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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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子供店長

昨日更新休んでやろうと思ったことを結局やれなかったという事実……しかもミスをして地味に凹んでます……

 通りを慌ただしく行き来する馬車。

 光景としてはあまり珍しいモノではないが、この夜の時間帯に煌びやかで大きめの箱馬車が往来を行き来しているのが少しばかり見ない光景だ。


(……なんだ?貴族とか豪商か?)


 鍛え抜かれた仕立ての良い馬が2頭で引く馬車を横目で見ながら隼翔をそんなことを思う。

 基本的に都市内を移動しているのは1頭引きの小さい馬車だ。もちろん大きい馬車もあるし、それを使う商人や都市を訪れている貴族も日常的には存在する。

 ただここ数日それを見る機会が明らかに増えたのだ。流石に何かあるのではと隼翔は勘ぐってしまうが、それでも情報が無いために推測のしようが無く興味を失ったように視線を前方へと戻した。


「「あ、見えてきましたよ!ハヤト様っ」」


 そのタイミングで聞こえてくる見事にハモった声。

 声のする方向にはひさめを間に挟むようにして前方を歩いていたフィオナとフィオネが振り向きながら、どこかを指さしている。

 ブンブンと左右に揺れる尻尾。そんな姉妹を微笑ましく見つめながら彼女たちの指さす方角に隼翔は視線を向ける。

 

 石造りの灰色の外観。

 解放された両開きの扉からは喧騒と暖かい光が漏れ、店内へ迎え入れられているように感じ、外に急ごしらえで設置された特設テラス席では酔った者たちが躍り、叫び、ジョッキを煽る。

 "実り女神の集い場"と書かれた大きな看板。ここは南通りにある珍しい酒場だ。


「おっ、中々良さそうなところだな」

「そうだねぇ~!良い匂いも漂ってくるし、お腹ペコペコだよぉ」


 店内を忙しなく動き回り、料理やジョッキを運ぶ見麗しい女性店員たち。

 かなり混み合っており、高頻度で酔っ払った冒険者(中には素面も多いが)たちが頻りに口説き、ちょっかいを出しているのに彼女たちは一切笑みを崩さず、手慣れた対応であしらっている。


 そんな彼女たちの妙技よりも手に持つ料理の数々を目にしながらクロードは声を弾ませ、アイリスはそんなクロードに仲睦まじく寄り添いながらも空いてる手でお腹を擦っている。


(……こう言っては難だが、妊婦みたいな行動だよな)


 仲の良い二人を横目で微笑まし気に見守りつつ、そんなことを思ってしまう。


「いらっしゃいませ。本日は何名様でのご来店でしょうか?」


 隼翔がそんなことを考えていた間にテラスの方から一人の女性店員が出迎えに来ていた。


 肩口ほどに短く切り揃った薄黄色の髪に翡翠色をした瞳。髪の合間から主張するように飛び出る尖がった長い耳。他の店員たちは涼し気な短い袖のエプロンドレスをしているが、その女性だけ長袖のエプロンドレスを着こみ、肌を一切晒そうとしていない。

 この酒場で働く女性は皆が皆、見麗しい容姿をしているのだが、出迎えに訪れた女性は彼女たちと一線を画すほどの容姿をしている。

 何を隠そう、その女性は神々に愛された種族と揶揄されるほど男女ともに容姿端麗・眉目秀麗なことで知られるエルフなのだ。


「6人だ。大丈夫か?」

「6名様ですね。準備しますので、少々お待ちください」


 くるりと優雅に踵を返し、店内へと戻っていくエルフの女性。その後姿は正しく"立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花"という言葉がぴったりなのだが、隼翔は内心でさらに言葉を付け足していた。


(睨む眼つきは薔薇の花ってとこかね)


 店員の全員が愛想よく笑みを浮かべ、明るい声を出しているのにエルフの女性だけは違った。

 声は無機質冷淡で、表情に一切の出迎えるような笑みは無く愛想の欠片も無い態度。それでもその圧倒的なまでの容姿があるからこそ誰も文句を言わず、むしろその冷たい態度に喜んでいる者すらも見受けられるが、あまり客商売に向かないのではと隼翔は思う。


