑑定眼から得た情報を確認しながらその名前に感想を漏らした。そんな気の抜けたことしつつも臨戦態勢は崩さず、視野を広く保つ。
三人を囲うようにして次々と地の底から這い出てくるスケルトン軍団。その勢いは留まるところを知らず、辺りはすっかりスケルトンで埋め尽くされた。
「せめてもの救いは動きが機敏じゃないってくらいか……」
カタカタと骨を鳴らしながら緩慢に動くスケルトンたち。隼翔がいまだに動かないのもその緩慢な動作が関係している。だからと言っていつまでも動かないというわけではなく、スケルトンたちが捲れ上がった石畳にその白骨化した脚を踏み入れた瞬間、隼翔も動いた。
「はぁっ!!」
裂帛の気合とともにスケルトンの頭蓋骨が真っ二つに切り裂かれる。砕いたのではなく、斬り裂いたのである。それを証明するかのようにその断面はとても滑らかで、力に一切の無駄がないという事を物語っていた。
もちろんそれを誇ろうとしなければ、確かめるために眺めると言った無駄なことをせずに隼翔はすぐに次のスケルトンに肉迫する。
縦横無尽に振るわれる剣戟に地面は白い骸に覆われ始める。しかしそれでもスケルトンの数は一向に減る兆しが見えず、今も小刻みに骨を揺らしながら、その不気味な光る目は四方八方から三人を捉え続けている。
「流石に多いな……ってか、スケルトンって人型以外にもいたんだな」
視線の先には4足歩行の獣型のスケルトンや他と比較すると明らかに大きい骨格のスケルトンなど多様なスケルトンが増えている。
ただそんな悠長に観察しているのは隼翔だけでフィオナとフィオネは恐怖のあまり目元に涙を溜めている。そんな二人の状況を横目で確認しつつ、隼翔は先ほどから気になっている疑問を姉妹にぶつけた。
「お前らにいくつか質問したいことがある。まず一つ目は、全ての魔物は魔石を持っているのか?」
「は、はぃ……魔石こそ、魔物の核、でずから……ぅぅ」
刀を振るう腕は一切緩めずに次から次へとスケルトンを屠る。
一方、質問されたフィオナは嗚咽を必死に我慢し言葉を詰まらせながらもなんとか答えた。それでもやはり恐怖のが大きいのか、はたまた武器が無いことが恐怖心を更に大きくしているのか、その涙が止まることがない。
隼翔はやれやれと言った表情を浮かべつつ、今度は骸骨たちを指差しながらフィオネに質問をする。
「ならばこうやって骸骨を操るような魔物はいるか?」
その言葉に一瞬涙を流しながらもキョトンとした表情を見せる。それを確認すると、予想が外れたか、と隼翔は口元を歪ませかけた。だが……。
「な、名前は知りませんが、い、います……」
「そうかっ!」
それを聞いた瞬間、隼翔の行動は早かった。一気に魔力を左目に集め、スケルトンたちのさらに奥を見つめる。
(なるほどな。先からの違和感の正体はこれだったのか)
左目を通してみる世界、そこには魔力が映る。そして魔石からも当然のように魔力は発せられている。にも拘わらず、このスケルトンたちからはその兆候が見られない。いや、正確には魔力の靄が見えるのだが、核であるはずの魔石特有の強い光が見えない。何よりもスケルトンをいくら倒しても魔石が見当たりもしない。
そこから隼翔の中にとある疑問が生じていた――――スケルトンは果たして魔物なのか、と。
それゆえの質問だったのだが、姉妹からの回答を以って隼翔の中にある答えが導かれた。
「あそこかっ!!」
声を上げながら見つめる先には一見すればスケルトンたちが跋扈しているようにしか見えない。しかし隼翔の朱色の瞳は確かにその姿を捉えていた、薄暗く霧のように魔力が視界を遮る先に淡く光る魔石の存在を。
「そこを……どけっ!」
魔石の光を隠すのは薄暗い靄を纏うスケルトンたち。それらは幾重にも層を成し、隼翔の進攻を阻まんとする。しかし、そんなもの隼翔には関係なかった。
