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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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エピローグ 3

……すいません。まさかのエピローグがもう一話必要とは思いませんでした。

閑話を投稿した後にでも一度整理の意味も含めて、統合とかするかもしれません。その時はお知らせしますので……。

次でエピローグは絶対に終わります。

「悪いな、少し遅れた」


 相変わらず1階の和気藹々とした空気と違い静かだな、と階段を登りきったところで感じさせられる。


 時刻はリュヌの1時をほんの少しだけ過ぎた頃。

 燦々と陽光は降り注ぎ、空気はじわりと暑い。


 仄かに珈琲と紅茶のフルーティーな香りが混じるカフェ内は魔力による空調設備がフル稼働しているのだろう。外と比べるとかなり涼しい。


「いや、本当に些細な遅れだから気にしなくていいよ。それに待ち合わせって、待つ時間を楽しむものだと何かの本に書いてあったからね……楽しませてもらったよ」


 前回と同じテラス席に腰を掛け、冷たい紅茶を楽しむのはフィリアスだ。

 相変わらず見た目は愛らしいのに、その所作は優雅・悠然と言う言葉がしっくりくる。


「それは女性との逢瀬や逢引でのことじゃないか?どう考えても男同士の待ち合わせじゃ、待っていても楽しくないだろ」

「そうかな?少なくとも僕は君を待つ時間は楽しかったよ?」

「それは光栄なことで……ただ、お前の護衛が怖いからそれ以上からかうのは止してくれ」


 お互いにすっかり軽口を叩き合える仲になったのだろう。

 フィリアスの女性を胸キュンさせるような言葉に対して、隼翔は肩を竦めながら対面の席に座る。


 飲み物はここに上がる前に一階でバリスタの男性に注文済みだ。なのでそれが運ばれてくるまで座って待っていれば良く、本題へも入ることは無い。

 だからこそ、隼翔はそれまでの時間フィリアスに付き合い軽口の応酬にでも興じていても良かったのだが、どうにも護衛の女性が恐ろしく切り上げた。


「怖いって?ああ、そう言えばハヤトはスイと面識と言うほどでもないけど、会ったことはあるんだっけ?」


 もちろん本気で怯えているという訳ではなく、むしろ隼翔はフィリアスの背後に佇む本日の護衛を興味深そうに視界の端に映す。

 昏い青の髪に褐色肌。少しばかり大胆に肌を晒してはいるが、背筋をピンと伸ばし、朗らかな笑みを浮かべるその姿は敏腕秘書のようだ。

 もちろん別段怒ったり不満を示すような雰囲気を醸し出すなどもなく、一切怖いという要素は無い。


 それでも何とも言えない表情を浮かべてしまう隼翔。

 その表情から何かを悟ったフィリアスは護衛であるアマゾネスの少女――――スイの方へと振り返り、何か合点がいったように言葉を漏らした。


 そう、隼翔は一度だけスイと呼ばれた女性と会ったことがある。もちろん会話を交わしたり、互いに自己紹介をしたという訳ではない。本当に見かけた程度の間柄だ。

 だが、その時の第一印象があまりにも強烈と言うか……アレだったのだ。


「いやですね、団長。私はそちらの方と初対面ですよ?」

「え?……いや、でも二日前のあの時に――――」

団長・・。初対面って、言ってるじゃないですか?」


 しかし、当人は笑みを崩さぬまま何のことでしょう?と言いたげに首を傾げ、否定する。

 思わず内心で、えっ?と声を重ねるフィリアスと隼翔。

 確かに会っているはずなのだ。それなのに知らぬ存じぬとばかりに否定する。


(……アレは別人だった、のか?)