「なんか随分と不愛想だな……ハヤト、お前前回来た時にやらかしたのか?」

「んなはずあるか……と言うか前回もあんな態度だったし、素なんじゃないか?」


 あまり好意的ではない態度。ましてやその対象が何となくだが、隼翔個人に向いているように感じられ、クロードが耳元で声を潜め、確認するように尋ねてくる。

 ただクロードとしても隼翔が何かをやったとは本気で思ってはいない。

 基本的に初対面には素っ気ない態度を取るが心根は義理堅いし、何よりも他者に迷惑をかけるような行動をとることが無い礼儀正しい男と言うのがクロードの印象だ。

 ましてや炭鉱族ドワーフと飲み比べしても酒に呑まれないような男だ。酔って何かをするとも考えられない。


 それでも少しだけ懸念してしまう部分がある。それは天性の女誑しと言うことだ。

 本人は完全に無自覚だが今も双子姉妹に加え、新しくひさめを恋人にした男だ。もちろん強者で甲斐性があるなら問題にはならないが、その関係で個人的に警戒されているのかとクロードは少しだけ勘ぐったのだが、どうやらそれもないようなので、とりあえず安堵したように息を吐き出し、再び首を傾げる。


「うーん……その割にはハヤトだけ睨まれて無かったか?」

「仮にそうだとしてもあっちは警戒してるだけ。俺がよほど何かをしない限りは向こうも手出しは無いだろ」


 だから気にしても無駄だろう、と興味なさげに締めくくる隼翔。

 相手に余程の害意や悪意、敵意なんかがあれば隼翔としても相応の対応をするが、現状相手は何かを警戒しているだけで手を出そうとはしてこない。そうである以上は必要以上に警戒しても仕方のないことだし、相手にするだけ無駄。


「お待たせしました」


 それでも何かを言いたそうにしていたクロードだが、機先を制するように無機質な声がかかり、言葉を発することは叶わなかった。


「それではこちらに、ど――――っ」

「えっ!?」


 どうぞ、と口にして案内をするはずだったにも関わらず、突如としてコンッと子気味良い音が鳴り、女性エルフは言葉を詰まらせた。

 思わず誰かが驚いたように声を漏らす。確かに今まで愛想のない態度だった女性がそんな声を漏らせば驚くが、それが理由ではない。


「もぅ、リファちゃん!!めっ、ですよっ」

「い、痛いです……アシュト店長」

「いつも言ってるじゃないですかっ!愛想よくお客様をお出迎えして、と。それと店長ではなく、ママと呼んでと言ってるじゃないですか!!」


 強制的に下げさせられた頭。

 何事かとエルフの女性店員の背後に視線を向けるとそこには小柄な人影が立っていた。

 右手にはオタマを持ち、左手は腰に当てられる。ピンクの特徴的な頭髪はお団子に纏められ、その上には可愛らしいコック帽。

 くりくりとした瞳とあどけなさしか感じない容姿。恐らく叱っているのだろうが、プンプンと聞こえてきそうな動作には微笑ましさ感じない。

 現に周囲で見ていた冒険者たちは何か微笑ましいモノを見るかのように優し気な表情を浮かべている。

 どう見ても童女。お世辞でも童女。どんなに繕っても童女――――そんな童女がそこにいた。


(リアル"子供店長"と言う奴だな)


 他にもツッコミを入れるべきポイントはあったはずなのだが、隼翔は前世で一世を風靡した某車メーカーのCMを思わず思い出してしまう。

 それほどまでに印象的な光景だ。


「す、すいません……アシュト、まま」

「むぅ、少しばかり恥じらい故のぎこちなさを感じられますが……まあお客様の前ですから許してあげましょう。……こほん。さてさて、お客様!この度はご来店ありがとうございますっ」


