白鼠の冒険 2 ヒーロー、見参っ
なんか、不思議な話になりましたね(笑)
主人公は一切出ませんが、許してくださいな
少年が真の意味で"強さ"に憧れた理由はなんだっただろうか。
少なくとも最初は神話の英雄に姿を重ねるだけだった。
それこそ子どもがヒーローのように悪を倒したいと願うような、そんな感覚。
それが本当の意味に変わったのは、あの日、あの時、大切な少女を手を引いて逃げることことしか出来なかった自分が悔しかったから。
ただ、涙を浮かべる少女の手を引くことしか出来なかった無力な自分を、自らから変えたいと願ったから。
――――もう少女には嬉し涙しか流させない、そう決意して少年は冒険者都市に流れ着いた。
「な、な、な、な……なんでこんなことになってるのぉぉぉぉおおおおっ!!?」
見事なまでに反響し、響く情けない声。
場所は岩窟層2階層。本来であれば余程の新人か途方も無いほどの不運に愛されている人物でもない限り、情けない声を上げながら逃げる必要など皆無な場所だ。
「ハクッ、叫んでないでさっさと走るっ!!地上まではすぐなんだからっ」
「わ、分かってるけど……叫んじゃうよぉぉぉぉおおおおっ」
真っ赤な髪を靡かせ先頭を走るのはレベッカ。
長い魔術師然としたローブはかなり擦り切れ、長杖は使い古したように味が出ている。一端の魔術師として大分格好が板についてきたが、生憎と今彼女の口から漏れるのは厳かな旋律ではなく必死な檄。
そしてその檄に何とか励まされながら彼女の後方を奔るのは処女雪のような白髪をしていたはずの少年――――ハクだ。
本来であれば彼の髪は本当に真っ白なのだが、今は所々痛々しい赤や茶色に染まっている。ぱっくりと割れた額からは血がとめどなく溢れ、汗と混じり合いながら彼の壊れかけの鎧を汚していく。
「な、何か魔法とかで錯乱できないかなっ!?」
「こんな状況下で魔法なんて唱えられるはずないでしょっ!!私はまだ並行詠唱なんて会得して無いものっ」
「だ、だよね~っ!!」
分かってはいた、だけど何かに縋りたいという感情をありありと言葉に乗せながら少年は必死に逃げる。背後から彼らを喰い殺さんとばかりに殺到する、下層域より這い上がってきた彼らでは決して太刀打ちできない魔物の群れから。
何度も言うが、ここは地下迷宮の第二層なのだ。
普段ならゴブリンを筆頭とするEランク指定の魔物でも最底辺レベルの魔物しか出現しないし、ましてや余程の不運が騒ぐなどの馬鹿をしない限りは魔物が群れを作り追いかけてくるようなことにはなりはしない。
それなのに彼らは最弱でもDランク指定のオーク、強いモノだとCランク指定される魔物まで引き連れて地下迷宮内を走り回っているのだ。
(以前にもこんな経験したけど、流石に今回のはあの時以上にヤバいって)
ゼェゼェと息を荒げながら、ハクは以前のことを思い出す。
彼らが魔物の大群に追われるのはコレが初めてではない。実は以前にも、と言うか初めて地下迷宮に挑戦したその日に今回と同じように魔物の大群に追われていたのだ。
その時もこんな状況だった。
走って、走って、無様に転んで、無残に喰い殺される直前で――――その人は現れた。
決してその人自身が戦っていたわけじゃない。その人の従者もしくは恋人である姉妹が主に戦闘を行っていた。その人は静かに佇んでいただけだ。
それなのに、その姿はとても格好が良かった。とても頼りがいのある姿だった。
「同じように助けが来てくれるってわけないよねっ」
都合のよい想像。
また同じように、またあの時みたいに――――そんなことあり得るはずがないのに期待してしまう。
そしてそんなことを思ってしまっていた罰なのか、あるいは危機感知が鈍ったのか。
後方を走っていたハクの脚をどこからか伸びてきた蔓が絡めとる。
「うわっ!!」
「は、ハクっ!?大丈夫っ」
「う、ぐっ!この、このっ」
擦過音を立てながら、ハクは魔物の大群の方へと引きずられていく。
レベッカは咄嗟に振り返り長杖を構えるが、急すぎて口から聖句が出てこない。ハクもハクで、悲鳴を上げながらも腰から抜いたトンファーブレードで何とか切ろうと試みるが、切ることは叶わずどんどんと引きずられていく。
「ま、まずいっ!!」