短い気勢とともに、石畳を強く蹴る。石畳はその衝撃で陥没し、砂塵が舞いあがる。
「「す、すごい……」」
その光景を目にし、自然と涙が止まるフィオナとフィオネ。彼女たちの視界には次々となぎ倒されるスケルトンが映っている。しかもその速度は尋常ではなく、数瞬でも目を瞑るとスケルトンたちが切り刻まれ、宙を舞っていると言う状態である。
そんな光景を作り上げている張本人はと言うと、ただひたすらに視界を覆う靄を掻き消すように刀を振るっていた。その刀が振るわれるたびに靄は少しずつ霧散し、隼翔の身体は着実に強い光を放つ魔石に近づいていく。その光の色は紫、つまり先のオーガと同等と言えるCランクの魔物。だが――――。
「ちっ、やっぱ姿が見えないか……」
小さく息と一緒に言葉を吐き出す。紫の光は確実に強く近くなっているにも関わらず、その魔物の姿を右の金色の瞳で捉えることが出来ていない。なので鑑定することもできなければ、相手の正確な位置も分からない。
だが、焦りはなかった。もちろんこうしている間にもフィオナとフィオネが待機する石畳の方にもスケルトンたちが向かっているはずなのだが、姉妹の周囲の敵は多めに倒してあるので当面は時間がある。それに、隼翔には向こうにはこれ以上スケルトンたちが襲いかからないのではないかという予想があった。
「「グゥ……ガァ……」」
謎の呻き声を上げながら隼翔だけに狙いを付けたかのように襲い掛かるスケルトン。この状況こそが隼翔が焦らないでいられる理由でもあった。
一見すれば自分だけが狙われている危機的状況、だがそれは裏を返せば隼翔が危険な存在だと認識され、かつ相手に今現在危機が迫っているということと同義にもなる。
つまり今現在スケルトンたちを操る者に間違いなく接近出来ている。そして向こうからすれば姿を消しているにも関わらず、迷いなく自らの場所まで接近し、その瞳は確実に自分を捉えている。そのような状況下ではいくら魔物と言えど平静でいられるはずがない。そのわずかな動揺こそ、隼翔が求めるモノであり、絶対に見逃せない隙であった。
「見つけたぞっ……」
獰猛な笑みを浮かべながら、隼翔から殺気が膨れ上がる。その殺気に当てられたのか、あるいは生命の危機を感じたのか、空間に揺らぎが生じ――――その姿を現した。
体形は限りなく人に近く、纏っている衣服は神父が着るような祭服。右手には長い杖、左には分厚い本と司祭を思わせる風貌をしている。ただ、その顔は異形というのが相応しく鳥のような巨大な嘴が目立つ。
隼翔は双眸をスッと細める。左の瞳では祭服の奥で光る紫の魔石を、右の瞳ではその魔物の正体を性格に捉えた。
「脅威度F。キャスター、か」
右目から得た情報を読み取り、刀を握る手に力を籠める。キャスターとの距離は5mも無いが、その間には恐怖におびえることのない死兵たちが立ちはだかる。もちろん隼翔にとってはスケルトン如きが何体集まろうとも敵ではないのだが、手間ではある。
そこで隼翔は地面を右足で強く蹴って飛び上がり、左足で眼前にいたスケルトンの肩を踏み潰すようにしてさらに高く飛び上がった。
その光景を唖然としながら見上げるキャスター。さすがに飛び上がることは予想していなかったらしく、杖を構えることも些細な抵抗をすることもできず、雷の如く振り下ろされた銀閃に命を奪われた。
「ふぅ……」
そんな軽く吐き出された息とともに辺りを包囲していたスケルトンたちはガラガラ……と盛大に音を立てながら崩れ落ち、灰となって霧散した。
それを無感動に見つめながら隼翔は足元に落ちている紫の魔石を拾い上げると、空に怪しく浮かぶ月にかざした。月の光を魔石が反射して隼翔の顔に紫の影を落とす。
