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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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結局は……

説明が多くなりましたね……申し訳ありません

「ふーん……闘武大祭っていうのはそこまで凄い催しなのか」


 賑やかな食事と疲れを癒す入浴を終えた、隼翔たちは人心地をつくようにして談話室で寛いでいた。

 彼らの装いはすっかりラフそのもので、クロードは短髪を濡らし涼し気な格好で甘そうな飲み物を飲み、女性陣に至っては浴衣から覗く肌が上気しており妙に艶やかだ。

 ただ、興味深そうに相槌を打つ隼翔だけはその装いから少しだけ外れている。風呂上がりのため格好自体は軽装だが、愛刀の二振りだけは腰かけるソファーの横に当たり前のように置かれている。

 一応は寛いでいるのだが、やはり剣客としてのさがなのか手の届く範囲に刀が無いと落ち着かないらしい。何とも殺伐とした性分だが、ここにいる面々はそれに慣れたのか気にした様子も無く、会話を続ける。


「ええ。先ほども申した通り、世界各国から冒険者を筆頭に、名だたる傭兵、王国騎士など腕に覚えのある人が集まりますので」

「それに闘武大祭アレって貴族や下手すると王族や皇族まで観に来るからな。警備もえらく厳重になるんだよ」


 彼らの話題は闘武大祭、正式名称"闘技大会"についてだ。

 この都市に生まれた時から住んでいるとあってアイリスもクロードも一度は観戦したことがあるらしく、懐かしそうに語っている。

 この闘武大祭という催しは冒険者だけのだけにあらず、傭兵稼業を生業とする者や貴族に使える冒険者や武人、果ては一国の近衛騎士など多くの者たちが参加する世界的な大会だ。

 主催は冒険者ギルドと言うことになるが、他にも協賛として国や商会、傭兵ギルドや魔術ギルドなども出資している。その関係で豪商だけでなく各国の貴族や重鎮、果てはクロードの言葉通り王族や皇族まで観戦している。


「へぇ……というか、冒険者と傭兵って何が違うんだ?」

「ん?ハヤトは知らないのか?」

「ああ、何が違うのかさっぱりわからん」


 この世界には当然ながら冒険者以外にも戦いを生業とする者たちが存在する。

 それは例えば話に出てきた"騎士"。これは名の通り国に使仕え、国のために戦う者たちのこと。

 そして隼翔が疑問に持った冒険者と傭兵だが、大きな括りで言ってしまえば同義とも言える。何せどちらも該当するギルドに所属し、依頼を完遂し対価を得るというシステムであり、主に武器や魔法を行使して戦うという点も同じだからだ。

 故に両者の明確な違いとして挙げるならば、"依頼の内容"に帰結する。冒険者は魔物に一日の長があるのに対して、傭兵は盗賊狩りや戦争、紛争、護衛を主とした、言わば対人戦に特化している。だが、あくまでも傾向であり、冒険者だって護衛の際に盗賊を討滅することもあるし、傭兵が魔物を倒すことだって同じようにある。

 つまり、あまり明確な違いがないという認識でもあながち間違いではないのだ。


 その説明をされ、隼翔は苦笑した。

 もちろん説明に対してではない。自分が冒険者よりもよほど傭兵向き(・・・・)な人間だと感じたためだ。

 当然のことだが、現代にも前世においても魔物と言う生物は存在していなかった。敵は常に人間であり、剣術はより対人戦特化のモノへと昇華され、どうすればより効率的に人を殺せるかを追求していた。だから人の動きなどはよく分かる反面、魔物相手は得意としていない。もちろんソレは比較すればと言うだけであり、今までだって魔物相手に苦戦は強いられたことはほとんどない。


(……それでも俺は傭兵稼業のがよほど天職だろうな)


 当たり前のように人を殺すことが出来る。

 例え当たり前のように人が日々死んでいく世界だとしても誰もが人を殺すことに忌避感を抱き、盗賊退治などはあまり好まれない依頼だけに、当たり前のようにできてしまう自分は傭兵のがいいのではと思えてしまう。


「ん?どうした、何か俺の説明で分からない部分でもあったか?」

「いや、闘武大祭ってすごいなと思っていただけだ」

「……とてもそんな表情かおには見えないが」


 分かりやすく嘯いて見せる隼翔に、クロードは訝し気な視線を送る。

 今まで隼翔の両隣で話に耳を傾けていたフィオナとフィオネもそのあからさまな誤魔化しに気が付き、そっと隼翔の腕を抱き抱える。ひさめにしてもアイリスにしても気が付きながらも、何も言わずにただ見守っている。

