表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
116/156

剣の道は遠い

 次の日からの一週間は、概ね代わり映えの無い日々を過ごしていた。

 朝起きて地下迷宮に潜り込む。そこでパーティーとしての連携を熟達したモノへとするために浅層域の小さな部屋ルームで"魔寄せの香"を焚き、疑似的なモンスターハウスを作成、戦いながら互いに呼吸を合わせるというモノだった。


 その成果として、ひさめは前衛の歯車の一つとしてようやく噛み合い、7日目には広大な砂の海――――砂海層エーデゼルトでの実戦においても連携は見事に噛み合って、隼翔を抜いた5人でのパーティーでDランクの魔物の群れを掃討することが可能となった。

 もちろん、それは主にアイリスの活躍が寄与している部分が大きかったと言わざるを得ない光景であったが、それでも連携が見事に嵌っていたからこそ誰も大きな怪我を負うことなく切り抜けられた――――それが見守っていた隼翔としての見解だ。



 そして秋晴れ好天の本日はと言えば、屋敷内からはバシッ、パンッと乾いたぶつかり合う音が響いている。

 隼翔たちの予定としては今日は久しぶりの休養日。そのため朝は遅めで、女性四人が立っても動き回る余裕が有り余るキッチンにはまだ人の気配が無く、静かだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 乾いた音に紛れるようにして聞こえる、どこか艶めかしい呼吸音。

 それらの音が聞こえるのは屋敷の一階、丁度丁度中心に位置する道場からだ。


 張り詰めた空気の中で向かい合う二つの人影。どちらも漆黒の頭髪と瞳、この空気と場に合った道着と袴で、和的情調が漂っている。


「行きますっ……」


 肩で息をしながらも竹刀をギュッと握りしめ、木張りの床をダンッと勢いよく蹴ったのはひさめだ。

 リボンで綺麗に結い纏められたポニーテイルを揺らし、竹刀を振り被る姿はこの一週間の間によりさまになったように感じられる。

 本来なら打ち込みに際して掛け声は不要だ。何せこれはいくら修練の一環とは言え、想定しているのは試合で無く、殺し合いを見据えた実戦だ。増してやその打ち込む相手と言うのが、どんな汚い不意打ちを敢行したとしてもまず一撃を入れるのが不可能とも言える隼翔が相手なのだから余計だ。


「…………」


 しかし、隼翔はそれをわざわざ指摘することはせず、静かに竹刀を正眼に構えながら打ち込んでくるのを待つ。

 ひさめのまっすぐな性格を表すかのように、大上段から真正面に打ち下ろされる竹刀。隼翔はそれをギリギリまで引きつけると、振り下ろされる竹刀の側面を撫でるように自分の持つ竹刀を交差させ、そっと軌道を逸らした。

 その優しさは今までと違うことを明らかで、一切の乾いた音を立てていない。


「っ!?」


 ひさめの今まで竹刀を受け止められていただけに、思わずその衝撃の無さに目を見開き、前につんのめり(・・・・・)になりながらもなんとか踏み出した右足で耐え抜き、竹刀で床を叩く無様を晒さずに済んだ。

 だがいくら修練とは言え、コレは実戦を想定した修練だ。当然隼翔(あいて)から視線を逸らしてしまったひさめに追撃が無いはずがない。

 ひさめは背筋にピリリと走る嫌な感覚に突き動かされるようにして、サッとバックステップでその場を飛び退いた。

 

「っ!」


 頬を微かに撫でた風。気流を乱すと言うよりは切り裂くほどの勢いで振り下ろされたソレは、もしひさめが飛び退いていなければ確実に後頭部を叩かれていただろう。


「そうだ。戦場では常に気を抜くな、例え視線を相手から逸らしてしまっても感覚が研ぎ澄まされていれば避けられることもある」

「……はいっ」


 恐らく避けられなかったとしても、隼翔は最終的に手を緩めて後頭部に走る多少の痛みだけでも済んだだろう。だが、こうして静かなながらも賛辞を頂けるのとそうでないとでは訳が違う。 

 胸の奥から上がる歓喜を必死に押し込めながら、ひさめはもう一度竹刀を構える。


「行きますっ」


 再び打ち込む前に掛け声を上げると、ひさめは少しばかり重みが増してきた竹刀を身体に隠すように引き絞りながら、半身の構えで駆ける。

 対して隼翔は先ほどと同じように泰然と正眼の構えを解かずに待つ。

 ひさめは間合いを詰め、右足を強く踏み込むと同時に、竹刀を薙ぐ。隼翔を相手に、しかも両者防具を装備していないにも関わらず、その一撃に迷いはない。

 たが対人戦を克服したという訳じゃない。隼翔がこうして相手をしてくれているのに、そこで迷いから未熟な一撃を放つのは無礼極まりなく、同時にいくら手加減されているとは言え迷っていられるほど容易な相手ではない。


 現にひさめの軽いながらも、しっかりと体重を乗せた横薙ぎは隼翔の軽い動作による竹刀によって簡単に弾かれる。

 パンッと道場内に響く乾いた音。だがひさめにはもう表情に驚きは無く、果敢にも攻め手を緩めない。


 上段からの打ち下ろし、突き、薙ぎ払い。

 隼翔に倣った剣術の基本を踏襲するように竹刀を操るひさめだが、それらは簡単に隼翔によって弾かれ、逸らされ、躱される。


「くっ……」

「……いいか?決して疲れてもそれを表情に出してはいけない。特に対人戦についてはだ」


 すっかり肩を上下に揺らし、竹刀を持つ両手を重そうに下げるひさめ。

 まだまだ瞳には戦意を宿せているが、その気力に反して身体はすっかり動くのを拒んでいるように見える。

 そんな彼女に隼翔は息も乱した様子も無く、対人戦における心得を教える。そして、その上で隼翔は動くのも辛そうなひさめに対して、今までは見せなかった攻めの姿勢を見せる。


