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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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蠱惑香る街で……

区切りが良かったのでいつもよりは短めです。


 ひさめが恥ずかしさに狼狽しつつも、隼翔に抱きしめられる多幸感に頬を緩め、胸元に顔を思いっきり埋めながら寝息を立てている頃――――。




「本日はお招きいただきありがとうございます、大司教様」


 窓一つない部屋。唯一外界と繋がるのは出入り口の扉だけ。

 光源は天井から吊るされる巨大な魔光灯だけの完全なる密室空間。

 室内には調度品と言うよりは貴族趣味の実用性を感じない家具が設置され、中央には黒の礼服を着た男がテーブルに腰かける。彫の浅い顔に鋭い眼光。纏う厳かな雰囲気に大抵の人間は知らず知らずに敬意を以て接してしまいそうだ。

 その男性に対して、唯一の出入り口である扉から入ってきた小太りの40代の男は見かけ上は(・・・・・)例に漏れず敬意を以て腰を折り、挨拶をする。


「よく来てくれた。貴公のことを歓迎する」


 貴族然とした男も心からの敬意が無いことは理解しているのだろう。大した挨拶も無く鷹揚に頷くと、対面の席を指して座るように指示する。

 その横柄な指示に対して、小太りの男は特に何も言わず、下卑た笑みを浮かべながら着ているきっちりとした服とは相反するように飛び出した下っ腹を揺らしながら歩く。

 歩くたびに小太りの男が身に付けた貴金属が嫌らしくジャラジャラと鳴り響き、玉雫の汗が飛び散るたびに生理的嫌悪を抱かせる。


「此度は我が商会をご贔屓にして頂き、誠にあり難く思います」

「貴公の商会は無茶を聞いてくれるからな、助かっている……して、今回依頼した品は揃ったのか?」

「急なお話しでしたが、何よりも大切な大司教たってのご依頼でしたので……しっかりとやらせて頂きましたよ」


 デュフ、と気色悪く笑い声を上げる商人と名乗る小太り。

 確かに着込んでいる高そうな服と言い、身に付けている数々の貴金属と言い、かなりの豪商だということは察しが付く。だがそれを台無しにするような見た目の嫌悪感と特徴的な狸耳と尻尾が、どうにも男に不信感を抱かせる。

 それは懇意にしているという大司教と呼ばれる男もそうなのだろう。表面上は親し気に会話を交えていても、実のところ一切気を緩めずに小太りで業の深さを読ませない、まさに狸男に警戒しながら商談を進めていく。


「こちらが商品のリストになります。実際の商品はいつもの倉庫の方へと運んでありますのでご安心を」

「助かる……にしてもこれほどの数を集め、都市に搬入したとは流石だな」

「ええ、集めるのにもかなりの労を割きましたが、何よりも今の時期は都市の警戒が高まっていますからね。搬入にはかなり気を使いましたよ」

「……やはり例年よりも警戒は高まっていたか?」

「それは、もう。検問がかなり大変でした……やはり先の一件でかなり警戒していますな」


 差し出された仔細のリストに視線を落としてた大司教だが、ふと気になったように狸男に都市情勢を訪ねた。

 本来ならこの都市に先にいた大司教と名乗る男のがその情勢には詳しいはずだ。だが、狸男はそこを指摘することなく証人としての視点で例年以上に都市内が殺気立っていることを説明する。


「ちっ、勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)め。厄介な真似を……」

「大司教様は随分と勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)を警戒しているようですな」

「当たり前だ。単騎としての戦闘力では《万物不倒》のが上回るが、前回のことと言い、やはりこの都市で一番厄介なのは勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)だ。奴は純粋な戦闘力も高いが智謀にも長け、何よりも鋭い。今年の警備が例年以上なのも十中八九奴の入れ知恵だろう」


 怒りを噛みしめるように大司教はギリッと歯を鳴らす。

 先ほどまでは理知的な振る舞いを見せていたのだが、今はその影が薄れ、完全に怒りに飲まれ始めているように見える。


「私の独自の情報によりますと《秩序の天秤オーダー・ジャッジメント》が率いる軍勢ユニオンも何やら動きを見せているとか……」

「私も報告は受けている……だが、《秩序の天秤オーダー・ジャッジメント》もまた《万物不倒》と同様に自らが出張ってくることはない……だからこそある程度の警戒だけで済む」

「そうなるとやはり障害は……勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)であると?」


 狸男の問いかけに、大司教はにべも無く頷きかけて……何かを思い出したように止まった。


「どうしましたか?」

「いや、もう一人厄介そうな奴がいたのを思い出してな……」

「ほう、それは商人としても気になりますな。どちらの上級冒険者で?」

「いや、上級ではない。それどころか階級で言えば新人だ。……だが、あの男は我らの計画を二度阻害した。貴公もその男には気を付けた方が良いぞ」


 見た目は瑞穂の志士そのもの。だが、とても瑞穂出身者とは思えないほどの純然たる戦闘力を有する化け物。

 ある意味では勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)と双璧を成すほどの厄介分子。


「かの大司教様が新人冒険者にそこまで警戒するとは……私の方も存分に警戒しておきましょうかね」


 だが狸男は話半分程度にしか信じていないのか、デュフと気色の悪い笑みを漏らすだけで、興味を失ったようにテーブルにいつの間にか置かれていた金貨袋を懐にしまい込む。

 それならそれで構わないと、大司教も無視するようにそれ以上は何も言わずに、話は再び商談へと戻る。


「そうだ。アレ(・・)もしっかりとこの都市へと持ってきてくれたのだろうな?」

「ええ、それはもちろんですとも。何せこれだけの対価をいただいたんですからな……どんな危険を冒しますとも」


 デュフフフフッ、と気持ち悪い笑みともにジャラジャラと先ほど懐にしまった金貨袋を鳴らす狸男。

 その姿はまさに金の亡者。信じる者は金のみで神など存在しないと言い切るであろう姿だ。だが、だからこそ大司教と呼ばれる男は懇意にしている部分がある。

 金にひたすらに執着し、大金を払えばどんな無茶でも仕出かしてくれる。これほど良い駒は存在しない。もちろん少しでもケチな姿を見せればそれだけで関係は破たんしてしまうが、計画のためならいくらでも積む……大司教の濁った瞳にはそう書かれている。


「ならばしっかりとアフターケアも頼んだぞ……アレを起動するためのな」

「ええ、それはお任せくださいな。何せもうすぐ闘技大会……アレに出場させればいくらでも生み出せますので」

「……貴公が抱える剣闘奴隷|《烏天狗(ヴァローナ)》だったか」

「ええ。アレは強く、戦えば戦うだけ瘴気を生み出す存在。そしてソレを吸い出してくれるとは……私にとってもあり難い限りですよ」

「我としてもぜひとも欲しい逸材だな……何せ瘴気こそが邪なる柩(マレコフィクス)を起こすカギとなるのだからな」


 ここ都市の東端に広がる誘惑と娯楽の場――――歓楽街。

 蠱惑的な建物が並ぶ通りではほとんど裸同然の娼婦たちが男性冒険者を誘惑し、対照的に高そうな服を着こんだジゴロたちが女冒険者たちを甘い言葉で口説く。

 香る臭いは酒とたばこと情事。ほとんど無法地たちと化したこの場所は犯罪の温床。

 そこでは今日も大事件の種火が粛々と大きくなり始めていた。













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