「は、ハクーッ!!!」
ついには魔物の大群の真ん前までハクは引きずられ、あとは無残な末路を辿るだけと言う状況にレベッカは立ち止まり目を瞑ってしまう。
ハクももう絶対絶命の状況に、手を震わせながら両手からトンファーを落としてしまう。
醜悪な魔物たちは引きずられてきた餌に歓喜し、その爪や牙を研ぎ澄まし、涎や液体をまき散らす。
本当に絶体絶命。もう死は目前と差し迫る。
(ま、まだっ、僕は死ねないのにっ……)
少女を護ると誓ったはずなのに、その少女を残して死にかけている自分。
許せない自分の弱さが。自分の力なさが。
だけどどれだけ喚いてもどうにもできない。手には武器も無いし、鋭い爪や牙も無い。
――――もう、だめっ
そう諦めの言葉を口から漏らそうとしたとき、力強い声が響いた。
「少年っ、諦めるなよっ」
「えっ?……うっ!!?」
ズンッ、とまるで遠雷のような音が響いたかと思うと、次の瞬間には突風が吹き荒れた。
思わず目を閉じるハク。
何が起こったのか、全くよく分からない。ただ言えることは閉じられた視界の外で、突風が吹き荒れ、自分の身体が錐もみ状に転がされているということくらいだ。
「HAHAHAHAHA、どうやら生きているようだな。少年」
「えっ?」
転がされていた身体が恐らくは壁にぶつかったのだろう。ドスッと言う衝撃と共に平衡感覚が戻り、ようやくハクは目を回しながらも開くことが出来た。
そして、思わず目を見張る。
そう、そこには巨大な影が映っていたのだ。
まず特徴的なのは筋骨隆々の体躯。
炭鉱族すらも凌ぐのではと思うほどの巨大さだ。だが炭鉱族特有の煤けた肌ではなく、どちらかと言えば白い。また立派な髭も無い。
髪型も桃色のオールバックと超絶奇抜。
そして何よりも、その服装。胸元にはどこかで見た事あるような天秤を模した模様。
ぴっちりとした服は筋肉をこれでもかと強調し、青や赤をふんだんに使うそのデザインは正しくアメコミそのものだ。
「ハク、大丈夫っ!?」
「う、うん……それで、えーっと何が起こったのかな?」
茫然とその巨大な影を見上げるハクに駆け寄ってきたレベッカ。
彼女は心配そうにハクの身体を触るが、とりあえず大きな怪我は見当たらなかったのか一安心とばかりに息を吐いた。
「えーっとね、何が起きたのか私にも分からないんだ……ただ、言えるのはこの方が、その、ね?パンチしたら……」
言いよどみながらも、チラッとレベッカは意味ありげに視線をどこかに向ける。
それに釣られて、ハクもそちらを見る。
そこは先ほどまで魔物がいた細い通路だ。だが、そこには今はもう何もない。そう、魔物どころか倒した証である魔石片すらも無いのだ。
その不自然さをハクも悟ったのだろう。心底不思議そうに頭を傾けている。
「少年、少女よ。もう安心するがいい。私が来たのだからっ」
そんな二人の前でムキっと不思議なポージングを決める大男。もう二人には何が何だかさっぱりと言う状況だ。
「此度の事態に際し、我らが軍勢に地下へと急行せよと命が下ったのだ!そして私が来た、という訳さ」
全くもって説明になっていない説明。とりあえず地上より救援が向かい始めているということと助けられたということしか二人には理解できない。
それでもとりあえずはハクとレベッカは助けられたということもあるので、簡単に謝辞を述べる。
「「あ、ありがとうございます」」
「なに、気にすることは無いっ!私はヒーローなのだ!故に弱きを助け、悪を挫くのは私の仕事さっ!と言うことで私は行くっ、他にも助けを待っている者たちは大勢いるのでねっ」
スチャっと再び謎のポージングを決めると、その見た目からは想像できない速度で風となり、更に下層へと向かっていった。
「え、えっと……」
「うん……レベッカの言いたいことが何となく分かる……何だったんだろうね?」
消えた後姿を眺めながら、茫然と呟く二人。
果たして彼が何者なのか、それを二人が知るのはさらに先となるだろう。
これは邪神教が初めて大々的に歴史の表舞台へと姿を現し、爪痕を残した事件の際に白鼠が経験した、不思議な冒険譚の一ページである。
一応補足として……筋骨隆々の人は冒険者です。次章で詳しく書く予定の人物……主役ではありません。