「ふーん……意外と透明度高いんだな」
先まで大立ち回りを見せていた者の言葉とは思えないほど気の抜けた感想を漏らした。完全に場違いな感想だったが生憎誰も咎める者はいない。
「「ハヤトさまぁーーーーっ!!」」
魔石をのんびりと観察する隼翔に向かって、そんな声とともに二つの弾丸がポフッと音を立てながら衝突した。隼翔はその二つの弾丸を優しく受け止めると、金色の髪をゆっくりと撫でた。
「お前たち、怪我はないか?」
見た目上は怪我は見えないのだが念のために隼翔は声をかけた。
「はい、大丈夫です。それよりもハヤト様の方は大丈夫でしょうかっ!?」
「わたしたちのせいでお怪我はしてませんかっ!?」
「心配するな、問題ない」
こちらは一転して心の底から心配した声を出す。そのことに隼翔は若干苦笑いを浮かべつつ、問題ないと手をヒラヒラとさせながら伝えて、フィオネに魔石を渡した。
フィオネが魔石を小袋に仕舞ったのを確認すると、隼翔は周囲を見渡す。どちらの瞳にも異変は映らない。
そのことを確認しながら未だに全容がはっきりとしない城を見つめる。そのまま視線を地面に落としながら考え込む。
「まだ距離があるな……。このまま進むと今みたいなことがありそうだから一端戻るか」
城の方角を確認しつつ、隼翔は一切の迷いなく歩き出す。そして姉妹もその背中を慌てたように追いかける。その表情から察するにやはりこの雰囲気は慣れないのだろう、顔が強張ってしまっている。それでも先ほどのように泣いていないのは隼翔という存在の大きさを確認できたからに違いない。
「それにしてもCランクの魔物にここまで歓迎されるとはな……。この先どんな魔物が出てくることやら」
その言葉だけで考えるなら、辟易としたような心情が読み取れるのだが、いかんせん隼翔は口元に小さな笑みを浮かべていた。しかし本人はそのことを自覚しておらず、知らず知らずのうちに強者との戦いを楽しんでいたのである。
その好戦的な笑みを後ろを歩く姉妹が見れるはずも無く、結局誰も隼翔にそのことを指摘することはできないまま十字架の森を抜け、三人は先ほどの荒れ果てた石畳の場所にまで戻ってきた。
「ん?そういえば……」
荒れ果てた状況など気にも留めない隼翔だが、石畳の上に落ちているとあるものに目が行った。それはオーガが振り回してた金棒である。
それを考え込むようにしながら眺め、不意にしゃがみ込んでそれに触れる。そして万物創生の能力を発動する。隼翔を包むように不思議な光が手から漏れる。
「よし、できた」
イメージしたのは動乱の時代に見かけた手甲と西洋の甲冑が装備している籠手を融合したモノ。もちろんデザインはものすごくシンプルで、実用性を追求したように無駄が一切なく、内側は黒地の布が見えており、外側には手首を守る程度に金属板が付いている。
「ほら、受け取れ」
満足のいく出来だったのか、隼翔は不満そうな表情を一切せずにそれを姉妹に手渡した。
「え、えっと……?」
「こ、こうですかね……?」
それを受け取ったフィオナとフィオネは戸惑いながらも手甲をなんとか両腕に通し、手を握って開きを繰り返して動作や具合などを頻りに確かめている。それを見ながら隼翔は適度に使い方のレクチャーを始める。
「今使ってみて分かったと思うが、その手甲は不要なときは金属板を収納できるようになっている。そして必要な時には手首を軽く振って出せばいい」
「えーっと……うわっ、出た!!」
「すごいっ!!」
言われた通りに姉妹が手首を軽く振ってみると、シャキンッ、と音を立てながら金属板が肘を覆う程度まで伸びてきた。外側の金属板は蛇腹状に重なっており、収納できるとともに腕に沿ってフィットするようになっている。そのフィット感にフィオネも目を見開いている。
