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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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憧れの町娘

ようやく体調がよくなり始めたので、今日からは元通り更新を再開したいと思います。

 闘武大祭――――正式名称"闘技大会"の予選の前日と迫り、都市内の賑わいは普段とは異なりを見せていた。

 都市の至るところに設置された街灯からは闘武大祭を盛り上げるべく幟が吊るされ、酒場や店の軒先には見るからに熱狂してしまいそうなポスターが飾られる。

 そして、それらのポスターに決まって使われているのは昨年も合わせ、2年連続で優勝の栄冠に輝いた謎の剣闘士"鴉天狗ヴァローナ"だ。


「いやぁー、今年も鴉天狗ヴァローナの優勝で決まりか?」

「いやいや、分からんぞ?今年はなんでもアマスタチア帝国の近衛騎士も参戦を決めたって噂だし」

「本当かよっ!!アマスタチア帝国と言えば海峡を越えた向こうの大陸にあるっていう大国だろ?」

「ああ。なんでもそこの第三皇女が観戦に訪れるらしい。んで、その関係で本戦からは護衛である近衛騎士の一人も出るという話だ」

「まじか~、すると鴉天狗ヴァローナも今年は危ういか?」

「いや、分からんぞ?あの超絶剣技は他に追随を許さないからな……正直アレを見切れる奴がいるとは思えないな」


 武器屋の外壁に張られたポスターを眺めながら、冒険者然とした男たちが顎をしゃくりながら話し込む。

 その内容は決まって闘武大祭についてだ。

 この時期になっては決まって話題と言えば闘武大祭でもちきりとなる。それほどまでの巨大な行事であり、注目の的となっている。ましてや今年度は歴史上初となる3連覇の偉業が成されるかどうかという節目の大会でもある。戦いを生業としている者たちにとって注目しても当然だ。


「にしても鴉天狗ヴァローナって何者なんだ?」

「さてな。髪の長さ的に女って感じだが、どうにも分からない(・・・・・)だよな」

「どこかの軍勢ユニオンに属した冒険者でもなければ、傭兵でもない」

「かと言って、国に従事する騎士でもない……出自不明の剣闘士ということしか明かされていないんだよな」


 初の偉業を果たすかどうかという鴉天狗ヴァローナ

 だが、意外にもその素性は一切分かっておらず、ましてや素顔を知る者もいない。巷では顔に大傷を負っている強面の男と言われていたり、別の噂だと見麗しい女性だとかまことしやかに言われているが、真偽は定かではない。


「…………」


 そんな男性冒険者たちの会話を耳にしながら、近くで別のポスターを眺める少女。

 紫水晶アメジスト色の美しい瞳とほっそりとした唇。背中を覆うほどの長い髪が秋風に靡き、本物の紫水晶のようにキラキラと輝いている。

 装いは町娘のようで際立って煌びやかさはないが、どうしてか背中の部分だけが大きくはだけた服装をしている。

 その少女は一頻りポスターを眺めた後、興味が失せたのかどこかに向かって歩き出した。


「~~~~♪」


 鼻歌混じりに弾む歩み。

 クノスはその特性上、物珍しいモノが並ぶ露店や店舗が数多く並ぶが、都市の住む者たちからすれば決して目移りするようなモノではない。

 それなのに少女はどうしてか珍しそうに品々を眺めては、紫水晶の瞳をキラキラと輝かせ、飛び跳ねるようにして次の露店へと足を運ぶ。その様子は正しく初めて外出した子供そのものだ。


