プロローグ 2 新生パーティー
前回のが導入で、今回のが本当のプロローグという位置づけかなとか作者は思ったりしています。
今章はある意味では王道的展開かもしれないですね。まだその片鱗もありませんが……次話か次次話辺りには出る……かな
静謐な空気が漂う。
そこにいるだけでどうしてから背筋が伸びて、緊張感が身体を支配する。だが決して嫌な緊張感ではない。程よく精神が擦り減らない、けど実戦に近いモノを感じられる、そんな不思議な場所だ。
「ふぅー…………」
木張りの壁と古めかしくも光反射する木製の床材。
壁にはいくつもの竹刀や木刀が飾られ、掛けられた巨大な木の看板には"双天開来流"と漢字ででかでかと綴られている。
完全なる和情緒の空間。
その部屋の中心で少女が小さく息を吐く。
真っ白な肌。だが病的な印象は無く、ハリ・ツヤのある現代女性なら誰もが羨みそうな健康的なたまご肌。それを際立たせる濡れ羽色の長い髪を可愛らしいリボンで後ろで纏め、覗くうなじが艶っぽく汗ばんでいる。
白の道着と黒の袴。腰に刀は無いが、手には竹刀が握られるその姿はさながら剣道小町といったところか。
かつては幽霊少女と称される原因となっていた長い前髪もいまではすっかり切られ、夜空のような瞳が良く見える。
「ふー…………」
もう一度、息を大きく吐き出す。
握られた竹刀はズッシリとちょうど良い重さ。そう、少女が大切な人から初めてもらった宝物と同じ重さだ。
だからこそ、少女――――菊理ひさめは時間があれば必ずこの道場と呼ばれる場所に赴き、こうして同じ重さ・長さに作ってもらった竹刀を握っている。
「……今でも信じられませんね」
竹刀を振らず、ただ握りしめながらそんな言葉を漏らす。
今までの少女の暮らしはと言えば、朝から晩まで必死に地下迷宮と呼ばれる魔境にてその日・その日に必要な稼ぎを得て、ひたすら切り詰めた生活を送るというのが当たり前。生活の拠点である家も風が吹き抜けるような長屋の一室を幼馴染たちと共有し、ほとんど娯楽と言うものは無かった。もちろん苦しかったが、それを支えてくれる幼馴染たちが隣にいてくれたので楽しく乗り越えることが出来ていた。
そんな生活が激変したのがちょうど二週間前の事。怪我のせいで冒険者を続けることが出来なくなった幼馴染たちが故郷である瑞穂へと帰郷し、少女は知遇を得た冒険者一団が住むという拠点へと住まいを移した。
その住まいと言うのが一言で表すなら巨大な屋敷。
外門から屋敷への扉までは青草生える広大な庭が広がり、途中には清涼感のある噴水や一級の鍛冶工房が建っている。
屋敷内部にしてもひさめが今まで暮らしていた長屋の一室の10倍以上は広い部屋が何十部屋もあり、さらには別個にリビングや談話室などもある。もちろんひさめにも一室与えられているのだが、正直未だに落ち着かないというのが本音。
他にも風呂にしても小さい個人用ではなく、巨大な公共用で使われていても可笑しくない風呂場が二つもあり、この場所――道場も屋敷内部にあるのだ。もう今までの生活がが信じられなくなってしまいそう。
「本当に自分には不釣り合いな場所、ですよね……」
ここに住む冒険者たちは、皆が優秀だ。
ひさめの親友である狐人族の双子姉妹は階級こそDと同じだが、その実力はもはや上級冒険者にも引けを取らないし、専属鍛冶師の青年は冒険者としての腕もそこそこだが、それ以上に魔剣や聖剣を打てるほどの腕。そしてその鍛冶師の恋人であり、こちらもひさめの親友である炭鉱族の女性は上級冒険者の末席に名を連ね、さらには技術者としても名を都市に轟かせるほどだ。