「強度もちゃんと保障する。次からは危険になったらそれで身を防げ、いいな?」
「「了解しましたっ!」」
手甲を嵌めた手、シュタッと敬礼のようなポーズを決める。姉妹のその目は完全に隼翔から新しい武具を貰えたことを喜んでいるのか、キラキラと眩しいほどに輝いている。
この程度の手甲でここまで喜んでくれるのか、と思わず後頭部を掻いてしまう。だからと言ってこれ以上何をするでもなく、二人の手甲の馴染み具合を観察し、ある程度満足のいく出来になったと見切りをつけると二人に声を掛けて、ようやく城に向けて脚を再開する。
そのまますんなりと石畳を歩きながら十字架の森を抜けられたかと言うと、残念ながらそう甘くはなかった。あの後再びオーガと会合し、さらには悪魔の石像が動きだし隼翔たちに一斉に襲い掛かった。
それでも隼翔のまさしく独り舞台と言う言葉が相応しいほど、大立ち回りを演じた。空中からも襲いくる悪魔の石像をいとも容易く斬り伏せ、オーガに至っては今回は何もさせずに斬り裂いた。
そんなフィオナとフィオネの姉妹にとっては浮世絵離れした状況ながらも、どこか慣れつつある自分たちに戸惑いを感じてしまい苦笑いをせざるを得なくなっている。もちろん隼翔はそれを当たり前と思い、飄々としている。
そして三人はついに城の入口に到着した。
城の前に到着した三人を最初に襲ったのは、ゾクッ、と背筋を泡立てるような禍々しいほど重く濃い殺気。
「ひっ!?」
「うぅ……」
姉妹は耳を完全に伏せ、尻尾は項垂れるように元気を失っている。そして隼翔でさえも、くっ、と唇を噛み締め苦い表情を浮かべる。それほどまでにこの城は異質である。
それでも姉妹は決して弱音は吐かない。それ隼翔がいるという事もあるが、ここで隼翔の負担になりたくないという心理も働いている。
「そんなに無理しなくてもいい。どうせ結界内から出るには城を乗り越えないといけないんだ。ゆっくり行こう」
二人の強張った顔を見て、隼翔は頭を優しく撫でながら諭す。もちろん純粋な優しさという部分もあるが、それ以上に緊張で身体が固まった状態では動けず行動が遅れることを危惧してのことである。
またやはり魔力量に不安があるので少しでも回復させたいという思惑もあった。
「お気遣いさせてしまい、申し訳ありません」
「ありがとうございますっ……」
二人は恐縮しながらも、やはり精神的にきつかったのか素直に指示に従い、その場にヘタリと座り込む。
座り込んだことにより緊張の糸が切れ、顔から一気に血の気が失せ、心なしか呼吸も浅い。
そんな二人の様子を見かねて隼翔は姉妹の背中を優しくさすり、落ち着かせる。
「ゆっくり大きく息を吸え。深呼吸だ」
はぁはぁ、と浅かく荒れていた呼吸音は次第に整い始め、いつしか、すーっ、ふーっ、と規則正しい二重奏が当たりを包んでいた。
「落ち着いたか?」
フィオナとフィオネの表情に血色が戻り始めたタイミングで隼翔は普段通りの声色で問いかけた。
少女たちはその声を聞いて、コクコクと強く頷いて見せる。
そのいつもの優しくも無ければ気取りもしない声色だからこそ、少女たちの精神に平静を取り戻させ、活力を与えたのかもしれない。
「そうか……なら行こうか」
その力強い返事に納得したのか、隼翔は二人の背中をポンッと叩き、城への侵入を阻むように閉ざされる巨大な門に歩み寄る。その門は木製なのだが、三人の瞳には金属よりも強固に重く映る。
「開けるぞ」
ざらざらとした特徴的な木目を持つ門の表面に左手を添えて、グッと力を籠める。すると、ゴゴゴッ……、と音を立てながらゆっくりと開き始める。
扉が開いたことにより中から、ブワッ、と風が流れ始める。その強めの風が隼翔の髪を乱雑に撫でる。
「……へぇ」
その豪華絢爛な玄関ホールに思わず嘆息をもらす。
