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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第4章 囚われの紫紺烏
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パーティーの醍醐味

 パキパキと不気味に音を上げながら、割れる岩壁。

 そこから手を伸ばし、這い出るようにして現れたのは緑の短躯をした魔物――――ゴブリンだ。

 まるで嫌われる黒い虫のように次々と現れるソレに対して、先陣を切ったのは本業鍛冶師のはずのクロードだ。

 彼は背負う魔導銃剣を抜き放つと一気に掛けてゴブリンの群れに突っ込んでいく。


「この感覚は久々だ、なっ」


 獰猛に笑って見せると丁度地面へと落ちたゴブリンを二匹をまとめて斬り捨てる。

 その行為が果たしてきっかけとなったのかは不明だが、彼らのパーティーが陣取っていた大きめの部屋ルームの岩壁が一斉に不気味な音を立て始める。


 ここは地下迷宮ダンジョン内にある最初の難関、岩が無限の迷路を造りだす空間――――岩窟層スーテラン。その第二層と本来ならば新人たちが地下迷宮の恐ろしさを学ぶための場であり、隼翔たちのパーティーには不釣り合いな場所だ。

 

「クロード、いつもみたいに突っ込んじゃダメだよぉ!!」

「いやぁ、わりぃわりぃ!つい久々に振るえるのが嬉しくてなっ!」


 恋人の苛めるような呼びかけでようやく今回の趣旨を思い出したのか、クロードは頭を下げつつも嬉しそうな笑顔で全員が待機している場所に戻る。

 今回この場で戦っているのにはそれなりのわけがある。

 それと言うのは言わずもかな、一つは新規参入したひさめとの連携を練習するためだ。だが、いつもの癖で当たり前のようにクロードがゴブリンたちに突っ込んでしまったために、ひさめはすっかり飛び出すタイミングを見失い茫然と立ち尽くしてしまっている。

 

「全くもうぉ~、今日はいつもと趣旨が違うんだよぉ?」

「もう大丈夫だっ!」

「それじゃあ一応もう一度確認するからねっ」


 飛び出してしまったどこかの誰かにジト目を向けつつ、アイリスは向かってくるゴブリンたちを煩雑だとばかりに巨大な三日月斧で一掃。少しばかり再度説明をする時間を設ける。


「いい?今回は前衛はひさめとちゃんとクロード。遊撃としてフィオナちゃんとフィオネちゃん。そして後衛が私だよぉ~、ひさめちゃんは今日が初なんだからクロードがしっかりとタイミングとか指示してあげてっ」

「「はいっ!」」

「おうっ」

「わ、わかりましたっ」

 

 若干気の抜けてしまいそうな指示の出し方だが、誰も気勢をそがれた者はいないらしく、元気な返事が返ってくる。

 そのことに満足そうにアイリスは頷きつつ。名前を挙げた全員に再度視線を送り、最後にもう一度念を押すようにしてジーッと先ほど飛び出してしまった人物に視線を向ける。


「よし、それじゃあ練習再開っ!しっかりと頼んだよっ」

「うしっ!それじゃあ左は俺がやるからお前は右を頼むぞっ」

「は、はいっ!」

「ひさめちゃん、落ち着いてねっ」

「そうそう、私たちがしっかりとサポートするからね」


 リーダー役のアイリスの声を皮切りにして、ワラワラと湧き続けるゴブリンたちに突っ込んでいく面々。 

 流石にクロードは先ほど同様に一切迷いのない動きで切り込んでいくが、反対側を任されたひさめはどこか動きが硬い。


「うっ……くっ……」


 ひさめの口から苦しそうな声が漏れる。

 動きの硬さ、それにまともに刀を実戦で使うのは初めてということがあるせいか、少女はすぐにゴブリンに囲まれていく。それでもDランクの冒険者と言うべきか、なんとか擦り傷程度で捌いてはいる。

 

「らぁああああっ!!」


 一方でクロードは気合の乗った声とともに次々と慣れた手つきでゴブリンを消し去っていく。だがその背中はどこか隙だらけ。もちろんゴブリン程度にそこを突かれることは無いが、ほかの魔物ではどうなるか分からない。

 だがそれも仕方のないことだろう。以前までは前衛はクロードとアイリスが務めており、当然その背中は恋人同士息の合ったやり取りで守り合い、クロードとしても気にせず突っ込んでいけたが、今は違う。


