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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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明るさ増して

これから次第に闘技大会編らしくしていく……予定です。


 地下迷宮特有の淡い青白い光が次第に蛍光灯に近い白光に変わる。

 先頭を進むのは隼翔だ。頭髪に乱れはなく、衣服に至っては汚れすらない。足取りも軽やかで疲労は一切感じさせず、地下迷宮帰りとは思えない姿だ。


 その後ろを付いて行くのは少しばかり疲れた表情を見せるひさめ。

 地下迷宮・第一層から地上へと続く階段を登る足取りは重く、瑞穂特有の戦闘衣装バトルドレスは所々汚れが目立つ。

 それでも刀の鯉口を握りしめながら背筋を伸ばして歩く姿は板につき始めたように思える。


 そして最後尾で警戒をしていたのはフィオナとフィオネの双子姉妹だ。

 元々の種族としての地力に咥えて隼翔の特訓を数か月ほど受けただけあって、疲れた様子は見えず足取り軽く右に左に尻尾を揺らしている。


「……なんだか、最近は一段と賑やかだな」

「確かにそうですね……何かあるんでしょうか?」

「殺気立っていると言うよりは、どちらかと言えば熱気がすごいって感じですね」


 時間だけあって地上へと続く階段は非常に混み合っている。

 隼翔たちもその流れに乗るようにしてギルド本部へとたどり着いたわけだが、ここ数日は異様な熱気が冒険者たちを取り巻いている。

 その熱量は凄まじく、階段を登り切ると同時に、むわっと身体を熱が包み込むほどだ。正直言って暑苦しい。

 隼翔は基本的にそういう熱意には欠くようなタイプだ。嫌そうに眉間に皺を寄せて、ぼそりと言葉を漏らした。

 それに同調とまではいかないモノの、不思議そうに首を傾げたのはフィオナとフィオネ。ピコピコと可愛らしく大きな耳を動かし、普段以上に長蛇の列を成す冒険者たちを眺める。


「うーん、ひさめは何かあるか知っているか?」

「自分もあまりそのような情報には詳しくないので……あっ、でも心当たりならあるかもしれません」


 普段なら情報通のアイリスに尋ねるのだが、生憎と本日はいない。だから、隼翔の背中に隠れるようにしながら緊張しきった表情をするひさめに、緊張を和らげる意味も含めて優しく問いかける。

 彼女もこの都市での生まれではないにしても冒険者としての先輩だ。それ故に都市の事情にも、この都市での生活においても隼翔たちよりは一日の長がある。


 尋ねられたひさめは最初こそ、答えられないことに沈痛な表情を浮かべたが、言葉の途中で何かを思い出したように声を上げた。と言っても、大声を上げたということはなく、前方隼翔や左右にいるひさめに聞こえる程度の声量だ。

 隼翔は振り返りながら、それを教えてくれと優しく視線で問いかける。


「恐らくですが、時期的に考えて闘武大祭が原因かもしれません」

「闘武大祭……そういえば昨日酒場でもそんなことを話している冒険者がかなりいたな」

「名前からして戦うってことなのかな?」「それともお祭りみたいなものなの?」


 そういえば、と昨日の酒場でのことを隼翔は思い出す。

 "闘武大祭"という単語を聞いた時こそ興味を示していたが、その後はどうでもいいように忘れてしまっていた。

 しみじみと思い出している隼翔の傍らで、フィオナとフィオネが闘武大祭とは何なのかをひさめに聞いている。


「確か正式名称は闘技大会だったと思います。詳しい内容については自分も観に行ったことが無いのでわかりませんが、毎年(エスターテ)の終わりからオーセニの初めにかけて行われる武闘の祭りです。なんでも世界各国から名だたる武勇を誇る人々が集まる祭典だとか」

「へぇ……それは興味があるな」

「「え!?ハヤト様出場なさるんですかっ?」」


 ひさめの一生懸命な説明を聞いて、隼翔は珍しく興味を示した。

 隼翔としては出場するという意味で興味を持ったのではなく、どちらかと言えば観る方で興味を持っていた。何せ、世界各国のありとあらゆる武人たちが頂点を目指し争ってくれると言うのだ。見ないという選択肢があるはずがない。

 ただ、姉妹としては出場するという意味で興味を持ったのかと期待の籠った瞳で隼翔を見つめる。やはり恋する乙女なのだ。好きな人のかっこ良い姿を見たいに決まっている。


「生憎と出場はしないぞ?というか、そもそも出場は出来ないんじゃないか?俺の場合冒険者としての階級ランクは最底辺だし」


 それの期待に籠った瞳に応えられないのは隼翔としても心苦しいが、現状目立つ気が無いため申し訳なさそうにかぶりを振る。

 それに世界各国から名だたる猛者が出場すると言うのに、何かしらの出場基準が無いと言うのは隼翔としては考えにくく、そもそも出場なんて出来ない可能性が高いと踏んでいる。