 明らかに嫌そうにママと呼ぶエルフの女性店員――――リファに対して不満そうに表情で訴えつつも、客である隼翔たちが前にいることを思い出したのか、ワザとらしく咳をすると接客用の猫なで声と笑みで迎え入れる。

 そのまま逃がさないとばかりに、どうぞどうぞと引き込んでいく童女改めアシュト。

 隼翔たちとしても逃げるつもりはないので、アシュトに付いて行くがその後姿を見て思わずクロードが言葉を漏らした。


「なんというか……小さ、い"っ!?」

「おっ、と。何だこれ?」


 しかし、クロードは最後まで言葉を口にする前に突如として声を裏返らせた。

 眉間にギリギリで触れるか触れないかのところにある何か。横に立つ隼翔が手を伸ばし、ソレを咄嗟に掴まなければ確実に眉間を射貫かれていたに違いない。

 その事実に戦慄し、目を丸くするクロードをしり目に、隼翔は手に掴んだ何かを不思議そうに眺める。

 そこそこの重みある鉄製品。先端は尖っておらず、どちらかと言えば卵型で殺傷性は低そう。


「むむっ?私のスプーン投げを防ぐとは中々感覚の鋭い冒険者様のようですね」

「スプーン投げって……。と言うか客に対してモノを投げるか、普通」

 

 そう、隼翔の人差し指と中指に挟まれる物体とはどこにでもありそうな鉄製のスプーンだ。

 それをしげしげと眺めていると、いつの間にか振り向いていた童女アシュトが少しだけ驚いたように唸り声をあげる。

 そんな彼女に対して隼翔は苦言を呈しつつ、器用にスプーンを指先で回して柄の方を差し出す。


「いえいえ、決して投げたわけではありませんよ?ただ不穏な単語……そう"小さい"とか聞こえた気がしたので、思わず手が滑ってしまったのです」

 

 アシュトはすぐさまスプーンを受け取り、どこかに仕舞い込むと先ほど同様の接客用の笑みと声でさも偶然ですと言いたげにしらを切って見せる。

 ただ、"小さい"と言うときに見せた笑みはとてもではないが確信犯だろうと追求したくなるほど脅迫染みたモノであり、そもそもスプーンなど持っていなかっただろうとツッコミどころは満載だ。


「なるほど……禁句と言うわけか」

「いえいえ、そんな大それたモノではありませんよっ!ただ一回目は警告としてスプーンですが、二回目はフォーク、三回目はナイフ、それ以降は包丁になるのでお気をつけて下さいね?」

「……だ、そうだ。クロード、次からは気を付けないと殺されかねないぞ」

「お、おう……二度と口にしないように気を付けるわ」


 やはり確信犯だな、という言葉を飲み込み、横に視線を向けると、そこでは完全に引き攣った笑みを浮かべたクロードがいた。

 他の面々もいつスプーンが投げられたのか全く分からなかったのか、決して不穏な言葉を口にしないようにと無言で頷き合っているし、ひさめに至っては完全に震えてしまっている始末だ。

 ただ約一名、クロードの隣にいるアイリスだけはチラッと自分の胸に視線を落とし、その後悲しそうな表情と共にアシュトに同意するような素振りを見せている。……きっと小さい対象に違いはあれど、シンパシーを感じたに違いない。


「そんな殺したりなんてしませんよ?ただ学習出来ない人には脳みそはいらないでしょうからね?貫いて、血抜きして、そのあとちゃんとひき肉にしてあげますよ!それと先ほどお客様に、と申していましたが、私は別に神様だなんて思いませんよ?」


 首を傾げにっこりと笑みを浮かべているのに、なぜか恐ろしさしか感じない。

 そんな感想を抱く隼翔たちを楽しむように、アシュトは言葉を続ける。


「冒険者の皆さんにとって魔物から剥ぎ取るのが稼ぐ方法。私たちはその冒険者を剥ぎ取るのが稼ぐ方法だと思ってますので!」


 もちろん物理的には剥ぎ取りませんが、と付け足してはいるが、恐らく仮にでも無銭飲食などと言う真似を仕出かせばきっと物理的に剥ぎ取られるに違いない。そう確信させる笑みだ。


