意外と初めては緊張するのです
と言うことで前回から分かると思いますが……闘技大会編ですね。
ソレらしさは今のところ皆無ですが……これからぼちぼちと書いていきます。長くならないようにしよう……
「ど、どうしましょうか……」
広めの室内。しかし、この屋敷にある部屋の中では一・二を争うほどの狭さなのだが、やはり殺風景なせいか余計に広く感じる。
置かれている家具と言えばベッドと机、箪笥に小物置きと化した本棚くらいだ。
そんな室内を右に左に、ベッドの周りをクルクル、クルクルと落ち着かない様子で動き回る人影。
「い、いくべきなのでしょうか……。いや、でも心の準備が……と言うか、自分なんかが行っても宜しいのでしょうか……」
風呂上りなのか、肩から流れるように垂れる漆黒の髪はしっとりと濡れ、寝間着代わりの浴衣の隙間から覗く白磁器のような肌は色っぽく上気している。
以前までは不健康な印象だったほっそりとした見た目は、ここ数週間の栄養価の高い食事のおかげで改善され、未だに痩せている印象はあれど色気を漂わせている。その一番の要因はと言えば、やはり薄着になったことによって主張されるようになった胸部の膨らみか。
普段の冒険者然とした格好や極力肌を晒さないようにする普段着のせいでよく分からなかったが、メロンやスイカと表現されるほどではないにしても意外と立派なモノを持っているようで、風呂場では同居する炭鉱族の少女を地味に凹ませている要因の一つとなっている。
ソレはともかくとして、何かに踏ん切りが付かないようにウロウロと部屋中を彷徨い続けるその姿はどこか以前に感じていた幽霊という印象を彷彿させないでもない。
「もしもーし、ひさめちゃん?もう行きま……――――って、フィオナっ!やっぱり、まだいたよっ」
「こら、フィオネっ!自分の部屋じゃないんだからノックくらいしなさいっ!それと、ひさめちゃんっ!いい加減に覚悟を決めてよっ」
「す、すいませんっ!?」
ノックも無く、突然に開かれた扉。
そこから入ってきたのは親友であるフィオナとフィオネの双子姉妹だ。本来であればこの部屋の主であるひさめは二人の無断侵入に小言程度なら漏らしてもいいはずなのに、なぜか口から出てきたのは謝罪の言葉。
「もう……いくらハヤト様が寝るの遅いからって待たせるのはだめだよっ」
「で、ですが……その、ですね……本当に自分が、行っていいのか……と言いますか……」
「当たり前だよっ!!ひさめちゃんも立派な恋人なんだからっ」
顔は真っ赤、視線はもう何を見ているのかも分からなくなるほど泳ぎ、指はモジモジと恥じらうように擦り合わせる。
そんな様子でベッドの端にちょこんと腰かけてしまったひさめに、姉妹は思わずため息を漏らし、逃がさないように左右から挟み込み脇を固める。
「いいっ、ひさめちゃんっ!!」
「は、はいっ」
「私たちはハヤト様の恋人。そのことに自覚はある?」
「え、えと、その……はぃ」
ズイ、と左右から詰め寄る姉妹。
その様子は確認作業と言うよりは、洗脳や脅迫に近い雰囲気を感じる。だがそれだけ姉妹にとっては重要な確認と言うことなのだ。
何せ今までは大切な存在を二人で独占することが出来ていたのだが、これからは違う。撫でてもらう時間も、抱き着く回数も、何もかもが減ってしまうのだ。
そのことに寂しさや悲しさを覚えないわけじゃない。しかし隼翔の決定には基本的に口出しをするつもりはないし、姉妹にとってもひさめと言う存在は大切で大好きなのだ。それ故に幸せになって欲しいと思うのは当然のこと。
それでも大切な人をこれから一緒に支えていくとなれば妥協など出来るはずがない。
例え隼翔の決定でも、本気で隼翔を愛していないならば恋人として認めることなどできるはずがない。