「「そんなぁ~……」」

「別に現状目立っても良いことなんてないぞ?それよりも観る方がよほど益がある。ひさめ、どこで開催するとか知ってるか?」 

「例年通りならばこの都市(クノス)の北側にある闘技場コロッセオで行われると思います。……詳しい時期については知りませんが、恐らくあと2週間以内には開催されるかと」


 しゅん、と耳を下げ、肩を落とし、尻尾を項垂れさせるフィオナとフィオネ。

 どうしてもダメですか?と縋りつくように視線を送ってくるが、隼翔はグッと出場するという言葉を飲み込むと、二人から逃げるようにひさめへと視線を移した。


 このクノスと言う都市はかなり広大だ。

 それこそ歓楽街が東にあり、大規模な市場が南側を埋め尽くす。それでいて貴族や豪商の別荘なども至るところに建造され、大量の冒険者が住めるだけの貸宿や個人宅・集合住宅などがあるのだから、それだけでも十二分に広さが分かるだろう。 

 だからこそ、都市の区画整備はどこよりも進んでおり、往来を馬車が勢いよく行き来しても事故などはほとんど起こらない。その風景は中世的ながら、どこか現代の慌ただしい日常を垣間見ることが出来る。

 その都市の北側は武器や防具、魔法道具などが売られる言うなれば冒険者街と呼ばれる場所だ。

 都市内で一番発展しているというのは言わなくても分かることだが、その北側には一風変わった建造物がある。それが先ほどひさめが口にした"闘技場コロッセオ"だ。


 闘技場コロッセオは当初建てられた際は、言うなればこの都市を訪れる貴族たちの娯楽のために造られた。

 そこでは日々、奴隷と地下迷宮から連れ出された魔物が血と肉を飛び散らせながら闘争を繰り広げていたが、いつの頃からか冒険者と魔物が戦う見世物へと変貌。そして現在の武勇を有する者たちの集い・高め合うための建造物へとなった。


「へぇ……流石に広い都市だ。全くもってそんなのがあるのを知らなかった」

「自分もこの都市の半分以上は行ったことありませんので……」

「まあ、楽しみには違いないな。さて換金するのも大変そうだし、今日は帰るか」


 今まで長蛇の列には加わらずに、いつもの定位置である隅で会話していたが、その列はさらに長さを伸ばしている。そこの最後尾に加われば果たして1時間で換金が終わるか怪しいところだ。

 だから隼翔は仕方なしに今日の換金を諦めると、恋人たちを連れだって帰路へと着いた。





「あっ。お帰りなさい、若様。それにみんなもお帰り」


 屋敷の扉を開けてすぐに出迎えてくれたのは、白のエプロンを着たアイリスだ。

 恐らくは夕食の準備をしていたのであろう。その手には菜箸が握られており、仄かにだが屋敷の中からは香草を使った煮込みの香りが漂ってくる。

 上級冒険者にこのような真似をさせるなど、どんな巨大軍勢(ユニオン)でも恐らくは無い光景だが、本人は気にした様子も無く、どこか嬉しそうである。その理由は恐らく午後から二日酔いの恋人を看病できていたからに違いない。

 

「ああ、ただいま。悪いな、食事の準備させて。それとクロードの様子はどうだ?」

「気にしないでください、探索にお供できませんでしたし。クロードもすっかり気分は良くなったみたいですよ」


 もちろん嬉しそうな理由については口にせず挨拶を普通に返すと、そのまま昼前までは顔を真っ青に染めていた親友について尋ねる。

 一応二日酔いと言うことであまり心配はしていないのだが、それでも同じ屋根の下に暮らす仲間としてどうなったかだけは知っておきたい。

 だがわずかばかりの心配も杞憂だったようで、アイリスはむしろ元気になりすぎたとでも言いたげな表情を浮かべている。

 その意味がよく分からなかった隼翔だが、すぐに背後から聞こえてくる足音で何となく想像がついた。

 

「おっ、帰ってたのか!悪いな、行けなくて」

「たった今帰ってきたんだ。別に今は急ぎでもないからな、気にするなよ。それよりも工房に籠れるくらいは元気になったみたいだな」


 やってきたのは、隼翔たち以上に汗を垂らしているクロード。

 つなぎの上部分を腰で結び、灰色のタンクトップ姿の彼を見れば何をしていたのか想像しやすい。

 すっかり元気になったようで隼翔としては安堵したが、クロードはどこかばつが悪そうに頭を掻く。


「ああ、午後も水飲んで寝てたら大分楽になってな。ちょっとばかし作業をしてたんだ」

「そうか。まあ、これからは次の日が休み以外はあまり飲みすぎるなよ?」

「教訓にしたいが、どうにも楽しいと飲んでしまうよな」


 にやりとニヒルに笑う隼翔に、クロードも負けじと軽口で応戦する。

 彼らの背後では女性陣が楽しそうに会話をしながら、パタパタとキッチンへと向かう足音が聞こえる。恐らくこれから楽しく4人で料理でもするのだろう。

 すっかり人数が増えて、より明るさが増した屋敷内。

 隼翔は激動の足音をどこか遠くに感じながら、それでも今のこの何気ない日常を楽しむのだった。

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