「私はクロード様を援護するから、フィオネはひさめちゃんの背中を護ってあげてっ」

「おっけ~っ」


 連携がほとんど取れていない二人の背中を護るようにして、双子姉妹が一気に走っていく。

 だが、これも今までとは違う動き。本来ならフィオナとフィオネは近くで動いていた方が圧倒的に強く脅威となり得るのだ。それなのに、ばらけた前衛を護るため遊撃の本来の動きとは言え、二人が離れてしまうというのはあまりよろしいことではない。


「うーん、やっぱり初めてなだけあってあまり上手くはいきませんね」

「それはそうだろ。誰だって最初は合わせるのは難しいからな。それに俺たちは前衛に特化し過ぎている。自分の戦う範囲が被らないようにするだけで精いっぱいなんだろうな」


 部屋ルームの中心で、モクモクと白煙を鼻から出し続ける豚の蚊取り線香。もちろん実際には蚊を殺すための道具ではなく、れっきとした魔法道具"魔寄せの香"と呼ばれる代物だ。

 それを護るようにして後衛を陣取るアイリスはクロードたちが戦う反対側の壁から湧き出る魔物たちを自慢の長大な三日月斧で薙ぎ払っていく。

 一振り、一振りがまるで暴風のように吹き荒れ、魔物をひき肉へと変え、その存在を消し飛ばす。その様子はとてもではないが、見た目の温和さからは想像できない光景だ。

 そして中心で豚蚊取りと並ぶようにして全体を見渡しているのは隼翔。愛刀を抜くどころか柄に手を掛けてすらおらず、見た目は完全に守られているだけの手持無沙汰な状態だ。もちろん隼翔としてもその状態は非常に不本意であり、冷静を装っているが口の端は不満げに歪んでいる。

 だが隼翔が一たび刀を抜き、戦場へと足を踏み入れてしまえば、それこそ先ほどのクロード以上に連携の練習どころではなくなってしまう。それを理解しているから決して武器に手を掛けようとはしないのだ。


「どうしましょう、若様?少し配置転換とかしてみますか?」

「うーん、別に要らないだろ。現状だとコレかアイリスが前衛に加わるかとどちらからベストだろうし。当面はコレを維持してひさめに慣れてもらう。それに成長するのはひさめだけじゃないと思うしな」

「全体の連携が密になる、ということでしょうか?」

「まあ、大まかにいえばそうだが……クロードもいつまでもお前に背中を任せきりじゃ成長しない。そういう意味でもひさめの加入はあいつの一皮剥けるきっかけになるかもな」


 今までは異本的にサポートを受ける側だったクロードだが、前衛の相棒が不慣れなひさめとなれば当然今まで通りの万全なサポートは受けられなくなる。

 そうなれば頭を使い、サポートを受けるにはどうすれば良いかを考えるようになるし、さらにサポートする側に回るようにもなっていく。それは彼の成長へと繋がるに違いない。

 もちろんその試行錯誤はクロードだけでなく、フィオナやフィオネ、それにひさめだってするだろう。つまり一人の加入と言うのは全員に良い影響を与えるのだ。

 もちろんその片鱗と言うのは今戦っている誰にも見えはしない。それほどまでに前衛と遊撃の四人は噛み合っていない。だが歯車がかみ合ったときはきっとより緻密で、闘うのが楽しくなる――――そんな予感を得ながら隼翔は若人たちの成長を年寄りのように見つめるのだった。






「こちらが本日の換金結果となります。お疲れさまでした」


 心なしか笑みを引き攣らせるギルド職員。そんな彼が両手に大切そうに持つのは漆のような光沢のあるトレー。その上には寂しげに1枚の銀貨が乗っている。

 本日の戦果として提出したのがトレー山盛り4つ分だったことを考えると、ちょうどトレー1つ辺り銅貨2.5枚と言う計算だ。上級冒険者を含む6人組のパーティーの戦果としてはあまりにも薄給はっきゅうだ。

 だが地下迷宮ダンジョン内にいたのは半日程度だし、そもそも2階層で延々と戦っていただけ。そう考えれば納得の安さだし、受ける隼翔は一切気にした様子も無く、銀貨1枚を腰の巾着に入れる。

 

「おいおい、どんだけヘボな集まりだよ」

「あれだけ提出しておいてたった銀貨1枚とか……ぷぷっ。笑いが止まらねーぜ」


 空はすっかり暗くなり、赤い月が怪し気に浮かんでいる。

 一日の地下迷宮探索を終え、続々と冒険者たちはギルド本部へと戻り、和気あいあいと本日の戦果を抱えながら並んでいるが、隼翔の受け取った報酬がたったの銀貨1枚だけとあり嘲笑を飛ばす。しかし隼翔はそれらを相手にする気も無いのか、堂々と歩き、列から離れて待っている仲間たちの元へと向かう。