半円形の階段がサイドに二つあり、その中央には奥へと続く黒塗りの扉がある。もちろん豪華絢爛と言っても、金や銀を惜しげも無く使い煌々と輝いてる、というわけではなく光源も壁にある燭台の揺れる火と明滅するシャンデリアだけで室内は薄暗く、甲冑や壁に掛けられた剣などが怪しく浮かび上がり、恐怖を増長させる。
それでも隼翔同様に、フィオナとフィオネは怯えるではなくその光景に圧倒されるように呆然と目を見開いている。
「行こう」
短く言い、まっすぐ進む。その先には黒塗りの扉がある。隼翔は扉の前に立ち、グッと押してみるが、ガチャガチャと音がするだけで開く様子がない。
「鍵がかかってる、ようですね?」
「どうしますか?」
「うーん……仕方ない。階段登ってみるか」
少しだけ悩む素振りを見せたあと、すぐに半円形の階段を登ることを決意した。決意してから行動に移るまでが早く、隼翔はすぐさま階段を登り始める。周囲を警戒しながらその背中を必死に追うフィオナとフィオネ。
コツコツと軽快ながら泰然自若とした足音と、タタタタッ、とテンポの速い二人分の足音が階段から鳴る。
その音が途切れると同時に、三人の前には再び扉が立ち塞がった。それは先と同様に黒塗りの扉だったが、今回は鍵が掛かっていないようですんなりと開かれる。
「ダンスホール、か?」
扉の先にはかなり拓けた空間が広がっていた。柱や彫像など一切無駄なモノが置かれず、ひたすらに広いだけの部屋。相変わらず室内は薄暗く、怪しげな雰囲気を漂わせる。
「ここに鍵があるといいのですが……」
周囲をキョロキョロと見回しながらフィオネが呟く。その隣ではフィオナも同様に視線を部屋に巡らせている。その仕草の同調性が高くて隼翔は思わず苦笑いを漏らしそうになったが、ハッと視線をホールの中心に向けた。
「お前たち……下がってろ」
その真剣な声と眼差しから何かを悟った二人はすぐさま隼翔の背中に隠れるようにサッと下がった。代わって前に出た隼翔は刀に手を掛けて、臨戦態勢を取った。
「なるほど……今までとは違うようだな」
双眸をスッと細めてホールの中央を睨みつける。その視線の先には、いた。
一見すれば鍵が宙を浮いているようにも見える。しかし良く目を凝らしてみてみると、それはある魔物の胸元に吊るされいる。
空中に浮かぶ真っ黒なローブ。その中から真っ赤に血走った二つの目と肉も皮も失った骨だけの表情が顔を覗かせている。そして何よりも特徴的なのが、その長い指骨に握られた禍々しい巨大な鎌。それはまるで空想上の死神が持つ長大な鎌によく似ている。
「あれは……!?」
「首狩りっ!?」
フィオナが呟いた異名の"首狩り"、それがこの魔物を顕著に表していた。
「行くぞっ!!」
隼翔はその声を耳に入れながら大理石に似た床を強く蹴り、加速した。
眼前にいる魔物の情報は右の神眼で既に情報を得ている。スライサー、脅威度はこの世界で初めて対峙するE。つまり、今まで倒してきた魔物よりもワンランク上という事を意味している。そんな相手だからこそ、隼翔も細心の注意を払いながら、決して引く姿勢は見せない。
接近する隼翔に対し、スライサーはその巨大な鎌を振り上げ、そのまま首筋目掛け一気に振り下ろす。その一撃は首狩りの名に相応しいものであった。
「なるほど……脅威度がワンランク上がっただけはあったな」
制動をかけずに、弧を描くように避ける隼翔。だが、その頬はうっすらと斬り裂かれ血がわずかながらに流れ出している。
この世界で初めて負った傷。そして目の前に初めて傷を負わせた敵。久々の命のやり取りに思わずシニカルな笑みを浮かべる。
「今度は俺の番、だなっ」
いつの間にか抜いていた刀を構えると、すぐさま袈裟切りを放つ。
――――キンッ!!
