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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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準備

本日二話目の投稿となります

「ヴァルシング城……」


 眼前で悠然と聳え立つ禍々しい城を見つめながら、隼翔はその名を口の中で反芻した。

 確かにどこか他とは隔絶した雰囲気を持つ古城だと確かに感じていた。だがそれが魔帝と呼ばれた者の居城だったとはさすがに思い至らなかった。


「は、ハヤト様……?」

「と、とにかくここから離れませんか?」


 食い入るように見つめる隼翔に声を掛けるフィオナとフィオネ。二人は威圧されたかのように耳と尻尾をヘタリとさせている。だが、その声はまるで届いていないかのように隼翔は城を見つめたままである。


「「ハヤトさまぁ~……?」」

「あ、ああ……悪い」


 懇願するような涙声にようやく反応を示す。それでも視線だけは城に向いている。まるで金縛りに遭ったかのように惹きつけられている、そんな感覚である。


(誰だ、俺を呼ぶのは……)


 頭の中にひたすら響く声、それは隼翔が城の中で聞いたものと同一のものだった。


「いたぁっ!?」

「あ、あれ?」

「ん?……どうしたんだ?」


 どこか間の抜けたような声が背後から聞こえ、ようやく視線を逸らすことができた。

 振り返ると痛そうに額を擦っているフィオネが視界に入る。その横では不思議そうにフィオナが中空を触っていた。隼翔からしてみればその光景の方がはるかに不思議だったが、その言葉を飲み込み、謎の行動をする二人に何をしているのか尋ねる。


「それが……何かがあるようで出られないのです」

「何?」


 訝しげな視線を送りながら二人の傍まで行き、ゆっくりと手を伸ばす。すると指先に何かが触れた。それはとても硬質で仄かにひんやりとしていた。そのまま掌を横にスライドさせるが同じような感覚が永遠と続き、途切れる気配がない。


「……結界とかあるのか?」


 現代の知識ではまずあり得ない状況なので、その手の知識の中にあるもので一番説明の出来そうな単語を口にした。それでもこの世界の事情を知らない隼翔としては自信がないために、その言葉も同様に不安さが見え隠れしていた。


「確かにその可能性はありますね。ただ、こんな大規模な結界があるなんて……」

「普通はこんな結界ありえないのか?」


 結界というモノがあることに安堵しつつ、それを感じさせない口調で結界について尋ねる。


「普通はこんな城を丸ごと包囲するような結界ありえません。大抵は人を囲う程度しかできませんので」

「なるほどな……つまり、俺たちは今、ここに閉じ込められているということか」

「そうなります」


 仕方なしに踵を返して、城を見据える三人。眼前には威圧感漂う黒塗りの城門、それが今は三人を誘い込むようにそのあぎとを開いている。

 どうするか、と顎に手を這わせながら考え込む。もちろん城に行くというのはほぼ決定なのだが、振り返れば未だにみすぼらしい服装のまま姉妹がいる。さすがにこの格好のままで、この禍々しく危険な雰囲気を放つ城を探索するのは不味い。


「仕方ない、まずはそれを先にやるか」


 そのままドカッと地面に座り込む。そして着流しのような外套を脱ぎ去ると、それを刀で真っ二つに切断する。


「「あっ!?」」


 可愛らしい悲鳴を上げる二人。だが、隼翔はそんなのお構いなしに、切断した外套の一方を丸めて両手で持つ。そして万物創生ユニ・クレアの能力を発動させ、服を作成する。

 出来上がった服を両手で広げて眺める。手に持つのは以前創ったのと同一の真っ黒な服。前回と変わっているのは袖が短くなり、代わりにハイネックになったというところだろうか。服に関して無頓着な隼翔ならではの服である。

 その出来にとりあえず満足し、そのまま残りの外套で同じ服をもう一着作成する。


「ほら、とりあえずこれに着替えろ。んで、そのボロ着をこっちに渡せ」


 出来上がった服をフィオナとフィオネのそれぞれにポイッと投げる。それを姉妹はワタワタとしながら受け取ると、その服をジーッと眺める。それから互いに顔を見合わせ、なぜか頬を赤らめる。

 隼翔としてはその行動が謎だったが、とりあえず二人が着替え終わるまでは手持無沙汰なので、城の方に身体と視線を向ける。これで心置きなく着替えられるだろうと思っていたのだが――――。


「……お前ら、なんでこっちに回ってきたんだ?」


 なぜか視界に入ってきた姉妹を見て、軽くこめかみを抑えながら呆れたように問いかける。フィオナとフィオネ、二人の頬は依然として朱に染まっているが、その表情はどこか意を決したような雰囲気を漂わせている。