そのための確認なのだが、ひさめは声を尻すぼみに小さくしながらも――――力強く頷いた。
「よしっ、それならばあとは実行するのみ!」
「うん!ひさめちゃんなら大丈夫!しっかりと行動で示してきて」
「え、あ、う…………」
さあっ!とばかり、両腕を抱き抱えられたままベッドから立たされると、連行されるようにしてひさめは部屋から廊下へと移動させられる。
その事に困惑あるいはこれから起こるであろうことを想像し、大いに恥じらうひさめ。
「別に初夜を迎えてなんていってるんじゃないよ」
「そうそう!ハヤト様も無理やりなんてしないから安心して!」
「あうあう…………」
具体的な言葉を聞き、異性に免疫のない少女は余計に恥じらい、目に見えて狼狽してしまう。
そんなひさめをフィオナとフィオネは微笑ましい表情で見つつも、どこかに連れていくのだった。
「うーん……やはり簡単には出来ないな」
執務机いっぱいに広げられた洋紙。
そこにはほとんど読み解くことが不可能な文字や幾何学的模様なんかがびっしり書き込まれている。
果たしてこれらが何の意味を持っているのかよく分からないが、椅子に座り不満げな表情を浮かべる隼翔から察するに芳しくないことは確かだ。
「魔法って、どうしてこんなにも厄介なんだ……」
机の一角に堆く積まれた本から直感で一冊を抜き出す。古めかしくもしっかりと製本された表紙には"治癒魔術の真髄"とだけ書かれている。
その本を適当に開いて中を確認してみれば、細かい文字列に執務机の上に広げられた洋紙に掛かれていたのと似た幾何学的模様がびっしりと描かれている。
「そもそも俺には魔法が使えないという点でハンデが大きいんだと思うがな……」
隼翔は左の瞳の色を朱色に染めると、本に掛かれた一小節を音読する。
紡がれる厳かな旋律は本来、人体にある深い傷をただ立ちに治して見せる上級の治癒魔法だ。つまり、その聖句を口にすれば魔力が暴れるようにしながらもしっかりと形を作るはずなのだが、生憎と隼翔の左手に集まる魔力はふわふわと靄のように漂うだけで、形どころか暴れすらしない。
失敗どころか、発動の兆候すらも見られない結果に、隼翔は分かっていながらも不満気に言葉を漏らす。
そして疲れたように息を吐き出すと本を閉じ、山積みのてっぺんに戻して諦めたように目を閉じる。
部屋の隅に置かれた時計はもう少しで日付が変わると訴えている。
ほとんど突発的に開催したひさめの歓迎会を終えて屋敷に戻ってきたのが今から大凡3時間前の事であり、そこから入浴時間などを差し引いたとしても大体この椅子に腰かけて2時間以上は経過していることになる。
日本とは生活様式が異なり、正しく早寝早起きを体現するこの世界においてこんな時間まで起きている人間など、次の日が休みかもしくは一部の特殊な職業、あるいは苦労性の人間を置いてほとんどいない。
「酒も入っているし……寝るかな」
ずっと行っていた新魔法――――現状では再生と呼んでいる魔法開発を諦め、グイッと凝り固まった身体を伸ばす。
言葉では酒が入っていると漏らしている隼翔だが、実のところ酩酊感などほとんど皆無と言っていい状態だ。
だからと言って全然飲んでいなかったという訳ではなく、炭鉱族の少女に負けず劣らずの量をしっかりと飲んでいるのだが、なぜか酔いにくい体質として生まれ変わったらしくほとんど酒に呑まれることはない。
だからこそ先ほどまで頭をフル活用しながら新たな魔法開発を行えていたし、今もしっかりとした足取りでベッドまで歩けている。
「明日は……今日と似たような予定になるかな」
本来なら朝早くから地下迷宮に潜り、同じように連携の練習を執り行おうと考えていたが、歓迎会の帰り際のクロードとアイリスの様子からして明日の午前中は少なくとも死んだような表情をしているのはほぼ決定事項だ。