 上段からの斬り下ろし、下段からの鎌風のような切り上げ。旋風のような薙ぎと突風のような突き。

 どれもひさめが見せたのと同じ順序と軌道、変わらない速さなのに、どうしてかその竹刀はひさめのよりも明らかに威力がある。


「う、ぐっ……」

「どうやらここまで、だなっ」


 ひさめの身体には一切の痣はない。だが息は完全に荒げられ、汗を玉雫のように流している。

 刀を握る両手はほとんど握力も無いのか、プルプルと振るえている。それでも竹刀を離さないのは見事だが、隼翔はそれを跳ね上げるように少しだけ強い踏み込みと共に跳ね上げた。


 少しばかりの抵抗を感じた後、クルクルと宙を舞った竹刀。そのまま木の床に乾いた音を立てながらひさめが持っていた竹刀が落ちた所で、隼翔も手に握っていた竹刀の剣線を下げ、息を吐く。

 そして隼翔は身に染み付いた動きで血振りをすると、帯刀の構えを取る。


「お疲れさま。大分良くなったな……成長してるぞ、ひさめ」

「あ、ありがとうございまし……た……」


 修練終了の慣例的な動作である帯刀の構え。

 それを隼翔が見せてくれたことで、ようやく終わりを悟ったひさめは礼儀正しく頭を下げると、緊張の糸が切れたようにへたりと座り込んだ。

 もちろん今回の修練をしたいと願い出たのはひさめ自身だ。だが一度修練を始めれば隼翔は手心は加えるが、決して手を抜かない。それは実戦を想定した修練を行っているからだ。

 それでも修練の時間さえ終えてしまえば、隼翔はただただ身内には甘い男に変貌する。


「ほら、ゆっくりとコレを飲め」

「あ、ありがとうございます……」


 隼翔は座り込んだひさめの前に膝を着くと、腰から水筒を取り出し、コップに注ぐ。

 普段ならキンキンに冷えているのだが、それは魔法道具として魔力を注いでいる場合だ。隼翔は魔力を注いではいなかったので、コップに注がれた少しばかり白く濁ったソレはぬるめだ。

 激しい修練の後だから身も心もキンキンに冷えた飲み物が欲しくなるところだが、隼翔は修練の後は身体のことを考えて決まってぬるい飲み物を渡している。

 そのことをひさめもフィオナとフィオネもすっかり慣れているので、ありがたそうに受けとり、飲む。

 

 口の中に広がる優しい甘さと少しばかりの塩味。白く濁った見た目も正しくスポーツドリンクそのものだが、この世界にはもちろんのことなじみが無いものだ。

 

「ふぅ……ありがとうございます」

「気にするな。それにしてもひさめは本当に努力家だよな」

「そ、そんなことありません。自分はまだまだ、その弱くて足を引っ張ってしまいますし……」


 どこか小動物のようにコクコクと喉を鳴らしながらコップに口を付けるひさめ。

 その彼女の姿を微笑ましそうに眺めながら、艶っぽく口を話したところで隼翔は濡れ羽色の髪に手を伸ばし、優しく撫でる。


 隼翔としてはこの一週間かなり地下迷宮探索に傾倒していたとあり、全員には今日はなるべく休んでほしいと考えていた。

 だが、昨夜ひさめが未だに真っ赤になりながら添い寝をしている際に、どうしても修練をやりたいと懇願してきたのだ。彼女が強くなりたいと願っているのも知っているし、頑張る理由も知っている。

 それでも昨夜の願う瞳は、それまでとどこか違う決意を秘めているように思えたのだ。

 だからこそ、こうして修練をした後にその理由を聞いているのだが、やはり彼女はその決意の理由を今は語れないとばかりに照れながら視線を逸らす。

 そんな彼女に隼翔も今は踏み込み過ぎないようにと、追求はしない。


「そうか……でもひさめはしっかりと強くなっているぞ?それは本当だから自信を持て」

「で、ですが……」

「うーん……なら少し技についても学んでみるか。ひさめは返し太刀の才がありそうだし」

「ほ、本当ですかっ!?」


 今までは基礎ばかりで、ひさめに一切技について教えていなかった。

 もちろんこれからも自らの編み出した剣術――――双天開来流については教える気はないが、他の流派の剣についても隼翔は心得があるし、何よりも基礎となる技もあるのだ。

 それを教えるだけなら伝授とはならず、ひさめ自身の強さを底上げるになる。何よりも彼女の身を護る術を得られる。


「だが、それは今度だ。無理をしても何も得るものはないし、良くないぞ?強くなるには休みも程よく取らないとな」

「うぅ……すいません。ですが、どうにも昔からの癖で休むのは苦手で……」


 嬉々として瞳を輝かせるひさめに苦笑いをしながら、隼翔は今ではないぞとかぶりを振る。

 

「……そうだな。せっかくの休みだし、午後からフィオナやフィオネも連れて四人で街を散策でも行くか?」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、もちろん嫌なめに合わせないように護ってやるからな。安心しろ」


 二人きりではないにしても、言うなればデートのお誘い。それにひさめは嬉しそうに声を上げるが、街中に出ることにまだ恐ろしさがあるのか、ちょっとばかし表情を曇らせる。

 そんなひさめを安心させるように、胸を叩いて見せる隼翔。そんな頼もしい姿を見せられてはひさめの憂いが霧散するのに時間は必要なく、すぐさま嬉しそうに頷くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