「え、えっと、ですね……」

「と、殿方は……その、着替えを見るのが好きと……聞いたので……」


 恥じらいに声を震わせながら口を開く二人。その内容に、はぁ、と頭を抑えながら溜め息を吐く。

 別に隼翔に男色趣味があるわけじゃない。むしろ健全な年頃とあって姉妹のような美少女には興味がある。だが同時に変なとこでカタブツなのが隼翔である。


「確かに好きだが、それをしろと強要する気は全くない。それにお前たちも年頃の娘だ、そういうのは将来伴侶になる男に見せてやれ」


 その言い草に明らかにしょぼーんとする二人。

 隼翔からすれば、なぜ二人が落ち込んでいるのか全く理解できない。だからと言って二人に何かをしようとするでもないのが隼翔である。


「ほら、さっさと着替えろ。それにそんなことしなくても森にいる間は守ってやるから」


 そのまま少女たちから目を逸らす。別に隼翔だってフィオナとフィオネが嫌いなわけではない。むしろ好意的に思っている節がある。だからこそ二人を奴隷にしたいとは思わず、できるなら森を抜けてから自由に、好きなように暮らしてほしいと願っている。だが、同時に心のどこかではこれからも付いて来てほしいとも願っている。そんな互いに相反する願い(幸せのカタチ)、その平行線に答えは出ない。


(幸せって意外と難しいもんだな……)


 幸せな人生を送ってほしい、とある女神の言葉の難しさに思わず苦笑いを浮かべる。


「まあ、それを悩むには結界内(ここ)から出ないとな」


 無理矢理棚上げするようにかぶりを振りながら、思考を切り替える。

 その視線の先に見据えるは魔帝の居城。かつて魔を統一した唯一の人物。それがどんな人物だったか知らないし、そもそもこの世には既にいない。だがこの城には何かが眠り、隼翔をしきりに呼迎よびむかえている。

 それが何なのか、そして何よりここから出るための手がかりを探すためにこの城に脚を踏み入れる。


(何にしてもこの世界に来て初めて苦労しそうだな……)


 半ば本能的にそんなことを悟る。


「あの……ハヤト様……」

「とりあえず着替えが終わったのですが……」

「ん?ああ、分かった」


 そしてそのまま渡されたボロ着を眺める。それは隼翔が二人のために創った最初の黒い服だが、それが今では血で汚れ、布地のほとんどに穴が開いている。

 うーん、と唸りながら考え込む。これをリメイクして二人のズボンにしようと考えていたのだが、正直ここまで酷いと二人分できそうにない。無理矢理やれば二人分になりそうだが、それでは布地が薄すぎて一抹の不安が残る。


(かと言って布に余りがあるわけでも……ん?)


 隼翔は視線をフィオナとフィオネに向ける。少女たちは不意に真剣なまなざしを向けられたことに喜びと恥じらいを感じ、身体を縮こまらせる。だが、隼翔はそんなの気にする様子も無くジーッと眺める。その視線はある意味では視姦とも取れるようなものだった。

 そして衝撃的な一言を発する。


「お前ら、そのズボン脱いでこちらに渡せ」

「ほぇっ!?」

「ふぇっ!?」


 衝撃的すぎるその言葉に双子は顔を真っ赤にして、すっとんきょんな声を上げる。そのままどうしていいか分からず、小股にして脚をモジモジとさせる。


「「え、えっと……」」


 オタオタとしながらも、意を決したようにゆっくりと脱ぎ始める。小ぶりな臀部に、綺麗な金色の尻尾、そして白く艶かしい太ももがゆっくりと現れる。


「ど、どうでしょうか……」

「お気に、召してもらえた……でしょうか?」


 黒いシャツを両手で握り、それを伸ばしてワンピースのようにしている。だがやはり丈が足りず、逆にそれが色っぽさを増長させている。そんな姿を見た隼翔はというと――――。


「よし、ならさっさとその脱いだズボンを渡せ。すぐに作り直す」

「「へっ?」」

「なんだ?何かあるのか?」


 予想外の感想に思わず聞き返してしまう姉妹。隼翔の視線は確かに彼女たちの艶かしい脚に向いている、向いているのだがその視線はさらに下、足元を見ている。それに疑問符を浮かべるフィオナとフィオネ。

 そして隼翔も同様に疑問符を浮かべ、これまた同じように聞き返す。お互いに齟齬があったようで会話がかみ合っていない。

 それもそのはずで、隼翔の視線が向いていたのは正確には彼女たちの下半分、もとい穿いているズボンであった。そう、隼翔は二人にそのような命令を下したと言うわけでなく、端的に言えば足りない布地を補うためにズボンに目を付けたのである。

 逆に少女たちは隼翔に求められたのだと勘違いした。

 これも全ては隼翔の言葉足らずな言動が招いた状況。どちらとも状況がいまだに掴めておらず動けないでいる。


「えーっと……とりあえず、ソレ貰っていいか?」

「え、あ、はい」


 状況は掴めずとも自分のやることをしよう、と動くのが隼翔。全く姉妹の格好には触れずに彼女たちの足元にあるズボンを回収すると、二人に背を向けてスキルを発動する。できたのは長いズボン、前回とこちらは同じものにしてある。その出来を確認して、すぐさま後ろに構える二人に渡す。