それに現状でも無理に地下迷宮探索を敢行する必要はないし、多少気楽に構えていても罰は当たらない。
(そもそも誰が罰を下すんだ、という話だがな)
そんなことを考えてしまう辺り多少は酔っているのだろうか、と思いながら、一人で寝るには少しだけ寂しさ感じるキングサイズよりも広いベッドに腰かける。
ふわりと、まるで雲のように包み込まれる柔らかさ。約2週間前まではほぼ毎日のように姉妹と寝起きしていたこのベッドだが、今では週に3~4回は一人で寂しく寝起きをしている。
「人肌恋しさを覚える辺り、俺も人間らしさが身に付いたということか」
この部屋で共に誰が寝起きするかは隼翔は一切指示を出していない。すべては恋人たちに任せており、誰も来なければ大抵は今日のように遅い時間まで起きて何かしらの作業を執り行っている。
そんな中で、しみじみと一人でいることに寂しさを覚えている自分に感慨深く呟く。
昔は一人が当たり前だったはずなのに、今では一人でいることが寂しく思えてしまう。そんなことを昔の自分に伝えたらなんと言ってくるだろうか……きっと心が脆弱になったと鼻で笑われるに違いない。
何せ昔は一人で全てが出来ると思い込んでいたし、寂しさなど無かった。誰かに縋ること、誰かを頼ることは弱い者たちがすることだと信じていた。
「だけど……きっとそうじゃないんだよな……」
月並みかもしれないが、誰かのために戦う・誰かと共に闘うということがどれだけ心強いか、強さを与えてくれるかを学んだ。
それに誰かの温もりに触れることがとても心地よいということも知った。それは隼翔と言う存在が人間らしく慣れたということの証明だ。
「相当酔っているらしいな……さっさと寝よう」
こんなことを考えるなんて自分らしくないと、気恥ずかしそうに隼翔はかぶりを振りながら手早く着替え、ベッド横に付いているランプ以外の部屋の照明を消そうと扉横に設置された電源に触れようとしたところで――――コンコン、と控えめにノックが響いた。
思わず隼翔は首を捻る。姉妹が部屋を訪れるなら大抵はもっと早い時間帯だ。かと言って他にこんな時間帯に誰かこの部屋に訪れるような人物が思いつかない。
「どうぞ」
それでも考えていても仕方ないと、隼翔は小さい声で応えつつ近くにいたので扉をそっと開ける。
魔力の供給が途切れ、すっかり暗くなった廊下。そこに立つのは持ち運び式の魔光灯――――いわゆる懐中電灯のようなモノを手にしたひさめだ。
だがひさめは目を瞑り、頻りにスーハー、スーハーと深呼吸を繰り返していて、扉が開かれたことに気が付いていない。
「……ひさめ?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
ちょっとばかし嗜虐心からひさめの可愛らしい姿を眺めていた隼翔だが、いつまでも眺めているわけにはいかないと静かに声をかけた。
すると、ひさめはある意味予想通りの反応――――ギョッと目を見開き驚いたように声を上げ、盛大に尻餅をついた。
痛そうにお尻を擦り、未だに目を白黒させるひさめを隼翔は優しく抱き起すと、これ以上声を上げさせて誰かを起こしてはいけないと部屋に招き入れ、扉を閉める。
「さて、それでこんな時間にどうしたんだ?」
「え、えっと……その……あの……」
「そんなに緊張しなくても良い。ゆっくりでいいから落ち着いてから話してくれ」
顔を真っ赤に染め、目をぐるぐると回すひさめ。
そんあ少女の姿に苦笑いを浮かべつつ、せっかく来たんだからと隼翔はソファーに座らせ、のんびりと落ち着くのを待つ。