甲高い金属音がホールに響き渡る。
「ほう……面白いな」
珍しく感情をむき出しに隼翔は言葉を紡いだ。弧を描くように避け背後からの完全な一撃だったのに、それを見事に防いで見せた。そのことに心は知らず知らずのうちに躍っていた。
異名持ち魔物、ランクがB以上の魔物で更に凶悪なモノがそう呼ばれる。そして"首狩り"と異名を持つスライサーも当然のようにこれに含まれる。
一般的にこの魔物と遭遇したらまず逃げる、という事を選択する。それが最善だと、この世界では子供のころから口酸っぱく教えられる。当然姉妹もそう教わっているにも関わらず、姉妹はその場を一歩も動こうとしない。
もちろん隼翔を置いて行けない、また信頼しているというのはある。だが、それ以上に姉妹は心を奪われていた。ホールの中央に煌めく無数の銀閃。それはとても美しく、幻想的なモノだった。
「すごい……」
知らぬ間にそんな言葉が漏れていた。そこまでに、その光景は見事だった。
耳に届く金属同士の衝突音。それを懐かしく感じながら隼翔は刀を振るう。
スライサーは隼翔の剣戟を防いでいる、それは絶賛されてもおかしくないことだった。現に隼翔自身でさえも目の前の敵に賞賛を送っていた。
「グォ……ッ」
攻める隼翔、防ぐスライサー、その構図は決して変化することがない。通常であれば受けて側でも、ある程度守れば慣れて攻撃に転ずることができるはずなのだが、スライサーにその選択を取ることが許されない。
なぜなら隼翔の剣速は徐々に、一刀ごとに増しているからである。それは本当にわずかなモノなのだが、その積み重ねがスライサーに重く、重く圧し掛かっている。最初こそ難なく付いて来ることができたが、これだけ剣戟が繰り返されればその速度は最初の比ではない。
現にその刃は徐々に漆黒のローブを捉え始め、斬り裂いている。そのことに怒りを覚えるが、攻撃できずにぐぐもった呻き声を上げる。
「どうした、もう終わりか?」
その明らかに落胆したような口調にスライサーの怒りの沸点は頂点に達した。
「グォォォォォオオオオオオオ!!」
激昂に身を任せ、無理やりに大鎌を振りかぶり……勢いよく振りぬいた。その一撃は怒りに任せたものにも関わらず、鋭く今までにないほどの威力を誇っていた。しかし……。
――――ブォン!!
鎌は空を盛大に斬っただけで隼翔に触れるに至らなかった。同時にスライサーの視界からは獲物であるはずの隼翔がこつ然と姿を消し、そのむき出しの目には明らかなほど動揺が走った。
「戦いの最中に怒りに飲まれるとはな……。まだまだだな」
全く気負いのない声がスライサーの下から聞こえてきた。その声の場所に視線を向けようとした瞬間、銀閃が昇った。
「――――」
断末魔を上げることさえできず、スライサーは真っ二つに別れた。その別れたスライサーから魔石がキラリと緑の光を反射しながら落ちていく。隼翔はそれを空中でバシッと掴むとしげしげと見つめる。
「初めて緑色の魔石を見たな……」
しげしげと眺める隼翔の足もとにチャリーンと鈴の音に近いような音を響かせながら鍵が落ちた。足元に落ちた空色の鍵を拾い上げ、そのまま無造作にポケットに仕舞い込んだ。
「ハヤトさまぁーーーー」
「さすがですっ!!」
スライサーを倒した隼翔の下に二人がいつも通り勢いよく走ってきた。毎度毎度のことでもう慣れたように軽くあしらう。
「あの程度、普通だ。それよりこれを預けておく」
ポイッと緑の魔石を放り投げる。それをあわわ、とフィオネが危なっかしく受け取ると、両手の中で光る緑の魔石をギョッと目を見開いた。その横では同様にフィオナも目を見開く。
「ら、ランクAの魔石……」
「は、初めて……見た……」
ランクAだったのか、とその会話から聞き取った隼翔は……もちろん無感動なまま踵を返してダンスホールを後にした。
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