「ちっ、あいつら好き勝手言いやがって」

「確かに、あまり看過できないよぉ」


 隼翔が戻るなら、憤慨したように言葉を漏らしたのはクロード。

 遠目に見ていても隼翔を見て周囲の冒険者たちが馬鹿にしていた様子が分かったのだろう。明らかに苛立ち、今にも殴りかかりそうな勢いだ。普段はそんな彼を止めるはずの役割を担うアイリスも目じりを少しばかり上げて、語気を強めている。


「本当ですよ……何もハヤト様のことを知らない癖にっ」

「そもそも、ハヤト様っ!私たちに任せてくれればあんな馬鹿にされずに済みましたのに!」


 姉妹も怒りを顕わにして、肉食獣のように犬歯をむき出しにしている。

 そんな四人に隼翔は気にするなとばかりに肩を竦めて見せる。


「そんな知らない奴らの評価や嘲笑なんかにいちいち目くじら立ててどうする?怒ってくれるのは嬉しいが、俺はきにしちゃいないんだ。だからあまり声を荒げないでくれ」


 パーティーメンバー全員で換金の際には並ぶことが多いのだが、今回は珍しく隼翔一人で並んでいた。

 その理由として、隼翔たちは魔法の袋を持っているためわざわざ巨大な背嚢や両腕に抱える必要がなく一人で戦果を持てるということ。また表向きには本日一切戦っていないので、最後の雑事くらいは受け持とうという気遣いだ。

 だが本音を言えば、ある程度周囲から馬鹿にされる予想をしていたためだ。何せトレー山積み4つも提出して、報酬が銀貨1枚。明け透け無い冒険者たちならまず間違いなく馬鹿にするというのは容易に予想が出来る事態だ。

 だからこそ隼翔は他の誰かを馬鹿にさせないために一人で並んだ。もちろん休んでいろという意味もあるが、やはり仲間が馬鹿にされるのを隼翔が見たくなかったためだ。


「それよりもさっさと出ようぜ。ついでに何か外で食べていくか……ん?どうしたんだ、ひさめ?」


 相変わらず周囲からは隼翔を馬鹿にしたような視線が向けられ、見下すような小言も聞こえてくる。

 宥めたおかげで、なんとか四人の怒りは多少収まりを見せたが、それでもここにこれ以上いればいつ堪忍袋の緒が切れるかわかったもんじゃない。だからこそ、隼翔は全員の背中を押すようにしてギルドを後にしようとしたのだが、一人静かに俯く少女の姿が映り、心配そうに声をかける。


「そ、の……すいません。自分が未熟なせいでハヤト殿をこんな目にあわせてしまうなんて……」


 今にも泣きそうな声。心なしか肩も震えている。

 その優しすぎる性格から、ひさめは今回稼ぎが少ないのは自分が足手まといになってしまったせいだと責任を感じてしまったらしい。

 確かに連携確認のために浅い層で戦い続けていたのだが、それでもひさめに責任があるとはここにいる誰も思っていない。それを伝えるため、隼翔はポンと俯く少女の頭に手を乗せる。

 

「相変わらず、優しいなひさめ。だが、別にお前のせいじゃないぞ?これは必要なことだし、全員の成長につながるんだ。だからしゃんと胸を張れ」

「で、でも……」

「あの、な。そんなになんでも責任を感じるな。パーティーなんだから、仮に誰かが失敗してもそれを誰かが補える。そういうもんだし、それを一人の責任にしようなんて思う奴は少なくともここにはいない。今回のことも全員同意したうえで連携の練習していたんだからな」


 だろ?と隼翔がひさめ以外に視線を向ければ、全員が強く頷いて見せる。

 パーティーを組んでいるのだから、少なくとも失敗は個人の責任ではない。連帯責任だ。それが隼翔の考えであり、全員の総意でもある。


「そういうわけだ。だから気にするな。それでも気になるなら、これから頑張ればいいんだ」

「……はい、すいません。みなさん……」

「さて、それじゃあ気を取り直してどこかで飯でも食って帰ろか」

「そうだなっ!」

「「ひさめちゃんの歓迎パーティーですねっ」」

「じゃあたくさん飲みましょぉ~!」


 ギルドの外に出れば、まだまだ生暖かい風が頬を撫でる。

 聞こえてくる楽し気な喧騒に下手くそな合唱。だが、その楽しさこそ冒険者の活力だ。

 すっかり気分を入れ替えた隼翔たちは、その喧騒に加わるべく、久々に外での食事をしようと南通りへと姿を消した。

明日はもしかしたら更新休むかもです

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