(前回は分からなかったが、超絶腹黒い店だな……)


 きっと全員がそんな感想を心の中で抱いているに違いないが、それでもここの食事は前回味わった通りかなり美味しく、大繁盛しているというのは混雑状況が証明してくれている。

 すっかりエルフの女性店員の愛想の無さなど気にもならなくなったし、もう逃げることも出来ないだろうと仕方なしに意気揚々と進んでいく童女に付いて行く。


「……その、店長は決して悪い人ではないと言うことだけは理解してください。ただ少しだけ過激なだけなんです……」

「……まあ冒険者相手に商売すれば仕方ないだろう。だから謝らなくていいぞ?」


 店内に足を踏み入れる直前で、スッと静かな動きで隼翔の横に歩み寄ってきたエルフの女性店員。

 彼女は不愛想ながらもアシュトを決して誤解して欲しくないと小さく頭を下げて、謝ってくる。彼女たちの関係性については良く分からないが、少なくともかなりの信頼関係があるのは確かだろう。何せ警戒する隼翔に謝って見せるのだから。

 隼翔としてもその姿には好感度を抱けたのか、素っ気ないながらも首を振り、童女の後を追う。


(……コレがそういう心理誘導だったら相当な食わせ者だな)


 自分が悪役を被り、店員の印象を良くすると言う中々に部下想いの行動。

 ただ恐らく先ほどの小さいの一言に対しての執着心から想像するにそれはないだろうな、と隼翔は苦笑いと共にかぶりを振る。


「俺は今年の闘武大祭、必ず本戦に出場してやるぜっ」

「おいおい、てめぇの腕じゃ予選勝ち抜くなんて不可能だよっ」

「だなっ!予選でボコボコにされる未来しか見えねぇーよ」

「はぁっ!?見てろよっ、優勝してぜってーに賞金獲得してやんよっ」

「さらにデカく出たなっ!だが世界中の名だたる強豪どもが出場するし、何よりもあの鴉天狗ヴァローナが今年も出るんだ。おめぇじゃ不可能だな」

「ああ、俺も予選負けに金貨1枚賭けてやる」


 横切る席々の会話に耳を傾けていると、全体的に似たような会話をしているのが聞き取れる。

 それらは共通して"闘武大祭出場"と口を揃えて漏らし、少しばかり自信を得た新人や歴戦の戦士と言った風貌の冒険者、果てはジョッキを勢いよく煽る女冒険者の皆が好戦的に笑みを浮かべている。

 単語から察するに戦いの祭りと言うのは連想できるが、果たしてそこまで盛り上がるイベントなのかと隼翔は勘ぐってしまう。


「どうぞ~、こちらお座りになって、たくさん食べて飲んで、それ以上にお金を使ってくださいね!」


 だが、聞こえてきた可愛らしい声とそれには一切似つかわしくないほどえげつない内容に隼翔の思考はすっかり中断されてしまう。

 案内されたのは店内中央付近に設置された円形のテーブル。

 隼翔は恐縮そうにするひさめを左隣に座らせ、反対側にはフィオナとフィオネが仲良く腰掛ける。対面にはクロードの姿が見え、彼とひさめの間にはアイリスが座る格好だ。

 

「……まあ、店長は中々に個性的でアレだったが……とりあえず今日はひさめの歓迎会と言うことで楽しく飲み食いしようか」

「あ、ありがとうございますっ」

「それじゃあ、乾杯」

「「「「乾杯っ」」」」


 カンッ、と子気味良い音を鳴らしながら互いのジョッキやグラスをぶつけ合い、喉の渇きを潤すように一気にエールを飲み干す。

 そして頼んだ料理の数々がテーブルを埋め尽くした頃にはすっかり隼翔の思考から闘武大祭という単語は消え去っていたのだった。

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