 その態度、何よりも第一印象との落差ギャップに隼翔も自信なさそうに頭を悩ませる。

 確かに隼翔は人の顔を覚えたりするのをあまり得意としていない、と言うか興味のない人間を覚えようとしない節がある。

 だからと言ってあそこまで鮮烈な第一印象の人間を忘れるはずがない――――都市最強の一角として数えられる人物をある意味で追い詰めて見せたのだから。

 その姿は正しく"怒れる黒獅子"。絶対に関わりたくないと思うほどの恐ろしさを今でも覚えている。


 そんな記憶にある人物像と今のお淑やかな態度はあまりにもかけ離れている。だからこそ自信が持てなくなるもの仕方のないことかもしれない。

 ただ、本当に初対面なのかと言われればまず否である。

 現に隼翔の前で繰り広げられる上司と部下の会話からも察せられるが、スイは恐らく自らの第一印象を改ざんしたいのだろう。本当に覚えていないというよりは、どちらかと言えば消したい過去のように扱っている。

 それはもちろん隼翔に好意を抱いているから……という訳なはずはない。

 すべては軍勢ユニオン、ひいてはフィリアスへの愛ゆえだ。


「え、えっと……」

「だから団長。私はあの方とは初対面です……いいですね(・・・・・)?」

「あ、うん。分かったよ……」


 結局、上司と部下のやり取りはフィリアスが押し切られる形で決着がついたようで、呆気にとられたように頷いている。


「さて、それでは自己紹介をさせていただきますね。私はスイ。軍勢ユニオン――夜明けの大鐘楼(グランド・ベル)の団員にして、団長の将来の伴侶です」

「え、えっと……コレはご丁寧に。俺はハヤトだ。その……よろしく頼む」


 ふんす、と特に最後の部分が重要です、と強調するようにして締めくくられた自己紹介。

 果たしてそこに突っ込むべきなのか、それとも真実と受け取るべきなのか悩んだ末に、フィリアスの空笑いを見て何も言わずに流すことにした隼翔。

 そのままだと何とも形容し難い気不味い空気が流れることは必至だったが、何とも良いタイミングで隼翔が注文していた紅茶が運ばれてきた。


「こちらが本日のフレーバーティーとなります」


 隼翔の前に置かれたのはガラス製のティーポットに注がれた紅茶。

 中にはオレンジ色の果実と色鮮やかな花が浮かべられており、香りだけでなく見た目も美しい。


「いい香りだな」

「ありがとうございます。それではごゆっくりと楽しんでくださいませ」


 カップに注がれた紅茶の香りを楽しみ、そして一口味わってから、簡素ながらも隼翔にとっては飾り気など一切ない最高の賛辞を送る。

 それを察したのだろう。運んできたマスターの男性はペコりと優雅に一礼を決めると、すぐさま邪魔にならないように階下へと戻っていく。


「さて、ハヤトの飲み物も来たようだし本題へと入ろうか」

「そうだな」


 真面目な雰囲気が二人の間に流れる。

 もう、先ほどの形容し難い雰囲気は無い。いや、完全に無かったこととして二人は扱うことに決めたのだ。


「まずは事件の顛末から教えようか。と言ってもほとんどは情報紙にも書いてあるし、経験したもんね」

「ああ。だから、俺が知らない部分(・・・・・・)だけ頼む」


 暗に裏情報だけを教えろと当たり前のように聞く隼翔。

 何様だと逆に問いたくなるが、フィリアスとしても予想していたのか紅茶を飲み軽く肩を竦めるだけで、すぐさま知り得る全てを語りだした。


「今回の捕縛者計23名と確定したけど、それらは全て実行役。いわば使い捨ての駒みたいで碌な情報はもっていなかったんだ。だけど、君がもたらしてくれた情報の一つにヴォラクという男の名前があったでしょ?」

「ああ、今回の事件の主犯格で、最後は恐らく俺が殺した野郎だな」

「そうだね。それでその男の足跡を辿ってみたんだ。そしたら確かにここ最近この都市にやってきたということが分かった」


 ここまではいい?と視線で問うフィリアスに、隼翔も紅茶を味わいながら小さく首肯する。


「ならばこの都市に来る前はどこにいたのだろうと、ギルド側に無理を言って調べて貰ったんだ。流石に出身までは分からなかったけど、あの男が長年とある領地で雇われ冒険者をしていたことが判明した」