 隼翔としても本気で誤魔化すつもりはなかったからこそ分かりやすく嘯いたのだが、だからと言って別に話す気も無く、テーブルに置かれたカップに手を伸ばす。


「別に何でもないから気にするなよ。それよりも闘武大祭についてだが、観戦自体は誰でも出来るのか?」

「まあ、お前がそういうなら追及はしないが……まあ観戦自体は誰でも出来るが、予選も本選もかなり混み合うからな。毎年観るのにも一苦労だぞ?」

「……そんなに凄いのか?」

「ええ、それはもう世界的な催しですからね。本戦出場も困難ですが、観戦するのもかなり大変ですよ」


 かつて観戦したことがある二人がその時の混雑具合を思い出し、見事なまでに表情を歪めてみせる。

 基本的に隼翔は人混みが嫌いな人間だ。その様子からどれほどなのかを悟り、うへぇと口の端を歪める。内心ではもう観戦を止めようかなとか、すっかり心が折れ始める。

 実際見てみたいという思いはあるが、だからと言って絶対と言うほどではないのは事実。観たいと思ったのもこの世界の流派や武術がどのようなモノなのかを知りたいと思っただけであり、分からないなら分からないでも大した問題は生じない。


(でも俺以外の奴らにもいい勉強になると思うんだよな)


 根本的に人と魔物を相手にするのではわけが違う。

 武器が違うし、戦い方が違う。纏う空気が違うし、包み込む雰囲気も違う。何よりも見た目の問題がある。人は得てして、似た容姿と戦うことに忌避感を抱く。その躊躇いは命取りになり、克服するには慣れるしかない。

 フィオナとフィオネは隼翔とよく組み手をしているため、少しばかりは対人戦の心得がある。またかつて盗賊に捕まっていたということもあって他者からの殺意や悪意も経験している。その点では、ひさめも悪意や殺意に晒されて生きてきたので経験は豊富だが、それを前にして刀を握っていられるかと言えば別問題だ。

 また、クロードとアイリスに至っては対人戦の心得はほとんどない。

 そんな彼らにとっては参加しないにしても、観て人同士の殺気のぶつかり合いと言うのを肌で感じるだけでも大きな経験となる。


(特にひさめには必要なことだと思うんだよな……)


 チラッと両手でアイスティーのグラスを持つひさめに視線を向ける。

 彼女の目標は決して誰も殺さない、人を活かす剣――――活人剣だ。当然それは殺意を持って襲ってきた人間をも殺さず、自分も生き残らなければいけない険しい道。相手を無力化できるだけの技量も必要だが、何よりも相手の殺意に飲まれることだけは許されない。

 しかし現状ひさめは心の傷(トラウマ)によって、人に殺意を向けられなくても知らない人なら緊張してしまうのだ。とてもではないが彼女の活人剣の道はほど遠い。

 それに対する荒療治と言うわけでもないが、闘武大祭空気を味わえば少しは耐性が付くのではないかと言うのが隼翔の思惑だ。それに対人戦を観戦するというのは良い勉強にもなる。

 だからどうにか一日だけも観戦できないかなと、頭を悩ませる隼翔。そんな隼翔の様子を悟ってか、アイリスが言葉を付け足した。


「若様、一応ですが確実に観戦する方法はいくつかあります」

「本当か?」

「ええ。まずひとつは軍勢ユニオンを結成し、等級を銀まであげることです」


 軍勢ユニオンと言うのは10人以上の同じ思想や目的を持った冒険者たちの集団である。

 たが、普通に集まっただけでは軍勢ユニオンとして認められることはなく、冒険者ギルドに正式に届け出を出し、受理されて初めて軍勢ユニオンと名乗ることができる。晴れて軍勢ユニオンと名乗ることを許可されると、ギルド側から様々な恩恵を受けることができ、また冒険者としての箔も付くため商会や貴族が支援者パトロンとなってくれることもある。もちろん対価として、ギルド側には毎月一定の納付を行わなければならず、パトロンたちにも何かしらの形で対価を払う必要はある。それでも得られる恩恵のが遥かに大きいため、基本的に冒険者たちは一つの目標として巨大軍勢(ユニオン)に所属する、あるいは軍勢ユニオンを設立することを掲げている。