それに引き換え自分はと言えば、階級こそDだが、それ以外に目立った部分は無くむしろ劣った部分のが多い。誰もがこの屋敷の主の微力でも力になれればと奮闘している中、自分は何もできていない。そんな自分がこのような場所にいても良いのかな、と常々感じてしまう。
「せめて自分の身だけは守れるのように、誰も傷つけない道を示せるように努力しませんと……」
人を殺さずに、誰かを護る道――――それを甘い戯言と吐き捨てず、ぜひとも見てみたいと言ってくれた人のために、そして何よりも貫きたい自分の剣の道。
そのためには最低限守ってもらうだけではダメ。まずは自分の身を護れるほど強くならなければ――――そう思い直し、素振りでもしようかと立ち上がりかけたところで――――。
「こんな朝早くから道場に籠るとは……ひさめは相変わらずここが好きだな」
「ひゃっ!?」
ほとんど耳元と言っても良いほどの距離に聞こえてきた声。それだけでも驚きなのに、ましてやその声がひさめの憧れる人の声なのだ。
ぴくんと振るえた身体は膝立ちの体勢から一瞬にして崩れ、硬い床へとおでこをぶつけそうになる。
だが寸前でその身体が抱き止められると、そのままひさめの身体はポスッと何かに包まれる。
温かく、力強くて……何よりも心地よい。いつまでもこの中にいたい。そう思える場所。
「危なっかしいな、大丈夫か?」
「ひゃ、ハヤト殿っ!?」
ぽけーっと心地よさに身体を預けていると、再び聞こえてきた憧れの人の声。
ハッ、としたように預けていた頭をあげると――――すぐ目の前にその人はいた。
ひさめと同じ濡れ羽色の頭髪と瞳。肌の色こそ少し違うが、同郷の人物と間違われても仕方の無いほど似ている部分は多い。
ただその人は決して瑞穂生まれではなく、むしろこの世界の生まれですらない特殊な事例。
この屋敷の主であり、冒険者としての階級はFと最底辺ながらも、その実力は都市最高戦力すらも認めるほど。そして何よりもひさめの憧憬であり、想い人でもある――――西園寺隼翔だ。
「俺を前にするのがそんなに緊張することか?」
「い、いえ、その……」
耳どころか首筋まで真っ赤に染め、ワタワタと慌てふためくひさめに隼翔は苦笑いを浮かべてしまう。
この屋敷に住み始めて、ひいては隼翔と晴れて恋仲となったひさめだが、その接触は手を握ったり、髪を撫でられたり、軽く抱きしめられたりと初初しい中高生カップル程度しかなく、その都度今ほどでないにしても緊張でテンパっている。ましてや今は心の準備が無く、不意打ちのように抱き寄せられたのだ。異性への免疫が極端に低いひさめに緊張するなと言う方が無理なのだが、それでも隼翔としてはもう少し慣れて欲しいなとは思ってしまう。
「まあ、ゆっくりでもいいさ。それよりもここでの生活を含め、少しは慣れたか?」
「え、えっと……なんと言いますか、不自由なことなどは一切ないのですが……どうにも貧乏な生活に慣れてしまっているせいか、広いすぎて逆に落ち着かないって感じです……」
ひさめに貸し与えられている部屋は二階の角部屋。そこはこの屋敷にある部屋の中でも一・二を争うほどの狭さの部屋なのだが、それでも彼女が以前まで暮らしていた長屋の一室と比べれば天と地ほどの広さと綺麗さがある。
決してそのこと自体に文句や不満があるわけじゃない。ただ、純粋に広すぎる場所に慣れていないせいで部屋にいても落ち着かないのだ。
そんなひさめでも食事の用意や掃除、洗濯などの雑事に従事していればある程度は気が紛れるのだが、生憎とこの屋敷では基本的に平等な当番制で常に雑事をしようとするとむしろ怒られてしまう。
その結果、手持無沙汰となったひさめが落ち着ける場所を探して辿りついたのだがこの道場と言うわけだ。