「……それは?」

「小国ラスティニアの王国貴族――――シャイターン子爵」


 もちろんだが、その名どころか国名すら隼翔には聞いた事がない。

 だが隼翔はある程度はこの世界の知識を覚えているのだ。その中で聞いた事が無いということは余程小さな国か、あるいはほかに何か理由があるかのどちらかだ。


「ラスティニアという国は本当に小さい国でね。こういっては何だけど、お世辞ですら何も出てこないほど何も無い国なんだよ。だけど平和かと問われると否となる……あそこは人無上国家だから」

「なるほど、人族が全てでそれ以外は不要だと」

「うん。しかも違法な奴隷狩りを行っていると昏い噂もある国だ。そして、そこの貴族に最近まで仕遣えていた冒険者が事件を起こした……そうなると少しばかり違和感を覚えるでしょ?」


 無言で首肯を返す。

 もちろん自分たちが情報を持っているからこそ、こじつけとしてあるいは盲目的に結びつけようと考えているだけかもしれない。

 だが、ここで違和感を抱かないというのは嘘になる。明らかに何かが可笑しい。そう思うのが普通だ。


「裏は取れてるのか?」

「それが残念ながら、まだその段階まで進んでいない。ただシャイターン氏がここ数年の間に頻繁にこの都市に訪れているという情報だけは得たよ」

「なるほど……んで、何をしていたのか分かったのか?」

「残念ながら表向きには冒険者に普通に依頼を出していたということしか分かっていないよ……もちろん、依頼を出された冒険者は皆、話も聞けぬ姿となってしまっているけど」


 そこでフィリアスはこれ以上この件に関しては情報無いよ、と言いたげに紅茶に手を伸ばす。

 隼翔もまた頭を整理するという意味で、カップに紅茶を注ぐ。


(ラスティニアという国。シャイターン子爵……情報はとりあえず得たから後は自分で動くことも視野に入れるか) 


 すべては先刻目覚めた少女のために。

 周囲から暴言や暴力を浴びせられ、地下迷宮では死ぬ寸前の思いまでした。それはまさに絶望と呼ぶに相応しいだろう。

 だからこそ、これからは普通に気兼ねなくとまではいかないまでも平穏な生活を送ってほしいと隼翔は願う。

 そのために見た目を変えることは出来ないが、それでも彼女の地の底まで落ちた名声は取り戻すことが出来る。そしてそれを成し遂げるための情報は得た。……後は実際に動くだけ。


 実は二日前に地上へと帰還した後、隼翔は少女の名声を取り戻すために都市内を調査しようとしたのだが、探すにしてもアテが無く、全身が少しばかり倦怠感、ダメ押しとばかりに姉妹からの泣きのお願い。結局は動くことが出来なかったのだ。


(待ったおかげで情報も入ったことだし……良しとしよう)


 もちろん身体は未だに運動をして良いような状態ではない。それどころか、普通なら本当に動くのすら億劫なほど痛みを訴えられているに違いないレベルだ。

 それにもかかわらず、この後にでも調査を始めようと考えてしまうのが隼翔と言う男だ。


「あと他に主だった情報はあまりないんだよね。結局魔法道具の解析もあまり芳しくないようだからね……」

「そうなのか?じゃあ、下層の魔物が上層へと現れた原因も魔法道具が関係しているってこと以外は分からないと?」


 お互いに飲み物を飲んで、一息ついたのだろう。

 ほぼ同じタイミングで茶器をテーブルに静かに戻し、情報交換と言う名の一方的な聞き取りが再開される。とはいっても他に進捗した事案はほとんどないのだろう。フィリアスは何を話すべきなのか、皺一つない眉間を難しげに寄せながら難しい表情を浮かべる。