 その軍勢ユニオンの大きさを表す一つの指標が"等級"だ。

 等級は軍勢ユニオンに所属する冒険者の数・階級ランク・軍勢としての実績などを加味した上で決定され、アイゼンクファーシルバーゴルド白金プラティン星金ミスリルの6段階に振り分けられる。そして当然等級によってギルド側から受けられる恩恵も変わってくる。


 現在数ある軍勢ユニオンのほとんどは鉄または銅だ。銀や金はかなり少なく、白金や星金に至っては両手で数えるほどしかない。

 そしてなぜ、銀以上の等級の軍勢が観戦を優先されるかと言えばギルド側としても有望な人材が、有望な軍勢に所属し、ギルド側へ多大な恩恵を貰たしてほしいがため。言うならば闘武大祭とは人材スカウトの場でもあると言うこと。


 だが、アイリスの語った一つ目の方法は現状では現実的とは言えない。それは彼女自身も話しながらに理解しているのだろう。右手の指を二本立てて、別の方法を語る。


「ですが、当然今からではとてもではないが不可能です。そこで二つ目ですが……これもあまり現実的ではありません」

「……というと?」

「簡潔に申すなら本選への出場資格を得ることです」


 その方法に隼翔は、ん?と疑問を抱く。

 それは横にいるフィオナとフィオネ、その隣に腰かけるひさめもグラスを持ちながら首を傾げている。

 それもそうだろう。予選を突破しないと本選へと出場できないのに、どうしてそれで予選を観戦できるのか、と。

 そんな疑問を解決したのはアイリスではなく、その隣に座っていたクロードだ。


「本来なら予選を勝ち抜かないといけないんだが、実績のある奴なら特別に本選から出場できるんだよ」

「予選免除……なるほど。推薦みたいなものか」

「若様の言う通りです。そしてその推薦を得るには実績や名声が必要になります。具体的には冒険者ならBランク以上ですね」

「それは確かに無理だな……予選までそんなに時間も無いだろうしな」

「確か闘武大祭は2週間後に開幕だったかな」


 アイリスの話を聞いて、隼翔は無理だなと端からやる気の態度を見せる。

 恐らく隼翔が本気で階級を上げようとすれば2週間でも十二分にBランクまで上げることが出来るだろう。だが本人は目立つ気が無く、階級にしても現状は上げる気が無い。

 それは提案したアイリスも分かっていたのだろう。二つ目の案もすぐさま棄却して、現状で一番可能な方法を口にする。


「そう言うと思ってました。なので一番可能性がある方法としてはこの中の誰かが闘武大祭に出場することです」

「アイリスちゃん。どうして誰かが出場すると観戦できるんですか?」

「当然ですが、参加する冒険者や傭兵はパーティーや軍勢ユニオンに所属していて、騎士たちはどこかの国に従属しています。ですが所属するメンバー全員が参加するわけではありません」

「……つまり軍勢ユニオンの誰かやパーティーメンバーが参加するなら、その仲間も優先的に観戦できるということか」


 疑問を呈したのはフィオナ。その彼女の疑問に対してアイリスは遠回しな言い方で応える。

 

 アイリスの提案した方法では確かに予選から観戦することは可能だ。だが、全試合をという訳にはいかない。何せ予選は3日間。本選に至っては2週間かけて毎日行われるのだ。それを全て見れるはずも無く、あくまでも仲間が出場する日だけ優先的に観戦と応援が出来ると言うことだ。


「ふーん……だが、出場に際して何かしらの制限があるんじゃないか?」

「いいえ、一切の制限はありません。ですが、基本的に冒険者はDランクから出場するのが普通ですね」

「うーん……だが、俺は出たくないし、かと言って他に自ら出たいと言う奴はいないだろ?」


 誰でも出場できるというのには驚いたが、それでも一応は暗黙の了解としてDランクから出場するのが通例らしい。その例に当てはめるならこの場では隼翔以外は出場しても文句は言われない。

 しかし、それでもほかに誰か出場したいかと視線で問いかければ誰も反応を示さない。もちろん隼翔の左右に侍る姉妹は一瞬動きかけたが、それは戦いたいからではなく、あくまでも役に立ちたいからという理由に過ぎず、隼翔はそれをそっと手で制した。


「まあ、仕方ないか。最悪運が良ければ見れるわけだし」


 結局は、と言う結論へと至ったが、それでも隼翔は気にした様子も無い。

 しかし、この時隼翔から唯一見えにくい場所に座る少女が何かを決意した様子を見せていたのを、隼翔は気が付かなかった。

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