 フィオナとフィオネもそれを受け取ると何事も無かったかのように穿く。だが、やはり羞恥はあるようで頬は赤いままである。


「とりあえずこれで二人の格好は良いな。あとは得物だが……」


 着替え終わった二人の格好を見ながら呟く。彼女たちの持ち物と言えばよく分からない小袋ポーチと地図のみ。隼翔が以前二人に渡した小太刀は持っていない。


「申し訳ありませんっ」

「折角頂いた武器を壊されてしまいましたっ」


 突然頭を下げる二人。その目元には水膜が出来ており、沈痛さが顕著に表れている。


「いや、別に俺は鍛冶師ではないからそんなこと気にしないが?それにアレがお前たちを守ったなら、壊れたのも本懐というものだろう」


 そもそも鉄を使うとどの程度の武器ができるのか、という実験的に創られた代物であり、正直壊されても仕方ないし思い入れすらもない。

 そんな心理があるからこそあっけらかんとしているのだが、そんなことを知らない少女たちからすれば隼翔の懐の広さを再認識する形となったためについ感極まってしまった。


「「うわぁーん、ハヤトさまぁ~」」


 思わず隼翔に抱き着く二人。普段なら恥じらいと立場上の心理的障壁があるのでそのようなことはしないのだが、今ばかりは改めて助けられたことを再認識したと同時に懐の広さに感激してしまい、身体が勝手に動いてしまった。

 そんなフィオナとフィオネに対して、隼翔はやれやれと言った表情を浮かべつつも少女たちの頭を優しく撫でた。




「落ち着いたか?」


 二人が隼翔に抱き着いてから10分後、ようやく二人は落ち着いたようで嗚咽は止まった。そのタイミングで隼翔は自分の身体に頭をうずめる姉妹にいつも通りの口調で声を掛けた。すると、ビクッと二組の三角耳が反応し、そのまま恐る恐ると言った感じで顔を上げる。

 フィオナとフィオネの視界に入ってくるのは漆黒の髪と瞳。その人物は二人が心の底から心酔していると言っても過言ではない命の恩人。


「「え、えーっと……」」


 困惑気味な声を出す二人。そのまま先ほどまで自分たちが顔を埋めていた場所を眺める。そこにはくっきりと二人の涙で濡れた跡が残っている。


「も、申し訳ありませんっ」

「うぅぅ……すいませんっ」


 隼翔から一瞬で離れ、そのまま勢いよく頭を下げる二人。自分たちの大胆な行動と隼翔の服を汚してしまったことを深く恥じているらしく、反省の弁を必死に述べている。だが、同時に目尻は下がっており、また尻尾も元気よく振っているところを見るに抱き着けたこと、あるいは撫でられたことを心底喜んでいるのがよく分かる。

 その矛盾した状況に気が付いた隼翔はなんとも言えない表情を浮かべてしまう。


「とりあえず、お前らの得物はどうする?」


 未だに何とも言えない表情浮かべつつも、これ以上時間を無駄にしないために話を進める。今回は一応何があるか分からないので二人にどんな武器が良いかを尋ねているのだが――――。


「えーっと、以前と同じ物を頂いてもよろしいでしょうか?」

「私も同じが良いです」

「ん?お前らは盾とかいらないのか?欲しいなら創れるが……」

「いえ。私たちはアレが良いです。それに私たちは、その……この森に来るまで魔物と戦ったことは無かったので」

「私たちは、里で暮らしていた頃は男性が狩ってきた魔物の解体を主にしていましたので」


 隼翔としては今は二人にこの世界に存在しない小太刀よりもこの世界にあるであろう慣れた武具を使ってほしいと思っていたのだが、少女たちは小太刀が初めて使った武器らしい。そのことにも驚きだが、それ以上に戦いが初めてという事に驚きを隠せなかった。


「なんだ……なら今回は無理に戦う必要はない。それにしてもすまなかったな」

「いえ、むしろ私たちはハヤト様の奴隷ですので。本来なら私たちが戦わなくてはならないのに……」


 おそらくフィオナとフィオネとここまで打ち解けていたからこそ、謝罪の弁が漏れたのだろう。そしてそこには確かに隼翔の守りたいという明確な意志が見え隠れしていた。


「気にするな、お前たちを奴隷として扱うつもりは更々ない。今回は後方支援バックアップを頼む」

「「それでは微力ながら……」」


 自分たちは無力だ、とあからさまな表情を浮かべる姉妹に隼翔は思いっきり嘆息をつく。


「あのな、何事も一人で出来るわけではない。お前たちの力がこの城で必ず必要になる。だからお前たちは後方支援バックアップに専念しろ」


 恥ずかしそうにそっぽを向きながら、長い自分の髪をガシガシと掻く。そしてそのまま二人を見やり――――。


「安心しろ、必ずお前らのことは俺が守ってやる」


 ぶっきら棒にそう言い切って、フィオナとフィオネの金色の髪を照れ隠しするように雑に撫でる。そのまま隼翔は不気味に咢を開く黒塗りの城門を潜った。

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