「お嬢ちゃん、そんなに珍しいか?」


 そんな少女に、強面の露店主は獰猛な笑みと共に声をかける。

 露店に並ぶのは地下迷宮産の果物や野菜だ。どれも地上のモノとは思えない色や形、臭いを発している。それらを興味深そうに眺め、店主の問いかけに快活に頷く少女。


「うんっ!こうやって街の中を自由に見て歩いた事ないからね……それと一応、僕は"お嬢ちゃん"って歳じゃないんだけど?」

「おっ、と。そいつはいけねぇ、気を付けるよ」


 しかし店主の少しばかり小馬鹿にしたような"お嬢ちゃん"という呼び方に少女はムッと顔を顰める。

 吊り上がるくりくりとした瞳。乳白色の肌はほのかに赤くなり、ぷんすかと聞こえてきそうだ。

 だが店主は対して取り合うつもりもなく、子ども扱いは止めようとはしない。しかし、それも仕方ないだろう。華奢な体つきとどこか子供っぽい容姿。身長こそ大人と子供の中間くらいだが、残念なことに大人の女性としての象徴である豊かな胸がない。より言及するならばツルペタだ。

 

「むっー、僕はこれでも17なんだよ」


 果たして店主がその絶壁を確認したかどうかは不明だが、少なくとも少女の年齢が17ということに対して目を軽く見開き、意外そうにして見せる。


「そ、それはすまねぇ。このリンゴ飴でも食べて機嫌直してくれ」

「えぇ~、本当にくれるのっ!?わーい、ありがとね」


 闘武大祭に向けてなのか、屋台の隅の方には様々な果物を使った色鮮やかな飴が用意されている。

 強面の店主はその中から縁日では定番と言えるリンゴ飴を手に取ると、お詫びの印とばかりに少女に手渡す。

 大喜びで受け取り、リンゴ飴を舐める少女。言っては難だが、その姿はとても淑女だとは言い難い。現にリンゴ飴を渡した店主も苦笑い気味だ。


「じゃあね、おじさん!飴ありがとねっ」

「おうっ、お嬢ちゃんも楽しんでな」

 

 お礼を言いながら、少女は再び踊り出すような足取りで右に左に足を進める。

 街中は闘武大祭に向けて祭りムード一色で、今か今かと明日の開催を待ちわびるように熱が入り始めている。

 それなのに、やはり少女の興味は都市内の珍しい食材や雑貨、魔法道具や武器などにしか向いていない。いや、正確に表現するなら今この時を、この場所で楽しんでいる。そんな雰囲気だ。


「おっ!アレはなんだろうな~……ん?」


 自由気まま、まさに籠から飛び出した烏のようにふわふわと見て回る少女。

 そのまま物珍しそうな品が並ぶ露店に顔を覗かせようとして――――ふと、何かに導かれるように通りに視線を向けた。

 紫水晶アメジストの瞳に映るのは二人の男女が歩く様子。

 どちらも中々に珍しい漆黒の頭髪をしており、佇まいはどこか凛としたモノを感じさせる。

 しかし、それだけなら少女は見向きもしなかっただろう。なにせ、現状少女にとってはこうして自由に外を歩けることがなによりも得難い報酬であり、1分1秒を無駄にしたくないほど外界を堪能していたいのだから。


(なんだろう……あんな人、始めて見た)


 少女は決して冒険者でもなければ傭兵でもない。

 騎士でもなければ雇われの護衛でもない。

 ただ他者よりも圧倒的に人の強さと言うモノを覚る能力は鋭く、人を見れば大まかにだが自分より強いか劣るかが理解できる。

 その感覚から言うと、黒髪の女性の方は自分より劣るものの、何か秘めるモノを感じさせる。

 ただ、今回気になったのは男の方。普通彼女の感覚をもってすれば、何かしらを感じ取れるのだが男からは感じ取れない。それは決して"無"という意味ではなく、深淵の霞を掴むが如く全容が全く掴みきれないのだ。


「……何者、なんだろう?」


 ペロペロと幼子のように大事にリンゴ飴を舐め、人混みと喧騒に消え行く後ろ姿を眺める少女。

 彼女の興味は街中に溢れる未知の品からすっかり男へと摩り替わってしまった。


「……闘武大祭の本選・・に出てこないかな」


 そんな本音を静かに漏らしながら少女は踵を返すと、足取りはすっかり先ほどと同じ跳ねるような軽く楽しげなモノに戻り、何事も無かったように露店巡りを再開するのだった。

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