「ああ、ソレについては大凡の検討が付いてよ。恐らく魔法陣による何かしらの転移魔法を用いたんじゃないかな」

「魔法陣?そんなものがあったのか?」

「うん。実際に僕たちが見つけたからね……いやぁ、アレは中々に大変だったよ」


 大変だったと言いつつ、なぜかその時のことを思い出しているフィリアスの表情はどこか楽し気。

 やはり理知的に振る舞いながらも未知の事象への遭遇や戦闘を好む性格をしているのだろう。冒険者と言う職業の下、最強の一角にまで上り詰めるだけはある。

 そんな無邪気な笑みを浮かべる子供のような表情に、背後の護衛がなぜか静かに黄色悲鳴を上げながら胸元で手を握っている。こちらも流石と、とりあえず別の意味で称賛を送っておこう。


「へぇ、フィリアスたちが見つけていたのか」

「うん。恐らくだけど魔術師か刻印師のどちらかが事前に魔法陣を刻み、その転移先に杯のような魔法道具を置いていたんだろうね。そして何かしらのきっかえを与えれば……」

「アレが起こる、と」


 こくり、と無言でうなずくフィリアスが持つグラスの中にはすでに溶け始めた氷しか残っていない。

 そしてそれはまた隼翔も然りで、ガラスのティーポットの中には花が萎み、果汁を出し切った果実しか残っていない。

 

 空模様も移ろいを見せており、日はゆっくりと傾き始め、通りには疎らながらも冒険者の姿が確認できる。

 時刻を懐中時計で確認すれば月の16時。隼翔も知らぬうちにすっかりと話し込んでいたようだ。


「さて、それじゃあこの後もやることがあるし、おいとまさせてもらうかな」

「そっか。それじゃあ、気を付けて(・・・・・)帰ってね」

「ああ、まあ問題ないけどな。そうだ、お代はここにおいておけばいいか?」


 パチッ、と懐中時計の蓋を閉め、隼翔は自然な動きで立ち上がる。その動きはとても重傷を負っている人間の動きとは思えないほど滑らかで、恐らく常人どころか、かなりの手練れだろうと怪我をしていることには気が付かない。

 それなのに、フィリアスはなぜか意味ありげに言葉を投げかける。


 相変わらず無垢そうに見える擦れた笑み。

 だが、決して嫌悪は抱かず、むしろその笑みが一番この男には似合う。隼翔はそんなことを考えつつ肩を竦め、思い出したようにポケットから貨幣を取り出しテーブルの隅に置く。


「前回も言ったけど、お代は僕が持つよ。提案者は僕だし、何よりも今は(・・)僕のが階級ランクとしては上だからね」

「なるほど……じゃあ、いつの日か俺がお前の階級ランクを超える日が来たら……その時は俺が支払わせてもらうさ」


 隼翔はポケットに貨幣を戻すと、ごちそう様と言葉を残し階下へと降りていく。

 そして気配が遠ざかり、テラスからその後姿を目にしたところで、フィリアスは立ち上がりながらスイに話しかけた。


「中々に面白い男でしょ、彼って」

「そうですね。ですが同時にゾディスやアスタリスが警戒する理由も何となくわかりましたよ。まったく底が見えませんが、手練れだと言うのは嫌でも理解できますし」

「ふふっ、でも彼は基本的に敵対しなければ無害だよ。それに何かこの都市で企んでるって様子も無いし……面白くなるよね」


 普段は理知的なのに、強者や困難が立ち塞がるとフィリアスは無邪気に笑う。

 だからこそ、スイと言う女性は彼に心酔しているのかもしれない。血生臭い闘いしか知らなかった少女を、美しい世界へと引っ張り上げてくれた時も同じ笑みを浮かべていたから。


「――――ですが、団長。一つだけはっきりさせておきたいことがあります」

「ん?なんだい?」

「本当に男色とかではありませんよね?」


 真面目な顔をするからフィリアスは何事かと聞き返せば、まさか聞かされるとは思わなかった単語。思わず、ずでっと転びかけてしまう。

 そして、可愛らしい否定の声が響いたのは言うまでもないことだろう。


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