隼翔としても寝ようとしていたとはいえ、寂しさを感じていたのは事実だ。こうして誰かが、ましてや恋人が部屋を訪問してくれたのは嬉しいことだ。口の端に笑みを浮かべながら、深呼吸を繰り返すひさめをのんびりと眺める。
「あ、あの……ハヤト殿は……寝るところでしたか?」
「ん?ああ、丁度ベッドに入ろうかなと考えていたところだ」
「す、すいません……そんな時に来てしまって……」
平謝りして、すぐさま部屋から立ち去ろうとするひさめの手を、隼翔はかぶりを振りながら優しく掴む。
「大丈夫だ。寝ていたわけじゃないし、何よりも恋人が来てくれたんだ。そんな無下に追い返したりはしない……俺も誰かと話をしたいと思ってたしな」
「そ、そうですか……良かった……」
隼翔の言葉に安心したのだろう。ポスッとソファーに腰を落とすと、安どしたのか小さく欠伸を漏らす。
可愛らしい欠伸と目じりに溜まる涙。本来なら少女も夢の中にいる時間なのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「ふっ、随分と眠たいようだな。何をしに来たのかは分からないが、無理しなくてもいいんだぞ?」
「い、いえ……その、眠たいですが……一応は目的も果たせますし……」
「ん?眠くても目的を果たせるのか?」
隼翔としてはひさめが怖い夢でも見た、あるいは昔の記憶が蘇り、眠れなくなったから訪れたのかな程度にしか考えていなかった。
だが、ひさめの表情を見るとどこか違うような気がする。怖くて眠れないという様子はないし、かと言って話をすることが目的と言う様子も無い。
何よりもすごく決意したような表情をしている。
「え、えっと……こ、恋人としてそ、添い寝をさせていただきたいとっ!!」
不思議そうに眺める隼翔を前に、ひさめは何度も深呼吸を繰り返すと意を決したように叫ぶようにして目的を口にした。
その内容に思わず目を見開いてしまう隼翔。だが、ソレに反して言い切った少女は羞恥から目を瞑りプルプルと身体を震わせている。
「ぷ、ぷはははっ。なるほどね、だからこの時間なのか……差し金は大凡フィオナとフィオネ辺りかな?」
「え、えーっと……一応は自分の意志なのですが、確かにお二人には背中を押して頂きました……」
「なるほどね……。だが別に無理にする必要は無いぞ?言っておくが流石に共用しようとは思ってないからな。ひさめのタイミングに任せる」
未だに緊張したように震えるひさめを見ながら、隼翔は諭すように言葉を並べる。
確かに隼翔としても一緒に寝ると言うのは嬉しいことだし、是非ともと思っている部分はある。
だがそれを強要してまではしたくない。あくまでも同意の上で添い寝をしたいのだ。……もちろん男としてその先も無理強いはしない。
だから今日は戻ったらどうだ?と優しく問う隼翔だが、ひさめは身体を震えさせながらも――――確かにかぶりを振った。
「い、いえ……確かに、ちょっとばかり怖いですし、何よりも恥ずかしいですが……それでもは、ハヤト殿の恋人として少しでも温もりに触れたいのですっ」
目を瞑り、ぎゅっと浴衣の裾を摘まむ少女の姿を見てしまっては、隼翔としてもその決意と愛情を無下にするわけにはいかない。
だからこそ、何も言わず隼翔はそっと少女をお姫様抱っこで抱き上げると、先ほどまでは寂しげだったベッドに優しく乗せる。
「え、えっと……初めてなので優しく……」
「アホか。そんな今にも気を失いそうなお前にその先のことをするはずないだろ……大人しく寝ろ」
頭から湯気を出すほど顔を真っ赤にしながらも、言葉を絞り出すひさめだが、その内容は混乱極まりない。
そんな少女に額にぺしっとデコピンをかますと、隼翔は優しく少女を抱きしめ、ランプを消し……何もせずに静かに眠りにつくのだった。