この道場も魔法の行使や摸擬戦などが行えるとあり、広さはそこそこだ。それでも、どうしてかここに流れる心身を引き締めてくれるような厳かな空気がひさめには合い、時間が空くと必ずこの場所で竹刀を握っている。
「まあ、確かに屋敷は広すぎるからな。慣れないというのも分からなくはないか」
「で、でもっ!それ以外は問題ありません、みなさん本当に親しく接してくれますし……その、は、ハヤト殿もいてくれる、ので……」
「そうか、そう言ってもらえて俺は嬉しいよ」
か細く聞き取るのも困難な声ながらも、必死に自分の気持ちを伝えようと努力してくれるひさめの姿に、隼翔は嬉しそうに目を細めながら、優しい手つきで濡れ羽色の髪を梳く。
まだまだ少女がここでの暮らしや隼翔とのスキンシップに馴染むには時間を要するだろう。それでも少しずつ不器用ながら歩み寄ろうと努力をしくれるのはとても嬉しいことだ。
この先も少女の成長と彼女自身が歩みたいと言っていた"誰も殺さない道"をそばで見守っていたい。そう思いながら隼翔はひさめを愛おしそうに抱きしめた。
……余談ながら、食事の準備ができたと呼びに来た姉妹がその光景を目にして、自分たちも抱きしめてくれと視線で強く訴えたのは言うまでもないだろう。
休養日よりは少しだけ早めの朝食を採り、2時間ほどの食事休憩を取った隼翔たちは、都市の中心部に聳える巨大な建造物――――マルドゥクを目指し、通りを歩いていた。
「地下迷宮に潜るのは久々だな」
「まあ、そうだろうな。俺の怪我が治るまでお前らが全力で阻止していたんだから」
黒の動きやすく簡素なインナーに暗赤色の外套。腰には深紅の鞘と鍔のない漆黒の鞘をした二振りの愛刀、両の太ももには革鞘に収まった魔を宿す双短剣を装備すると戦闘準備万端の隼翔はボヤキながら左腹部を撫でる。
そこは二週間と少し前に穿たれた傷がある場所。一応一週間ほど前には既に塞がっていたのだが、周囲が大事を取れと苛めるようにして運動を全面的に禁止していたのだ。
何せ隼翔と言う男は深刻な怪我を負っていても平然と動き回る。それでも回復薬ですぐに治るならいいのだが、隼翔はどうしてか怪我の治りが異様に遅い。もちろん回復薬や回復魔法の補助なしと比べれば早いのだが、それらの補助があっても今回くらいの期間は当たり前に時間がかかってしまう。そんな彼を周囲が心配しないはずがない。
「あのな、あんな大怪我してたんだ。しかも回復薬で治らないんだから長期療養は当たり前だろ」
大怪我とは大げさな、と肩を竦める隼翔の隣で、兄のように苛めるのはオレンジの頭髪をした青年だ。
独特のツナギのような服の胸元を暑そうに肌蹴させ、首には遮光性の高いゴーグルを下げている。ちょっとばかり煤けた肌と鍛えたと言うよりは力仕事により自然と身に付いたという印象を受ける筋肉。彼こそ、隼翔の親友で専属鍛冶師のクロード・マレウスだ。
「大げさではありませんよ、ハヤト様。今だって傷跡が残ってしまっているのに……」
「そうですよ、ハヤト様。本当だったらもっと療養していて欲しいくらいなんですから」
前を隼翔とクロードの話に割り込むようにして聞こえてきた、怒ったような悲しそうな二つの声。
全く同じ声色と呼吸のあった言葉の重ね方。チラッと振り返れば、金色の大きな耳をへたりと倒し、感情を如実に示す筆の穂先のような尻尾も動いていない。
「あー、いや、うん。でも塞がっているのは見ただろ?」
「「それでも心配なんですっ」」
申し訳なさそうに言葉を濁しつつも、結局は問題ないとアピールする隼翔に対して、狐人族の双子姉妹――――姉のフィオナと妹のフィオネはキッと目くじらを立てて、声を揃える。
基本は一歩引いた従者或いは恋人としてお淑やかに振る舞っているとは言え、姉妹にとって隼翔は命の恩人であり、何よりも代えがたい大切な存在なのだ。だからこそ、無茶をしたり無理を通そうとするとこのように怒ることがある。
ただ基本的に可愛らしい容姿をしている姉妹だ。怒ったとしてもむしろ可愛いなと庇護欲的なものを掻き立てられるのだが、どうにも姉妹に怒られるのは苦手としているのか、隼翔は力なく頷く。
「本当に若様はお二人に頭が上がりませんね」
「……仕方ないんだよ」
後列からクロードの横――――隼翔の向こう隣りに躍り出た人影。
女性としては中々に高身長で、ゆるふわな薄黄色のボブカット。優し気なタレ目と相まって温和な雰囲気を漂わす炭鉱族の少女――――アイリス・プランシュは恋人であるクロードの影からひょこっと顔を覗かせると、力ない隼翔を見てそんな感想を述べる。
隼翔と話す時こそこのような丁寧な口調だが、普段は独特の間延びした雰囲気通りの口調をしているのだが、彼女はその雰囲気を壊すような巨大な三日月斧を背負っている。
「ま、まあ皆さん。は、ハヤト殿も反省していることですし……それに元はと言えば自分が負わせてしまった怪我のようなものですので……そのくらいにして頂けませんか?」
みんなから心配もとい、お小言を頂き、力無く項垂れる隼翔を庇うようにしてフィオナとフィオネの間を挟まれるように歩いていたひさめが、オドオドしながら言葉を掛ける。
そんな彼女も朝の道着と袴姿ではなく、瑞穂特有の戦闘服である単衣と軽鎧を身に付け、腰には大切そうに宝物である刀を差している。
「別にひさめちゃんの責任だなんて、誰も思ってないよ」
「そうそう。それに本気で皆、ハヤト様を責めているわけじゃないし」
「ああ。ただどっかの平気で無茶をする馬鹿に訓戒を聞かせていただけだ」
相変わらず自己責任へと変換しやすい少女に、姉妹がそれを否定するように声をかける。もちろん姉妹だけでなくクロードもじっとりとした視線を横を歩く親友に向けているし、アイリスも同意するように頷いている。
「全員の言う通りだ。俺も別にお前を助けて後悔なんてしてないし、この怪我も言うなれば俺の不徳だ。だから気にする必要はない」
それは隼翔自身も同じだ。
全員から向けられるお小言には確かに耳を塞ぎたくなるほど痛いのだが、それも全部自分の責任であり、むしろこうして心配してもらえてあり難いくらいだ。
それなのに助けたひさめに落ち込まれてしまっては本末転倒どころではない。だからこそ、気にするなとひさめの頭を撫でながら笑いかける。
「うぅ……すいません」
「謝らなくていい。それよりも早く俺たちといることに慣れないとな。折角今日からひさめも俺たちのパーティーの一員としてデビューを飾るわけだからな」
徐々に近づく地下迷宮の入り口。それに伴い昼前にも関わらず増える冒険者たちの姿。その誰もが表情を引き締めながらも、瞳には野望を燃やす。
しかし野望を持てるのは自信があるからだ。誰だって初めから自信を持てるはずはない。
裏付けされた実績と経験、そして頼れる仲間がいるからこその自信なのだ。
今日がひさめを加えた新生パーティーとしての初の実戦。
きっと最初は上手くいかないだろうが、それでも絶対に噛み合う。隼翔はそう確信している。
なにせ、仲間たちとは完全にではないにせよしっかりと打ち解けあっている。ならば連携も回数を重ねれば確実に良くなる。
そして連携が良くなれば、より互いが打ち解け合える。仲間やパーティーとはそういうものだ。
だからこそ、しっかりと顔を上げろよと言わんばかりに自信なさそうにするひさめの背中を軽く叩く。
こうして久々の地下迷宮での実戦が始まろうとしていた。




